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第11話

ロジーナさんと学園の広場に到着したとき、空はすでに暗く曇り、重い空気が立ち込めていた。


暗闇のなかに、異様なものが浮かび上がっている。煌々としたそれは巨大なスクリーンだった。そして、そこにはまるで誕生日でも祝うかのようなフォントで「ようこそ、悪戯好きのレッカーマウル」と表示されている。


「来たな、ロジーナ・レッカーマウル」


突然、お腹に響くような重い声が響いた。見上げると、光に包まれた大男が空から舞い降りてくる。それをみたロジーナさんの瞳には憎しみと絶望が渦巻いていた。


「テュール…!」


ロジーナさんは拳を握りしめ、鋭い目で大男を睨みつけた。ロジーナさんがテュールと呼んだ古代西洋風のエクソミスを身に纏った大男からは、スサノオと同じくらい凶悪な威圧感を感じる。


「久しいな、レッカーマウルの小娘。前に会ったのは母親と『遊んで』やったときだな。人生のなかで私を二度も目にすることを光栄に思うがよい」


「あぁ、お前ともう一度会えたことを神様に感謝するよ。もちろん本物の神様にだけどな」


「ははは!レッカーマウルの女どもは威勢が良くていいな!」


しかし、拍手でもせんばかりの称賛は、ぴたりと止んだ。


「どうにも干渉しようとするコバエどもが鬱陶しいな、せっかくの興が削がれてしまうではないか」


そういって、テュールはパチンと指を鳴らす。瞬間、広場は多くの人間によって埋め尽くされる。学園の生徒や先生など、そこには見覚えのある顔がいくつもあった。


「これで良いな、私の『遊び』を邪魔しようとするなら、こいつら全員死ぬことになるぞ。それが嫌なら『遊び』が終わるまでは大人しくしておれ」


そういって、テュールはやれやれと首をコキコキと鳴らした。


「あいつ、学園にいた人間を転位して集めてきたのか」


ロジーナさんが苦虫を噛み潰すような表情をしてつぶやく。


「聞いていたな、ロジーナ・レッカーマウル。お前が私の『遊び』に付き合わなければ、この学園にいる全員が死ぬ。彼らの命はお前の手の中にある」


その言葉に、ロジーナさんは表情を強張らせた。学園の生徒たちを見回す。


「どうする?」テュールは笑みを浮かべながら、ロジーナさんに問いかける。


「お前の祖母や母のように、哀れなこの子たちも私の手で殺されるのを望むか?」


それを聞いたロジーナさんはにやり、と笑った。中指を突き立て、テュールに言い放つ。


「望むところだよ、クソったれ。『遊んで』やるからさっさとかかってこいよ」


その言葉に、テュールは満足げな笑みを浮かべ、片手を挙げると、はるか上空に大きな光が出現した。


「そうこなくてはな。だが、単純に私とお前が戦ったのでは面白くない。対戦相手を用意してある」


テュールの手が一振りされると、空間がねじれ、ロジーナさんの前に一人の女性が現れた。僕も見覚えがある、ロジーナさんがよく知る顔だった。


「まさか…母さん…?」


その女性は、ロジーナの母親、マリア・レッカーマウルだった。しかし、彼女の目には魂の光が失われ、無感情な表情を浮かべていた。まるで操り人形のように、マリアは静かに立っていた。


「魂は抜いてあるが、それはマリアそのものだぞ。よかったなロジーナ、また愛しの母さんに会えて」


テュールが醜い笑顔をつくる。


「どうだ、まるで生きているようだろう。前回の『遊び』のときの状態で再現してやったんだぞ。ちゃんと化粧とおしゃれもして綺麗だろう。感謝してくれよ」


ロジーナは言葉を失い、動揺していた。テュールは彼女の最も痛みを伴う弱点を突いてきた。


「『遊び』の内容は、箒レースだ。お前らレッカーマウルは箒に乗るのが上手だからなぁ」


いつの間にかスクリーンには、テュールの作り出した異様なレースコースが映し出されていた。詳細はわからないが、コースは三つに分かれているらしく、巨大な樹海が視界に広がり、その奥には暗い大海、そして宇宙が浮かび上がっている。


テュールが箒レースをしかけてくることは、ロジーナさんは想定していたのだろう。だから僕から短刀を借りたはずだ。


でも、その対戦相手がロジーナの母親、マリア・レッカーマウルであることは予想外だったはずだ。マリアさんはテュールに魂を抜かれ、生前の姿そのままに、無感情な存在としてそこに立っていた。


「主役も、舞台も、観客も揃った。あまり時間がない、始めようか」


テュールが指を鳴らす。ロジーナさんとマリアさんの身体が光に包まれる。

「ロジーナさん!」


「草薙、今日は楽しかったぜ。ありがとうな」


最期にみたロジーナさんは、泣きそうな顔で笑っていた。


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