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Chapter.18 お互いの話。

「あれ、ユズ? ここまで来て、どうしたの?」

「……トゥーレちゃん」


 しばらくして、騒ぎを聞きつけて兵団本部から出てきてくれたのはトゥーレちゃんだった。


 何が起こったのかはまだ把握していないようだけど、わたしの様子を見てはすぐに手を取ってくれる。


 その安心感に、立ち尽くすだけだったわたしはずるっと蹲って、やっと大きく息を吐く。

 手だけはしっかりと握りながら。


「どっ、大丈夫? 何があったの? アンセム? マカロさん」


 ぎゅううっと力強く握って、縋り付くようにトゥーレちゃんの存在を感じる。心が落ち着く。たまらなくなる。


 わたしは、胸元にぎゅっと寄せていた、風呂敷で包んだお弁当を、泣きじゃくりながら彼女に送る。


「おべんどう、づぐっでぎまじた……」

「ちょっ、ユズ?」


 後頭部を掻いて言葉を探すようなマカロさんが見える。そもそも何が起きたのか理解しきれていなくて、気まずそうに押し黙るアンセムくんも。


 そんな二人を差し置いて、彼ら以上にこの場で戸惑っているはずのトゥーレちゃんにわたしはひたすら甘え続けた。


 何もせず、何も言えず、ただそこにいて欲しくて、ぎゅっと手を握る。


 確認するように。信じるように。


 彼女だけは、彼女だけはって。


「ユズ、大丈夫だよ。安心して」

「てゅーれちゃん……」

「お弁当、作ってくれたんだ。じゃあ一度なかに行こう」

「……、はい……」

「アンセム。マカロさん。ありがとうございます。あとは任せてください」

「う、うん」

「おう……あのな、詳細はこの子が話すだろうからなにも言わないが、一応シエル様には報告しておく。覚悟はしといてくれ」

「……はい」


 気にしない。耳にいれない。トゥーレちゃんだけいればいい。誰も信じられない。こわい。


 立ち上がり、トゥーレちゃんに引かれるまま兵団本部内の個室へと向かう。


 誘導され、対面に座ると、テーブルの大きさのせいでトゥーレちゃんと触れ合えなくなってしまって、不安感にまた支配される。


 大丈夫、大丈夫、トゥーレちゃんはここにいる。目の前にいる。

 トゥーレちゃんは、大丈夫だ。絶対。


「ん、すごいね。美味しそう」


 手を合わせて、お箸をもって。

 お弁当は何があってもずっと離さなかった。ずっと離さず持っていたけど、蓋を開ければやっぱりちょっとだけ傾きが出来ていて……わたしは悲しくなってしまう。


 今日のお弁当は、ものすごくオーソドックスでわたしに馴染み深いような、素朴なものにしていました。日の丸ご飯と、鮭の切り身。タコさんウインナーと、ちょっとのナポリタンと、甘い卵焼き、プチトマト。


