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Chapter.8 デートの約束

 んふふ……。

 扉をゆっくりと開け、抜き足差し足忍び足で部屋のなかへ。

 すぅすぅと規則的な寝息が聞こえてきて、ちょっと微笑ましくなる。けど、彼女は反対側を向いていてその美しいご尊顔を見ることは出来ない。


 それは ひじょうに ざんねん だ!


 少し古めかしいこの家は木床が軋みやすいようで、気を付けないと音がしちゃう。

 だからゆっくりと、音を殺して歩くんですが、これから行わんとする寝起きドッキリを思うとワクワクして笑みが溢れてしまって、色々と注意が疎かになってしまいつつ。


 あとちょっと、あとすこし、もうすこし、――で、到着!


「にひ」


 指をわさわさとさせて胸を踊らせる。

 えへへ〜、こちょこちょしちゃうぞっ。


 と、おもむろに寝返りを打つように彼女が身体をこちら向きに。

 ふふふ、これは好都合――って、あれ?


「エルフの聴覚をなめちゃいけないよ、ユズ」

「ひゃあああ!?」


 ぱっちりと開いたエメラルドグリーンの目が合うと、引きずり込まれるようにわたしは布団の中へ。

 そのまま後ろからホールドするように抱き締められちゃいました。

 あっ、ちょ、これはやばい、恥ずかしい!


「てゅ、てゅーれちゃ」

「トゥ、だよ」

「あうあうあ……」


 ぎゅーっとされると、頭がのぼせるようになにも考えられなくなっちゃう。


 ……んへへ。

 トゥーレちゃんって暖かいなぁ。


 布団のなかがとてもぽかぽかしていて、わたしと密着するようにいるトゥーレちゃん自身も、ジーンと染み込んでくるような暖かさがある。


 わたしが大好きな温もりだ。優しさが伝わってくる感じがして、ちょっと恥ずかしいんだけど、でも不思議と落ち着いてしまうような、心地いい、気持ちいいやつ。

 なんか、ものすっごいドキドキする!


「えへへ……」


 仕方ないから大人しく抱きつかれることにします。んふふ。

 にゅわああああ……って、声にならない声で悶えちゃいそうになる!


「トゥーレちゃん」

「なに?」

「トゥーレちゃんトゥーレちゃんっ」

「どうしたの?」

「もっとぎゅーってしていいよ?」

「〜〜〜っ、もう……」


 わあっ、えへへへへ。

 だいすき。


「わたしのこと、好きですか?」

「うん」

「う、うんじゃ分かんないですよ?」

「こんなにぎゅっとしてるのに?」

「……えへへ」


 だいじょうぶ!

 すごい伝わってます!!

 だからこれ以上抱っこされちゃうと、もう、なんていうか、やばくなっちゃうので……。


 トゥーレちゃんの腕のなかで身動ぎするようにくるんと身体を向かい合わせ、彼女とおでこを擦り合わせる。

 と、驚いたのが、トゥーレちゃんもしかして寝てないですか?

 また寝息が聞こえてきました。


 エルフの聴覚をなめるなー! ってトゥーレちゃんは言っていたけど、ユズイヤーにはトゥーレちゃんの寝息がバッチリ聞こえておりますよ。

 わたしの聴覚をなめるなー! なんて、ちょっとどや顔を浮かべてみます。


 んんん、溢れ出るような笑みがものすごく顔をだらしなくしているような気がした!

 危ない危ない。


 くう、わたしも眠くなってきたよ。

 トゥーレちゃんのふんわりとした温もりがとても心地好いのです。

 胸がずっとドキドキしているけど、それ以上に彼女とおんなじことをしていたいと思っちゃって、にやける口許のまま目を閉じる。

 んふふ、このまま一緒に寝ちゃいそう。


 今日はたしか、特に予定もなかったはずだ。

 少しだけ、ほんの少しくらいならゆっくりとしていてもいいんじゃないでしょうか!

