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ハロウィン番外編 さんじゅういちにち!


「ほう……そんな文化があったのか」

「そうなんですよう、フフフフフ! えっと、例えばこういうやつとか、こういうちょっとえっちなのもあったりして!」

「ほほお、さすがだなユズちゃん……」


 ある日。エルフの村の服飾屋さんにて。


「マカロさんに、これをお願いしたいんです……!」

「おう。久々に腕が鳴るじゃねえか」


 わたしと店主・マカロさんのその闇の会合は、不穏な雰囲気を持ってふふふと笑い声の響く夜を越すのでした!



 ☆ 番外編:さんじゅういちにち! ☆



 朝です! 今日も元気な一日が始まります!

 この異世界転移を果たしてからというもの、朝というものがとても気持ちよくて、ぽかぽかで、しゃっきりとするような、過ごしやすい時間帯なんだってことを知りました。

 あっちにいた頃は、夜更かししちゃうような日々が多かったんだけどね。お仕事に朝起きるのが辛くて辛くて……うう、思い出さないようにしましょう。

 特に今はゲームとかもないし、夜更かしできるものがないっていうのもあるんでしょうけど、やっぱり朝の心地よさに気付けた点については本当に感謝しかありません。


 朝方人間ゆずちゃんです、おはようございます!


 とは言え、ここのところはトゥーレちゃんが哨戒警備に夜もお仕事する間、ひみつの計画に最近は夜も勤しんでおりますが……!


「お米炊くのも上手になってきましたねぇわたしっ!」


 もちろん炊飯器なんてありませんから。土鍋でご飯を炊くの、何回か失敗しちゃって、トゥーレちゃんにものすごく申し訳ない思いをさせちゃった日もありましたが、もう大丈夫!

 どうでしょうこのお米加減。カリカリに焦げまくっていたりべちゃべちゃに水分多かったりしたあの日の面影はとうになく……。

 ふふふ。

 ご飯を作るのは楽しいです。

 何より、トゥーレちゃんが美味しそうに食べてくれるのがとっても嬉しくてたまらない。


「おはようユズ」

「おはようトゥーレちゃん」


 朝食作りに熱中していると、起床して寝ぼけ眼のトゥーレちゃんがギシ、ギシ、なんてゆっくりと木床を踏みしめながら二階から降りてきたので元気にお出迎えします。

 今日もお仕事がある日、いつもご苦労様ですトゥーレちゃん。


「ふわぁあ」

「かわいい……」


 最近のトゥーレちゃんは全然あくびを隠さないようになってとっても可愛く思います。実は初日に、私が寝室を覗いて見ちゃってから、なかなかそんな隙を見せてくれなくなっていたんですけど、最近はほら!

 警戒心解いてくれたようにかわいいんです! トゥーレちゃん!

 なんか猫みたいだなって思っちゃう……。


「む」

「あややっ、なんでもないんですよ? トゥーレちゃん」


 にへらって笑って誤魔化します。トゥーレちゃんはかわいいっていうと、ちょっと頬を膨らますんです。それも可愛くてついつい声に出ちゃうのを隠さないわたしがいる事も秘密です。

 トゥーレちゃんは! 正義ですね!!


「ご飯まだ早いですか?」

「ううん、お腹減ってる。ちょっと顔洗ってくるね」

「わかりました! 準備します!」

「ありがとうユズ」


 うへへへへ……!

 どうですかどうですか、新婚生活そのものなんじゃないんですか! わたし全然そういうの知らないけど!

 でもなんか、こういうやりとりは実際していて幸せだー!って思えてしまうので、きっとそうなんだと思います。ちょっとだけ、恥ずかしくもあるけど、うん。

 噛み締めちゃうんです。


 洗面台がある方へと向かっていくトゥーレちゃんを見送りながら朝ごはんの支度をする。

 そうそう、実は今日は、トゥーレちゃんにお願いしたいことがあるのでした。

 明日がきっと、私が生きていた世界で言うところの、ハロウィーンな日になるんです。

 トゥーレちゃんにしたいことがいっぱいあるなぁ……!

 そのために今日まで色々と根回ししましたから!

 シエル様のゴーサインを背中にして!

 フフフフフ……。最近笑ってばっかりだ。


「豚肉の匂いがする」

「はい! 今日は豚汁にしてみました」


 最近お疲れ気味だったみたいなので。ちょっと重たいかもしれないけど、元気が付くようなものを意識しました。

 最近はもう秋も終わりかけ、とっても冷えているしね。

 お鍋とか今度食べたいなぁ。あったまるものを中心とした食生活になっていきます。

 冬ですね!


