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Chapter.19 独白

「ふむ。こうなったか」


 ――予想外、ではなかった。

 世界本流調停委員会。その名を聞いたのは初めてだけど、本当はたぶん初めてじゃない。


 世界が歪められて、修正されてしまったがために記憶上では忘れ去られているだけで、私の心はしかとその記録を残す。


 前例が一度だけあるんだ。


 世界間が交わるのは滅多なことじゃなくて、生命が転移してしまう場合こそなかなかないけれど、それでも決してゼロじゃない。


 この世界もいくつかの分岐のあらゆる可能性を経て今日まで存在し続けた一つの世界の形。


 それがいつか、破綻した未来を迎えた時。こことは別のもしもの世界が、もっとマシな未来を続けていた場合。


 ――この世界は無かったこととして、凍結することも理解していた。


 それがいまこの瞬間で、しかもこのような条件下で、とはまるで思わなかったわけだけれど。


「まったく、長く生きていると本当に様々なことを経験するね」


 本当に、飽きないよ。今のは皮肉。

 さてどうしよう。世界をあるべき姿に戻すためには、委員会にユズは必要不可欠で、例えば彼女を人質のように突きつけ、扱えば現状維持なんて容易く行えるだろうけど。

 この案はなし。ありえないな。


 あんなに幸せそうなトゥーレを久々に見たんだ。

 あの娘にはずっとああでいてほしいからね。かわいいかわいい叔母心だよ。


 一度整理しよう。

 彼らの目的は二つの世界をあるべき姿に戻すこと。

 地球には幾万通りの世界があって、その世界はいずれもが分岐で平行、つまりパラレルワールドのていをとる。


 本流とされるものは、謂わば代表者。その地球の顔となる、辿るべきなかでもっとも可能性の高い世界線を本流と呼ぶ、と想定する。


 そして、それはまるでタスキを繋いでいくように。あるいは多数決のように、幾万通りのパーセンテージのたった1でも大きい世界かのうせいが、本流であると決められる。


 対して。


 委員会はそれを人為的に操り、一つの可能性、一つの本流を維持し、独走してもらおうとしているわけ。まったくどこが自然な姿と言うんだか。


 よって、彼らが動き出すときは、その可能性を持つ世界線が本流に迫るくらい多数を占めてきた場合となる。

 幾万通りのなかの数個には目もくれないはずだからね。


 ――つまり。


 ユズが異世界転移を起こすのは、可能性としてとても高くて、それが自然な流れであると言えるはずなんだ。

 正しいんだよ、それが。


 間違ってなんかいない。一つの世界に固執している彼らこそが、不正者なのだ。出来レースであろうと細工しているのは世界の意思じゃなく君たち自身なんだよ、外部のね。


 きっと。

 いま現在も並行的に、ここと似たような世界線のいくつかが彼らに襲撃を受けている。

 そのなかでどの世界の私も、きっとこうやって考えるだろう。


 押し返せと。


 自分を信じているからね。アイムラブラブ。

 確信をもって全ての世界の自分がこうすることは理解出来ている。


 そうでなければ私じゃない。


 そんな可能性の世界があってもいいとは思うけど、魂は世界と独立した領域で、私は私らしい決断しかしない。ユズはユズだし、トゥーレはトゥーレ。その根幹は揺るぎなく、変化しない。変わるのは世界の形と境遇だけだ。


 ふふ、タカサキくん。この世界線の担当が君で可哀想だね。

 きっとどの世界でも一番難易度の低いのがここだろう。

 熱くなる男はバカだよ、君は本当に未熟だな。


「さて、じゃあ始めようか」


 私のほうがやっぱり賢い。エルフを甘く見すぎたね。

 君はやり過ぎた。


 その償いは受けてもらう。


 ユズは笑顔が素敵なんだ。その顔に影が差すようになってはもったいないだろう?

