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適応者達の挽歌4





 一部の適応者達が健常者を旧人類と見下すように、健常者の中にも適応者という存在を不自然な忌むモノと考える層は居る。

 それらは互いに、過激な選民思想と呼べるほどで無くとも、相異なる存在への心理的な壁を作り出し、時として極限状態に置かれた人間の本性という形で曝け出される。


「は、早くそいつらを排除しろよ!」

「こっちに近付けさせるな!」


 健常者生徒や教師達による、適応者生徒と教師達に対する怒号が格技場に響く。

 『適応者同士のお前らが戦え』、『健常者の我々を護れ』的な野次に、同じ健常者集団の中からも眉を顰める者が出ては、野次を飛ばす一部の者達を諫めに掛かる。

 不安なざわめきが上がる中、ランセントは相変わらずフレンドリーな調子で話し掛けた。彼にとっては理想的な混乱の仕方だ。


「ヤめなヨー、俺達は仲間を探しに来ただけだヨー」


 一緒に適応者の楽園を作ろう等と語るランセントは、『ヴィルト』の構成員になるメリットを並べて学生達を勧誘する。


「労働は人類に課せられた罪、原罪だった」


 今の世界文明は、原罪を背負う旧人類が作り出した歪んだ社会。常に誰かが摂取され、潤うのは一部の者達の懐だけ。いつも誰もが何かを求めて満たされない。そんな苦しみの世界なのだ。

 しかし、適応者によって作り出される世界は違う。

 食べなくても生きられるようになれば、他の命を奪って糧にする事も無くなる。それはすなわち、人類の祖アダムに課せられた罪、地より苦しんで食物を得るという原罪から解放されるのだ。


「原罪より作り出されし苦しみの社会から解脱した存在、それが我々適応者なのだ」


 ランセントの勧誘演説は、そんな宗教の黙示録的な話から一転、実に俗物的な例え話に切り替わる。


「食べなくてもいいんだから、働かなくてもいいんだ。一日中ゲームプレイに勤しむ事も、読書に黙する事も出来るんだゼ。本当の意味で自由に生きられる、こんな素晴らしい事は無いだろう?」


 勿論、健常者だって拒絶はしない。君達は若い。適応者になれる条件を満たしている。我々の組織に所属すれば、全員が最重度の適応者になれる。


「ランクは個人の資質だから俺にもコントロール出来ないが……どうだい、一緒に来ないか?」


 生徒や教師達の反応を覗うランセント。健常者達の中には、簡単に強い力と身体を手にする事が出来る適応者に、憧れを持つ者もいる。

 また、一般人として暮らす適応者の中にも、せっかく大きな力を得たにも関わらず、これまでと変わらぬ抑制された生活に気持ちを燻らせている『滝』のような者も、一定数は存在する。

 高度に管理統制された現代社会のシステムの中で、何かしら不満を抱いている者は多い。彼等は切っ掛けさえ与えてやれば、社会の枠組みから抜け出す一歩を踏み出せる。

 自分達ヴィルトが、その受け皿となるのだ。何人か心動かされた者が、集団から出て来るのを期待していたランセントだったが——


「そこまでだ! 武装組織ヴィルト首謀者ランセント!」

「我々は適応特科の対策チームである! 大人しく投降せよ!」


 ——学校からの通報を受けて直ぐに向かっていた、ランク5チーム班が到着した。


「Oh〜、もう到着したのか」

「やれやれ、さっき警備隊を片付けたばかりだってのに」


 肩を竦めて大袈裟に首を振って見せるランセントと、彼の勧誘演説中に学校の警備隊を叩き潰して合流したスナップが、指関節を鳴らしながら楽し気に適応特科チームへの迎撃態勢を取る。