「うん。美味しそう」


 そんなことを話しながら、対面に座って両手を合わせてお祈りを。

 いつもちょびっとだけ恥ずかしくなっちゃうのは、イケメンエルフなトゥーレちゃんを目の前にしているからですね。

 いっつもドキドキしちゃう。にへへ。


「ふぅー……ふぅー……」


 豚汁はとても暖かいです。ちょっと火傷しちゃいそうなくらい。わたしは平気ですけど、トゥーレちゃんがちょっと珍しいくらいにふぅふぅしてて、じいっと見つめてしまいます。

 いつものお味噌汁より熱いもんね。

 猫舌なトゥーレちゃんです。とってもかわいい。


「……もう」

「んへへ」


 じっと見ていると横目に気づいたトゥーレちゃんの翡翠色のジト目が向いてきます。

 わたしは笑って誤魔化した。


「そうそうトゥーレちゃん、明日はご予定ありますか?」

「ううん。休みだよ」

「では明日はお願いがあるんですが! ちょっと付き合ってもらってもいいですか!」

「う、うん、いいよ。どうしたのユズ」

「フフフフフ! 当日まで秘密ですよ! トゥーレちゃん!」


 わくわくする。トゥーレちゃんはそんなわたしのようにちょっと呆けた様子だったけど、わたしが楽しそうにしているのをみて優しい笑みを浮かべてくれました。

 それに少しだけ恥ずかしくなってしまいつつ、「わかった」なんて受け入れてくれたトゥーレちゃんが大好きだなって思いつつ!


「ごちそうさま」

「おそまつさまでした!」


 続いては食後のティータイム。朝のとっても大切でかけがえのない日常を、わたしは今日もトゥーレちゃんと続けます。



     ☆



 からんころーんと扉を開けると鈴が鳴る。


「マカロさん!」


 お店に入ると衣替えの時期を迎え、品揃えが一新されたエルフの村の服飾屋に訪れます。

 夏場はシースルーファッションが基本でしたが!

 これからはローブの時代! そしてわたしが無駄に肌を露出することなく着込むことができる冬の訪れ!


 うーんみかんとコタツが恋しいですねえ。実家はその二つとお餅とお蕎麦。帰省する三ヶ日をぬくぬくと過ごしていた覚えがあります。

 あんまりここは、触れないでおきましょう。目の前にマカロさんもいるし、考えるのは一人の時間だ。

 もちろんわたしは〝今〟が大好きだしね。


「ようユズちゃん。頼まれていたものはきっちり全部揃えたぜ」

「おおおお……さすがです! 確認してもいいですか?」


 パンパンになった大きな紙袋をずしりと手渡され、おっとっとと倒れそうになりながらカウンターに一度置かせていただきます。なんだこれすごい!

 中身を確認。おばけ! ミイラ! ゾンビ! 魔女! そしてお姫さま!

 わあああ……! 予想以上の仕上がりだ! 広げすぎるとしまえなくなっちゃいそうだから、丁寧に折り畳まれて重ねられた衣装の表面だけ覗くように確認する。ちなみに一番上はお姫さまです、一番手を込んで作ってくださいとお願いしちゃった。


「すごい! すごい! マカロさんすごいです! 神様です!」


 これはもう明日楽しむしかないでしょう! 鼻を擦ってむず痒そうにするマカロさんに、でもほんとにすごい仕上がりで大はしゃぎする。

 着せる人は決まっています。マカロさんにデザインをお願いするときちゃんと合うよう作ってもらったんですが、なんでみんなのサイズ感覚を把握済みなのかは置いておきつつ……。


 マカロさんのデザイナーとしての才能だと思うことにします。


「……なんか変に思われてそうだから言っとくが俺はシエル様のしか正確に知らないぞ」

「えっ!? なんでそっちだけ知っているんですか!?」

「そこに引っ掛かるか……いやそうか。この村には五十年に一度の祭事があるんだけどな? シエル様の巫女服を作るのに測らせて頂いた事があるんだよ。恒例行事の衣装作りはずっと俺でな」

「み、巫女服……!」


 なにそれ気になるすごい見たい! 巫女装束のシエル様!

 どんな姿なんでしょう、きっと私の知っているような神社のやつとはぜんぜん違うんだろうけど……うはああ、気になるなあ!

 神楽とか踊るんでしょうか! シエル様は!!

 いいなあいいなあ、ものすごく見てみたい……五十年に一度……むむむむむ……!

 さすがエルフ!

 わたしおばあちゃんじゃん!


