「ホントに行くのか?」
「はい!」
それから数日掛けて、身支度を済ませたお昼頃。
村の入り口にまで来ると、シエル様、マカロさん、リオンさんの三人が見送りにここへ来てくれていた。
トゥーレちゃんと手をしっかりと繋いで、これからの全てをリュックに背負って。
荷物は少なかった。もともと買い足したようなものが少なかったのもあるけど、お揃いの食器とか、着替え、数日分のお弁当くらい。
こういうのは初めての経験なので、実際どうなるのか分からないし、不安感でいっぱいだ。
旅がどうなるものなのかまるで予想出来ないから、持っていけるものは一応選んできたんだけど、トゥーレちゃんが選んでくれたお茶碗とかマカロさんに貰った服とかはぜんぜん置いていけなくて、わりと思い出の品でいっぱいになってしまっていたりする。
「申し訳ない。でも、応援しているよ、ユズ。トゥーレ。君たちの旅に幸あらんことを」
「ありがとうございます!」
シエル様がその手に虹色の光を纏わせて、まるで妖精さんみたいなそれを指で転がすように泳がして、それぞれをわたしとトゥーレちゃんの胸元に……じぃんと染み込んでくる何かを感じる。
なにか、とっても安心感が生まれるような、万能感じゃないけど頑張れるような気がした。
最後まで村とわたしの事を考え続けてくれて、様々なことに手を貸してくれたシエル様と離れてしまうのは、とても悲しくて寂しくて惜しいものがあって、つらい顔を浮かべてしまっていたけれど、シエル様はそんなわたしのほっぺたを摘まんでは。
「そんな顔しない。がんばれ、ユズ。君の物語はきっと素敵で、鮮やかで、美しく、かけがえのないものへとなるだろうから。いつでもなんでも楽しめるような子になりなさい」
「は、ふぁあああい……」
「こらこら」
……ずっと優しいシエル様が大好きだ。いつもわたし達のことを気にかけてくれて、本当に色々助けてもらった。シエル様がいなかったら、きっとわたしはもっと違う道を進んでいたかもしれないし、いまへと導いてくれたのは間違いなくシエル様だった。
わたし自身お別れっていうのに慣れていないせいか、そのことをちょっと思うだけでとても悲しくなってしまう。
今生の別れじゃないんだからって慰めてくれるけど、そうじゃないんです。
ただ、いまこの瞬間に日常の形が変わって、いままで近くにいてくれた人が側から消えてしまう不安感に、呑み込まれてしまいそうになる。
「いつでも遊びに来なさい。何かあったら、すぐに頼ってくれ。ここは君の故郷だよ、ユズ。エルフの一員さ。胸を張ってくれ」
「ありがどうございまず……」
ぐずぐずと泣いてしまっていると、リオンさんが顔を拭ってくれました。うぅ……本当に情けない。
この歳になって、ここまで感情の波が大きくなるなんて思わなかった。
「また髪を解いであげますから、強く生きて」
そんな励ましの言葉に、顔をごしごしと拭ってから応える。袖が早くも濡れてしまって、そこがちょっと恥ずかしかった。
「楽しみにします!」
お姉ちゃんみたいなリオンさんが大好きだ。優しく微笑んでくれて、聞き上手で、いっぱいお喋り相手になってくれて。本当はもっともっといっぱい色々な事を話したかったし、女子っぽい事も一緒にしてみたかったけど、とりあえずはこれで、お預け。
でもそう言ってくれたので、本当に楽しみにしちゃいます!
