と、いうことで帰宅。
帰った頃にはすっかり日が落ちていて、夕食の支度をするのに丁度いい時間帯だったので早速取り掛かります。
丁寧に丁寧にやりますよ!
「お風呂の準備をしてくるね」
えへ、役割分担、新婚みたいだ。ちょっと照れてしまうけど、そういってお風呂場へ向かうトゥーレちゃんへふりふりと手を振って見送る。
買ってきたお魚を水で洗う。なんだろうね、このお魚さん。お店の人に名前は聞いておいたんですけど、やっぱり聞き覚えのない名前をしているもので忘れてしまいました。
光物なのは確か。アジっぽいお魚です。
今朝獲れたばかりのものらしいので鮮度はバッチリ。しかも、ずっとひんやり状態をキープするような魔法が掛けられているみたいで、ドライアイスみたいなものかな。
鮮魚を取り扱うようなお店にはこういう技術が備わっているそうです。すごく便利だ。
お魚の調理は得意です。お父さんが釣り好きで、でもお母さんは捌くのが苦手で持ち帰ってきたお魚に困ることが多くて、だからわたしがお父さんから魚捌きを教わったという過去がありまして。
お父さんほど器用じゃないけどね。調理は出来ます。
でもトゥーレちゃんが食べたことがないのは驚きだった。エルフさんって長生きらしいですし、こんなに近くに港町があるんだ。すっかり、色々食べているものなのかなーって思っていたけど……それとも生食が少ないとか?
お魚屋さんにも生で平気かを尋ねた時は、そんなに珍しい反応でもなかったですし、やっぱり知らないだけ? 苦手だったら素直に言ってくれるとも思うので、もしかしたら食わず嫌いなのかも?
好きになってくれたら、わたしとしてはとても嬉しいですけどね! もしそうだったら無理強いはしたくないので、副菜は用意しようかな……。
切って、盛り付けて、食器を用意して、ちょっと味見してみるとすっごくアジっぽかった。予想通りというか、ちょっと正解したみたいな気分で嬉しい。
「秘技! さみだれ……」
「何をやっているの?」
「………なんでもないでふ……」
大根をザクザクに切ろうとちょっとテンションあげているところ、通りかかりのトゥーレちゃんに怪訝そうに見られました。
恥ずかしい……。
良い子は真似しちゃいけません……。
気を取り直しつつ。
ご飯が出来ましたよ、ほら!
「「森の精霊の頂きに。感謝を」」
今日は海なんですけどね、ふふっ。
箸を手に取りながらも怪訝そうな表情で首を左右に、立体的にお刺身を伺うトゥーレちゃんを可愛く思います。
「うぅううん……シエル様は好んでいるけれど……」
「美味しいので大丈夫ですよ!」
小皿にワサビと醤油を足らしてトゥーレちゃんのほうへ。
慎重な様子で、刺身の一枚をぺらりと箸先で摘まみながら覚悟をするみたいなトゥーレちゃんの表情を、自信満々に見つめ返す。
ふふふ、安心してください。
お刺身は何よりもウマイのですよ! というか味見して、美味しかったし!
機会があれば、今度はお寿司とかもしてみたいですね。
手巻き寿司とか楽しそう。
うわあ、やりたいやりたい! 楽しめそうです。
んん、でもすごい疑いの眼差しが強いですね。一週間目にして初めてなくらいの警戒心を持たれているような。
「じゃあ、食べるからね」
「どうぞどうぞ!」
パク、と一口。顔色を伺っていると、ちょっとワサビがツーンと来たのかなんとも言えない表情をしていて、トゥーレちゃんほんと、かわいすぎですね……。
反応に笑ってしまっていると、トゥーレちゃんは少し不満げにわたしを見つめたあと、
「……うん、美味しい。すごいねユズ」
「本当ですか! わたし、お刺身がすごく好きで……」
「うん。食わず嫌いだったみたいだ。これは、美味しいと思う」
微笑みながら、確かにそう言ってくれるトゥーレちゃんに嬉しくなる!
良かった良かった。うんうん、このアジ、美味しいですよね! もうアジって断定してしまっていますが。
「そうだ。聞いたことがなかったけど」
「なんでしょう?」
「ユズの出身とか、そういう話。私も知りたいんだ」
……えっと、えっと。
別に隠すつもりもないんですが、ちょっとだけ不意を突かれてドキッとする。
出身、出身か……。変な目で見られてしまうのが、わたしは一番嫌だったので、なるべくこういう話にはならないよう頑張っていたんですけども……でも、いまなら。もしかしたら、トゥーレちゃんなら。
受け入れてくれるような気もしますが……。
正直にいうのは、やっぱりちょっと突飛すぎると思うんです。
どうかな。大丈夫ですよね? これでなんか、えらいことになってしまうわけはないですよね。
うん。
「実は――」
―――――ふんわりと、微笑んでくれるトゥーレちゃんが印象的だった。
「なら、これは正しく運命なのかもしれないね」
なんというか、それはとても拍子抜けで。
そしてそれ以上に、とても心がじんわりとするような、笑顔になっちゃうみたいな。
心の底から嬉しくて、暖かい言葉でした。