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Chapter.7 どっちが好きかゲーム


 ――と、入り口のほうに人集りが出来ているのに気付いた。

 それはトゥーレさんたちも同じなようで、物珍しさから向かっていくのを、僕はサササッ、サササッと建物を飛び移る形で追いかけていく。


 珍しい……。なんかあるのかな。

 あそこって兵団前だよね?


「わあ! なんですかあれ! すごい!」

「大道芸みたいだ」


 え……っ?


 いや違う違う、僕め。ソワァじゃない。でもちょっと気になる。

 人混みのなかに消えてしまったトゥーレさんたちを追うのに合わせ、僕も少しだけ覗く。


 そこで見せ物をやっていたのはジグさんだ。


 すげええええ!


 かっけええええ!!


 どういう魔法の使い方なんだ! 器用すぎる! 格好いい!


 大道芸で使う輪っかを魔素媒体にしてるんだろうなってことは分かった。あそこから魔力が発生して、純粋な技術から、辺りに魔法が展開されてる。華やかだ!


 まず水の球体が二つ浮いてて、次に火蛇が輪っかを潜り、風の魔法がそれを浮かせて、入り乱れるように幾何学に、それが延々と転がされている!


 見てて飽きない。というか面白い。すごいなあすごいなあ、あとで教わりに行こうかなあ……格好いいな……。


「わあああああ……」


 ハッ。よそ者の声に思い出す。

 僕は自分を取り戻し、慌てて辺りを見渡すけれど、人混みで全くそれどころじゃない。

 ジグさんには悪いし見せ物が惜しいけど、こういう時こそなんかしてるかもしれないから――。


 トゥーレさんど「ごッ!?」


 ………痛い……。


 首根っこを掴まれ、ぽーいと人混みの外に投げ出されて、僕は尻餅を二回つく。バウンドした。

 ていうか誰だ! 痛いじゃないか! 涙混じりに振り返れば。


「やあ。アンセム」

「ととととととトゥーレさん……!?」


 ヒッと息を呑みそうになった。笑顔のトゥーレさんが怖い。初めてみる顔だ。もはや誤魔化しは効かないけれど、僕は意地悪く目を逸らす。


「ん、んんっ、奇遇デスネ……」

「こらこら。ダメじゃないかアンセム。人に付き纏っていただろう」

「うそぉ……」


 いや、でもだって、ずるくない? 何がずるいのか分からないけど。

 ダラダラと流れる冷や汗をままにして、僕はどうやって円滑にこの場を切り抜けるか考える。トゥーレさんは怒ると怖いのです。逃げたい。


「どうしてそんなことをしたんだ?」


 うー。うー。

 ……僕のことを、子どもに見ている気がして嫌だ。

 違う。もっと対等に見てほしい。対等に見られたい。そんな扱いはされたくないから、この行為だってバレるのすごい嫌だったのに。


 エルフは長命だ。しかも年功序列であって、僕とトゥーレさんの差は決して、微塵も、絶対に縮まらない。僕のような、まだ成長の止まっていない幼年期は、特に庇護される対象だって村の方針では決まっていて、だからこその扱いなんだっていうのは頭でわかっている、けど。


 でもそれじゃあいつまで経ったって僕はトゥーレさんに認めてもらえないんだ。

 振り向いてもらえない。

 それどころか、突然現れたよく知りもしない、よそ者なんかに奪われたわけで。


「……し、心配だったんだ。部下として」


 悩んで、諦めて、考えたりしてみて、最終的に、素直に言ってみることにした。

 もしかしたらトゥーレさんはやっぱり危険性を理解してくれて、村を警備する人だから、注意してくれるかもしれないし。

 それを気づかせた僕は尊敬されるかも、とかも考えてみたりして。


「君が心配することでは……ああ」


 トゥーレさんもどこか合点がいったようだった。鋭い目つきが、少しだけ落ち着いてほっとする。


「ていうかなんでよそ者と口付けしちゃうわけ?」

「んんっゲフッ、ゴフンッ」


 めちゃくちゃ咳払いするじゃん。ダメージは入ったようだ。良かった。トゥーレさんもまだ本心からよそ者に奪われてしまっているわけではないようだ。

 ちょっと恥ずかしそうなトゥーレさんの表情の、その珍しい部分にズキっと心のどこかが痛みながら。


「どうしたんですかトゥーレちゃん?」

「あー! よそ者!」

「こらアンセム!」


 チョップ!?