 なんて考えて、あっ。


「トゥーレちゃん! ごはん!」


 お米が焦げちゃう!


     ☆


「「森の精霊の頂きに。感謝を」」


 両手を合わせて、声を揃えて森の精霊さまに感謝します。

 この森で収穫される野菜や、川魚。兵団の方々が狩った野性動物のお肉は、村の皆さんに配ってくれていて、もちろんこのお家でも貰える。


 なのでここで食べるご飯はほとんどが現地のもの! そしてどれも美味しいんだよ!

 これは感謝しないとダメですね!


「えへへ」


 あと、トゥーレちゃんを見よう見まねするのが楽しいです。

 でもそれでもやっぱり習慣は抜けないらしく。

 いざ食べるその直前には「いただきます。あっ」ってなっちゃって、それがちょっぴり恥ずかしい。

 最近の朝ごはんはもっぱら、お味噌汁と漬け物と、サラダをいただいています。


 そうそうお味噌汁! 味噌と豆腐があったの! エルフの文化すごい!

 あとねあとね! このお家にあったぬかはシエル様から分けて頂いていたものだそうで! シエル様、ぬか漬けがすごく大好きなんだそうです。わたしも好き。


 昨日の残りでもあればそれを出すと品数は少し増えるんだけど、この世界は料理の保存があまり効かないらしいので、そこは現代社会みたいにはいかない。一人暮らししてた時はよく朝食は適当に済ませがちだった分、こっちに来てから健康的な生活習慣になり、朝ごはんを作るようになり、なんだかすごくいいなって思う。


 とはいえ、わたしのレパートリーが少ないこと、トゥーレちゃんが朝は少食なのも相まって、いまのような状態に落ち着いちゃいました。


 えへへ。

 でもでも、こうやってお互いのことを考慮して一つの形に落ち着いていくのは、なんか同棲生活という感じがしてたまらないですね。


「ごちそうさまでした!」

「ごちそうさま。紅茶入れてくるね」

「ありがとうございます!」


 そして本日もお紅茶タイムのお時間です!

 トゥーレちゃんのこだわりがキラリと光る習慣ですね。

 わくわくしちゃう。今日はなんの味かなあ。

 トゥーレちゃんのおかげで少しずつ紅茶に関する知識が増えてきていて、でも現実のものとは関連付けられないのが残念だなって思う。


 もっと紅茶に親しんでここに来れば共通の話題いっぱい出来たのにね……。

 どこか飲んだことのある風味でも、ちょっとわたしには分かりません。

 いつもピンとこない表情で楽しんでいます。


「わーい……桃?」

「よく分かったね」


 と、今日はフルーツ系の匂いがしたのでさすがに分かっちゃったよ。


「うぅ、桃の香りがするのに甘くない……」

「そういうものでしょ、もう」

「果物の香りはすごい騙された感じがするんですよう」

「まったく……」


 分かってないなぁ、みたいな顔をされて、ちょっとくやしい。

 だって甘くないだもんー。

 他の茶葉系の香りだと気にしないけど、どこかジュースのイメージがする香りは飲んだときに裏切りを感じてしまいます。


 お砂糖お砂糖……。はないのでハチミツ。

 これも村で作られているんですって、養蜂? って、ちょっと怖くも思うけどすごい。

 今度そちらにも一緒に行って見てみたいなって、ちょっと思っていたりします。


「おいしい……」

「でしょ」


 得意気な表情のトゥーレちゃんはなんというか、いつもより特に可愛く見える瞬間ですね。

 クールだとか、かっこいいとか、綺麗だとかいつもそう思っちゃうんだけど、嬉しそうにするトゥーレちゃんの時はものすごくかわいいってこう、なんかドキドキします。

 色々なトゥーレちゃんだ。たのしい。


「ん……じゃあ、そろそろ行くね」

「はい! 行ってらっしゃい」

「明日は休みだー……」


 気怠そうにそう呟いて身体をくっと伸ばすトゥーレちゃんにものすごい親近感を覚えちゃう。ちょっと前まで、わたしも感じていたやつだ。


 だから少し後ろめたい気持ちもあって、何か出来ることはないかと探すようになりました。ずっとこのままじゃいけないだろうし、どこかで働いてみようかなと思ったんです。

 異世界のお仕事は、とっても興味ありますし!


