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第7話

◆ ◆ ◆ ◆


「改めて、お前たちの担任になった藤原伊周だ」


先日の試験の時よりも、藤原先生の顔はやつれて見えた。


もしかしたら、スサノオの一件の処理に追われていたのかもしれない。


「とりあえず、高等部へようこそ。無事に全員が入学を許可された」


周りを見てみると、試験の日と同じ9人が教室にいた。


「そんなおまえたちにプレゼントだ。自分の名前が入ったものを取って、順番に回せ」


そういって藤原先生は何か箱のようなものを一番前の席の人に渡した。


左隣に座っている頼光君から箱を受け取ると、そこにはシンプルな腕時計が入っていた。


「堕落した神々と交戦すると、大概の電子機器は使い物にならなくなるからな。この端末は術式を組み込んであるから、一般のものよりはマシだろう」


藤原先生は、時間の確認、通信、メモ、一般的なウェアラブル機器と同じようなものだから、適当に使えと説明する。


「この間は説明しなかったが、1年生は全員が2年次、3年次に進級できるわけじゃない」


「「「えっ」」」


なんてことないように藤原先生は説明するが、クラスメイトたちは動揺していた。


「堕落した神々を退ける、あるいは退けるための支援を行うと、ポイントが付与される。そのポイントによって、2年次に進めるかどうかが決まる」


「進級できなかった奴はどうなるんですか?」


頼光君が質問する。


「進級できなかったものは退学扱いとなり、堕落神と戦うことは許可されない。18歳を終えるまで、TA・SO・GA・REの施設で暮らすことになる」


「飼い殺しってことかよ」


青い髪の青年が噛みつく。


藤原先生はため息をついて、嫌そうに説明した。


「施設での生活は保障されている。この国で暮らすどの国民よりも良い生活が送れるだろう」


誰かが「そんなことのために悪魔と契約したんじゃねぇんだよ…」とつぶやいた。


おそらく、全員の考えは同じであった。


「説明は以上になる、細かいことについては学園に問い合わせろ。私よりはるかに丁寧に教えてくれるだろう」


そういって、藤原先生は教室から出ていこうとする。


だが、思い出したように歩みを止め、僕たちに振り返った。


「ちなみにだが、草薙・闇川・橘の三人は先日の試験で堕落神スサノオを退けている。ポイントもきちんと付与されているから、確認しておくように」


それを聞いた教室にざわめきが起こる。


「のんびりしていると死ぬまで最高の生活を送ることになるぞ」


そう言って、藤原先生は教室を出ていった。


恐る恐る周りをみると、クラスメイトたちが僕たちをみていた。


なんて爆弾を残していってくれたんだ、天井を仰いだ。


◆ ◆ ◆


「ところで、短剣はみつかったのかよ」


何人かのクラスメイトが僕たちに詰め寄ろうとしたとき、頼光君が僕の首根っこをつかんで教室への外へ連れ出してくれた。


「いや、それがどこでなくしたのか全くわからなくて。家を出るときは確実にもってたはずなんだけど」