 ぐおおお……痛い、痛い。ごめんなさい……。

 グフ(吐血)。


「わあ……かわいい子だ……」


 頭を抱えてしゃがみ込んでいるとすごく不服なことを言われた。僕はすくっと立ち上がってガン付けるように睨む。にへらと笑いながら手をふりふりされた。

 舐められているのだろうか。


 あとせめてこっちは男なんだから格好いいって言って欲しいよね。そこらへんデリカシーないよね。これだからよそ者はってね。


「トゥーレさんを返せ!」

「バカ」

「痛いッ!」


 二度目のチョップ!?

 ジンジンする……ジンジンする……ぜんぜん手加減してくれない……。


「え、えっと……その、わたしの名前は望月ゆずと言います。そして、その、トゥーレちゃんとの……同棲生活の件で、ご迷惑をおかけしています……」


 くそう。勝利宣言に聞こえる僕が性格が悪い。

 なんかむしゃくしゃするなあ!


「……僕はアンセム」


 不服そうに。そんな態度で挨拶したから、トゥーレさんのジトっとした視線を感じて僕はますます目を合わせにくくなる。


「アンセムくん。かっこいいですね!」

「ウッ、うん……」


 しかもすっごくやりづらい!

 なんなんだこの人! 僕のことも利用するつもりなのか!?

 もっと悪人そうなの想像してたから絶妙に締まらなくて、なんだか自分がどんどんバカっぽく見えてくるようで、本当に嫌い。


「トゥーレさっ」

「ユズ、見せ物はもういいの?」

「え? あ、はい。なんか気になっちゃって」

「そう?」


 ……つまらない。なんで僕は、こんなのを見せられなくちゃいけないんだ。

 だいたい、お前は、女の子じゃん。僕なんて、男なのに相手にされなくて、子どものように見られてて……僕はどんなにトゥーレさんを想っても、相手にしてもらえないのに。


 なのにロンドさんにはバレてるし!!


 なんなの!? 意味わかんない! だったらトゥーレさんに気付かれたいよ!


 なんでよりにもよってロンドさんにバレるわけ!?

 あんな! 農夫に! 訳がわからないよ!


「もう!」


 なんでこんな弱そうな人間がっ、


 トゥーレさんと―――――っ!




「お前はどんだけトゥーレさんのことが好きなんだよ!?」




「ふぇえええっ!?」

「あああっアンセム!?」

「十個言ってみろ! 僕より早く!」

「えええええ!?」

「トゥーレさんは強い!」

「とっ、トゥーレちゃんはかわいいです!」

「綺麗でもある!」

「あっ、分かります――じゃなくて、優しくて!」

「努力家で!」

「髪がツルツルで肌すべすべで!」

「修練中のトゥーレさん見たことないだろ! 格好よくてしなやかなんだ!」

「あ、足が長くて!」

「そうだね! あと手もちっちゃいし!」

「そうだ、紅茶のお時間のトゥーレちゃん知っていますか!? 楽しそうで可愛くて!」

「えっちょなにそれ気になる……ゥウウ、気遣い上手だし! お前は気を遣われてるって分かってるの!?」

「なっ、分かってますよ! 本当にトゥーレちゃんは優しいです! だから好きなんですから!」

「グッ……」


 なんだこいつ!? 僕が推し負けそうだ!

 お互い肩で息をしながら、全力を尽くしてどっちがトゥーレさんのことを想っているか競い合う。冷静に振り返れば全然クールではなくて、僕が憧れる男の理想像とは随分とかけ離れているわけで、本当に、どうかしてしまっていると思うし、トゥーレさんの目の前でやってしまうなんて論外なことだ。恥ずかしい。


 そう、僕はトゥーレさんの目の前でこんなに――。

 こんなに……。

 こんなに?