     ☆


 トゥーレちゃんのいない平日のお昼は、わたしはお勉強したりお掃除したり買い出ししたりするんですが、やっぱり時間が有り余ってしまったりもする。


 本が読めないのが一番つらい……。


 きっとこの世界の小説とかは、ものすごく予想外なことばかりが書かれていて、そのリアリティもスゴいんだろうなとか妄想する。


 めっちゃ読みたいよね! この世界の文化とか歴史とか、ものすごく興味がある!


 あるんだけど、いま読み書きのお勉強をトゥーレちゃんに教わっていますが結果が著しい。


 あいうえお表みたいなの作ってもらったんだけどね。もともと英語勉強とかが苦手で、それに見たこともないような文字列だと、ちょっとパニックになっちゃう。

 それでもトゥーレちゃんは付き合ってくれるんですけどね。


 本当に、優しい人だ。

 あと、このお家には大きな庭もありますので、そこで菜園を始めようかという話にもなりました。


 自家栽培!


 トゥーレちゃんと一緒に育ててトゥーレちゃんと一緒に食べてみるの、すごい妄想してみていいなって思っちゃった。

 ものすごくやってみたいです。

 こうやって考えると、やることはまだまだいっぱいあって、わくわくしちゃうね。


「やっほー」

「あっ、アンセムくん! こんにちは!」

「うるさい」

「くぅ、容赦ない……」


 彼は最近よく遊びに来てくれるようになったわたしの友達第一号です。

 くりくりお目目が可愛らしいですよね、髪の毛もさらさらで撫で心地良さそうだし……ぎゅーってしたくなるような男の子。


 でもやっぱりイケメンで、ものすごいかっこよかったりします。トゥーレちゃんも含めて、かわいいとかっこいいを兼ね備えたエルフさんは最強すぎるなって思っている。ずるい。最高です。