「まあそんなわけで。逆に他の奴らはなんでか知らねーけど人の顔見て逃げるから服のサイズがぴったりなのは全部俺の才能。褒めろ」


 少しだけ身に覚えがあるのでちょっと気まずくなっちゃいます。

 でもマカロさんってすごいなあ、昔は村を出て様々な国でデザイナーとして活動してたって話を聞いたことがある。村の外じゃ有名人さんみたいです、名の知れた巨匠だそうで!

 そんな人にちょっとした思いつきでコスプレみたいな服をお願いしてしまって、なんかものすごく申し訳なくなってしまいつつ……。


「マカロさんはすごいです」

「……おう」


 素直に言うと、言われ慣れていないのか少し顔を背けて応えるマカロさんに、とても感謝をしながらその場を後にしました。



     ☆



 ――さてさて準備は万端だ!

 お店でかぼちゃも買いました!

 当日でくばるクッキーもなれない環境で頑張りました!

 あとは素敵な二次元的イケメン美少女エルフのトゥーレちゃんたちにかわいい格好をしてもらって、わたしは天国を迎えようと思います!

 ここはパラダイスだ!!


 というわけで。

 翌日!


「トゥーレちゃん! 今からおでかけしますよ!」

「ん? いいよ」


 わたしのあまりのテンションに夕方の時刻、難解な異世界語で書かれている本を読んで休憩していたトゥーレちゃんが少し臆しながらも応じます。


「お着替えこちらで用意しました! ささ! トゥーレちゃんはやく!」

「……元気だね」


 その感想は恥ずかしくなる。かぁーっとトゥーレちゃんの一言に冷静になって恥ずかしくなりながら、それでもわたしは強引に彼女をお部屋まで連れて行きます。

 トゥーレちゃんのお着替えタイム、ご同伴させていただきます!


「トゥーレちゃんは今日が何の日か知っていますか?」

「普通の日」

「違います! ハロウィンです!」

「それはユズの世界にあったもの?」

「はい! 十月三十一日、秋が終わりを迎える時期に死者の魂が現世を彷徨いてしまうらしいんです。わたしたちはそんな幽霊たちに連れ拐われないように、仮装します! わたしたちも仲間だよっ! みたいな感じで!」

「ああ、似たような風習があるのは聞いたことがある気がするよ」

「やっぱりそうなんですか?」


 そうそう、マカロさんに話した時とか、シエル様に伝えた時も、おんなじように言われました。

 やっぱり世界って、似たようになるものなんでしょうか?

 仮装はしないし除霊のために魔法を使った儀式をするお祭りだ、ってシエル様に教えてもらったんですけど、ちょっとだけちがいますね!


「おもしろいね」

「ほんとに! さてさて、というわけでここはレッツ異文化コミュニケーション、たまにはわたしの文化的なものにも付き合ってもらおうと思うわけです」

「じゃあ、私は今からこれを着るの?」

「ぜひ!」


 ばっと広げたお洋服! 綺麗な綺麗なお姫様ドレスです!

 うわあすごい、マカロさんってすごいなあ!

 思っていた以上に煌びやかで、華々しくて、かわいくて、いつもはかっこよすぎるようなトゥーレちゃんのたまに見せる可愛らしさを、最大限に引き出してくれるお姫さまらしさだ!

 迷ったんですよ迷ったんですよ! トゥーレちゃんイケメンだからきっと男装も似合うんです、男装の麗人なんです、だからヴァンパイアみたいな貴公子感あってもめちゃくちゃ似合うと思うんですよ!

 だけどだけどっ、やっぱりトゥーレちゃんって綺麗で、美しいわけです! イケメンの前に美少女なんです! だからわたしは苦悩しました! そして導き出しました!

 かわいいトゥーレちゃんをもっともっと引き出したいと!


「これは……恥ずかしいよユズ……」


 かわいい……照れてるトゥーレちゃんがすごくいい……。

 尊いです。死んでしまいます。

 でも着てほしいからガッツで耐えます。


「わたしも仮装しますから! ぜひ着てください、トゥーレちゃん」

「でも……」

「絶対似合います!」


 さあお服脱ぎぬぎしましょうトゥーレちゃん。わたしの仮装、服の上からおばけの顔がプリントされてる布を被って簡易なおばけになるつもりですが。

 片手には手作りの鎌っぽいものを持って「ケッケッケ!」ってやるつもりです。ハロウィンエンジョイします。

 マカロさんにお願いする時少し恥ずかしかった。

 でもわたし個人でいうとこのエルフの村での普段着の方がコスプレチックなので許してください。


 今日のメインは! 仮装した! トゥーレちゃんたちなんですから!


