トゥーレさんが、大好きだ。
彼女は僕の憧れであり、理想であり、目標であり、恋愛対象である。
僕がこの村に住み続けて、ずっとずっと隠し続けた、淡い淡い恋心。
―――――それがね? なんとですよ?
ある日ですよ?
突然に! 唐突に!
どっからか出てきた部外者がさ!?
いや、いや、口走るのは止そう。まだ確定されたわけじゃない。僕は現場を目撃したわけではないしまだ噂として昨日今日広まり出した話だし正直もうよそ者とトゥーレさんが同棲を始めたって時点で確定はされているようなもんだけどされてない。僕は信じない。有名な学者が言っていました。事象は目の当たりにするまで二分の一の可能性を秘めているって。
だからトゥーレさんはキスされたかもしれないし、されていないかもしれないということだ。
大丈夫。まだチャンスはある。
落ち着け。まだ焦るような時間じゃない……。
大体さあ、そもそも。よそ者を招き入れるなんてどうかしてるよ。それも本当にぽっと出の、何百年も生きているような村の人たちでさえ初めて見るような顔をした、変な服装をした女! 森で迷子になっていたって聞くけど、なんなの? なんでそんな都会にしかいなさそうな服装をした貴族……とはまた違いそうだけど上等な服をしてる人が森に入って迷うわけ?
意味わかんない。怪しさモリモリだ。
だから、そう。僕には大義名分がある。
村の若手も少ないしね! 若手筆頭株、期待の新人であるこの僕が、長老達に代わってきちんと村を守らなきゃ行けない。
と、いうわけで。
「――長くない?」
よそ者が村にやってきて二日目。服飾屋に移動してから、張り込み
僕は対角線上の建物を遮蔽物にして、目を凝らしながら見張っていたのだが。
――長いよ!
――暇だよ!
――もう挫けそうだよ!
遊びたいよ!!
なんで女の子ってこんなに買い物長いわけ!? そのお店全然大きくないじゃん! 服ないじゃん! 店主キモいじゃん!!
何をそんなに見ていると!?
僕はまっっっっっったく信じられないね。付き合ってられないよ、本当に。
大体服なんてなんでもいいじゃん。お母さんが選んでくれるじゃん。大体あそこ男物ぜんぜん置いてくれないし。全部女の子だし。入りにくいし。
もおおおおお!
早く場所移動してくれないかなあ! 僕暇なんだけど!
「なにしてんだ? お前は」
「んにゃっ!? ぃやっ、何もしてないですけど!」
びっくりした。びっくりした。急に後ろから話しかけられた。ドキドキする。
突然すぎて、挙動不審になってしまいながらも僕はコンマ一秒の世界で瞬時に判断を下し務めて冷静に、それでいて自然体に無実を証明する。
実にクールだ。格好いい。
このミッションは誰にもバレてはいけないからね。
「ははーん……」
「なに!? なんなの!? なにそのははぁん! すっごいイラつくんだけど!? は!?」
くそう。農作業を生業とする彼、ロンドさんは突き立てたクワを支柱にするように両手を置いて顎を乗せながら、僕のことを面白がるようにニヤニヤと見てくる。
もー! イラつく! どっか行ってくれないかなあ!
あのよそ者に気づかれたらどうすんのさ! 邪魔なんですけど!
だけどロンドさんは一向に去ってくれる様子はない。どうせ畑へ向かう途中だろうに、なんで僕に構うんだ。暇人なのかな。僕は忙しいんだけど。
「子供はいいねえ。暇そうに……探偵ごっこでもしてるのか?」
めちゃくちゃイラつくんですけど。
だけど僕は激情することなく、むしろクレバーにこう言い返すのだ。
「そう、そうだよ。あのよそ者の正体を暴いてやるんだ。だからどっか行って欲しい」
「トゥーレの尻だけ追いかけてるような奴が良くもまあそうやって」
………………………………………………………………………………………………………。
「は!?」
なんでだよ! なんでそうなるんだよ! は!? いや!? 別に!? なっ、なな、なんでそう思われるのか理解出来ないね! 適当なことは言わないでほしい! 名誉毀損で訴えるから!
――訴えるから!!(血涙)
「まあ頑張れよ。ストーカーはキモいが」
「すつぉっ、ストーカーじゃないし!っていうかそうじゃなくて、そうじゃないし!!」
必死に抵抗するがロンドさんは取り合ってくれない。
どころか、ひとしきり揶揄ってやった、とでも言いたげに「ははは」と笑い流しながらクワを肩に去っていく。
僕はそれを呆然と見送ることしかできず……え、っと……。
ちょっと頭を冷やして冷静に考えてみる?……深く考えない方がいい気がした。
ところで、ロンドさんにした言い訳は、あながち間違いでもないのだ。
指摘は関係ないですが。微塵も。これっぽっちも。
何度も言うけど、よそ者は怪しい。もっと疑って掛かるべきだ。深夜の森に踏み入って、警備隊と出会って、キスをする、なんて。あり得ないし、子どもっぽい。
ずるいし。
そんなことをまかり通してはいけないのだ。
故意か、事故か。定かじゃないけど、僕は絶対黒だと思ってる。
だって人間は狡猾だ。この村に侵入するために、トゥーレさんを利用したのかもしれない。長老たちは掟が掟が、って言うけれど、それが危険な目に導いている可能性だってある。
僕が見極めてみせるのだ。絶対。じゃないと、トゥーレさんは戻ってこない。
いやでもほんとに、悪い人だと思うんだけどなー……。
なんとか証拠を見つけて、シエル様に差し出せば、よそ者は追放! 僕の評価は上々! トゥーレさんはきっと僕と!
むえっへっへ。
ハッ、ぃや、違う違う。
これは純粋に村のための行動なんだから。個人的なものは一切ないよ。本当だよ。
とかなんとかしてしまっていると、ついに二人が店から出てきた。
すぐに頭を振るって思考を切り替え、僕は彼女らの動向を見張るための姿勢に入る。
「え……」
と、出てきた……よそ者の姿に、ちょっと、驚いてしまった。
そ、そんな、いや、ねえ?
………。
ふ、服装が変わると、なんていうか、変わるんだ。
「いや、いやいや」
なにをぼけっと見つめている。違う違う。あれは絶対に村に馴染もうとしている証拠なんだ。あんなダークブラウンな髪色僕らじゃありえないし、ちょっとだらしない体型とか、ちっささとか、耳の形とか! 僕らと全く関係ない人種なの、誰が見ても明らかなんだから。
「がるるるる……」
敵意を剥き出して睨みつける。僕らの縄張りから追い返すんだ。部外者は。
絶対に証拠を見つけ出してやる。