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第9話

◆ ◆ ◆


「おい、レッカーマウル。探したぜ」


森を抜けると、知らない生徒たちに声をかけられた。


「おや、朱雀組の皆さんが揃ってなんのようだい」


男子生徒が4人。一番前にいるややロン毛の切れ目の男子生徒が、ロジーナさんの行く手を阻んでいる。


「俺たちはよぉ、お前らみたいな半端もんがこの学園にいるのが気に入らねぇんだよ」


「あん?ボンボンは気に入らない奴がいたら声をかけずにはいられないってか、源頼朝君よぉ」


僕たちを睥睨した男子に、橘君が食ってかかる。


少し小柄な彼は、高身長の頼光君に圧倒される形となる。


「うるせぇ橘!この間は堕落神を退治したっていうじゃないか、どんな手を使ったかわからねぇけど汚ねぇことすんなよ!」


「…本当にいるんだね、こんな人たち。漫画でしかみたことないよ」


ヒロインをいじめる悪役令嬢だったか、そんな漫画を読んだ覚えがある。


彼にもセンスなんかを持たせたら、お似合いの配役かもしれない。


「なんだと!だいたい誰だ貴様!」


「おっと、私に喧嘩を売りに来たんだろ。いいぜ買ってやるよ」


僕のつぶやきが聞こえたのか、今度は僕に突っかかろうとする源君をみて、ロジーナさんが

僕の前に身体を入れる。


「ふん、威勢だけは良いな。こっちへ来い」


そういって、取り巻き三人を連れて源君は歩いていく。


「大丈夫なの、ロジーナさん」


「あー、大丈夫大丈夫。なんか知らないけど、中等部のときから私に絡んでくるんだよな、あいつ」


「あいつ?」


「朱雀組の源頼朝さ。あいつも悪魔のチカラで空を飛べるんだけど、それで同じく空を飛べる私を目の敵にしてんだよな」


「おい、何をしている。さっさとこっちに来い!」


「はいはい、今行きますよー。ったく、これだからお坊ちゃんは嫌だぜ」


みんなで源君についていくと、森の近くの開けた場所に着いた。


地面には、銀色をした筒状のものが突き刺さっている。


「魔道具『逃げ惑う箒星』だ。こいつを先に捕まえた方が勝ちってことでいいな!」


言いもなにも、全く話がみえてこない。


「馬鹿なことを考えるもんだの。あれは昔の王級魔術師たちがパーティーの催し物のために開発した魔道具じゃぞ」


「どんな魔道具なんですか?」


「簡単に言えばロケット花火じゃな。とんでもない速さで火花を散らしながら上空へと打ちあがる」


「…打ちあがるだけですか?」


「いや、打ちあがる本体からは稲妻のような魔術が出る。あれを追えば、身体には絶え間なく火属性の魔術が降り注ぐことになるだろうな」


点火したロケット花火をつかんだままにしたら、手は大やけどしてしまうだろう。


僕はそんな想像をして、身震いをした。


◆ ◆ ◆ ◆


「憑依、烏天狗」


源君が憑依を始めると、彼の背中から黒い大きな翼が生える。思えば、他の人の憑依をみるのは初めてで、少し見入ってしまった。


「あいつ、嫌味なやつだけど魔力や憑依率はそこそこ高いんだよな。中等部のときの成績も上位のほうだったよ」


頼光君が源君を見ながら教えてくれる。中等部のときは、頼光君も成績上位者だったらしいけど、何か思うところがあるのだろうか。


「あの小僧もなかなかじゃが、やはりあの魔女っ子のほうが目を惹かれるのぉ」


そうドラキュラさんがつぶやいたので、ロジーナさんのほうに目を移す。


ロジーナさんは箒の形をした小さなキーホルダーに手をかざしていた。


「…来い、フェイスフルジョン」


ロジーナさんの手元に魔力が集中し、小さかったキーホルダーが次第に大きくなっていく。


それは箒というよりもバイクに近い印象を受けた。柄の前部には掴まるためのハンドルらしきものがあり、胴部から伸びたパイプは一切の無駄なく最後部の穂に収束し、綺麗な流線形をかたどっている。


