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第8話

◆ ◆ ◆ ◆


「なんでお前らまでいるんだよ…」


僕の傍に立っている頼光君とドラキュラさんをみて、ロジーナさんがため息をついた。


「お前が逢魔に変なことしないか見張るためにきたんだよ」


紅茶の紙パックに刺さったストローを加えながら頼光君が答える。


僕がお酒が苦手だということを知って、最近は紅茶を買ってくれるようになったらしい。


「ワシは魔女が伝えてきた秘密とやらを知りたくてな。まぁ、それ以外にも理由はあるんじゃが…」


そういってドラキュラさんが気の毒そうな目線を僕に送ってくる。


「やっぱり二人が一緒じゃだめかな、ロジーナさん」


スサノオの短剣を貸す代わりに、魔術について教えてもらうことになった僕は、学園の敷地内にある森でロジーナさんと待ち合わせをしていた。


ロジーナさんに教えてもらった道順で待ち合わせ場所に行く道中、なぜか待っていた頼光君とドラキュラさんと合流し、まるで待ち合わせをしていたかのように三人で広場に到着したのである。


…やはり代々続く研究の成果を他の人にもみせるのはまずかっただろうか。


申し訳なさそうな顔をしているはずの僕をみて、ロジーナさんがまたため息をついた。


「来ちまったもんはしょうがないか、仕方がないからお前らも居て良いぞ」


「ありがとう、ロジーナさん!」


何だかんだいって、ロジーナさんは面倒見が良さそうな雰囲気がある。


「まぁ、秘術なんてもんじゃないがな。学園じゃ教えてくれないことを教えてやるだけだ」


「おお、魔女にしては気前がよいの」


「なんだ、あんた他の魔女を知ってるのか」


ロジーナさんにはドラキュラさんについては簡単に説明してあるけど、意外そうな顔をしている。


「昔な、何人かの魔女と会ったことがあるぞ。どれも偏屈なやつばかりじゃったがの」


「だろうね。私の親戚も変な人ばっかりだよ」


今でも闇川さんが悪ノリして演技しているのではないかと思ってしまうが、流石はドラキュラ伯爵といったところだろうか。


「…というか、こんなところで大丈夫なのか。他のやつとかに見られるんじゃないか」


頼光君が周りを見渡しながらロジーナさんに聞いた。


「大丈夫だよ、他の奴はここには来れないようにしてあるから」


そういって、ロジーナさんは後ろの大木を指さした。大木の枝には古びたランタンのようなものがかかっている。


「『迷いの灯』っていってな、この場所には決められた道順でしか来られないんだ」


「魔道具か、またずいぶんと魔女っぽいものを持っておるな」


ドラキュラさんが興味深そうにランタンを見つめている。


―魔道具。魔力が込められたアーティファクト。込められた魔力と術式の種類によって、様々な超常現象を起こすことができる。


「私の一族は空間の把握と干渉が得意なんだ。他にも色んな魔道具があるんだぜ」


「えっ、他にもあるの!?」


話には聞いていたけれど、実際に魔道具をみる機会はなかった。


せっかくだから、もっと魔道具をみておきたい。


「仕方がない、あと一つだけ見せてやるよ。ほら、これさ」


ロジーナさんは胸元から首につけたネックレスを取り出した。そこには小さな赤い宝石がついたシンプルな指輪がついていた。


「こいつは『交換の指輪』。名前の通り、指輪同士を交換できる魔道具だ」


「交換ってどういうこと?」


「実際に見せたほうが早いかな」


そういってロジーナさんはポケットから青い宝石がついた同じデザインの指輪を取り出し、僕の人差し指にはめた。


「いいか草薙、あんたはここに立ってろよ」


走ってロジーナさんは僕たちから離れていく。


「おーい、いくぞー。…『交換(チェンジ)』!」


瞬時、高いところから飛び降りたときのような無重力感が身体を貫く。


内臓が動く気持ち悪さを感じながら頭を上げると、僕の方をみる橘君たちが目に入った。


「ま、こういうことさ。一番近くにいる指輪に触れている対象同士の位置を交換するんだ。」