「八岐大蛇に聞いてみてもダメなのか?」


「基本的にみんなと会話できるのは夢の中だけだから。この前みたいに外に出てきたのは初めてだし、今は話せないみたい」


ふーん、と頼光君が思案する。


「あれってやっぱり大事なものなんだろうな。なんたってスサノオの残した武器だし」


「たぶんね…」


短剣をカバンに入れたところから、教室で頼光君と会うまでの流れを思い出す。


しかし、カバンを開けた覚えは全くなかった。


「ところで、僕たちはどこに向かってるの?」


「腹が減ったし、購買にでも行こうぜ。逢魔はまだ行ったことないだろ?」


「購買!」


購買、名前は聞いたことがあるが、未知の場所である。


行ったことがない場所に少しテンションが上がる。


「あれでしょ、みんなでパンとかおにぎりを奪い合うんでしょ!」


「その偏った情報をどこから手に入れるんだよ…」


「えっ、漫画とか、アニメとか、ドラマとか…」


「本当に普通の中学生がするようなことしてこなかったんだな」


自分の身の上については、今朝簡単に話をしていた。


幼いころに今の親に引き取られたこと、親の運営する施設で大人たちに交じって訓練をし

ていたこと、中学校には途中から行かなくなったこと…。


「うん、だから楽しみなこともいっぱいあるんだ!」


そんな僕をみて、頼光君は複雑そうな顔をした。


「そうか、ならこんな学園生活でも楽しまなくちゃな」


「とりあえず、焼きそばパンが食べたいかな」


「俺が購買の正しい使い方を教えてやるよ」


「…また騙したりしない?」


「それは…どうかな」


ははは、と笑いながら逢魔と頼光は学食へと向かおうとした。


突然、二人は後ろから声をかけられた。


「なんだお前、あの短剣をなくしたのか」


「「!?」」


二人が驚いて振り返ると、そこには闇川さんが立っていた。


「げ、闇川」


「げ、とはなんだ赤髪の小僧。ワシが用があるのはこっちのもじゃもじゃの小僧だ」


そういって、闇川さんは僕を指さした。


昨日と全く違う印象に少し戸惑う。


「闇川さんだよね、なんか昨日とキャラが違くない?」


「ワシは冥と契約しているドラキュラ伯爵じゃ。お初にお目にかかる」


そういって、闇川さんは優雅に紳士然とした挨拶をした。


「悪魔!?」


「そうじゃ、ワシらの契約は少し特殊での。こうして日によって表に出る魂が異なるのじゃ」


はっはは、と大仰なポーズをとる。


寡黙で美人な闇川さんとは違った、明るく元気な少し抜けた美少女の闇川さんがそこにはいた。


「なんぞ、冥の奴がお主を甚く気に入っての。こうして後を付けてきたのじゃ」


「なんで気に入ったら後を付けてくることになるんだよ。普通に話しかけたらいいじゃねぇか」


少し戸惑いながら頼光君が質問する。


「ワシにもわからんが、冥がこうしろというのでな」


そういって、ドラキュラさんはポンと僕の肩に手を置いた。


「草薙逢魔といったかの。その…なんじゃ、ワシがいうのもなんだがな。お主、災難だったな。だが、冥は良い娘なんじゃ、少し変わってるだけでな、ぜひ仲良くしてやってくれ」


