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Chapter.12 ハイキング、ピクニック

「森って広いんですねぇ」

「うん、足元気を付けてね」


 トゥーレちゃんに引っ張られながら、手を繋いで山道を歩く。

 若干のぬめり気はこの前雨が降ったからかな。気を付けないと、本当に転んじゃいそう。

 トゥーレちゃんはやっぱり慣れているのか、ものすごい身のこなしでどんどん先へ行こうとしてしまうけど、ちょっとでも危なそうな段差や斜面があると止まって手を差し出してくれるから安心出来る。

 いつもと変わらない優しさが大好きです、えへへ。


「ふぅー……」

「疲れた?」

「まだ大丈夫でふっ」


 木漏れ日がポカポカするようで、鳥の鳴き声が辺りに響く。もうずいぶん昔に思えちゃうけど、初日。右も左も分からない頃の印象がここまで変わるのかー!って感動しちゃうね。

 本当に、ぜんぜん違う。


 トゥーレちゃんがいてくれるからだ。


 夜はものすごく怖くて野性動物がギラギラしているって感じだったけど、明るい時間帯だと森ガール! 森エルフ! ザ・妖精!ってなってしまう。


 とにかくトゥーレちゃんが、ものすごく安心感。

 シチュエーションが変わるだけで毎回一新したかわいさとかっこよさと綺麗さと美人さとイケメンさを見せつけてくるのずるいですよね……。


 こんなに大好きになっちゃうとは思っていませんでした。

 トゥーレちゃんラブラブです。


 他のエルフさんもイケメンだし外国の俳優さんみたいで、目が合うだけでドキってしちゃうけど、でもトゥーレちゃんには本物の優しさがあって、それをわたしは知っているのでやっぱりトゥーレちゃんが一番良い! って力強く思ってしまう。


 トゥーレちゃんが男の子だったら、って考えることもないわけじゃないけど、でもトゥーレちゃんは女の子だからいいんですよね。


 遠慮しなくていいし、飾らなくていいし、ありのまま。甘えられる!


 添い寝だって出来るし、一緒に湯船に浸かれるし! まず男の子だったらわたし、誘えませんから。

 やっぱり、不満なんてないですね!


「そろそろつくよ」

「わぁーい……」


 あまり力ない歓声で、やっと休めるってラストスパートをかける。

 向かっている先はトゥーレちゃんが穴場という場所だ。


 川釣りとか楽しそうですねぇ、という雑談から始まったので――ものすごくドバドバという音が聞こえてくるようになった!


 なんとなく察します。

 めちゃくちゃワクワクしてきたよわたし。

 それでえっと、トゥーレちゃんは小さなツボ一つ腰に吊るして、わたしはバスケットを片手にして。

 そして釣り竿を一本ずつ、肩にかけて二人で向かった先は!


「……――うん、今日も綺麗だ」

「わあああ……!」



 到着。そこは滝でした!



 んふふ、音で気付いていましたよ。

 すごいすごい! 実物を見ると感動します!

 めちゃくちゃ水飛沫が飛んでくる。岩場をよじ登って滝の様子を見渡せる場所まで行くと、大きな虹すら掛かっていた。


 すっごい綺麗だ! 虹なんていつぶりくらいだろう、ものすごく感動する。


「ここの水は綺麗だから、飲めるし入れるし魚だっていっぱいいるよ」

「素敵ですね!」


 自分のことみたいにそう語ってくれるトゥーレちゃんに寄り添いながら、透き通って透明感しかない川の水面を見渡します。


「たまにはまったりするのもいいよね」

「はい! きっとじゅうぶん、楽しいです!」


 平らな岩場に並んで腰掛け、間にツボ一つ置いて背負ってきた釣竿の糸を垂らす。

 幼虫には触れなかったのでトゥーレちゃんにやってもらいつつ……。針に刺すのがすごい苦手なんです……これだけは昔っから。


 そしてそして、二人並んでぽーいと滝のふもと、泡立ったそこに投げ入れました。


「どっちが早く釣れるか勝負しましょう!」

「いいね。負けないよ」


 これは競争だ! 絶対に負けませんよ!

 足をバタバタとさせてはしゃぎながら、釣竿をしっかりと握った。


 こういうスローライフ、憧れていたのでとっても嬉しいんですよね。

 肩を並べて、太陽に熱せられて心地よい暖かみのある岩に座りながら川の音を聴いて。川の流れを見て、魚が釣れるまで雑談して。


 すごいなぁ……あっちじゃ考えられなかった、縁もなかったような暮らしだ。

 幸せがどちらにあると聞かれると、わたしはいまのほうがすごく幸せに思う。


 緩やかな日常。開放的な空間。


 わたしは別にそこまで酷い環境にいたわけじゃないですけど、でもわたし自身が要領悪くてポンコツなのもあって、それなりに。

 社会に二年もいて、ぜんぜんダメだなぁって毎日落ち込んでいて、惰性的な毎日ばかりだったから、いまは本当に一日が長く感じます。


 楽しいんです、ほんと。

 ふふふ、わたしは幸せものですね。


「うーん、影は見えるけどなかなか……」


 ほっ、やっ、って何度も投げ入れたりして良いポイントを探ってみていると、そんな間にトゥーレちゃんが一匹。

 うわあああ、アユだ! とっても美味しそうな!

 ……釣った直後に食のことを考えてしまった。


「いいないいな、負けません!」


 くぅ、負けませんよ。というかトゥーレちゃん、さすがですね!