「うわああああ、トゥーレちゃんやばい……!」


 天使だ、天使だ、すごい! 思った以上にすごい! まだ服着ただけなのにすごい! メイクもしないで完成系なのはトゥーレちゃんだからだ!

 キラキラとしたかわいいドレス。かわいいのに、どこか可憐で、クールビューティーで、綺麗で美しくて、トゥーレちゃんの良さしか引き出されていないような仮装。

 もはやこれは夢の国のプリンセスだよ!


「これ……絶対幽霊たちに溶け込む仮装じゃない……」


 むしろお化けの仮装したわたしがお持ち帰りしたいです。

 もとい、ちょっと日本のコスプレ文化を強くしすぎてわたしがトゥーレちゃんにしてもらいたかった服装をハロウィンを口実にしてもらっているだけなのはあります。

 ちょっと文化の広め方を間違ったかなと思いつつ、まだ複数ある衣装はちゃんとハロウィンしてるので許してくださいと心の中で誰にともなく謝罪しつつ。

 しゅばっ! わたしの仮装、完了!


「まさかユズはそれだけ?」

「はい! それでは張り切って参りましょー!」

「ええ……」


 向かう先は村長宅。村一番の高地にある、シエル様のお家です!


「はずかしい……」


 いつかのわたしみたいに、わたしの影に隠れるように恥じらいを見せて手を引かれるトゥーレちゃんをとっても愛おしく思います。



     ☆



「うわああ! なんだよ! びっくりするだろ!」


 道中、アンセムくんのお家に押しかけると、わたしの格好を見てびっくりしたようなアンセムくんがお出迎えしてくれました。


「トリックオアトリート! お菓子をくれなきゃいたずらするぞ!」

「はっ、はあ!? なんだそれ! 聞いてないよ!」


 うん、アンセムくんには何も話していないので。

 偽物の鎌を構えてがおー!っと脅しながら、突然のことに追いつけていないアンセムくんに説明なんてせず、そのまま進める。


「お菓子を持っていませんね! じゃあいたずらだー!」


 今回の趣旨。ハロウィンを知らないエルフの皆さん、というかわたしと仲良くしてくれてる人たちにマカロさん協力のもと作っていただいた衣装を〝いたずら〟として着替えさせるもの! あとお二方にも後ほど同様の流れでお着替えしていただこうと思います。

 トリックオアトリートと言いながらトリートを用意させる余地のない、まさに悪魔の所業! ハッピーハロウィン! けっけっけ!


「ちょ、まっ、なにっ!? なんなの!? ちょっ、トゥーレさっ、助けっ」


 ちなみに順次お着替えいただいた方々には企画の趣旨を説明してお手伝いしていただきます。

 トゥーレちゃんはもうすでに仲間だ!

 がっつりアンセムくんを両手を二人で掴んで引きずるように彼のお部屋まで連れて行く。


「なにするんだよ……」


 ぶーぶーふてくされるようなアンセムくんをトゥーレちゃんと囲んで逃さないようにします。

 ちらちらと見慣れないトゥーレちゃんのお姫様姿にちょっと赤くなってるようなアンセムくんに、謎の満足感を感じてしまいつつ。

 取り出した包帯をトゥーレちゃんにパスして構えた。


「え、まじでなにするの」

「せーのっ」



「「ハッピーハロウィン!」」



 アンセムくんの断末魔が日没時の村に響きました。

 ちなみにこの件に協力してくれたアンセムくんのお母さんにはクッキーを先にプレゼントさせて頂いております!

 アンセムくんのお母さんもとっても素敵な美人さんですよね……。

 お着替え完了。


「もー……なんなんだよこれ……」


 ぶつぶつと文句垂れるミイラ男に拍手する。ちょっと雑にぐるぐる巻きにされたような感じだけど、包帯頭からちらっと覗くアンセムくんの美青年ぶりは写真に収めたいですね……!

 大学時代の友人にアンセムくん見せたら、たぶんアンセムくん食べられちゃう。

 エルフを堪能できるのはわたしだけです、むふーと謎のマウントをとりながら。


「いいですねいいですねぇ! アンセムくん!」

「すごい包帯が口に入りそうなとこべろべろしてる」


 ぐるぐる巻きにしすぎました。

 じとっとした目のアンセムくんに、ここで初めて説明をして、お次は雑貨屋さんへ向かおうと思います!



     ☆



 からんころーん!