 世界はこうあるべきだからこの可能性は頭角を現した。


 その事実を、その身をもって知って貰わないとね。


     ☆


「皆に話がある!」


 翌日、長老たちに村人全員を呼び掛けてもらい、中腹の広場で演説を始めることにした。


 大舞台に立ち、声を張り上げる。

 うーん、何歳になっても慣れないね。こういうのは。

 年甲斐にもなく緊張する。


「先日から、世界本流調停委員会のタカサキを名乗る男が村に来ていたことは知っているだろう。入り口でちょっとした騒ぎになっていたからね」


 そういえば、今回は組織名にも個人名にもノイズが入らないのは何故だろうか?


 ……この世界線を明確に捨てた? それなら好都合、この世界が生き残ることでより強く彼らの存在を暴いていくことが出来る。


 タカサキくぅん、やるじゃないか。


「彼は選べと言った! 誰かを犠牲にした苦しまぬ死か、抵抗して残忍にも殺される死か!」


 ユズには申し訳ないことをしているね。

 どうやら昨日、件が起きてからトゥーレが頑張ってくれたようだけど、療養中の精神面を突くような真似はしたくない。


 が、必要なことなので、後でお詫びを入れにいくことにしようか。


「エルフの誇りに問え。正しいのはどちらだ」


 うん、地味にうるさくやいのやいのと言っていた子もこれで押し黙ってくれた。


 結構だ。君がまだエルフの矜持を持っていてくれて良かったよ、ほんと。


「エルフは高潔であらなければならない。エルフは純潔であらなければならない。エルフは誉れ高き賢者でなければならない」


 高潔を捨てたものは旅に出される。純潔を汚したものは誰かと伴の人生を。賢者であることをやめたエルフは、森の加護を外される。


 私は全てを失った経験があるけどね。そして全てを取り戻そうと奔走することそれこそが賢者たらんという、座問答じみた真理が転がっていたりする。これは内緒だけど。


 でも結局は、常に正しくあろうとした結果でなきゃ意味がなく、賢き者にはなれやしない。

 これが分からないと、私のようにはなれないよ。


 誰であろうと……まぁ、マカロは素質があると思う。

 あの子はお気に入り。ただ彼は混じりものだから、認められるまで時間がかかる。

 これもまたそう、試練だよ。


「抵抗して、勝てばいい。負けない死を。生き延びた果ての死であるべきだ」


 言葉を続ける。

 タカサキ。君は、自分の力を過信しすぎた。昨日理解出来たじゃないか、ただのエルフに、それも混血の服飾屋に、魔法で相殺される程度の力しか持たないものがなぜそれほどまでに威張っていられる?

 滑稽でしかないんだよ。


「決戦は近いだろう! 明日か、来週か、それともずっと先の未来か。いつここに来てもおかしくない。だからこそ、いつでも迎え撃てるようにする。弓を持て。剣を抱け。魔法を使い。知恵を絞れ。我々がエルフであるのなら」


 戦えない子を戦わせるつもりはないけれど、基本的に生まれたばかりの子や、幼少期体である子達以外はみな、一定の技術を持つ者しかいない。


 時間があり余る我々にとって自衛手段である弓術や剣術、魔法の心得等といった技術面の習得は、義務付けてはいないけど全員が持つ最低ラインとしてあったからね。


 いついかなる時も自分を守るのは自分だけだ。


 だけど、それは人を助けないという意味じゃなくて、頼らない生き方を心掛けてほしいからね。


「これより作戦会議を開く。来るべきその日までは、常にこうであるようにしてほしい」


 君たちなら出来るよ、時間なんて腐るほどあるわけだし。

 だってこの村の最年長である私でさえ、こんなピンピンしているんだから。


 老衰、はまず肉体の衰えがありえないから、衰弱? 自然死というものが本当に存在するのか、はなはだ疑問だよね。


 まぁ、普通にあるだろうけど、この身に起こるまでは信じないかな。


「さぁ、迎え撃つ準備はバッチリだ。やるぞぅ!」


 片手を振り上げると、応じるように村人全員が声を挙げた。

 うんうん、最近は村も静かだったしね。


 ユズが来てから本当に、村が賑やかで飽きないよ。みんな意識していないだけで、感謝するべきなほどの活性化を君は担ってくれている。


 エルフは飽きたらそれで終わりだ。

 君のような新鮮が、何よりも心地いいのだと。



 ――それからは、あらゆる想定の上で作戦を練り固めていった。トゥーレが少し先走りすぎているかな。彼女もそろそろその感情が何であるか自覚出来ただろうし、その上でその儚くも美しい愛と呼ぶものを大切にしてもらいたいと思う。叔母心。

