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適応者達の挽歌2





 そこそこ勾配のある長い坂道を、大勢の学生達が徒歩や自転車で上って行く。坂の上にある学校『霧ヶ淵高校』は、健常者と適応者が共に通う共学体制で、教師の中にも適応者が存在する。

 不死病の脅威を乗り越えて復興を果たした、今の時代を象徴する学校であった。

 登校中の生徒達は、イヤホンで音楽を聴いている者。スマホを弄っている者。友達とお喋りしている者と、様々だ。この通学路で毎朝繰り返される、平和な登校風景である。

 そんな集団の中に、適応者の生徒として通う美比呂の姿もあった。


「みーちゃーん!」

「あ、ひーちゃん」


 美比呂に声を掛けつつ、手を振りながら走って来るクラスメイトの女子。彼女は適応者ではなく、普通の肌の色をした健常者の生徒である。

 真辺まなべ宏美ひろみ。一年生の時に席が隣り合い、名前が似ているという話題から親しくなった友人であった。


「あたし達も来年は卒業だねー」

「だねー」


 二人並んで歩きながら、卒業してからの進路など話題にする。


「みーちゃんは、例の彼が働いてるところに行くの?」

「うん、適応特科」


 この近辺の地区を担当している適応特科捜査官の中でも、トップクラスの位置にいるススムと深い関係にある美比呂には、適応特科本部ビルへの就職が約束されている。

 ほぼコネのような形になるが、ススムをヒトの世に引き留めたという功績があるので、何の根拠も無く入職を許可されている訳でもない。


「そっかー、公務員になるのかー」


 でも——と宏美は続ける。


「彼氏と同じ職場に就職したはいいけど、別れたりした時に面倒じゃない?」


 毎日職場で顔を合わせる事になるのだから、気まずくて大変そうだ等と言う宏美に、美比呂は少し膨れながら言う。


「わ、別れる予定はないもん」

「じゃあ結婚するの?」


「そ、それは……まだ、決まってない、けど」


 もじもじと顔を赤らめながらそっぽを向く美比呂。

 以前なら、「あーもうみーちゃんは可愛いにゃあ」とか言いながら撫で回していたところだが、適応者と健常者に分かれてしまった今では、そういったスキンシップも安易に図れなくなった。


「あーーもう! みーちゃんナデナデしたいにゃあ!」

「ひーちゃん……」


 年々言動が変態寄りになって行く友人に、心配な美比呂は一汗たらりと苦笑を返すのだった。



 短い休み時間を知らせるチャイムとは、違って聞こえる昼休みの鐘の音。

 食事の必要が無い重度の適応者生徒には丸々休み時間となるので、屋上でノンビリ過ごしたり、校庭に出て運動したりと、思い思いの時間を楽しむ。

 この時間は健常者の生徒のほとんどが食堂や教室に籠もる為、外から見る学校の様子は適応者の生徒しか居ないように感じる。


 そんな霧ヶ淵高校の校庭の様子を、高いフェンスの外から眺めながら歩く人影があった。


「今ジャンプした奴、あれはランク3ってところだな。向こうで走ってる奴はランク2辺りか?」

「この時間に外で運動してる生徒は、ほぼ全員が重度の適応者と見て間違いないようです、ボス」


 適応者構成員の確保に向けて下見に来た『ヴィルト』の首謀者ランセントと、彼の右腕でもある部下のテリオは、通行人を装いながら構成員候補の品定めをしていた。


 初めから重度の適応者を確保出来れば即戦力になる。見込みのありそうな者なら、健常者でも構わない。健常者の構成員は、自分達のウィルスによって適応者に出来るのだから。


「後は、調整用に女の適応者も何人か欲しいな」


 適応者化した後の強化度ランクは運任せになるが、感染深度はある程度コントロール出来る。感染深度の高い相手とまぐわえば重度化出来る事が、かつての組織内での研究で明らかになっているのだ。

 ヴィルト構成員のほとんどが重度の適応者なのは、その為であった。


 学校周辺をぐるっと一回りして下見を済ませたランセント達は、通学路の坂道を下りながら行動を起こす時期やタイミングを話し合う。


「構成員の確保は我々が担当するとして、敵戦力の分散と攪乱にもう少し人数が必要だ。スナップの活動はどうなっている?」

「ほぼ予定通り進んでいるようです」


 テリオがメールを確認しながら計画の進行状況を報告する。スナップは都内で事を起こす準備に奔走しており、全国の海辺や川まで潜入して上陸した同志達を都内に集結させる役割を担っていた。

 適応特科や軍、警察の目を引きつけておく為の別動隊を組織し、複数個所で同時に行動を起こす。鎮圧に乗り出した敵戦力がそちらに向かっている隙に、ランセント達本隊が学校施設に突入する。

 首尾よく構成員候補を確保したなら、地下に潜伏して候補の選り分けを行い、正式に組織に迎えるメンバーと共に日本を脱出。海の底を渡ってしばらく無人島にでも潜んでいればいい。