「お茶出しますね」

「いいよ。ちょっと見に来ただけだから」


 そんな彼は、トゥーレちゃんがずっと大好きだったみたいで、わたしと彼女がこんな関係になってしまったのをあまり面白く思っていないみたい。


 でもこうやって友達になってくれたし、遊びに来てくれるし、なかなかにツンデレくんなのかもしれない。すごく優しくて、とてもかわいい子なんですよ。

 わたしの友達、兼ライバルなんです。


「何してんの?」

「文字の読み書きが出来ないので、勉強しているんです」

「ふーん……。ここ間違ってるよ。線一本多いし……ハッ」


 たまにこうやって癖なのか、自分を取り戻したかのように急に息を呑んではわたしに冷たい態度を取ろうとそっぽを向くんですけど、すごくあからさまに思います。


 うへへ。抱きしめたくなってくる。

 わたしはひとりっ子なんですけど、弟がいたらこんな感じかなー!って思う。

 警戒心の高い猫ちゃんみたいだ。


「んへへ……」

「なにその目。すっごくうざいんですけど!」


 ついつい構いたくなっちゃうけど、あんまりしすぎちゃうとほんとに嫌われちゃうから自重します。お友達は大事にしないとね。


 あ、と、ちょっと思い出したことが。


 彼には報告しておかないと、少し困らせちゃうかもしれないので。……という建前で。


「そうだアンセムくんアンセムくん。これから二日間はちょっとお家に居ないかもしれません」

「あっそう。なんで?」

「ふふふ! トゥーレちゃんと一泊二日で旅行することになりました! どやぁ」


 どやぁあああ。


「はっ……はぁ!? 聞いてないよ! ちょ、ちょっ、ずズルい! ズルい!」


 抜け駆けですよ。ふふふ、わたしはドヤ顔をします。アンセムくんにすごい睨まれている。


「えへ、よろしくお願いしますっ」


 なんて会話に、明日からを楽しみに思いながらお勉強を続ける。

 一緒に暮らし始めて、初めてのお休みですから。

 お出かけしようって話になったんです。

 ほんっとーに楽しみだ。

 たまに訂正を入れてくれる親切なアンセムくんを隣に、目の前の練習用紙に向き直る。


 こうやって緩やかな時間を過ごせるようになったのはここ数日だ。はじめの頃は本当に忙しかったから、ちょっと幸せに思える。

 特に感情面が慌ただしかったですね!


 いまもちょっと、正直アンセムくんはイケメン過ぎるし男の子なのでドキドキするのは事実だったりするんですけど……なれない。うん。エルフはすごい。


 世界の名優に囲まれている気分で、ぜんぜん落ち着けそうにありません。なんならトゥーレちゃんより落ち着かないかも……最近、同姓の素晴らしさに気付きつつあるユズちゃんです。


 というかトゥーレちゃんに関しては、トゥーレちゃんだから好きなんですね、きっと。


「じゃあ今日はそろそろ帰るや。またねー」

「あ、はい! またね、アンセムくん」

「………いったい何してんだろう僕は……」


 ぷらぷらと手を振り返してくれたアンセムくんを見送ながら。

 気付いたらもう午後四時ぐらい! いい感じのお時間ですね!


「くぅうっ」と身体を伸ばして椅子から立ち上がると、ちょっと立ち眩みがしちゃう。

 危ない危ない。

 さてさて、夕ごはんにでも取り掛かりましょうか!


     ☆


 ……――そして、かっぽーん。

 これだけですべて表せるの、すごいなって染み染み思う。言語を勉強しているから余計に痛感します。わたしはポンコツだーあ……。


 ご飯も食べ終えて、場所は浴槽。二人一緒に、ゆっくりと時間を共有していました。


「んふふ」


 今日はわたしで言うところの金曜日に当たる日、トゥーレちゃんが夜の哨戒警備を外れられる三日間なので、この日は一緒にお風呂に入れるよって誘ってくれました。


 トゥーレちゃんは本当に優しすぎると思っちゃう……。

 ちなみに一週間前は臨時で哨戒警備に参加していたのだとか。つまりは初対面の日、普通ならトゥーレちゃんがいなかったわけで、それにどこか運命を感じます……なんて、えへへ。


 ちゃぷちゃぷとお湯を揺らしながら、ゆっくりとトゥーレちゃんのなかで丸くなってゆったりします。

 縦並び、なのは相変わらずなんだけど、トゥーレちゃんとの距離感は徐々に近くなっていて、いまではバッグハグに近いような形で居させてもらってるんですよ。光栄ですね。鼻血が出ちゃう。


 もうほんとトゥーレちゃんはずるい!!


「そういえば、トゥーレちゃん」

「ん?」

「明日はどうしますか?」


 そういえばこの前も一緒にお風呂に入ったときは、明日の話をしたような気がする。

 期待と不安感を入り交ぜて、ちゃぱっと湯面を弾きながら聞いてみると「んー」って思案するようなトゥーレちゃんの声が左耳の近くでしました。

 それにドキドキしてしまいながら。


「とりあえず村を降りて、すぐ近くの町まで行ってみようか」

「楽しみです」

「うん。私も、いままでこういう時間は過ごしてこなかったから、楽しみだよ。明日明後日は楽しもうか」


 にこって微笑んでくれるトゥーレちゃんです。それがすごいかわいすぎて、ほんとにずるい!って心のなかで連呼しちゃう。

 いよいよ、いよいよですよ、デートが!

 村の外! 異世界の町! 楽しみすぎて仕方ないです!

 幸せの絶頂ですねこれは!!


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