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第10話

◆ ◆ ◆ ◆


ロジーナさんに未来視のチカラの話を聞こうとしたとき、ポケットに入れていたデジタルデバイスに不意に着信が入った。


「草薙逢魔様のお電話でよろしいでしょうか」


ディスプレイに映っていたのは、いま借りているウィークリーマンションの管理会社の名前だった。嫌な予感が胸をよぎる。


「はい、草薙ですが…」


「明日、退去予定日ですので連絡させていただきました。念のため確認しておこうと思いまして」


「え…退去?来週じゃなかったですか?」


思わず目を見開いた。今週は忙しさに追われていたが、確かに退去はまだ先だと思っていた。しかし、管理会社の言葉は決定的だった。


「申し訳ございません、契約では明日が期日となっております。荷物の片付けはお済でしょうか」


慌てて、頭の中で記憶をたどりカレンダーをチェックするが、管理会社の言葉が正しい。退去日は明日だ。僕は軽く頭を抱えた。


「すみません、すぐに準備します。」


通話を切ると、冷や汗が背中を流れる。新しい転居先は学園の寮だが、手続きが遅れており、まだ準備が整っていない。このままでは、今夜どこに泊まるかすらわからない状況だ。


その時、近くにいた頼光君がこちらを見て声をかけてきた。


「どうしたんだ、そんなに焦って?退去の日を忘れでもしたか?」


ため息をついて答える。


「そうなんだよ…まさか明日だとは思わなかった。寮の準備がまだだから、今夜泊まる場所がないんだ」


頼光君は腕を組んで考え込んだ後、少し申し訳なさそうな表情で言った。


「うちに泊めるのは難しいな。家に酒がいっぱい置いてあって、お前にはちょっと厳しいだろう。」


頼光君の言葉に、少し戸惑った。確かに、頼光君は契約している悪魔の関係で、お酒の匂いが充満しているのだろう。僕は八岐大蛇の影響か、お酒が苦手だ。頼光君はそのことをよく知っているため、あえて自分を泊めるのを避けたのだ。


「ウチもやめておいたほうが良いぞ…理由は言わん、いや、言えんけどな」


そういって、ドラキュラさんが何か諦観したような顔つきで首を横に振る。


「いや、中身はドラキュラさんとはいえ、闇川さんの家に泊めてもらうのはまずいよ」


もとから、闇川さんの家に泊めてもらうという選択肢は考えていなかった。色々とまずいことになるような気がしていたからである。


「仕方ない、どこか安いホテルかなんかに泊まることにするよ。出費が大きいけどさ…」


その時、ロジーナさんが後ろから声をかけてきた。


「それなら、私の家に泊まったらどうなんだぜ?」


「えっ、ロジーナさんの家!?」


女性の家に泊まること自体、かなり躊躇してしまう。しかもロジーナさんとの関係は良好だと思うが、知り合ってすぐの女性の家に泊まるなんて、問題があるのではないかと心配になる。


「でも…ロジーナさんの家に泊まるのは…その、色々と気を使うし…」


僕が口ごもると、ロジーナは肩をすくめて笑った。


「別に気にしないでいいんだぜ。この間遊びにきてるじゃないか。それに、誰かと一緒にいる方が楽しいかも」


彼女の軽い口調に、少し救われた気がした。少しためらいは残ったが、他に選択肢がないことを思い出し、最終的にロジーナさんの提案を受け入れることにした。


「…ありがとう、ロジーナさん。お世話になるよ。」


ロジーナさんは微笑んで頷いた。


◆ ◆ ◆ ◆


次の日の夜、僕はロジーナさんの部屋に向かった。2・3日前に来たとは泊まるとなると話は別だ。なんとなく緊張感が増しながらチャイムを押した。


「お待たせしました。」


扉を開けると、ロジーナさんが笑顔で迎えてくれた。荷物を肩から下ろし、部屋に入る。以前訪れた時よりも、部屋はどこか居心地がよく、落ち着いた雰囲気を漂わせている。


「よかったぜ、ちゃんと来てくれて」


「本当にありがとうね、お世話になります」


ロジーナは軽く笑いながら、キッチンの方へと手を向けた。


「お腹空いてるだろ?ちょうど夕飯ができたところだぜ。」


「え、ロジーナさんが作ったの?」


意外な一面を見た。ロジーナさんは活発な性格で、普段は料理が得意だとは想像しづらい。だが、テーブルには美味しそうな料理が並んでいる。香りに誘われて、とたんに食欲が刺激される。


「そんなに驚かなくてもいいだろ。独り暮らしも長いからな、これくらい簡単さ」


二人は一緒に食卓に座り、食事を始めた。ロジーナさんの料理は予想以上に美味しく、つい感嘆の声を漏らす。


「美味しいよ。意外だな…ロジーナさんがこんなに料理上手だなんて」


ロジーナは少し照れくさそうに笑った。


「まあ、母さんが残したレシピの料理を教えてくれたからね。誰かと一緒にご飯を食べるなんて、ずいぶんと久しぶりな気がするよ」


ロジーナさんの表情が一瞬、暗くなった。その言葉にハッとする。


「…お母さんって、どんな人だったの?」


この話題に踏み入るべきか悩んだけど、ロジーナさんのお母さんの話が聞いてみたくなった。


「悪戯好きの一族のなかでも、とんでもなくやんちゃだったらしい。子どものときなんか、観てたアニメの結末が気に入らないからって、一番偉いスタッフの家を迷路にして閉じ込めちまったらしい。次の週には違う最終回が放送されたってさ」


思わず吹き出しそうになる。どうにもロジーナさんの家系はキャラが濃すぎる。


「それでも、天才的な研究者だった。一族では珍しく魔力がほとんどなかったんだけど、箒に関しては、知識も技術も誰にも負けなかったって。私の箒も母さんの研究を受け継いだものさ」


そういって、ロジーナさんは部屋に飾られたお母さんの写真を見つめた。


「お母さんのこと大好きだったんだね」


口にしたあと、何を知ったことを言っているんだと後悔した。でも、ロジーナさんは笑って答えてくれた。


「そうだね。あんまり記憶にはないけど、とっても大好きだぜ」


そのあとも、ロジーナさんの一族が義賊みたいなことをして邪教国を壊滅させた話や、おばあさんが一族の箒レースで勝ちすぎて殿堂入りという名の出禁になった話なんかを聞かせてもらった。お返しに僕が義父に拾われて育った話や、中学校でぼっちだった話なんかをしていたら、だいぶ時間が立っていた。


食事を終えた後、それぞれお風呂に入り疲れを癒やした。もちろん部屋は分けてもらい、ロジーナさんが準備してくれた布団の中に潜り込んだ。眠りにつく前に、今日の出来事を振り返るが、すぐにまぶたが重くなる。


「(この学園に入って良かったな…明日はどんなことをしようか)」


しかし、その平穏なひとときは突然破られた。


「警報?」


学園中に鳴り響く緊急警報の音。跳ね起き、飛び出してきたロジーナさんの方を見ると、これまでにみたことがない真剣な表情をしていた。


「草薙、準備してすぐに外に出るぞ」


「この警報は…?」


思わず、聞いてしまう。


「堕落した神が出たんだよ」


素敵な学園の一日は、堕落した神によって終わりを迎えようとしていた。


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