ロジーナさんと学園の広場に到着したとき、空はすでに暗く曇り、重い空気が立ち込めていた。
暗闇のなかに、異様なものが浮かび上がっている。煌々としたそれは巨大なスクリーンだった。そして、そこにはまるで誕生日でも祝うかのようなフォントで「ようこそ、悪戯好きのレッカーマウル」と表示されている。
「来たな、ロジーナ・レッカーマウル」
突然、お腹に響くような重い声が響いた。見上げると、光に包まれた大男が空から舞い降りてくる。それをみたロジーナさんの瞳には憎しみと絶望が渦巻いていた。
「テュール…!」
ロジーナさんは拳を握りしめ、鋭い目で大男を睨みつけた。ロジーナさんがテュールと呼んだ古代西洋風のエクソミスを身に纏った大男からは、スサノオと同じくらい凶悪な威圧感を感じる。
「久しいな、レッカーマウルの小娘。前に会ったのは母親と『遊んで』やったときだな。人生のなかで私を二度も目にすることを光栄に思うがよい」
「あぁ、お前ともう一度会えたことを神様に感謝するよ。もちろん本物の神様にだけどな」
「ははは!レッカーマウルの女どもは威勢が良くていいな!」
しかし、拍手でもせんばかりの称賛は、ぴたりと止んだ。
「どうにも干渉しようとするコバエどもが鬱陶しいな、せっかくの興が削がれてしまうではないか」
そういって、テュールはパチンと指を鳴らす。瞬間、広場は多くの人間によって埋め尽くされる。学園の生徒や先生など、そこには見覚えのある顔がいくつもあった。
「これで良いな、私の『遊び』を邪魔しようとするなら、こいつら全員死ぬことになるぞ。それが嫌なら『遊び』が終わるまでは大人しくしておれ」
そういって、テュールはやれやれと首をコキコキと鳴らした。
「あいつ、学園にいた人間を転位して集めてきたのか」
ロジーナさんが苦虫を噛み潰すような表情をしてつぶやく。
「聞いていたな、ロジーナ・レッカーマウル。お前が私の『遊び』に付き合わなければ、この学園にいる全員が死ぬ。彼らの命はお前の手の中にある」
その言葉に、ロジーナさんは表情を強張らせた。学園の生徒たちを見回す。
「どうする?」テュールは笑みを浮かべながら、ロジーナさんに問いかける。
「お前の祖母や母のように、哀れなこの子たちも私の手で殺されるのを望むか?」
それを聞いたロジーナさんはにやり、と笑った。中指を突き立て、テュールに言い放つ。
「望むところだよ、クソったれ。『遊んで』やるからさっさとかかってこいよ」
その言葉に、テュールは満足げな笑みを浮かべ、片手を挙げると、はるか上空に大きな光が出現した。
「そうこなくてはな。だが、単純に私とお前が戦ったのでは面白くない。対戦相手を用意してある」
テュールの手が一振りされると、空間がねじれ、ロジーナさんの前に一人の女性が現れた。僕も見覚えがある、ロジーナさんがよく知る顔だった。
「まさか…母さん…?」
その女性は、ロジーナの母親、マリア・レッカーマウルだった。しかし、彼女の目には魂の光が失われ、無感情な表情を浮かべていた。まるで操り人形のように、マリアは静かに立っていた。
「魂は抜いてあるが、それはマリアそのものだぞ。よかったなロジーナ、また愛しの母さんに会えて」
テュールが醜い笑顔をつくる。
「どうだ、まるで生きているようだろう。前回の『遊び』のときの状態で再現してやったんだぞ。ちゃんと化粧とおしゃれもして綺麗だろう。感謝してくれよ」
ロジーナは言葉を失い、動揺していた。テュールは彼女の最も痛みを伴う弱点を突いてきた。
「『遊び』の内容は、箒レースだ。お前らレッカーマウルは箒に乗るのが上手だからなぁ」
いつの間にかスクリーンには、テュールの作り出した異様なレースコースが映し出されていた。詳細はわからないが、コースは三つに分かれているらしく、巨大な樹海が視界に広がり、その奥には暗い大海、そして宇宙が浮かび上がっている。
テュールが箒レースをしかけてくることは、ロジーナさんは想定していたのだろう。だから僕から短刀を借りたはずだ。
でも、その対戦相手がロジーナの母親、マリア・レッカーマウルであることは予想外だったはずだ。マリアさんはテュールに魂を抜かれ、生前の姿そのままに、無感情な存在としてそこに立っていた。
「主役も、舞台も、観客も揃った。あまり時間がない、始めようか」
テュールが指を鳴らす。ロジーナさんとマリアさんの身体が光に包まれる。
「ロジーナさん!」
「草薙、今日は楽しかったぜ。ありがとうな」
最期にみたロジーナさんは、泣きそうな顔で笑っていた。