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試験内容は以下の通りのようだ。
三人一組となり、模擬神を倒すこと。
模擬神とはこれまでの堕落神との戦闘のデータに基づいて作り出される疑似的な堕落神らしい。
同級生たちは特に質問をしていなかったので、中等部なるところでは常識の類なのかもしれない。
「チームC、闇川冥、橘頼光、草薙逢魔」
教室内でそれぞれがチームへと分けられ、試験管らしき大人たちに連れられて行く。
最期に教室を出た逢魔たちの引率者は藤原先生だった。
学園内のどこかの施設につくと、注連縄によって閉じられた扉の前に連れてこられた。
「試験室は高度な結界によって覆われている。試験が終わるまでは誰も出入りすることができないからな」
「それって俺たちが死にかかっても誰も助けにきてくれないってことですよね」
赤髪の青年が嫌味のように藤原に質問する。
「堕落神と遭遇すれば、生きるか死ぬかの二択だけだ。助けなど想定する必要がない」
堕落神―。気まぐれに世界に表れては甚大な被害をもたらす災害のような存在。
確かに、そんな存在に抗おうとする時点で、助けを求めようとするのは間違った選択肢なのかもしれない。
ふと、藤原先生からみられていることに気が付いた。
「な、なんでしょうか」
「いや、なんでもない。あの水晶に触れれば模擬神との戦闘が始まる。準備ができたらお前たちのタイミングで触れ」
藤原先生が試験室へと続く扉を開ける。
「精々あがいてくると良い」
僕らが部屋に入ると、すぐに扉は閉められた。
◆ ◆ ◆
真っ白な部屋に沈黙が訪れる。
「同じチームになっちまったらしょうがねぁな。よろしくな、草薙」
教室の時と打って変わって、朝のような気安さで橘が話しかけてきた。
「なんで無視したのさ、橘くん」
おそらく彼のものであろう名前を、少し含みをもたせて呼んでみる。
「まぁ、色々あんだよ。理由はまた今度話すから、今は試験に集中しようぜ」
橘君は、悪いな、と曖昧に微笑んで僕から目をそむけた。
「あいつは闇川な。まぁ、話しかけても無駄だから気にすんな」
「無駄ってどういうこと?」
「あんまり人間に興味がないってのかな。あの見た目だから色んな奴が話しかけたんだけどさ、みんな無視されるかこっぴどく振られて、玉砕さ」
闇川、と呼ばれた少女に目を向ける。
確かにきめ細かな茶色の髪から除く顔は、おそろしく整っている。
橘君の顔も整っているが、闇川さんの顔の造形は目が離せなくなるような魅力をもっていた。
「ところで草薙、魔力がないって本当か?」
「…ごめんね、本当なんだ」
「でも、悪魔と契約はしてるんだな?」
「一応してるよ。契約って言えるのかは微妙だけど…」
曖昧に返すと、橘君はふーんと思案した。
「まぁ、出てきた模擬神を退けれられれば試験は合格っていってたからな。俺と闇川でなんとかするさ」
「二人だけで大丈夫なの?」
「あいつ、人とは関わらないけど、実力は本物だから。多分同級生のなかじゃ一番か二番く
らいだったんじゃないか」
小柄な見た目とは裏腹な強さを闇川さんはもっているらしい。
「橘君はどうなの?」
「自分で言うのもなんだけど、強い方だな。あの教室にいた奴の中なら、上から三番目ってところだ」
確かに、ろくに悪魔の力を行使できない自分と組まされる二人ならば強いのかもしれない。
この試験のチームバランスが公平にできるのであれば、という仮定が正しければ、だが。
そんなことを考えていると、ふと疑問が浮かんだ。
「そんな強い二人なのに、なんでこの試験を受けてるの?」
「…ま、色々あるんだ。俺も闇川も、あの場にいた奴ら全員がさ」
嫌なことを思い出したように、自傷気味に橘が笑う。
「じゃあ、はじめるか。水晶は逢魔が触るってことでいいよな、闇川」
闇川さんは興味がないように、こくんと頷いた。
「僕で良いの?模擬神とか結晶とか全然知らないんだけど」
「中等部のときに、触ったやつの強さに応じた神が出てくるとか噂があったからな。草薙が適任だろう」
それは、とても下に見積もられているということではと思ったが、正しい見積りだとも思ったので反論はしなかった。
「模擬神が出てきたら、奴らの出すルールに則って『遊ぶ』。これくらいは知ってるか?」
「それくらいなら。『遊び』については多少は知ってるよ」
「じゃあ大丈夫だな。先生はああ言ってたけど、模擬神の『遊び』なんて大したことないからな。ましてや草薙が触るなら、何の問題もないだろうよ」
橘君はおどけたように笑った。
僕もつられて笑った。
「じゃあ、触るね」
部屋の中央に鎮座された水晶へと近づき、ぺたりと触れる。
ひんやりとした感覚が、緊張で火照った体に気持ちよく感じた。
しかし、ピカッと光りの広がりを感じた次の瞬間、見えない力に吹き飛ばされた。
ピキリ、と部屋の壁に無数の亀裂が入る。
先ほどまで少し蒸し暑かった部屋は、雪山のように冷え切っていた。
―息ができない。
僕は咄嗟に口元に手を当てた。
気を抜けば、その場に崩れ落ちてしまいそうな威圧感が身を包む。
「なんだ、久々に呼ばれたと思ったら、祭壇も何もないではないか」
水晶のあった場所に、大きな人影が落ちる。
そこには、古代日本風の服装に身を包んだ、場違いな男が佇んでいた。
「我が名はスサノオ。現界の儀、大儀であった」
スサノオと名乗った大男は、凝った部分を解すように、肩を回した。
スサノオが動く度に、身体が気圧される。
「本物の堕落神が何故…」
闇川さんが振り絞った声を出す。
それを耳にしたスサノオは眉を顰める。
「誰が口を聞いてよいといった、黙れ」
スサノオがパチンと指をはじくと、三人は口が開けられなくなってしまった。
それが、当然の理であるかのように、誰も抗うことはできない。
「さて、どのように『遊ぶ』かな」
にやり、とスサノオは嫌らしく笑った。