リオンさんは丁寧で、気持ちいいんですよね。
「せっかくこれからビシバシ服を作ってやろうと思っていたんだがなぁ」
マカロさんが後頭部を掻きながらそう言って、わたしの頭にポンとその大きな手を乗せた。
「まぁ、そうだ。俺から言えるのはまあ……自信を持てよ?」
「はいっ!」
マカロさんのその大きさが大好きだ。手も、背中も、懐も、心強さも、何かもが。それでいて繊細な裁縫の技術に、ちょっと教わったりもして、でもわたしが指をチクチクとしてしまって、落ち込んでいても慰めてくれて。言葉はこうやって不器用なところが、また格好よくて。
普通に、惚れてしまっていたと思います。
にやけ顔は気になりますけども。
「そういえばアンセムは?」
「そういえば見ないね。どこに行ったんだろう?」
忙しかったんでしょうか……。ちょっと残念……というか、彼はわたしの友達第一号ですから、最後に、本当に会いたかったです。
「じゃあ、そろそろ行こうか」
「はいっ」
トゥーレちゃんは昨日のうちに兵団の方々や、村の人と挨拶をしていたらしい。
警備隊長も辞職して、降任をアンセムくんにしていたらしいので、彼はそれで忙しいのかもしれませんね。
まぁ、また来た時にでも、お話ししよう!
「その馬車は餞別だよ。貰っていってくれ」
「「ありがとうございました!」」
傍のほうにすでに停まっていたのは大きな馬車だった。だいぶ広くて、すでに色々な荷物も置かれている。
重たいリュックもそこに下ろしながら。
「ユズはなかで休んでいてもいいよ」
「一緒に座りませんか?」
「……うん。そうだね。そうしようか」
操縦はトゥーレちゃんがしてくれる。他にも乗馬とかも出来るそうで、また新たなかっこよさを感じてしまう。
ピシッと鞭を振るって馬が歩き出した。後ろのほうを振り返って、わたしは大きく別れの手を振る。
三人の影が見えなくなるまで、わたしはずっとそう眺めているのでした。
☆
「さて……、どこに行こうか」
「地図地図……」
今日はものすごくいい天気です。幸先いい感じ、ポカポカ陽気で嬉しくなってしまうけど、広げた地図で太陽光が反射してちょっと難しかった。
それでも必死に開いて、良さそうな場所を探す。
……と思ったけど、まだちゃんとは文字が読めないんですよね……。
村の外に出て今後も文字を見る機会が増える以上、いままでよりもっと勉強しないといけないかも。
頑張ります!
「大きい場所にちょっと行ってみたいです」
「いいね。なんだったら王都まで向かってみようか」
「ふむふむ! どれくらいの距離なんですか?」
「三時間くらい? 眠かったら寝ててもいいよ」
「とっ、トゥーレちゃんも休んでね……ゆっくり行きましょう!」
「うん」
へぇ〜! でも王都かぁ、ものすごく楽しみですね!
どんな感じなんだろう? わくわくしちゃいます。
……んふふ。思った以上に楽しくなりそう。
よかった、一緒にトゥーレちゃんといる。いままでは一日の中で一緒に居られる時間が少なかったけど、これからはずっと一緒だっていう利点もありますね!
いろんなトゥーレちゃんが見られるし、楽しめそう!
「そうだ! ユウシア大陸とか、せっかくなら世界一周を目指しましょうよ!」
「それも楽しそうだね」
「はい! それに、えっと……中央の孤島? は、もしかしたら、一番安全かも知れないですよ?」
「ふふ、確かに。未踏の地になら、私達が誰にも見つからず安全に暮らすことが出来るかもしれない」
うんうん、そうですよ!
色々なところを旅しましょう?
ただ逃げるためのその日暮らしじゃなくて、私たちは、旅行をするんです。それくらい前向きに生きたってバチは当たらないと思います。
そう、故郷のみんなに、素敵な思い出を持ち帰りましょう!
「わぁああ……あ、あそこ! 石が動いていますよ!」
「ん? ああ、大人しい魔物だよ。この前の猪ほど美味しいものではないかな」
「美味しくはないのかぁ」
動物見てすぐ味の話になりましたねトゥーレちゃん。
これが女子旅ですよみなさん。
ちょっとどうかとも思ったけど、楽しいのでぜんぜんオーライですね。
この前の祝勝祭の猪も魔物らしいけど、魔物は色々と味が気になるところではあります。
この世界にはまだまだわたしの知らないものがあるんだ。楽しみは尽きない。
日記も書く。お手紙とかってあるんでしょうか、もし可能なら、アンセムくんにも定期的にお手紙を送りたいなー……なんてやっぱり、お別れ出来なかったのが少し心残りに思う。
と、ふいに。
「……ん?」
「どうしたの?」
「いえ……?」
後ろのほうで何かがガサゴソする音が聞こえて、ちょっとびっくりして警戒する。
え……? もしかして誰かいる?