「昔、この魔道具を悪用して王家の秘宝を盗んだやつがいたな」


ドラキュラさんが懐かしそうにしている。


「ははは、うちの一族の誰かかな。みんな悪戯好きだからさ」


短剣のこともあるし、妙に納得してしまった。


「魔道具って凄いんだね。ありがとうロジーナさん、指輪返すよ」


そういって僕は人差し指から指輪を抜こうとした。しかし、まるで指に張り付いたように指輪は外れてくれない。


「…外れないんだけど、この指輪」


「悪いな草薙、その指輪は一度はめると1週間くらいは外れないんだ」


「…なんで?」


ロジーナさんは僕から目を逸らした。


「なるほど、悪戯する前に相手が指輪を外してしまっては意味がないからな」


そんな術式もあるのか、とドラキュラさんが感心している。


「それに、草薙に付けておいてもらえれば保険にもなるし」


「なんの保険なのさ!」


「いや、私が悪いことしてて見つかりそうになったときとか、その場から脱出できるじゃん?」


「色んな意味ではめられたな、逢魔。だからレッカーマウルには気を付けろって言ったのに」


橘君が気の毒そうに僕の肩に手を置いてくる。


「まぁ、本当に困ったときにしか使わないから、安心してくれよな!」


その本当に困った時、僕はいったいどんな目に合うんだろうか。


空を見上げると、カラスがカァカァと鳴いていた。



◆ ◆ ◆ ◆


「話が脱線しちまったけど、本題に入るんだぜ」


一体誰のせいなのか物申したかったが、僕はぐっと言葉を飲み込んだ。


「今日あんたたちに教えることは二つ。魔力とは何か、そして憑依率を上げるにはどうしたら良いか」


「おいおい、いきなり学園の生徒垂涎の情報じゃねぇか。良いのかそんな大事なこと俺たちに教えて」


確かに憑依率を高めることができるのであれば、より強い堕落神とも戦える。


この学園に通う生徒であれば、誰もが知りたい情報だろう。


「別に問題ないんだぜ。むしろ教えることで私のためにもなるからさ」


「…どういうことだ?」


「橘は魔力ってどんなものだと思ってる?」


「魔力っていえば、そいつの魂の大きさだろ。魔力が大きければ、その分悪魔を憑依させることができる割合が増えるから、憑依率も上がって使える能力の強さも大きくなる」


確かに、橘君にはそう教えてもらった。だから、魔力がない僕が八岐大蛇を憑依させることができるのは原理的に考えておかしいらしい。


「そうだな、中等部じゃそう習ったよな」


「…なんか間違ってんのかよ」


訝しい顔をする橘君から視線を外し、ロジーナはドラキュラさんの方を向いた。


「なぁ、あんた悪魔なんだろ、今の説明聞いてどう思った?」


「全く間違っておるな。魔力なんて魂とも憑依率とも全く関係せんわい」


「…は?」


「そもそも魂に大きさなんてないじゃろ。魂は魂じゃて、あるのは味の違いたけじゃ」


まぁ、食べるのはわしら悪魔だけだと思うがの、とドラキュラさんは付け加えた。


「じゃあ魔力ってなんなんだよ」


「魔力はただのガソリンさ。超常的な現実を構築するための燃料。魂とは何の関係もない、人間で言えば生まれ持った資質さ」


「そうじゃな、魔力に関しては概ねそう考えて間違いはないじゃろう」


ドラキュラさんはうんうんと頷く。


「じゃあ、憑依率ってなんなんだよ。魔力じゃなかったら、何で差がでるんだよ」


「…憑依率ってのはね、憑依中に悪魔と魂を交換する割合さ」


「どういうことだ?」


「文字通り、憑依中は私たちの魂の何割かは悪魔の魂と入れ替わってるってことさ」


「魂が悪魔の魂と入れ替わる?」


頼光君は眉をひそめ、戸惑いを隠せない様子だ。


「それじゃ、憑依中の俺たちは…人間じゃないってことになるのか?」


ロジーナさんは静かに頷いた。


「そう、その通り。憑依の力を借りて戦う代償として、私たちは一部、自分の魂を悪魔に譲り渡しているんだ。だから憑依が進行すればするほど、悪魔の影響を受けて自分の意識や行動に変化が現れる」