 飲まず食わず眠らず休まずでも生きていける、重度の適応者集団ならではの活動計画だった。



 角を曲がり、路地に入って少し進んだところで、制服を着崩した学生らしき集団が屯していた。


「でよー、戸吹高ヤツラはよー」

「あん? なんだコイツら」


 ランセント達に気付いた彼等が、訝しむような目を向けてくる。肌の変色から適応者だと分かる。制服のデザインを見るに、霧ヶ淵高校の生徒のようだ。


「おや? まだ学校は終わっていなかったようだったが?」

「どうやらスクールマフィアのようですな。『フリョー』と呼ばれているグループですよ」


 テリオの説明に「ほほう」と頷いたランセントは、路地を塞ぐように座り込みながらガンを飛ばして来る不良グループに声を掛ける。


「なあ、ボウイ達、我々の配下に入らないか?」


 スクールマフィアのチームとして群れていたければ、組織内で個別のチームとして取り扱ってもいいぞとスカウトを試みる。

 声を掛けられた不良グループは、よく分からないが外国人グループの傘下に入れと誘われた事は理解したらしく、早速反撥してみせた。


「あ? っんだテメ、コラっけんなよコラ」

「ナってんじゃねーぞ! ああ?」

「オレらってんじゃネっぞコラ!」


「うん? 訛りが酷くて聞き取れないな。テリオ、彼等は何と言ってるのだ?」

「煽ってるんですよ、ボス」


 辛うじて聞き取ったテリオの解読内容にランセントが耳を傾けていたその時、彼等不良グループのリーダーが現れた。


「おい、何やってんだお前ら」


「滝さん! オツカレ様っス」

「何かコイツら、俺らに手下になれって言って来たんスよ」


 プロテクター付きバイクパンツにジャケットという姿で、脱いだヘルメットを手に提げた滝は、件の外国人二人組みをちらりと見やる。


「おっさん達も適応者か」

「ああそうさ。今は再編中だが、デカイ組織のボスをやってる。どうだいボウイ、俺達の同志にならないか?」


 ちょっとイリーガルだが、適応者の為の世界作りに貢献する組織なんだぜと、スカウトを続けるランセントに、滝は少し考える。

 この頃は全員が適応者で構成されたグループも珍しくなくなって来た。他グループとの抗争では、どれだけ多くの配下を持っているか、格上のグループと繋がっているかが勝敗を分ける。

 一人や二人高ランク適応者が居ても、数の力には押し潰される。健常者と共学の霧ヶ淵高校では、他所の適応者専用校のグループと比べて仲間の確保も難しい。

 この二人の外国人が言う『ちょっとイリーガルなデカイ組織』がどんな集団なのかは分からないが、海外のグループと繋がりを持つのは、威圧効果を狙う意味でも悪くないのではないか。


「おっさん達のグループに兵隊は居るんだろうな? いくらデカイ組織でも、売人しかやって無いような『平和団体』には用はない」

「HAHAHA、うちは全員が精鋭の戦士達さ」


 両手を広げるオーバーアクションを取りながらそんな事をいうランセントに、いまいち強者の気配を感じなかった滝は、ヘルメットを手下に預けると、構えを取りながら言った。


「なら、おっさんがソレを示してくれ。納得いく強さなら認めよう」

「戦って決めるのかい? いいね、力の誇示は明快で分かり易い道標だ。君の判断を支持するよ」


 ランセントもそう言って戦闘態勢を取る。テリオはそんなボスの楽しそうな様子に肩を竦めると、壁に背を預けて観戦モードに入った。


「言っておくが……俺はランク4の適応者だぞ」

「OH、それなら問題無い。俺はボウイ達の5倍は強い」


「んだよその半端な数字は」


 滝の手下が、ランセントの返答にちゃちゃを入れる。


 適応者同士の戦いは、素人の喧嘩でも健常者の戦いとは大きく様相が違って来る。

 普通の人間は、どんなに鍛え上げたとしても、骨の強度の問題などから、持ち上げられる重量は500Kg辺りが限界と言われている。しかし、適応者はその限界を容易く超えるのだ。


 例えば、体重50Kg前後の健常者一般人が、取っ組み合いをした状況を想定した場合。

 互いに相手を振り回そうとしても、自力で踏ん張る50Kgの肉の塊はそう簡単に動かせない。結果揉み合いになり、相手を制すにはパンチやキックといった瞬発的な攻撃力を得るか、技を駆使した投げを打つなどの方法が勝敗の決め手となる。

 ところが、適応者は筋力や耐久力などの身体能力が、最低でも二倍程度までは強化される。

 しかし体重はほとんど変わらない。その為、同じ体重50Kgの素人適応者同士が戦った場合、互いに技もへったくれも無い、単純な腕力のみで相手を簡単に投げ飛ばす事が出来る。

 適応者の中で最も数が多いとされるランク3適応者なら、見た目がヒョロヒョロの素人学生でも、鍛え上げられた筋骨隆々のプロレスラーと互角に戦える。

 それが適応者の特徴の一つなのだ。


 滝の頭を掴んだまま、塀に叩きつけるランセント。ただし、頭を直接叩きつけているのではなく、頭を掴んだ手で覆ったままなので、叩きつけられている滝に物理的ダメージはほとんど無い。

 だが、精神的ダメージが深刻だった。


「どうだいボーイズ、俺はストロングだろう?」


 ガンガンガンガンと絶え間なく塀にぶつけ続け、その度に塀の亀裂が広がっていく。滝の身体は、まるでおもちゃの人形のように振り回されていた。

 その光景に恐怖する不良グループ達。

 やがてコンクリートブロックで出来た塀は、ガラガラと音を立てて崩壊した。ランセントに対する、滝達の反抗心と共に。



 砕けたブロック塀の残骸の中で、呆然と座り込んでいる滝に対して、ランセントは相変わらずフレンドリーな態度で話し掛ける。


「ヘイ、タキ。俺は君のテストに合格したかな?」

「わ、分かった……あんた達の手下になるよ……」


 全面降伏した滝は、グループ全員でランセントの配下に加わる事を宣言した。満足そうに笑ったランセントは、テリオに指示して滝達が同志に加わった事をスナップに伝えさせる。


「いい拾い物をしたな」

「ですね。これで当日の学校侵入と制圧がやり易くなりました」


 この日、ランセント達『ヴィルト』は、下見に訪れた霧ヶ淵高校に侵入する有効な駒を手に入れたのだった。





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