 全国から集められた高ランク捜査官の中でも、生え抜きである四人組みランク5チーム班の行動は早かった。

 格技場に突入した彼等は、『ヴィルト』と交戦していたと思われる適応者の男子生徒で、扉付近に倒れていた三人と介抱していた一人を保護すると、直ちに臨戦態勢を取った。


「本部に連絡、ランセント容疑者、及び幹部を含む三人を確認。現在、適応者の生徒四名を保護。内三名が意識不明の重体で——」


 三人が隊列を組んで警戒し、一人が少し後方で無線連絡を入れていたその時、格技場の奥で一塊になっている生徒や教師達が騒ぎ出す。


「気を付けろ! そいつは違う!」

「テロリストの仲間だ!」


 そんな生徒達の訴えに訝しんだ瞬間、前衛の三人は背後から突然の攻撃を受けた。滝の不意打ちによる体当たりにより、一人が大きく隊列から弾き出される。


「な……っ!」

「ナイスバックアタックだ、タキ」


 その瞬間、体勢を崩した捜査官にランセント達の攻撃が集中した。

 スナップが手首を捉えて動きを封じると、テリオとランセントによる一撃で捜査官の腕が千切れ飛び、身体に穴が空いた。生徒達から悲鳴が上がる。


「かはっ」


 その場に倒れ伏した捜査官の身体は形を崩し、黒ずんだ肉塊と化した。

 適応者は身体へのダメージが許容量を超えると、処理された発症者と同じように人の形を失う。ただし、適応者が肉塊になった場合、発症者と違って時間を掛ければ復活出来る事が分かっている。

 肉塊状態の時に対不死病浄化剤でも使われない限り、そのまま死滅する事は無い。


「滝の奴、とうとうやっちまいやがった……」

「ひどい……」


 適応特科の捜査官を犠牲にランセント達と合流する滝を見て、彼のクラスメイトや教師達が呻く。彼はもう、取り返しのつかないところまで足を踏み入れてしまったのだ。


 改めて滝を同志に迎えたランセントは、この格技場に居る避難学生達から『ヴィルト』への加入候補者を選定するよう、滝とテリオに指示を出す。


「希望者は全員無条件で歓迎。使えそうな人材なら、多少強引にでも勧誘するんだ」

「了解、ボス」

「お、おう」


 さっそく幹部に交じって仕事を任された事を、滝は内心で喜ぶ。そうして彼は、適応者のクラスメイト達に視線を向けると、ある一人の生徒を視界に捉えた。


 やる気のある新人に上機嫌なランセントは、立て直しを図ろうとしている適応特科チームに向き直ると、戦闘態勢に入りながら言った。


「よし、それじゃあ勧誘活動の邪魔をされないよう片付けておくか。スナップ、やるぞ」

「へへっ、そう来なくっちゃ」



 一方、予想外の攻撃で仲間を一人欠いたランク5チーム班だったが、彼等は動揺で崩れる事も無く任務を遂行する。


「ヴィルトの目的は、学生から組織構成員を募る事か……!」

「本部に連絡を入れたら、仕掛けるぞ」


 とにかく、他の生徒や教師達、学校関係者をこの場から脱出させなくてはならない。例えそれが無理だとしても、誰一人連れ去られる事の無いよう、彼等はランセント達に挑む事を決断した。


「せめてあの二人・・・・が到着するまで——我々で時間を稼ぐんだ!」


 ヴィルトの最強戦力、ランセントとスナップの武闘派コンビが迫る中、ランク5チーム班の三人は、一刻も早く適応特科の最強チームが到着する事を祈りながら、不利な戦いに身を投じた。


 ——それは、一方的な蹂躙だった。ランク5チーム班の捜査官は、これまでも同ランクの適応者犯罪グループと戦い、制圧してきた実績を持つベテラン達だ。

 しかし、優れた近接格闘術を持つランク6のスナップや、推定ランク20とされるランセントの圧倒的な力の前には、手も足も出せなかった。


「くそぉ!」


 ズシンッと、重い打撃音を響かせて打ち込んだ捜査官の全力のパンチを、片手で軽々と受け止めたランセントは、隣で相手の腕を極めて床に圧し伏せているスナップに投げて渡した。