「そろそろ店じまい……あら」

「こんばんはリオンさん! トリックオアトリートです!」


「ほら言ったろ? お菓子を寄越すか悪戯を受けろだとよ」


 と、お店に行くと珍しい服装としたマカロさんがリオンさんとお話をしながらわたしたちを待ってくれているようでした。

 うわあああマカロさん、襟のついた赤いマントして、どこかフォーマルな服装だ。きっとこれはヴァンパイアですか! トゥーレちゃんにかわいいかかっこいいかの二択、お姫さまかヴァンパイアで悩んでいる時の!


 すごいすごい、没案になっちゃったから詳しく「こういうのなんですよー」って話してないのに、ものすごくヴァンパイアしてる。ダンディーヴァンパイアしてる!

 予想外の仮装についそっちに意識を取られちゃいます。

 実はマカロさんにもコスプレしてもらいたいなって思ってたんだけど、作ってくれるのはマカロさんだからお願いできなくてちょっと残念だなって一人思ってしまっていたので、なんだかとっても嬉しい気持ちだ。

 マカロさん、かっこいいです! 似合ってます!!


「え、ええ? お菓子なんて持っていないわよ、どうすればいいんでしょうか」


 困惑する様子のリオンさんがちょっと可愛くって、わたしはおばけの格好をしたまま両手をわきわきとさせます。


「それじゃあいたずらさせてくださいっ、リオンさん!」


 リオンさんが、少し恥ずかしげに目を逸らすトゥーレちゃんと、わたしと一緒に意外とノリノリで両手をわきわきとさせてるアンセムくんを見て、ちょっとだけ納得したようにどうぞって言ってくれました!

 それではリオンさんには素敵なコスプレをしていただきましょう!


「マカロは出て行きなさい」

「まあ予想はしてたけど。泣くよ俺?」


 今日は少し肌寒い夜なのに、追い出されてしまったマカロさんのために急いで完成させようと思います。

 今回は少しだけメイク的なものもしようと思うので、ものすごく緊張する……。

 大きな丸メガネをカウンターにおいて、端正なそのお顔をぐっと差し出してくれるリオンさんにドキドキとしながら、決して汚しはしないよう慎重に赤色を塗りました。

 そして衣装はどこかはだけたようなもの。そんなデザイン性まで要望通りに仕上げてくれるマカロさんに頭が上がりません。

 わたしが慎重にメイクを施している間、リオンさんは片目をぱちりと開けてわたしの隣にいるトゥーレちゃんを見ながら言った。


「トゥーレ」

「はい」

「素敵よ、似合ってる」

「〜〜〜っ……はい」


 トゥーレちゃんかわいい……いや、よそ見してはいけません。後方でちょっと暇そうにしていたアンセムくんが、そんなやりとりにピクッと長い耳を動かして気にしていたのを見てしまいつつ。

 さてさてお着替え完了です!

 リオンさんのコスプレは、どこかえっちぃゾンビガールでした!


「わあああ……! 素敵ですリオンさんっ」


 すごい、すごい、こんなゾンビには噛みつかれたくなるような蠱惑的な感じがあります! いい感じに血の感じとか出来てますねえ! まさか特殊メイクのようなゾンビゾンビしてる姿ではなく、軽いお遊び程度のメイクではありますが!

 メガネがないリオンさんは、どこか目付きが凛々しくて、ちょっと攻撃的な感じがあるのに、でもメガネがあると一気になんかえっちぃく見えちゃって、すごいと思います。

 これは大人の色気だ!


「ふふ、ありがとうございます」


 アンセムくんが膝に乗せられてじたばたとしています。

 すごい、ミイラとゾンビ、ここのハロウィンオーラすごいですね……!


「終わったか? さみぃさみぃ」

「あ、マカロさん! どうですか!」

「ほほお……」


 顎に手を当てて下から上まで見ていくマカロさんの目つきに、ちょっと不機嫌そうなリオンさんを感じて申し訳なくなってしまいつつ。


「綺麗だよリオン」


 そんな一言にぱっとアンセムくんを解放し、コツコツと早い足取りでマカロさんの元までリオンさんがいくと、――わあ!


「いってえ! 何すんだお前!」

「あんたもゾンビになればいいんだわ」


 マカロさんの太い片腕を取ってがぶりと噛みつく珍しいリオンさんの姿に、ついアンセムくんの目元を塞いで子供に見せちゃいけません!ってなっちゃうような雰囲気で圧倒されてしまいながら、そんな二人の関係性がどこか素敵に思えてしまうようでした。

 うん、尊いやつですね!



     ☆



「お邪魔します!」

「やあいらっしゃい」


 そしてそして村長宅へ! お邪魔した瞬間感じた暖かい温もりは魔法のものでしょうか?