 まだ十分くらいですよ? 早すぎ。


「んー……」

「もっとあそこらへんに、ちょっと動かしながらやるんだよ」


 と、相変わらず魚の群れがある場所に投げ込めないわたしを見かねて後ろから。


 良い匂いがする!……とか、やっぱり急接近するときは毎回感じちゃいます。

 トゥーレちゃんの匂い、大好きだなぁ……。

 抱きつくみたいに後ろから、わたしの手をとってトゥーレちゃんが教えてくれます。


「聞いてる?」

「ひゃい!」

「もう……」


 頭がぽわぽわする感覚は、いつまで経っても拭えない。

 そんなわたしとは違って、トゥーレちゃんは最近すごく近付いてくれるようになりました。嬉しいんだけど、おかしくなっちゃいそうです。


 どこか呆れる様子でまた自分の位置に戻ってしまうトゥーレちゃんを名残惜しく思いつつ、わたしのヘタレ感が否めなく……。


 なんてしたりした本日の釣果は、トゥーレちゃんが五匹でわたしが二匹。

 午前中までなので、これでも良い成績なのではないでしょうか?


 釣りって飽きやすいイメージがあったけど、トゥーレちゃんとお喋りしていると本当にあっという間でした。

 とっても楽しかった。


「さてさてお昼ごはんのお時間です、じゃん!」


 本日はピクニックも兼ねてだ。

 場所は移らず、川で手を洗ってから持ち出すのはバスケット。

 ふふふ、ちゃんと用意しておきました! ピクニックの定番。

 そう、サンドイッチを!


「ありがとう。ユズ」


 褒められちゃいました。

 それとは別に、釣ったばかりのお魚も串焼きにすることにする。


「ユズは、魔法のこともぜんぜん知らないんだよね」

「あ、はい! もしかして見せてくれるんですか?」

「うん。見てて」


 わたしがこの世界の人間ではないということを伝えてから、トゥーレちゃんはいままで以上に親切に色々なものを教えようとしてくれていて、とても、嬉しく思います。


 改めて、トゥーレちゃんがわたしの彼女で良かったなって思いました。本当に優しい。

 と、何をするのかと見守っていたら、どうやら事前に拾った木の枝を日の当たるところに並べて乾燥させていたみたいで。


 それを集め、岩の上で焚き火のように重ねると、ついでに拾った小さな石ころをトゥーレちゃんは握りしめる。

 トゥーレ先生による授業が始まります。


「この石は触媒。魔法を使うには魔力が必要なんだけど、人が産み出せる魔力は極めて少なくて、だからこうやって、触媒を肩代わりに魔力を捻出するんだ」

「触媒! 魔力ってどういうものなんですか……?」

「うん。なんでも触媒にすることは出来るよ。魔力はそこに存在するもの、つまりは万物に宿る熱のことで、例えば魔法を使うのが生業の人は年代物の樹から作られた杖や指輪を身につけるよね」

「なるほど……!」

「この前見かけた大道芸の子も、道具を触媒にして魔法を使っていたんだ。だから、触媒さえあればきっとユズでも扱える」


 火を付けてみるから離れてみて、とそう声を掛けてくれるトゥーレちゃんに、わたしは興味津々にしながら応えます。


 と、トゥーレちゃんは手のひらの石をぎゅっと強く握り締める。視線を焚き火のほうへ移動させる。

 ――ボウっと、急に燃え上がった!


「わあ!」


 すごいすごい! 目をパチクリとして感動する。トゥーレちゃんが握りしめた手のひらを広げると、手元にあったはずの石は細かな粒子のようになっていて、風に流れてなくなります。


「こうやって、魔力を使い切ると消えてしまうし、触媒によっては魔法を再現することは出来ない。焚き火ぐらいなら小石でことは足りるんだけど、やっぱりコツは必要だから、覚えたいなら火以外で魔法の練習をしたいね」

「そうですね……! わあああ……」


 シエル様はいつも杖を持ち歩いていますが、ひょっとしたらあれも触媒なのかもしれないですね! こうやって話を聞いてみると、皆さんが身に付けているものもまた変わって見えてくる感覚が楽しい。


 そして何より嬉しいこと。

 わたしにも出来る可能性があるってことだ!


「注意しなきゃいけないことはいくつもあるよ。例えば、自分自身の魔力を使ってはいけない。さっきも言った通り人の魔力量は少ないから、簡単にさっきの石みたいになってしまう」

「こわ………」

「うん。だからちゃんと、触媒とするものは用意してから使うこと」


 パッパッと手を払いながらトゥーレちゃんがそう教えてくれた。

 大変タメになる授業でございました……。


「それじゃあごはんにしようか」

「そうですね!」


 魚が焼き上がるのを待つ間、サンドイッチを頂いて過ごします。おいしい、カリカリですね。

 サンドイッチといっても食パンではなく、焼いたバゲットにレタスとハムとマヨネーズを乗せたものなんです。おしゃれ。


 トゥーレちゃんがそんなもぼを食べていると、だんだん、あの大きな滝がエッフェル塔に見えてくるような妄想を走らせてしまいます。


「――頃合いかな」

「頂きます!」


 気付いたらお魚も良い感じになっていました。んふふ、背びれを取って大きくはむっといけば、ものすごくふっくらとした白身が出てきます。

 お祭りの塩焼きを思い出す味。幸せ。


「うん。美味しい。たまにはこういうのもいいね」

「ですです、ほんとに!


 のんびりとしたひと時を過ごした。

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