 その捜査官の手首も極めて同じく圧し伏せたスナップは、最後の一人がランセントに捻り潰される様子をノンビリ観戦し始める。


 一方的な戦いが展開されている格技場の奥では、生徒達を護るべく立ちはだかる適応者教師や、クラスメイトの為に戦おうとする一部の適応者生徒達が身構えていた。

 だが、テリオと滝は彼等の対決姿勢を全く意に介さず、構成員候補の品定めを始める。


「で、お勧めの人材がいるんだって? タキ」

「ああ、前から目を付けてた奴だ」


 そんな会話をしながら無造作に近づいて来るテリオと滝に対して、教師や生徒達は動けないでいる。適応特科チームがランセント達に圧倒され、肉塊にされた光景に萎縮しているのだ。


「あの女だ。彼氏が適応特科のトップ捜査官だと聞いている」


 滝はそう言って、適応者生徒の後列組にいる美比呂を指した。感染深度も重度なので、ヴィルトが求める感染深度調整用の人材として最適だ、と。

 ざわめく生徒達。ターゲットにされた美比呂の、周囲の生徒達が思わず身を引いた為、美比呂の姿が一層目立つ。

 いよいよ目前にまで迫った二人に対し、適応者生徒の一人が果敢にも殴り掛かった。その攻撃を受け止めた滝は、格下を見下すような視線を向けながら問う。


「何だお前、ヴィルトとやり合う気か?」

「うるさい! この恥知らずめ!」


 クラスメイトの仲間を犯罪集団テロリストに売ろうとするなんて最低だと糾弾するその生徒に対し、滝は鼻で笑いながら答える。


「俺はお前ら雑魚の事なんざ、初めから仲間だとも思っちゃいねーよ」


 そう言い放った滝は、掴んでいたその生徒の腕を一捻りして体勢を崩させると、他の臨戦態勢を取っている適応者生徒達の列に蹴り飛ばした。

 何人か巻き込んで床に倒れ込むが、それを切っ掛けにして、萎縮していた周りの生徒や教師達も動き出す。

 皆こういう緊急事態や荒事には慣れていない、一般人の適応者達だが、滝と同じランク4の生徒や教師も居る。数では圧倒的に優位なのだから、武器も持っていない相手なら全員で抑え込めると考えたのだ。


「いい判断だが、そうバラバラに動いたのではな」


 滝は一瞬怯む様子を見せるも、テリオはこの動きを予想していたらしく、包囲してくる学生達の集団に突っ込んでいくと、教師の一人を捕まえて全力で蹴り上げた。

 ランク8のキック力をまともに受けた教師の身体は、天井まで吹き飛ばされてめり込むと、肉塊と化しながら落ちて来る。


「せ、先生——」


 これに青褪めた生徒達の動きが止まり、格技場内は静まり返る。その様子を当然の結果と言わんばかりに見渡すテリオの余裕ある姿に、滝は流石ヴィルトの参謀だと心酔気味に感心を抱いた。


 再び動けなくなった生徒達を尻目に悠々と足を進めた滝は、彼を避けて道を開ける生徒達の間を通り抜け、後列にいたターゲット、美比呂の前までやって来た。

 美比呂が、目の前に立つ滝を見上げる。緊張と静寂の中、皆の注目を浴びながら、滝は美比呂に手を差し出しながら言った。


「さあ、一緒に来て貰おうか、野々原」


 そんな滝に、美比呂はぺこりと頭を下げて言った。


「ごめんなさい。わたし付き合ってる人いるから」

「告白じゃねーよ!」


 思わずツッコむ滝。ズッコケが発生した事で僅かにでも隙が出来たとばかりに、美比呂のクラスメイトで親しい友人の宏美が机のバリケード越しに叫ぶ。


「みーちゃん逃げて!」


 その時、『がお〜』とかいう電子音が鳴り響いた。美比呂が携帯の着信音にしているマスコットキャラ『角熊ベビー』のコミカルボイスであった。


「あ、ごめん電話」


 ちょっと待ってと携帯を取り出す美比呂。


「電話しとる場合かーー!」


 宏美のツッコミに、誰もが頷いた。


「これがジャパニーズガールの『キモッタマ』というやつか?」

「いや……ありゃただの天然だ」


 腕組みをして顎に手など充てながら「ふむ」と呟くテリオに、滝が脱力しながら答えた。


「もしもしススム君? うん、うん、大丈夫。今? みんな格技場に居るよ?」


 適応特科捜査官と適応者教師がテロリストに肉塊にされるという、凄惨な出来事で静まり返っていた格技場に、恋人と電話する美比呂の声が響くシュールな絵面。何となく緊張感が削がれる。