 本当は、これでわたしの故郷の話をしたいなって思っていて、作ったやつ。


「いただきます」


 なぜかトゥーレちゃんはいつものお祈りを言わなかった。

 わたしがしていた挨拶のほうをしてくれた。


「……うん。美味しい。やっぱりユズは料理が上手だね」


 なにもない室内で、トゥーレちゃんの声だけがずっと聴こえる。

 ぽつぽつと、彼女が間を取り持とうと、お話をしてくれる。


「私は家事が苦手なんだ。この村を守りたくて、だから仕事ばかり。訓練ばかりに身を費やして、ほら。エルフの一生は長いからって、ずっと先伸ばしにしていてね」


 タコさんウインナーをつまんで、「かわいいね」なんて呟きも挟んで。


「ユズのおかげなんだよ。仕事以外のことを見れるようになったのは。一日一日を大事にしようって思えたのは。本当に、ひどかったんだ」


 梅干しを食べて酸っぱそうにするトゥーレちゃんがかわいくて、嬉しくて。


「ねぇ、ユズ。君は私の世界を作ってくれた。運命だよ。全てが。これが正しいんだ。私とユズの世界で、物語で、生活なんだよ」


 ごちそうさまと手を合わせて、わたしにおじぎをしてくれて。


「ユズ。君と過ごした日々は短くても、とても長い思い出が確かに詰まっているんだと思う。私に彩りを与えてくれているんだ。これからも、それを頼んでいいかな」


 もうひとつの箱を開けて、そのなかに入っているうさぎカットのりんごを見て、「ん、すごいね。器用だなぁ」なんて笑ってくれて。


「ユズ。私は君が大好きだ。だから君が許してくれる限り、私は君のそばにありたいと思うし、君に降りかかる全ての災いをはね除けていこうと思う。ユズ、左手を見て」

「……?」


 おもむろに眺めても、にじんだ視界はぼやけてしまってよく分からなくて、でもそこにある青色は美しくて、鮮明で。


「私はこれがたまらなく嬉しかったよ。今でも眺めてはつい、にやけてしまうくらいに」


 とても優しく、穏やかな目で、ブレスレットを見つめるトゥーレちゃんが、「ユズは?」と訪ねてくれるから。


「わたし、も……嬉しかった……」

「でしょ」


 微笑んでくれるトゥーレちゃんが大好きだ。

 ぐっちゃな顔を隠すようにごしごしとして、深呼吸して、まっすぐトゥーレちゃんを見る。


「……あのね、トゥーレちゃん」

「うん」

「さっき、高崎さんがまた来たんだ」

「うん」

「思い直したかどうか聞かれて」

「うん」

「でもわたし、ここが好きだから。トゥーレちゃんと離れたくないから。みんなと離れたくなかったからね?」

「うん」

「イヤです、って言ったんだ」

「うん」

「そしたら、腕捕まれて、アンセムくんが助けてくれたけど今度は凄そうな魔法で狙われて」

「……そう」

「マカロさんが防いでくれたけど、怖くて。そしたら、村のみんなにね」

「うん」

「選べって。私を差し出して苦しまない死か、抵抗して殺される死かって」

「………」

「こ、こわくて。信じられなくなっちゃって。もう、どうしようもなくて、パニックになっちゃってて」

「うん」

「わ、わたしはっ、どうすればいいの、かな……?」


 ――それが、卑怯な問いなのは分かっていた。


 トゥーレちゃんに答えられるわけないのを知っていて、わざと聞いた。案の定彼女は思い詰めた表情をしていて、でもわたしは、そんな汚い自分が嫌いになってきて、自分がしたことなのに申し訳なくなってしまうお馬鹿さんで。


 でも、でもね。トゥーレちゃんが言ってくれたら、わたし、そうなれる気がするんだ。トゥーレちゃんにだったら、なに言われても、なにされても、命令されても、大丈夫。

 大丈夫なんだよ。


 本当は、もう後戻り出来ない場所にいて、償えない所にまで来てしまっていて、今更な選択になってしまっているけれど。

 でも、だからこそ。


「ユズ」

「……はい」

「口開けて」

「はえ……?」

「目も閉じて」

「ぁぅ……?」


 ――んんん!?


 な、びっくりした! おっきいおっきい、なにこれ? りんご? んん?


「ほら、笑って。にーってやって、いつもみたいに」

「んんっんん……ふぇ、ふぇえ……?」

「早く」

「に、にぃー……?」


 よく分からない。なにをさせられているの?


 とりあえずは、言う通り。


 なんてしていたら、トゥーレちゃんはふいに。

 本当に簡単に、いつもと変わらないような、優しさと強かさで。


「ユズ。私のために生きて。私も死なない。村を守る私がいれば、みんなも死なない。世界は滅ばない。ずっと続いていく」

「………」


 だから。


「――あの敵を、追い返そう。世界の外に」

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