「相変わらず自分のチカラだけじゃ空も飛べないのか」


「あんただって、空を飛べるのは悪魔のおかげだろ?」


高圧的な態度をとる源君に、ロジーナさんは少しも引く様子はない。


「橘の小僧は、どっちが勝つか予想はついてるのか?」


ドラキュラさんに聞かれて、頼光君は首を横に振る。


「正直どっち強い。源の烏天狗の飛行能力は抜群だけど、レッカーマウルがどんな力を隠しているかは、まだ分からない」


「魔女っ子の悪魔の正体、ワシも気になるのう」


頼光君とドラキュラさんの視線の先で、ロジーナと頼朝がそれぞれ空中で準備をしていた。源君の背中から生えた大きな黒い翼は、その姿だけで圧倒的な威圧感を放っている。一方で、ロジーナさんの身体は特に目立った変化を見せず、淡々と地面から飛び上がっている。


「準備はいいか?」


源君と一緒にいた生徒が、レースの開始を告げる合図をかける。緊張感が一気に高まった。


「よし、いくぞ!」


源君が烏天狗の翼を広げ、一気に空高く舞い上がる。まるで嵐のような勢いで広場を包む。


一方、ロジーナさんはゆっくりと上空へと浮かび上がっていった。彼女の目は落ち着いており、焦りの色は全く見えない。


「Ready…GO!」


開始の声があがった瞬間、二人は同時に彗星を追い始めた。


◆ ◆ ◆ ◆


「逃げ惑う彗星」は空中をランダムに飛び回り、火花のような炎の弾を四方八方に放っている。その動きは予測不能で、ただ追いかけるだけでは到底タッチできない。源君は烏天狗の翼で素早く飛行し、彗星の動きを追いかける。しかし、その速さに比例して、火属性の魔術を避けるのも容易ではない。


「こんなもの、避けるに決まってるだろ!」


源君は器用に火花を避けながら彗星に向かって一直線に飛んでいく。空中で方向転換を繰り返し、何度も彗星に迫るが、そのたびに彗星はさらに急な軌道を描いて逃げていく。


「やっぱり速いな、頼朝」と頼光君は感心していた。


だが、ロジーナさんの方もただ追いかけているだけではなかった。いや、普通の人が見れば、ただ追いかけているだけのように見えたかもしれない。ロジーナさんの進路には、まるで火花たちがロジーナさんを避けているのかと思うほど、綺麗に拓けていた。


「魔女っ子のやつ、未来が視えておるな」


ドラキュラさんがつぶやく。


「ロジーナの悪魔のチカラってことですか」


「そうじゃな。魔女っ娘の瞳に映るのは、おおよそ5秒先の未来といったところか。烏の小僧が次にどこに動くか、彗星が次にどの方向に進むか、そして火花がいつどのように飛んでくるか――すべてが視えているはずじゃ」


ロジーナさんは慎重に動きながら、最適なタイミングで彗星に接近していく。源君が派手な動きで彗星を追いかける中、ロジーナさんは無駄のない動きで少しずつ距離を詰めていった。


「おいおい、そんな余裕でいいのか?そんなんで、俺に勝てるわけがないだろう!」


源君が挑発的に声をかける。だが、ロジーナさんは冷静だ。それが当たり前であるかのように、彗星へと近づいていく。


源君が全速力で彗星に迫る。黒い翼が風を切り裂き、彗星まであと数メートル。しかし、その瞬間、彗星が急に火花を放った。源君はそれを避けるために急旋回を余儀なくされ、一瞬の隙が生まれる。


「ちくしょう、もう少しだったのに!」


そのわずかなタイミングで、ロジーナさんが先回りする。その動きに迷いはなく、まるで彗星の次の動きをすでに知っているかのようだった。彼女は彗星に向かって一直線に飛び込み、火花が放たれる直前にすでに別の場所へ移動していた。


「今だ!」


ロジーナさんはスッと手を伸ばし、飛び回る彗星に軽く触れた。


途端に動きをとめた彗星をキャッチして、ロジーナさんは地面へと戻って来た。


「おいおい、喧嘩を売っといてこんなに簡単に負けるなんて、今どんな気持ちなんだぜ?」


ロジーナさんに続いて戻って来た源君に、ロジーナさんがちょっかいをかける。


「…覚えてろよ!!」


おい、この魔道具どうすんだ!とロジーナさんが大きな声で叫ぶが、源君たちは振り返らずに走り去っていった。


「まぁ、ありがたく研究の材料とさせてもらうか。迷惑料ってことで」


そういって笑ったロジーナさんは、全くと言っていいほど疲れをみせていなかった。



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