異世界転移しちゃいました。
深夜。残業帰りの夜。ふらふらっと歩いていたら、気付くと森のなかにいたんです。
ホゥホゥ、とこだまするフクロウの鳴き声。ワオーンと響く狼の遠吠え。ホタルのような、妖精さんのような、そんなポツポツとした光が、暗い夜の森を幻想的に染め上げている。
見知らぬ森で、迷子になって。
夜だったから、とても眠くて。
じきにわたしは、木に腰掛けて、休むことにしたんです。本当につらくて。
夢だったらいいなって思って、でも夢なわけがないっていう確信もあって。
このまま死んじゃうのかなって不安にも思って、肌寒くて、たまらなくて。
そしたらね。
……――誰かに、揺すり起こされたんだ。
揺すり起こされて、びっくりしたわたしは、跳ね起きた。
目の前に、綺麗なエルフさんがいてね。
跳ね起きちゃったもんだから、その、ちょっと、とーっても言いにくいんだけれども、まるで漫画のようなキス……事故を、起こしてしまったのです。
起き抜けに、こう。少女漫画とか、思春期の時にしちゃうような妄想、みたいな感じで……。
そんな、わたしの起こしてしまった事故がね? のちに、エルフの掟にとって、人生の伴侶と相手を定める婚姻の印であることを知る。
その日から。
わたしとエルフちゃんによる、同棲生活が幕を開けた!
☆
「……―――――おっ、おはよう……?」
こんこん、とノックをして、エルフちゃんの寝室の扉を開ける。ログハウスのような木造の
「ごご、ごめんなさぃい……」
うん。ものすごく不機嫌そうに睨まれました。
咄嗟に謝って、すごすごと引き下がるように閉める扉の隙間から様子を伺う。
と、もぞもぞとした動きでベッドから上体を起こした彼女は、嘘みたいな寝癖でアフロのようにしているブロンドヘアをがしがしと掻いてはぼーっとしていた。
ああああああ、かわいい……。
朝のエルフ……絵になるなあ!(ガッツポーズ)
「〜〜〜!」
寝室のエルフちゃん。夏場なのもあってか、下着姿の彼女は「ふわぅあ」とだらしないあくびを一つ、寝ぼけ眼を擦っています。朝に弱いのかな? かわいいな。その姿は、美形なのも相まって、とても目の保養になる絵画です。もう二次元です。眼福です。
なんていうかなんていうかっ、全てが異次元なんですよ! おかしい! だってこれもう絵じゃないですか!
嘘みたいだよ! 神秘的で? 儚げで? もうとにかく本当にすごいんです。ほんとのほんとにかわいいんです! 天使なんですっ! リアルエルフえぐいよ!?
「……なに?」
「ひゃっ、な、なんでもないれしゅ……」
じぃっと見つめていたせいで、不快感を押し出したジト目がわたしのほうに向いた。美人。
綺麗で華奢で美しくて、ほんっとーっに二次元みたいな彼女。そんな彼女の視界にわたしなんぞが入り込んでいいのだろうか!……とか咄嗟にオタク的思考で考えてしまって、壁から覗かせていた頭を引っ込める。
……でも、エルフちゃんにしたいお話があったから、わたしは壁越しに声を掛ける。
「あ、あのね……えっとね……」
声がちょっと上擦っている。わたしは緊張しているみたい。
エルフちゃんが、「なに?」と壁越しに、こちらの続く言葉を待ってくれた。
「……ご、ご飯を、作ったんだ。お口に合うかは分からないけど……一緒に、どうですか?」
躊躇いがちに。でも勇気を振り絞って、朝ごはんに誘ってみる。
まだ昨晩のあの事件から、たった一夜しか明けていないし、気まずいしとても照れくさいし、困惑もあるしゆううつにも思う。だってわたしにこの世界の知識がなくて、ここに居させてもらうしかなくて……何かしないとって思って、わたし、料理は得意だったから。
だから、彼女の反応を待った。
ちょっと待って、じっと待って、しばらく待って、ドキドキして、余計なことをしちゃったんだとだんだん後悔し始めて――。