 心地いいような温度がわたしたちを包んでくれて、ついほっとしてしまいながら、迎え入れてくれたシエル様にわたしはすぐに問いかけます。


「トリックオアトリート! おかしをくれなきゃいたずらします!」

「糠漬け食べる? あっはははっ」


 自分でぼけて吹き出しちゃうシエル様が見ていてとても楽しいです。わたし達の格好を一瞥していきながら、目じりを拭って「ごめんごめん」と笑って続ける。


「いいよ。ぜひ私にもいたずらをしてくれ。可愛いのがいいな」


 ぽんとおばけのシーツを被るわたしの頭に手を置いて撫でてくれて、ドキドキしながら応えます。


「はい! ではお着替えタイムに入りましょー!」


 せっかくのシエル様のお披露目は、エルフの皆さんに取っておくためわたしと二人で別室へ向かいました。


 がさごそと最後の一つ、絶対シエル様なら似合うだろうって思っていた衣装を取り出す。シエル様は椅子の背もたれを前にしながら大股で座り、優しい視線を背中に送ってくれていた。


「ユズ。一つ質問があるんだ」

「……? はい?」


 ほんの少しだけ、その改まった雰囲気にドキドキとする。

 衣装を抱えて振り返り、ラフで柔らかい雰囲気なのにどこかちょっぴりこわいようなシエル様の、続ける質問に身構えた。


「今は幸せかい?」


 ―――。それは、胸を張って答えれる。


「はい!」


 でもシエル様は、まだ少しだけ難しい顔をして、椅子に座りながらもわたしに手を差し出してきた。

 おずおずと歩み寄って、その繊細で綺麗な手のひらに、わたしはぽんと右手をおきます。


「そっか」


 ふんわりと。そう笑いながら、繋いだ手のひらの温度が温かいから、わたしも笑顔でもう一度頷く。

 わたしは今が一番幸せだ。偽りなく、心の底からそう言える。

 大変だったこともあった。やっぱりうまくいかないこともある。やらないといけないことが多すぎて、たまに自堕落したくなることもあるけど、それでもやっぱり、楽しいと思える。

 だからわたしは幸せです。シエル様の心配も、跳ね飛ばすくらいこの世界をエンジョイして、トゥーレちゃんと生きていきたいと思います!


「いい笑顔だ」

「はいっ!」


 それではれっつお着替えタイム!

 シエル様にいたずらをさせていただこうと思います!



「へえ……いいじゃないか、気に入った」

「おおおお……!」


 本日何度目かわからない感嘆とした声を出す。すごい! やっぱり似合ってます!!

 黒紫色のローブととんがり帽子。その迫力はコスプレなんて域じゃなくて、本当の魔女みたい!

 ハリー・ポッターに出てきそうな、本物の魔女に思います!


「ふふ、どうだい」

「わあ……!」


 ノリノリで小規模の魔法を展開して服装にあった魔女らしさを演出してくれるシエル様に、瞳をきらきらさせてしまう。

 これは、すごい! クオリティがすごい!

 満月と黒猫とカラスが似合いそうな雰囲気! トゲトゲの枯れた木々を背景にしてそうなかっこいいやつ! 背景に崖の上のお城と満月がかぶってるやつ!

 伝わらないかなあああ!


「ぜひみなさんにお見せしましょう!」


 これはカメラがあったら撮影会したいくらいみんなハイクオリティでやばいです!

 記憶の中だけ、それも一夜限りなんて残念だなぁ……いえいえ、これからきっと何度もみんなとこの季節を迎えれるんですから、その度にまたこうやってコスプレで遊べばいいですね!

 とりあえず今日という日を堪能しようと思います!


「ハッピーハロウィンだっけ、素敵だね」

「ありがとうございます、シエル様」


 なにより、わたしの持ち寄った適当知識の日本の文化を、受け入れてくれたシエル様が大好きだ。



 そして!

 かぼちゃのスープ、グラタン、ローストポーク! おやつはみんなに配ったクッキーと、それとちょっとだけ失敗しちゃった不格好なスイートポテト。シエル様のお家で仕込みとパーティを開くことを許してもらえたので、大きなダイニングテーブルにみんなでどんどん並べます。


「テーブルを大人数で囲うのは久々だね。私も今日はオフなんだから、もっと気楽にしてなさい」


 どこかぎこちないリオンさんとアンセムくんに、シエル様がそう語ります。マカロさんはシエル様のそういう面に慣れているのか、さっそくローストポークをつまもうとしていたらシエル様にいじめられていました。

 そしてトゥーレちゃんは、ちょっと別な意味で緊張しているみたいです。


「こんなことは初めてだ、なれない格好なのもあってドキドキする……」

「大丈夫ですよトゥーレちゃん、トゥーレちゃんはかわいいです」

「……そういうとこ」


 じとっとした目で恥ずかしそうに言われてしまいました。

 ずっとどこか珍しい様子のトゥーレちゃんが、ほんとに可愛い一日だ。見ていて飽きない。というか今までずっと凛としてた分かわいすぎてたまらない。

 うりうりしたくなっちゃいます。今日はわたしが攻めの日だ!