 うーん、補助はアンセムに任せようか。彼女のストッパーは。彼ならまぁ、賢いからね。下手なことにはしないだろう。


 さて全体的に整ってきた。


 私が持つあらゆる予知能力を見ても、彼らはそういう運命の枠組みの外にいるものだ。動向を予測することは決して出来ない。読み手は少ない。


 が、逆に言えば勘といった類いのものはまだ使える。


「へいマカロ。君は次の襲来をいつだと予想する? ちなみに私は五日後だ」

「……知りませんよそんなこと。個人的には二日後だと思っていましたが」

「あそう。おーいみんな! 君たちはどっちに賭けるー?」

「いや……ちょっ、賭け事って」

「文句言わない。楽しまないとね」


 ちなみに私は二日後にかけさせてもらおう。今回ばかりは自分が信じられなかった。


 ふははっ、大量ベッドだ!

 わたしの貯蓄をなめるなよぅ!


     ☆


「……トゥーレ、大丈夫かい?」

「はい?」


 会議も終わり、解散宣言をしてしばらく。

 撤収作業の手伝いをしていたトゥーレを呼び止め、手近なところにあった椅子に跨りながら私は彼女に質問を投げかける。


「様子はどう?」


 背もたれを前に、頬杖を突いて見守るような姿勢の私に、しっかり者で厳格なトゥーレは少し困ったような顔をするが気に留めない。


 ふふん、私の威厳は身振り手振りに宿るものではないからね。これくらい、ズボラな態度でも損なわれるものなんて一つもないのさ。

 トゥーレは、少し迷ったようにしながら。


「……なんとか。ただ、悪夢を見るようになったらしく……」

「そっか。仕方ないね。話を聞いたけど、誰だってあんな状況に陥れば自分を責める。君は認めてあげるようにしなさい」

「はい。言われなくてもそれは、出来ます」

「……えらい」


 ほろりと涙を流してしまうよ。成長したなぁトゥーレ。ちょっと前まではあんなに小さな赤ちゃんだったのに、こうやって人を思いやれるような、清く正しい大人にさ。

 感動した、うん。ほんと。


「ユズは?」

「いまはリオンさんが」

「そうかい。後で寄っておこうかな。ところでトゥーレ、 君は薄々気付いているだろうけど」

「……はい?」

「君たちはこのあとのことも考えなければいけないよ」

「………」


 世界線の消却はすでに決定された。

 恐らく、それは彼らがユズを確保した瞬間に始まる。

 もはやカウントダウンは始まっているんだ。今回を凌いでも、彼らの決定は変わらない。


 ユズがこの世界に留まるという分岐が万が一多数を占め、本流世界となったとしても、きっと奴らは復元と称して止めないだろう。


 その茨の道はもう変えられない。振り返れない。君たちの運命は進めば進むだけ蝕んでくる、治しようのない毒だ。

 だからこそ、選ばないといけない。


 逃げる手か、立ち向かう手か。

 賢い選択はどちらだろうね?


 長老の一人として見守らせてもらうけど、正しくこの世界は君たち次第となるわけだ。


 助言はしてやれない。大丈夫、君は賢い子だよトゥーレ。そしてユズも強かな子だ。


 きっと二人なら、その結末は報われるだろう。


「この物語の主人公は、君たち二人なんだからね」


 その始まりは唐突で、本当に予想外で、同時に未来を決めるものだった。


 正しくそれは運命様のお導きなのだろう。

 私は応援するよ。


 この人生はいつだって、トゥルーエンディングなのだから。

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