ぱっと見では誰もいないように見えるけど、トゥーレちゃんが運転に集中する間わたしはずっと後ろに注意を配ります。
あそこの布が怪しいですね……?
「もしかしてアンセムくん……?」
あ、ピクッと動きましたね。ほんとじゃないですか!
こっちを気にしたいけど気にしきれないトゥーレちゃんを横目に、アンセムくんを呼びかけ続けてみます。
いずれ懲りたようにその不自然な厚みのある布が動いた。
「―――――ふう。バレたか」
「バレるよ! 気づかないわけないじゃないですか!」
「――ちょっ、本当に乗っているの!?」
キキィーとその瞬間に馬車が緊急停止しました。馬が大きく前足をあげて嘶いていて、ちょっと「おぉー」って思ってしまう。
そんななかでもバツが悪そうにしているアンセムくんをそのまま、一度荷台に移動して迎えます。
「こらアンセム! なんでここにいるんだ」
「痛い痛い痛いっ! ま、まって、待ってまって!」
わあ、耳が引っ張られている。たしかにエルフだと引っ張りやすそうだ……と能天気に見守りながら。
「ユズさん、トゥーレさん! 僕も連れてってよ!」
「だめ」
「拒否が早いよ。ちょっと悩んでよ」
予想外すぎてなのか、トゥーレちゃんが本当に慌てているのがよく分かる。
えっと、後継に彼を指名したはずなのに、その仕事はどこへやら、いま目の前にいるんですもんね。
こうなるとはわたしも予想してなかったけど、でもちょっと嬉しく思っている自分がいたり。
アンセムくんは必死の弁明を続けます。
「トゥーレさんがいないのに兵団にいたって面白くないし! お願い、僕を連れてってください」
もうすでに村よりはかなり遠い場所にまで来ていて、送り返すにしても時間がないパターンだ。暗くなってしまいますね。
……うん。
「い、いいんじゃないんですか? 三人旅」
なので、ちょっとアンセムくん側に回ってみます。
二人でも楽しいけど、アンセムくんがいたらもっと楽しそうな気がしました。
トゥーレちゃんは、すごい悩んだようにしていたけど。
「まったくもう……」
「やった! じゃあ僕も仲間だからね!」
「わーい!」
頭を抱えるトゥーレちゃんと、ガッツポーズで浮かれるわたし達。
そんな空間がとても楽しく思えてしまいながら。
「じゃあ……立ち止まっていても仕方ないし、行こうか」
「よろしくお願いします!」
「盛り上げ役は僕に任せてよ! ずっと様子を聞いてたけどさ、なんか盛り上がりイマイチだったし!」
「あ、言いましたね! それじゃあ期待しちゃいますから」
「少なくともユズさんみたいにスベったりはしないよ」
「わたしだってスベってはないですもん!」
なんて。
賑やかさが格段とアップしてしまいました。
そうそう、アンセムくんみたいな子がいると、ものすごく盛り上がるんです。さっきよりもずっと楽しくなってきちゃった。
「まぁ、これはこれでいいのかな」
トゥーレちゃんが嘆息一つ吐くように、そう言いました。
うんうん。そうですよ、しんみりした空気感なんてぜんぜんいりません!
シエル様に言われたように、わたし達の物語はまだまだ続くし、終わらない。エンディングにはほど遠いですとも!
だからこうやって、いつも楽しくいよう。
笑って、盛り上がって、楽しんで! もしまたいつか高崎さんのような人が来るまでは、ずっと幸せな日常を。
そういう暮らしも、ありかなって、思うんです。思っちゃうんです。
これがいい、って、願っちゃうんです!
だから。
「行きましょう! みんなで!」
「……―――――王都に向けて、出発です!」
(異世界転移した矢先! エルフちゃんとちゅーしたら、同棲生活が始まりました!?:了)