「おい、もしかしてレッカーマウルのやつ、このまま勝っちまうんじゃねぇか」
「堕落した神も大したことねぇな、誰だよ遭遇したら確実に死ぬとか言ってたやつ」
「レッカーマウルの実力で退けられるなら、俺たちなら楽勝じゃね?」
地上にてロジーナとマリアのレースを観ていた生徒たちは、気が緩んでいた。
テュールの存在に威圧され、恐怖していたことも忘れ、軽口を叩く生徒すらいる。彼らはロジーナ・レッカーマウルを侮っていた。あいつでも『遊び』に興じられるのであれば、自分たちならば、楽勝である、と考えていた。
「まずいな…」
「そうだね、堕落した神があの程度で『遊び』を終える可能性は低いね」
しかし、スサノオと対峙した頼光と、悪魔との『遊び』に慣れている逢魔の考えは違っていた。堕落した神は何かを仕掛けてくる、と考えていたのである。
その時である、スクリーンの前に突然テュールが現れた。
「やぁ、観客のみんな!レースは楽しんでくれてるかな?」
ふざけた口調にそぐわない存在感に、生徒たちは凍り付いてしまった。
「観てるだけじゃつまらないだろうから、僕から余興のプレゼントだよ!」
そういって、テュールが指を鳴らすと、広場に二つの長方形を形作るように光の線が広がる。
「今から皆さんにはロジーナとマリア、どちらが勝つか賭けてもらいまーす!ロジーナが勝つと思う人はロジーナって書かれた陣地に、マリアが勝つと思う人はマリアって書かれた陣地に移動してね!はい、どーぞ!」
ニコニコと笑いながら、テュールは掛け声をかける。しかし、誰も動かない、いや、動くことはできなかった。
「あらあら、みんなびびっちゃって動けないのかな?仕方ないから、僕が上に戻ってから移動してね!」
「まて、この予想を外した場合、どうなる」
頼光がテュールに話しかける。
「おや、骨のある子もいるじゃん。外したら?そりゃ死んでもらうよ」
広場にざわめきが広がる。
「そりゃそうでしょ、これって『遊び』だよ?命くらい賭けてもらわなきゃ。ちなみに、賭けに勝った人は見逃してあげる。最高のご褒美でしょ?」
当たり前のように宣言するテュールに、一同絶句する。
「じゃあ、戻るから、適当に賭けといてね!途中で違う方に移動してもいいけど、少ししたら移動できないようにしちゃうから、はやめに決めてね!じゃあね!」
そう言い残して、テュールは消えた。
広場に喧騒が戻ったころ、スクリーンには宇宙が映し出されていた。
◆ ◆ ◆ ◆
「さあ、いよいよ最終第三ブロック、舞台は宇宙だ!」
チェックポイントを通過し、宇宙空間へと入ると、ロジーナは一瞬息を飲んだ。目の前には無限に広がる漆黒の空間、無数の星が瞬いている。だが、見とれている余裕はない。目の前の状況はそれ以上に厳しいものだった。
「重い…」
ロジーナはすぐに異変を感じた。箒のスピードが驚くほど鈍っている。ロジーナは今までと同じ魔力を注ぎ込んでいたにもかかわらず、思うように進まない。
「なるほど、これがテュールの策略か…」
宇宙コースには、重力を魔力で引き寄せる仕掛けが施されていた。強大な魔力を持つ者ほど、その重力に逆らうのが難しくなるのだ。つまり、ロジーナが持つ力が大きければ大きいほど、彼女はその重力の罠に囚われてしまう。
「これでは前に進めない…」
黄昏の力の残滓が、重力の圧力としてロジーナの身体にのしかかる。宙を漂う感覚の中で、まるで見えない鎖に縛られているようだった。魔力を抑えようとしたが、抑えすぎれば速度が落ち、追い抜かれてしまう。バランスを取るのが難しかった。
「おや、どうしたんだい?ロジーナ、そんなに苦しそうな顔をして」
テュールの声が、ロジーナの耳に響き渡る。テュールはレースを楽しむように、嘲笑混じりの言葉を投げかける。
一方、マリアはロジーナよりも軽やかに動いていた。ロジーナほどほとんど魔力を持っていないため、重力の影響を最小限に抑えているようだった。淡々と前進し、ロジーナに追いつこうとしている。
「母さん…!」
ロジーナの眉が歪む。追いつくためには、何か策を講じなければならない。だが、今の状況では力を発揮すればするほど、自分自身が動けなくなるジレンマに陥っていた。
「どうすれば…」
ロジーナは箒に力を込め、さらなる加速を試みた。魔力を抑えつつも、重力の中でできるかぎりの速度を引き出す。しかし、無情にもマリアはロジーナを追い抜き、なおも先へと進み続ける。
「おーっと、ここでまたまた逆転だぁ!マリア選手が先行、いや独走していくぅ!このままマリアが勝利してしまうのか!いったいどうなってしまうんだ!?」
もはやテュールの煽りすらもまともに頭に入ってこない。ロジーナはただ遠くなっていくマリアの姿を目で追うことしかできなかった。