部屋の扉が、開けられた。
しゃがみ込んでいたわたしは、目の前に立つ、彼女を見上げる。
「……ん」
「〜〜〜っ、ありがとうございますっ!」
エルフちゃんは、応えてくれた。
☆
「いただきます」
「森の精霊の頂きに。感謝を」
「………」
「……なに?」
「うぇえっ、やや、なんでもない……かっこいいね!」
「かっこいい?」
思わずほへぇ~っと眺めてしまう。
日々の習慣化されている儀式だから、取り立ててすごいことをしてるってわけではないんですけど、感動してしまうものがあった。いま目の前にいるのは嘘みたいに美人で耳が横に尖った、空想上の存在であるはずのエルフで、そんな彼女が自らの文化を実際に見せてくれているわけで、すごいなあ不思議だなあと思う。
「食べにくいよ」
「すみません……」
エルフちゃんに苦笑された。
かわいい。
朝ごはんは簡単に。
まだ勝手が分からないので品数は少しだ。
エルフという存在がいる世界だけど、食材は元の世界と変わらない。ニンジンを見つけたときの安心感と来たらすごかった。ので、ニンジンサラダを副菜にして、調理済みの川魚がありましたのでそれを使わせていただいて……また、これが一番の驚きだったんだけど、エルフの文化は日本と近しいものがある?
お米があったんです。穀物。なんだったら、食器棚にあったカトラリーには箸らしきものも見つかったし、裏口のほうには重石を乗せた樽もあった。ちゃんと確認はしてませんが、ぬかの匂いがしていました。
「ぅえ……ちょっと焦げてた……ごめんね」
「別に平気」
エルフちゃんは淡白だ。
まだ一日しか知り合っていないのもあるし、出会いがアレだったのもあるので仕方ないのかもしれないけれど、ちょっと、寂しいところはある。
これからですね! これからだといいな……。
「ごちそうさまでした!」
「ごちそうさま」
「おそまつさまでした!」
「……元気ね」
エルフちゃんに褒められちゃいました。えへへ。たぶんそういうことじゃないですよね。うるさくてすみません……。
食事を終えたエルフちゃんは、すぐに立ち上がるのでわたしは見上げる。
「紅茶淹れてくる」
「あっ、わたしやりますよ?」
「いい」
「あ、はい……」
すげなく断られてしまった。
台所へ行き、小さな鼻唄を奏でながら茶葉を厳選する彼女を遠目に見る。
彼女の拘りなのかな? いいな。
本当にもう、絵になるなあ……!
わたしが手持ち無沙汰に過ごしていると、彼女がおぼんにティーポッドと二つのティーカップを乗せてやってきました。わたしの分がある。嬉しい。
空の食器をずらして、テーブルにお迎えします。
「あ、ありがとうございます……」
これは何の香りだろう?
あまり馴染みがないので分からないけど、なんとなくホッと落ち着くような、香り高い良い紅茶みたいだ。
「おいしい……」
チラリと彼女を見てみると、わたしの一言に嬉しそうにしてくれていた。
そんな顔されちゃうとこっちも嬉しくなっちゃうよ。
思わず見惚れるように眺めてしまっていると、彼女と目が合って恥ずかしくなる。
誤魔化すように話題を探してみたら、わたわたと慌ててしまった末に――そういえば、と思い出した。
「え、えっと、自己紹介ってまだですよね!」
「そうだね。私はトゥーレという。気負わずに呼んでくれ」
「……てゅ?」
「違う。トゥ」
「と、と、トゥ!……トゥ、ウレちゃん! にへへ」
かわいい名前だ。私が発音に苦労していると、困ったように彼女が微笑む。
「わ、わたしは、ユズです! 望月ゆずって、言います」
「そう。ユズ。覚えるよ。ユズ、ユズ……君に似合うね」
「そ、そうですか? えへへ……へへ……」
トゥーレちゃん。トゥーレちゃん。
とってもかわいいと思います。