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第6話

◆ ◆ ◆


スサノオが倒されると、再び試験室に沈黙が訪れた。


どさり、と逢魔が倒れる。


それをみた橘は、正気を戻り逢魔に駆け寄った。


「おい、おい、大丈夫か草薙!しっかりしろ!」


「う、うーん。あ、あれ、橘君、スサノオはどうなった…?」


少し寝ぼけたように、逢魔が橘に問う。


そんな逢魔の様子をみた橘は、逢魔の頭を強めに叩いた。


「痛っ!」


「馬鹿たれっ!死んだらどうすんだよ!」


「いや、だってあのままだと橘君が死んじゃうって思って」


「そんなの、この学園に入ったときから覚悟はできてんだよ!」


この馬鹿、と橘はもう一度逢魔を叩く。


「でも、僕は橘君がいなくなる覚悟はできてなかったから」


へらへらと笑う逢魔に、橘は何も言えなくなってしまった。


闇川も逢魔たちの近くに寄ってくる。


「あなた魔力がないんじゃなかった?さっきの悪魔を憑依してたわよね、それもかなり高い憑依率だったわ」


「うーん、何かそういう体質みたいなんだよね。昔も一度、悪魔を憑依させたんだけど、それ以来できてなくて」


「それでよく戦う気になったわね」


半ば呆れたように闇川がつぶやく。


「なんか、あのときはできる、って思ったんだよね」


アホか、と橘は呆れた。

「それに、いつも遊んでる悪魔たちはもっと意地悪だし、ズル賢いから」


「お前、自分の悪魔と遊んでるのか?」


「えっ、みんなは遊ばないの?」


さも当然のように逢魔が聞く。


橘と闇川は理解できないものを見る目で逢魔を見つめる。


「悪魔は契約する相手で、『遊ぶ』相手じゃないだろ。そんな話聞いたことないぞ」


「そんなのお前たちの勝手な思い込みだろ」


ふと、三人以外の声がした。


声がした方をみてみると、逢魔の髪の一束がまとまり、まるで蛇のような形をしている。


「あれ、外に出られるようになったんだ」


「あのスサノオを倒したからな。やっと娑婆に出てこられたぜ」


スカッとした~と叫びながら、身体をほぐすように蛇が身体をぐねぐねと動かす。


「もしかした、あなたの契約している悪魔?」


「おうよ、俺様は八岐大蛇。よろしくな!」


気さくなおっさんのようなノリで八岐大蛇が挨拶をする。


「他のみんなは出てこられないの?」


「他の奴はダメみたいだな。とりあえずは俺だけだ」


それは残念だね、と逢魔は返事をした。


「お前、他にも契約している悪魔がいるのか?」


「あと7人いるよ。会えてない子もいるけど」


在り得ない、悪魔と『遊ぶ』だけではなく、八体の悪魔と契約をしている?


考えることが多すぎて、橘は黙ってしまった。


「(もしかして、これは黙っておいた方がよかった情報なんじゃ…)」


そんなことを考えていると、逢魔は闇川に見つめられていることに気が付いた。


「ど、どうしたの闇川さん」。


「なんだ嬢ちゃん、逢魔に惚れたのか?やめとけ、こんな陰キャ。世の中には他にもっと良い男がいるぜ」


八岐大蛇がニヤニヤとデリカシーのない発言をする。


「ふふ、そうね。でも、少なくともこれまで会った人の中で一番面白い男だと思ったわ」


始めてみた闇川の笑顔に逢魔はドキッとした。


なんて返事をしようかと迷っていると、普段の無表情に戻った闇川は出口へと歩き始めていた。


「とりあえず疲れたわ。今日のところは、いったん帰りましょう。」


「そうだな、なんかどっと疲れたぜ」


橘も闇川に続いて出口へと歩き出す。


そんな二人を追いかけながら、逢魔は聞きにくそうに質問をした。


「これって、合格ってことでいいんだよね?」


「当たり前だろ、模擬神じゃなくて本物の堕落神を退けたんだ。これで合格じゃなきゃ、誰が合格するってんだよ」


呆れたように橘が答えた時、試験室の扉が開き藤原たちが駆け込んできた。


◆ ◆ ◆


指定された登校時間よりも早めに学園に来ていた。


周りに誰もいないことを確認して、ちいさくお辞儀をして大鳥居をくぐる。


昨日活気があった桜並木の道も、時間が早いためか人通りはない。


ふと足をとめ、道のわきにあるベンチへと腰を下ろす。


カバンを横に置き、ぐっと肩を伸ばすと、雲のない青空が目に入った。


「(これから学園生活が始まるんだなぁ…)」


そんなことを10分ほどぼんやりと考え、僕は校舎へと向かった。


昨日藤原先生から教えられた教室に着くと、橘君が窓際の席に座っていた。


「おはよう、橘君」


「…あぁ、おはよう草薙」


橘君の隣の席にカバンをおく。


もしかしたら、席は指定されているのかもしれないが、今二人以外は誰もいない。


「お前、俺のこと軽蔑しないのかよ」


橘君が顔を逸らしながら、聞いてきた。


「なんで?」


「『遊び』のときに聞いてただろ、俺が幼馴染を殺したって」


あぁ、そんな話もあったなと思い出す。


「中等部の奴は俺のこと嫌ってるからさ、お前は関わらないほうが得だぜ」


「あー、なるほどね」


うーん、と少し悩んで、逢魔は答えた。


「それって、今の橘君とは関係なくない?」


こほん、と咳払いをして、続ける。


「この前は言えなかったんだけど、ありがとう橘君」


「…なにが」


「大鳥居のところで声をかけてくれて、色々教えてくれたでしょ」


文字通り、色々なことを教えてもらった。


いたずらを思い出したのか、橘君は少し気まずそうな表情をする。


「あんだけ同じところでウロウロしてたら、声をかけないわけにはいかないだろ」


「でもさ、困ってたとき話かけてくれたのは橘君だけだったから」


「そんなの…」


「それだけで、救われたんだよ。あのままじゃ、僕は家に逃げ帰って、試験も受けられなくて、この学園に通えなかったかも」


まっすぐと橘くんの顔を見つめる。


「だから、橘君が昔どんなことをしたとかは、今のところ関係ないかな」


少し恥ずかしくなって、ごまかすように笑いながら手を差し出した。


橘くんは少し迷って、その手を握り返してくれる。


「頼光」


「えっ?」


「俺の名前だよ。俺だけ下の名前で呼ぶのは変だろ、お前も頼光って呼べよ」


やっぱり、少し恥ずかしそうに、頼光君はそっぽを向いてしまった。


「うん、これからよろしく頼光君!」


少し照れ臭そうに返した頼光くんは、こちらこそよろしく、と返した。


◆ ◆ ◆


「そういえば、昨日手に入れた短剣はどうしたんだよ」


「あれね、八岐大蛇が肌身離さずもっておけ!ってうるさいからもってきたよ」


「みせてくれよ、実は興味があったんだ。何せ堕落神がもってた武器だしな」


いいよ、カバンに手を突っ込む。


ガサゴソ、と何往復かして、カバンを勢いよく開いた。


「…あれ?」


「どうした」


「…ない」


「はぁ?」


「なくしちゃったみたい、短剣」


気まずそうに笑う僕をみて、頼光君は頭を抱えた。


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