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「試験監督を務める藤原伊周である」
年齢にそぐわない白髪をかっちりとオールバックに固めた若めの教師は、眼鏡を指で押し上げながら自己紹介をした。
「お前たちはまだ高等科への入学を許可されたわけではない」
ぐるり、と教室に集まった9人の生徒へと視線が向けられる。
「試験に合格しなければ、今日がお前たちがこの学園へ足を踏み入れる最後の日になる」
嫌な静けさが教室全体を包む。
その間にも僕は教室の一番後ろの列の席で頭を抱えていた。
「(試験って何なに?不合格だと入学すらできないの?)」
初めての学園に迷いながらも、なんとか掲示板に書かれた教室にたどりつくと、自分以外の生徒は既に着席していた。
その中に先ほどの青年もいたが、僕を一瞥すると、ふいっとそっぽを向いてしまった。
「最初に伝えておくが、ここにいる者たちは、高等部への入学に問題があると判断されたものたちだ」
まだ何もしてないし、そもそも入学できるってきいてここに来たのだが―。
「先生~、私たちなんか悪いことしましたかぁ?他の奴らと何が違うですかぁ」
ふと、生徒の中から声が上がった。
少し癖のある金色の髪の毛が印象的な少女が椅子に横向きに腰掛け、ニヤニヤと挑発的な笑みを浮かべながら教師へと向けている。
「ロジーナ・レッカーマウル。それはお前らがこの学園に相応しくない可能性が高いだからだ」
ロジーナと呼ばれた少女はヘラヘラと言葉を続ける。
「そうですかぁ、そんな自覚ないですけどねぇ」
「素行不良、能力不足、協調性なし、お前らはそういう生徒たちだろう」
少女の挑発に怯むことなく、藤原先生は当然のことであるかのように返事をする。
「確かにこのメンツじゃそういわれても仕方ないわな」
「今更この学園に相応しくないとか言われてな」
「ま、差し詰め問題児を集めましたって感じか」
ははは、と自傷的な笑いが教室に広がる。
「やる気がないなら、試験を受ける前に学園を出ていくんだな。普通の学校に通うのも悪くないかもしれないぞ」
藤原先生の一言に、教室の温度が一気に下がる。
「先生さぁ、冗談で言ってるとは思うんだけど、私たちはみんなあのクソったれどもに一泡吹かせるためにここにいんだよ。問題児だろうとなんだろうと、それだけは他の奴らと変わらないと思うけど?」
さっきまでのニヤニヤとした表情とは違い、ロジーナさんは真剣な顔をしていた。
「それなら良い」
そういって、藤原先生は姿勢を正した。
「中等部の復習だ。堕落した神々とは?」
「50年前に地球に表れた超次元的存在。誰も勝てない」
クラスの誰かが答える。
「堕落した神々に対抗する方法は?」
「あ、悪魔と契約して、ち、チカラを借りる」
「チカラを借りる条件は?」
「魔力を使って、身体に悪魔を降ろす。だけど、黄昏の身体を持ってないと、耐えられなくて、死ぬ」
それだけわかっていればよろしい、と藤原は問答をやめた。
「中等部ではこのように堕落した神々に対抗するための授業を行ってきたわけだが、高等部に授業というものは存在しない。高等部に入った時点で、お前たちはTA・SO・GA・REの構成員として扱われ、全ての時間は堕落した神々との交戦に充てられる」
誰かが口笛を吹いて囃し立てる。
「1年次は都内で、2年次には国内で、3年次には世界を対象として堕落神と戦うことになる」
「3年以降は?」
ロジーナさんがニヤニヤしながら質問する。
「…悪魔と契約した人間は18歳までしか生きることができない。だから3年次以降はない。悪趣味な質問するな」
これも聞いていたことだ。悪魔と契約した人間は代償として18歳で魂を悪魔に渡さなければならない。
「いいよなー先生は、悪魔と契約してないからさぁ。私たちと違って、これからも生きていくんだよなー」
悪びれた様子もなく、ロジーナさんが皮肉をいう。
しかし、藤原先生はロジーナさんを無視して説明を続けた。
「1年次から3年次まで全員が進級できるわけじゃない。退けた堕落神によって、ポイントが付与され、成績の良いものだけが進級を許される」
「なんで全員は進級できないんですか。戦えるなら構成員は多ければ多いほどいいじゃないですか」
ロジーナさんではない、黒髪の少女が質問する。
確かにそうだ、と思った。
入学試験についてもそうだが、わざわざ戦力を厳選する必要がない。
戦えるコマは多いに越したことはないと思った。
「この学園自体が、堕落神の『遊び』の一環だからだ」
藤原先生は表情を変えないまま、言葉を続ける。
「この学園は堕落神ゼウスの『遊び』によって成り立っている。優秀な悪魔憑きを育てる代わりに、人類を滅ぼすまでの猶予を与える、そういうルールになっている」
「それって、私たち人類は堕落神の『遊び』によって生かされてるってことですか?」
「そうだ。このルールを違えると、日本、いやこの世界自体が滅びる」
「くそ、何が堕落神だよ…!あいつら、神でもなんでもないだろ!」
青髪の青年が机を叩く。
「つまり、私たちが入学試験を受けるのもゼウスの意向ってわけ?」
ロジーナさんが質問する。
「そうだ。今年度は編入生がいるからな。編入生を受け入れる代わりにこの入学試験が設けられたらしい」
そういって、藤原先生は僕に視線を向けた。
つられて、教室にいる全員がこちらをみる。
「え、この試験って僕のせいなんですか…」
思わず声が出てしまった。
「そうだ、草薙逢魔。君のように魔力がないにも生徒の入学を許す条件がこの入学試験だ」
…最悪のタイミングだ。
とりあえず秘密にしておこうと思っていたことが、1日目にして露見した。
「魔力がないっ?じゃあ、どうやって悪魔を憑依させんだよ。悪魔の能力が使えないなら堕落した神々とは戦えないだろ」
ロジーナさんが声をあげる。
身体に憑依させた悪魔の能力を引き出せる具合は、その身体の持ち主がもっている魔力の量に比例する。
「ってか、こいつ誰だよ。中等部でみたことないんだけど。コネ入学か?」
教室前方の席に座っている青髪の青年が吐き捨てるように呟く。
何人かの生徒がこちらをみている。
嫌な汗が首筋を伝うのを感じた。
誰でもいい、誰か助けてくれ…。
「先生、そろそろ試験について教えてくださいよ」
気だるそうに赤髪の青年が声を上げた。
「では、試験内容について説明する」
コホン、と咳払いをすると藤原は説明を始めた。
助かった、と青年をみると、彼は窓の外を眺めていた。