◆ ◆ ◆
スサノオが倒されると、再び試験室に沈黙が訪れた。
どさり、と逢魔が倒れる。
それをみた橘は、正気を戻り逢魔に駆け寄った。
「おい、おい、大丈夫か草薙!しっかりしろ!」
「う、うーん。あ、あれ、橘君、スサノオはどうなった…?」
少し寝ぼけたように、逢魔が橘に問う。
そんな逢魔の様子をみた橘は、逢魔の頭を強めに叩いた。
「痛っ!」
「馬鹿たれっ!死んだらどうすんだよ!」
「いや、だってあのままだと橘君が死んじゃうって思って」
「そんなの、この学園に入ったときから覚悟はできてんだよ!」
この馬鹿、と橘はもう一度逢魔を叩く。
「でも、僕は橘君がいなくなる覚悟はできてなかったから」
へらへらと笑う逢魔に、橘は何も言えなくなってしまった。
闇川も逢魔たちの近くに寄ってくる。
「あなた魔力がないんじゃなかった?さっきの悪魔を憑依してたわよね、それもかなり高い憑依率だったわ」
「うーん、何かそういう体質みたいなんだよね。昔も一度、悪魔を憑依させたんだけど、それ以来できてなくて」
「それでよく戦う気になったわね」
半ば呆れたように闇川がつぶやく。
「なんか、あのときはできる、って思ったんだよね」
アホか、と橘は呆れた。
「それに、いつも遊んでる悪魔たちはもっと意地悪だし、ズル賢いから」
「お前、自分の悪魔と遊んでるのか?」
「えっ、みんなは遊ばないの?」
さも当然のように逢魔が聞く。
橘と闇川は理解できないものを見る目で逢魔を見つめる。
「悪魔は契約する相手で、『遊ぶ』相手じゃないだろ。そんな話聞いたことないぞ」
「そんなのお前たちの勝手な思い込みだろ」
ふと、三人以外の声がした。
声がした方をみてみると、逢魔の髪の一束がまとまり、まるで蛇のような形をしている。
「あれ、外に出られるようになったんだ」
「あのスサノオを倒したからな。やっと娑婆に出てこられたぜ」
スカッとした~と叫びながら、身体をほぐすように蛇が身体をぐねぐねと動かす。
「もしかした、あなたの契約している悪魔?」
「おうよ、俺様は八岐大蛇。よろしくな!」
気さくなおっさんのようなノリで八岐大蛇が挨拶をする。
「他のみんなは出てこられないの?」
「他の奴はダメみたいだな。とりあえずは俺だけだ」
それは残念だね、と逢魔は返事をした。
「お前、他にも契約している悪魔がいるのか?」
「あと7人いるよ。会えてない子もいるけど」
在り得ない、悪魔と『遊ぶ』だけではなく、八体の悪魔と契約をしている?
考えることが多すぎて、橘は黙ってしまった。
「(もしかして、これは黙っておいた方がよかった情報なんじゃ…)」
そんなことを考えていると、逢魔は闇川に見つめられていることに気が付いた。
「ど、どうしたの闇川さん」。
「なんだ嬢ちゃん、逢魔に惚れたのか?やめとけ、こんな陰キャ。世の中には他にもっと良い男がいるぜ」
八岐大蛇がニヤニヤとデリカシーのない発言をする。
「ふふ、そうね。でも、少なくともこれまで会った人の中で一番面白い男だと思ったわ」
始めてみた闇川の笑顔に逢魔はドキッとした。
なんて返事をしようかと迷っていると、普段の無表情に戻った闇川は出口へと歩き始めていた。
「とりあえず疲れたわ。今日のところは、いったん帰りましょう。」
「そうだな、なんかどっと疲れたぜ」
橘も闇川に続いて出口へと歩き出す。
そんな二人を追いかけながら、逢魔は聞きにくそうに質問をした。
「これって、合格ってことでいいんだよね?」
「当たり前だろ、模擬神じゃなくて本物の堕落神を退けたんだ。これで合格じゃなきゃ、誰が合格するってんだよ」
呆れたように橘が答えた時、試験室の扉が開き藤原たちが駆け込んできた。
◆ ◆ ◆
指定された登校時間よりも早めに学園に来ていた。
周りに誰もいないことを確認して、ちいさくお辞儀をして大鳥居をくぐる。
昨日活気があった桜並木の道も、時間が早いためか人通りはない。
ふと足をとめ、道のわきにあるベンチへと腰を下ろす。
カバンを横に置き、ぐっと肩を伸ばすと、雲のない青空が目に入った。
「(これから学園生活が始まるんだなぁ…)」
そんなことを10分ほどぼんやりと考え、僕は校舎へと向かった。
昨日藤原先生から教えられた教室に着くと、橘君が窓際の席に座っていた。
「おはよう、橘君」
「…あぁ、おはよう草薙」
橘君の隣の席にカバンをおく。
もしかしたら、席は指定されているのかもしれないが、今二人以外は誰もいない。
「お前、俺のこと軽蔑しないのかよ」
橘君が顔を逸らしながら、聞いてきた。
「なんで?」
「『遊び』のときに聞いてただろ、俺が幼馴染を殺したって」
あぁ、そんな話もあったなと思い出す。
「中等部の奴は俺のこと嫌ってるからさ、お前は関わらないほうが得だぜ」
「あー、なるほどね」
うーん、と少し悩んで、逢魔は答えた。
「それって、今の橘君とは関係なくない?」
こほん、と咳払いをして、続ける。
「この前は言えなかったんだけど、ありがとう橘君」
「…なにが」
「大鳥居のところで声をかけてくれて、色々教えてくれたでしょ」
文字通り、色々なことを教えてもらった。
いたずらを思い出したのか、橘君は少し気まずそうな表情をする。
「あんだけ同じところでウロウロしてたら、声をかけないわけにはいかないだろ」
「でもさ、困ってたとき話かけてくれたのは橘君だけだったから」
「そんなの…」
「それだけで、救われたんだよ。あのままじゃ、僕は家に逃げ帰って、試験も受けられなくて、この学園に通えなかったかも」
まっすぐと橘くんの顔を見つめる。
「だから、橘君が昔どんなことをしたとかは、今のところ関係ないかな」
少し恥ずかしくなって、ごまかすように笑いながら手を差し出した。
橘くんは少し迷って、その手を握り返してくれる。
「頼光」
「えっ?」
「俺の名前だよ。俺だけ下の名前で呼ぶのは変だろ、お前も頼光って呼べよ」
やっぱり、少し恥ずかしそうに、頼光君はそっぽを向いてしまった。
「うん、これからよろしく頼光君!」
少し照れ臭そうに返した頼光くんは、こちらこそよろしく、と返した。
◆ ◆ ◆
「そういえば、昨日手に入れた短剣はどうしたんだよ」
「あれね、八岐大蛇が肌身離さずもっておけ!ってうるさいからもってきたよ」
「みせてくれよ、実は興味があったんだ。何せ堕落神がもってた武器だしな」
いいよ、カバンに手を突っ込む。
ガサゴソ、と何往復かして、カバンを勢いよく開いた。
「…あれ?」
「どうした」
「…ない」
「はぁ?」
「なくしちゃったみたい、短剣」
気まずそうに笑う僕をみて、頼光君は頭を抱えた。