「うん、分かった。気を付けてね」


 携帯を耳に充てたまま、美比呂は後方の健常者生徒達に声を掛ける


「後ろの壁の、真ん中の窓の近くに居る人、危ないからもう少し前に出てー」


 なんだ? と顔を見合わせるテリオと滝。生徒達の皆も戸惑うが、宏美と他の友人達も協力して美比呂が指定する窓のある壁から人を遠ざけ始める。


「とにかく、皆みーちゃんの言うとおりにして!」

「離れて離れてっ」


 そこで、テリオがハッとなる。


「まさか、壁を破壊して脱出路を——」


 次の瞬間、人を遠ざけた格技場の壁から手が生えた。その手が壁を掴むと、壁は外側に向かって大きく陥没する。やがてメキメキと音を立てて崩れた。

 外側から壁を引っぺがしたのだ。


「くそっ、逃がすな、タキ!」


 直ぐに動き出したテリオに促され、我に返った滝も脱出路を塞ごうと走り出す。その時、崩れた壁の土煙の中から人影が飛び出して来た。

 生徒達の集団を飛び越えたその人影は、テリオと滝に跳び蹴りを食らわせる。出入り口近くの壁まで吹き飛ぶテリオと、その場で床に叩きつけられる滝。


「おらぁ! てめえらがヴィルトの親玉かあ! ——て、やべぇ! 生徒まで蹴っちまった!」


 ススムをカタパルト代わりに、八メートルほどの距離をジャンプして来た篠口は、適応特科本部のスライド写真で見たテリオの顔は知っていたので、思い切り蹴飛ばした。その際、テリオと連携して動いているように見えた人影もついでに蹴ったのだが、制服を着ている姿を見て慌てる。


「あ、だいじょうぶだよ。その人もテロの人だから」


 美比呂が、滝の事を「勧誘されたみたい」と言ってフォローした。


「なんだ、それなら問題ねぇな」


 ススムの女美比呂の言葉に、ほっとする篠口。穴の開いた壁を見ると、ススムが生徒達を避難誘導していた。


「はーい、慌てないで順番にー。校庭に出たら警察の誘導に従って下さーい」


 篠口が美比呂に「お前も早く行きな」と促すと、美比呂は礼を言って駆け出した。途中で友人の宏美達と合流し、ススムの居る脱出路に向かう後ろ姿を見送る。


 その時、床に肩からめり込んでいた滝が起き上がった。


「て、てめぇ……」

「あん?」


「邪魔してんじゃねぇーよ! 雑魚ポリ共がぁ!」


 激昂する滝は、立ち上がりながら篠口に殴り掛かる。


「いいから、お前は寝てろ」


 スッと横に躱して滝の顔面を手の平で捉えた篠口は、そのままカウンター気味に床へ叩きつけた。再び床にめり込んだ滝は、その衝撃で意識を手放したのだった。


「さて……」


 バンッと、己が拳を手の平に受けた篠口が、ランセント達に向き直る。避難誘導を終えたススムもやって来た。


「どんな感じだ?」

「ランク5チーム班は全滅みたいだぜ」


 篠口がそう言って顎で指し示した場所には、四つの肉塊が転がっていた。直ぐ近くにある肉塊は教師のモノらしい。

 表情に少し憂いを浮かべたススムが言う。


「応援と救出班が向かって来てるから、それまで俺達で抑え込んでおく必要があるってさ」

「ああ、望むところだ」


 壁に刺さっていたテリオを救出して三人揃ったヴィルトの幹部組、ランセント達を睨みながら、ススムと篠口は臨戦態勢を取る。


「ぶっ飛ばしてやんぜ!」

「今回は自重しなくていいからな」


 建物の被害は度外視して構わないとの通達を受けているススムは、そう篠口を励ますと、戦闘用グローブを付けた拳を握り締めた。





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