「ちょっと待てよ、それって…かなり危険なんじゃないのか?」


頼光君は不安そうに言う。


「・・・憑依が進みすぎたらどうなるの?」


僕は恐る恐る問いかけた。


「そうなれば、最悪の場合、自分の魂は完全に悪魔に支配され、元に戻れなくなる危険性もある。それが憑依の限界だし、学園があまり憑依率を高めることを推奨しない理由でもある」


僕はその言葉に冷や汗を感じた。自分が完全に別の存在になるなんて、考えただけでも恐ろしい。


「憑依が強くなればなるほど、そのリスクも増していくわけだが、だからこそ学園では憑依のコントロールを厳しく教えているのさ。でも、学園が隠しているのは、魔力そのものが憑依率に直結していないことなんだ。魔力が少ない人間でも、憑依を極めれば強大な力を発揮できる」


「確かに、逢魔は魔力がないにも関わらず、スサノオを倒してみせたな…」


ロジーナさんが言っていることが正しければ、僕は自分の魂全てを八岐大蛇と入れ替えていることになる。


「まぁ、草薙の場合は特殊すぎて私にもわけがわからないな。実際にみたわけじゃないけど、本当に憑依率100%なら、草薙の自我は一切合切消し飛んでるはずなんだぜ。私らとは全く別物と考えた方がいいだろう」


ロジーナさんの話を聞いていた頼光君が少し考えこんで、質問した。


「…じゃあよ、極論言えば「黄昏の身体」じゃなくても憑依は可能なんじゃねぇか」


「良く気が付いたんだぜ。おそらく、その通りだよ」


頼光君の質問に、ロジーナさんが反応する。


「学園からの説明じゃ、俺たちは「黄昏の身体」をもっていて、一般では考えられない魔力を秘めているから、悪魔との契約が成り立つって話だったよな。でも、レッカーマウルが言ってることが本当なら、そもそもそれが嘘ってことになるよな」


「まぁ、簡単に言えばそうだね。確かに「黄昏の身体」をもってる私たちは一般の人とは違う。けど、魔力も関係なくて、魂にも違いがないなら、何が悪魔との契約の可否に関係してるのさって話よね」


「悪魔との契約の説明が間違ってるのか、そもそも「黄昏の身体」の説明が間違っているのか、そんなところか」


そうそう、とロジーナが頷く。


「信じられないと思うけど、これが私の家系に伝わる秘密なんだぜ。」


「なんで、これを俺たちに話したんだ?」


「本当は草薙にだけ教えるつもりだったんだけどね。ついでに魔術の特訓でもしてやろうと思ったんだけど、メンバーが面白かったから教えてやったのさ。私が一人でこの情報を抱えたまま死んだら、学園のことを疑えるやつがいなくなっちゃうだろ」


あれ、でもそれって…。


「それって、この情報を知ってる僕らもまずいってことじゃ」


「そうなるな!」


「そうなるな!じゃないよ!」


僕が本格的に抗議しようとすると、ロジーナさんが僕を止めた。



「森の近くでウロウロしている奴がいるんだぜ。何か噂になっても困るし、そろそろ行こうか」


「既に弊害が出始めてるじゃん…」


「人気者はつらいな!お尋ね者かもしれないけどさ、ははは」


笑えない冗談を言うロジーナさんの後について、僕たちは森を出ることにした。


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