「それでは」


 シエル様が代表して。


 みんなで、食事のお祈りを捧げました!



     ☆



 ――楽しいハロウィンもだんだんと幕を閉じ、夜も更ければふわーわとあくびするアンセムくんがいる。

 私は何故かマカロさんと二人で食器の洗い物をしていました。


「ありがとうございますマカロさん」


 今日の全てはマカロさんの協力があってこそできたことだ。最後の最後のこんなところまで手伝ってもらってしまって、休んで欲しいななんて申し訳なく思ってしまう。

 本当に、素敵な衣装たちでした。


「おう。こちらこそ」


 こちらこそ? わたしはマカロさんに何かしてあげられたんでしょうか……?

 ちょっとだけそんなお世辞が気になってしまいつつ、二人で並んで食器を洗う。

 初挑戦、砂糖がないからオカラで作ったクッキーも、好評なようでとっても嬉しかったなあ。こういうちょっと女子力高めのものは、リオンさんに褒めてもらえるとなぜかとても嬉しくなってしまうゆずちゃんです、えへへ。

 またこう言うこともしたいですねえ、初めはどうやってみんなにコスプレしてもらおうか悩んで、結局こんなゴリ押しになってしまいましたけども。けどみんな、受け入れてくれて楽しく遊んでくれてとってもありがたく思います。

 今日は素敵な一日でした。


 ハロウィンが終わる。

 あと二ヶ月したらクリスマスがきて、少ししたらニューイヤーで、きっと初めてのこの世界での雪を経験して、春が来て、季節が巡って、何年も。何回も。

 異世界転移。何事もなく、トゥーレちゃんとなんでもない日を続けて、かけがえのない時間を過ごして。

 そうできたら、幸せだと思うんです。突然の終わりの来ない、こんな日常が、なによりも一番いいと思ってて。

 わたしはそう思います。きっとそうなんです。

 これは楽観的すぎるんでしょうか? それとも、考えなしとも言えるのかな。

 だけどきっと、わたし達の物語は歩むべき方へ進んでいって、それが正解なんでしょう。

 この世界を知って、色々なものを見て、教わったわたしは、こんな事を考えれるようになりました。


 だけど、なんか違うんです。


 どこか違和感があるんです。


 これはきっと間違ってます。



 だってわたしの生活は、たったの三十日で――。



「ユズ、ユズ!」


 ぱちりと目を覚まして起き上がる。上から私を覗いてくるような心配した顔のトゥーレちゃんに揺り起こされて、わたしは少し涙が出ているのに気づいた。


「やっぱりね」


 マカロさんも、アンセムくんも、リオンさんももういない。わたしがソファに横になってて、その隣にトゥーレちゃんがいて、見守るようなシエル様がいてくれてる。

 わたしなにしてたんだっけ……今何時だろう?


「わたし……」

「ねえ、ユズ。私の手を握って」


 トゥーレちゃんがわたしに言った。その手を取ると、じんわりとした熱に安堵する。

 シエル様が言う。


「わるい悪魔が君を拐おうとしてるんだ」

「え?」


 胸のざわめきが苦しくなる。悪魔と聞いて、少し頭が痛くなった。


「これは一種の夢なんだろう。君たちはかつて旅に出た。エルフの村から旅立った。その先で――何があったか私は見れていないけれど、少なくとも、こんな〝世界線〟はありえない」