ドラキュラさんはうんうん、と頷く。


まるで、お見合いについてきた親類のような顔をしている。


「えっ、それってどういう」


僕が詳しく話を聞こうとすると、ドラキュラさんが話を遮った。


「…わかった、わかった。冥がさっさと本題に入れと言うからな、そうするとしよう」


「本題?」


「お主、昨日の荒神から奪った短剣をなくしたんじゃろ」


「どこにあるのか知ってるの!?」


思わず頼光君と顔を見合わせる。


「どこにあるのかというより、誰が持っているかはわかる」


「もっている?」


「そうじゃ、おぬしの短剣は盗まれたのじゃ」


「誰がもってるの?」


「ロジーナ・レッカーマウルじゃ」


あー、っと頼光君が納得した声をあげる。


ロジーナ、先日耳にした名前だ。


「ロジーナね、なるほど。そりゃ在り得る話だ」


「ロジーナさんって、教室にいた黄色い髪の子だよね」


「そうだ、ロジーナはな、中等部の時から有名だったんだ」


有名?と聞くと、頼光君は少し言いにくそうに話始めた。


「中等部ではな、あいつの周りでよくモノがなくなったんだよ。本人も否定するし、誰も証拠も見つけられないってことで、罪には問われなかったんだ」


嫌なことを思い出すように、頼光君は眉間に皺を寄せる。


「でも、あいつの周りでモノが無くなくなり続けた。だから、周りの奴はあいつのことを盗みのロジーナって呼ぶようになったんだ」


本人も否定して、証拠もないのでは、それは冤罪なのでは?と思ったが、頼光君もロジーナを悪くいう意図はなさそうなので、あえては口にしなかった。


「でも、いつ盗られたのか心当たりが全くないよ」


「お主、今朝あそこのベンチに座らなかったか」


そういって、ドラキュラさんは少し離れたベンチを指さした。


そこは、今朝僕が休憩したベンチだった。


「…座った!10分くらいだけだけど」


「お主は気づいてないかもしれんが、上を向いてアホみたいに寝ててな。その隙にがっつり盗まれとったぞ」


否定できなかった。


昨日は緊張からか、あまりよく眠れなかったのである。


広がる青空の解放感から、少し意識を手放していたのかもしれない。


くそっ、と悔しがる僕を横目に、頼光君が眉間に皺を寄せながらドラキュラさんに聞いた。


「…ちょっと待てよ。仮にそれが正しい情報だとして、なんでお前がそれを知ってるんだ」


「そりゃあ、見てたからの。リアルタイムで」


「えっ、なんで」


少し戸惑いながら聞くと、ドラキュラさんはまた僕の肩に手を置いて首を横に振った。


「だからいったじゃろ、草薙、災難だったな、と」


ゾクリと悪寒が身体を走る。


助けを求めるように頼光君を見ると、彼も首を横に振っていた。


「なるほどな。逢魔、頑張れよ」


「ワシも微力ながら力になるからの。困ったことがあったら相談してくれ」


初対面の悪魔にまで同情された僕は、しばらくの間冷や汗が止まらなかった。


◆ ◆ ◆

ロジーナ・レッカーマウルは焦っていた。


ベンチに座る草薙逢魔に遭遇したのは、日課の散歩を終えた直後だった。


「(なんだ、あのアホみたいな魔力は…!?)」


逢魔の横に置かれたカバンからは魔力が溢れている。


ロジーナはその血筋によって、魔力を見極める眼を持っている。


その眼が、逢魔のカバンにしまわれた荒神の短剣を見つけたのである。


「(あれがあれば、研究が一気に進む…!)」


そう思い立った時には、逢魔の座るベンチの背後に回り込んでいた。

幸いなことに、逢魔は白目をむいて気絶していた。


「(お前が間抜けな奴でよかったぜ、編入生。悪く思うなよ)」


手慣れた仕草でカバンから短剣を抜き取る。


逢魔のカバンのチャックを開けてから閉めるまで、30秒もかからなかった。


その後、教室で逢魔と頼光が騒いでいるのを横目に、藤原の説明をやり過ごした。


浮足立つ感情を抑え、足早に学生寮の自分の部屋と戻ると、短剣を取り出す。


まじまじと短剣を見つめると、そこには今までにみたことのがない量と密度の魔力が秘められていることがわかった。


「やっべぇ、なんだよこの魔力…。もしかして堕落した神々由来の神器とかか?」


確か、藤原は逢魔たち三人が堕落神を退けたといっていた。


その神と関係がある神器なのかもしれない、とロジーナは考えた。


「なんだっていいさ、これさえあれば、やっと理想の箒が完成する…」


さっそく、自分の箒をもってこようと短剣に背をむけたとき、それは起こった。


短剣が「キューン、キューン」と鳴き始めたのである。


聞き間違いか、とロジーナが振り向くと、確かに短剣が「キューン、キューン」と鳴いている。まるで親からはぐれた子犬のような鳴き声だった。


「なんだぁ…?」


嫌な予感がして、ロジーナは短剣に近づいた。


おそるおそる、短剣に触れようとする。


その時、短剣が再び鳴いた。


「グルルルル」


短剣に内包された魔力が、爆発的に膨張している。


まずい、これはものすごくまずいことになっている。


一刻も早く、この短剣を草薙逢魔のところにもっていかなければならない。


ロジーナは、手早く短剣を布に包むと、部屋の外へと飛び出した。


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