「はッ!?」


 バッと振り返った。僕の顔は既に真っ赤で、トゥーレさんの反応次第ではもう全てをかなぐり捨ててでもこの場から逃げて森の中に穴を掘って埋没したいと思ってたんだけど、でも。


「〜〜〜〜〜〜〜〜っ」


 その小さな手で、その小さな顔を、両手で隠して、しゃがみ込んで。

 初めてみるトゥーレさんの姿だった。羞恥で、真っ赤になってて、僕よりもだ。いつも冷静沈着で、模擬戦で競う時だっていつも強くて格好いいあのトゥーレさんが、こんなに照れているなんて。


 僕とよそ者は思わず顔を見合わせる。言い合いなんて遥か昔のことのように、いまこの瞬間を驚いている。

 僕らは無言でトゥーレさんを見ていた。その縮こまっているトゥーレさんが本当に、可愛く思えてしまった。


「かわいい……」


 あっ。

 先によそ者に声に出した。僕はむくれてそっちを見る。

 と。


「ア〜〜〜ン〜〜〜セ〜〜〜ム〜〜〜!」

「うああああああああ! いだいいだい痛いイタイ!」


 なんで僕なの!? グリグリしないで! 拳骨グリグリ本当に痛いって!

 うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお……。


 いたい……痛い……イタイ……もう頭蓋骨がメリメリいってる……。


 解放されて、膝をついて項垂れる。うう、まだ痛い。ずっとジンジンしている……。


「とぅ、トゥーレちゃん……?」

「……もう、こんな公衆の面前で何をしてるんだ、君たちは……」

「だ、だってさあ……!」


 チョップされそうなので続く言葉は諦める。どうしよう。トゥーレさんに容赦がない。今まで以上にめちゃくちゃ痛い。

 なので、トゥーレさんに対する言及は今日のところは改めて、僕はもう一度よそ者に向き直った。

 ピッと人差し指を突きつける。


「きょっ、今日のところはこれで勘弁してやるけど!」

「はっ、はい!」

「僕のほうが好きなんだからな!」

「ちょっ、わたしだって負けませんよ! 本当に!」

「だから、あのね……」

「覚えてろよ!!」

「――ちょ、まっ、ユズっ」

「あっ! あー!!」


 こいつ! こいつこいつ! 抱きつきやがった! トゥーレさんに! あのトゥーレさんに!

 ぎゅっと左腕に抱きついているよそ者の勝ち誇ったような顔にイラッとして、僕はもう片方の腕を取る。


「君たちは、もう……」


 ぐわんぐわんと揺すられて。トゥーレさんの奪い合いに、当の本人はもう諦めたように首をがっくしとさせている。

 僕はよそ者との奪い合いに夢中だ。絶対こいつに負けたくない。


「がるるる……」

「がるるる……」


 ちょっとでも見直そうとした僕が馬鹿だった。全然思ってたより悪そうじゃなくて、むしろちょっと良い人そうで、トゥーレさんも楽しそうにしてるし仕方ないのかなって、ちょっと思った僕が馬鹿だった!

 ふん。大っ嫌いだ、人間なんて。僕は絶対認めないから。


「……アンセムがなんでもないようなら、私は嬉しく思うけど……」


 トゥーレさんに、仕方がなさそうにそんなことを言われた。

 決してなんでもないわけではないんだけど……。


 うううう。


 ふん!

 そう、僕は、賢いからね。よそ者のことは許しはないし、認めることだって僕はないけど、でも、まあ。


 人の時間はあっという間だ。もしもエルフが相手だったら僕には勝ち目がなかったけれど、お生憎さま、たかだか百年の辛抱だ。


 うん。

 背伸びはしなくてもいい気がした。


 初めてこんなに好きな人のことで言い合って、取り繕わないの楽しいなって思っちゃったし……。


「トゥーレちゃんは、わたしのですから」

「僕のほうが前から好きだったし!」


 いつか。将来。百年も過ぎて、トゥーレさんが独りになってしまった時。

 その時に僕が、いまよりずっと落ち着いてて、格好よくて、クールでスマートでトゥーレさんを惚れさせてしまえるような。

 彼女に頼られるような、そんな〝大人〟になれていられたら。

 それでいいなとも思った。


「不審なことしたらすぐシエル様に突き出すからね!」

「何もしませんもん! ずっと一緒にいたいですから!」


 気に食わない。本当に気に食わないけど、少しの間だけ許してやる。


 ――そう。これは、強者の余裕だよね。ほんと。

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