 胸がズキズキと悲鳴を上げた。


「まったくほんとに、悪趣味な神さまだ」


 苦い顔をして爪を噛むようなシエル様が物珍しく、だから余計に不安感を覚えながら。


「夢って……じゃあ、全部嘘なんですか?」

「ううん。ユズ、改めて質問するよ」

「……はい」

「トゥーレの手は、温かいかい?」

「はい」


 ぎゅっと握ると優しく握り返してくれるトゥーレちゃんが好きだ。


「私はシエルで合っているかい? トゥーレも、アンセムも、マカロも、リオンも、間違っていないね?」

「どういう意味ですか……?」

「答えなさい」

「みんなは、みんなだったと思います」


 トゥーレちゃんは可愛くて、アンセムくんは可愛げがあって、マカロさんはイケメンで、リオンさんは美人さんで、シエル様は大きくて。



「じゃあ、君は〝イマ〟幸せかい?」



 でも。


「――っ、いいえ……」


 これはきっと、望んでいた一つの形。もしかしたらなんて夢見た世界。あんなことがなければ続けられたかもしれない日常。

 でもわたしは、もう違って。

 今は苦しい。簡単じゃない。トゥーレちゃんと一緒の日々は、やっぱりとっても楽しいけれど、それでも楽なわけじゃない。


「ならば君は不幸かい?」


 息が詰まるようだった。

 だけどその質問は、もう一度、胸を張ってこう言える。


「いいえ!」


 わたしの言葉に、どこか満足するようシエル様が頷いた。

 そう、そうだ。わたしは決して不幸じゃない。幸せと呼ぶには険しい道を選んだけれど、それもこれも全部、いつかどこかの最果てで、きっと見つけられると信じてる安住の地を、その幸せを、探し続けるための今なんだ。



 だからわたしは〝まだ〟幸せじゃない。



 でもそれでいいんだと、だって今は今で楽しく生活できてるんですから!


「それじゃあハロウィンの夜に現れた悪魔には、退散してもらわないとね」


 シエル様がトン、と杖をついた。

 光の波紋が徐々に広がり、灯のついていない仄暗い部屋の造形はどんどんとほどかれるように明るく染まる。

 意識が遠のく。これは目が覚めようとしているのだと知った。


「ちなみにユズ、ここは偽物の世界だったけど、私たちは本物だよ。共有意識みたいなものだったらしい」

「そう……なんですか?」

「うん。まあ、私以外の子はこれを夢だと認識できていないくらい、夢に没入していたけどね」


 トゥーレは別、と付け足して頬を掻くシエル様を見る。


「この世界でのハロウィンは、人の悪意が表面化し、それによって人が人でなくなってしまうのを防ぐための儀式とある地方ではされているんだ。きっとこの夢は、相当趣味の悪い悪意が、君と私たちに現実を突きつけるために見せた夢なんだろう」

「悪意……」

「でも君は、それに勝てたんだと思う。誇れ、ユズ。君はとても強い子だ」


 この夢は、幸せだった。苦しかった。

 受け入れていたら、もしも肯定していたら、もしかしたら。


「とりあえずね、ユズ」

「はい」

「とても楽しい文化を教えてくれて、ありがとう」


 ――胸がじーんと熱くなる。

 そう、そうだ。きっとわたしが欲しがっていた言葉がもらえて、込み上げてくる熱に顔を拭う。

 よかった、よかった。わたしが異世界に転移した意味、とまでは言わないけれど、いつも皆さんにもらってばっかりだったから、なにかお返ししたくて、それこそ異文化コミュニケーションってやって、交流したくて。

 ぽんと頭の上に乗せられた手のひらに感極まってしまいながら。


「今日の全ては夢で終わったかもしれないけど、今日経験した全てはちゃんと持ち帰らせてもらうよ。そして来年はちゃんと仮装しよう」

「……っ、はい! はいっ!」

「そしたらマカロがひーひー言うくらい村のみんなに着替えてもらって楽しみまくるんだ。一大イベントにしていこう、ね」


 ぱちっとした茶目っ気あるシエル様の片目ウインクに、本当にわたしは嬉しくなる。

 うん、うん、これでいいんだ。わたしの日常は一ヶ月で終わった、この夢のようにみんなでわいわい遊ぶこともあんまりできないかも。でもそれは全部、いつかはまたできることだ。また始められる日常だ。また感じられるとっても大きな幸せなんだ。


「ニヶ月後! 帰省させてください! またすぐ、とっても楽しいイベントがあるんです!」

「いいね。楽しみにしてるよ、ユズ。私たちは、いつでも待っていられるからさ」


 生き急ぐ必要はありません! みんな私より若く見えるからついつい忘れてしまいますが、もしかしたら一番寿命が近いのってわたしかもしれないくらい、エルフってすごい存在なんですから!

 ゆっくり行こう、楽しんでいこう、時間をかけて、平和を見つけて、またもう一度幸せを描きたいと思います。

 きっとできる気がします。わたしとトゥーレちゃんだったら。


「それじゃあおやすみ。君たちの旅にもっと多くの幸あらんことを」

「おやすみなさい! 楽しかったです!」


 これもハロウィンの思い出だっていつか楽しく話せるように、わたしは強かになって行こうって思います。

 うん、悪意なんかには負けません! わたし達は強いんです。


 それと!

 お姫様姿のトゥーレちゃんは!

 現実で!

 リベンジするんです!!



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