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第二十七話:物資の調達・再び





 病院を出たススムは、まずはリアカーを取りに一度マンションへと戻る。

 段差も障害物も無視するべく某髭の配管工ばりにぴょんぴょん跳ねながら走っていたら、ものの一分ほどで帰って来られた。

 非常階段の出入り口脇に停めておいたリアカーを確保すると、今度はそれを担いでショッピングセンターを目指す。


(正直、引いて歩くより担いで走った方が早いんだよな)


 そこそこ大きいサイズのリアカーを、頭上に被るような格好で担ぎ上げて大通りを駆け抜ける。途中、ショッピングセンターの周囲に敷かれた歩道に繋がる小道があるので、そこから近道をしてセンターの前までやって来た。


 いくつか開いている出入り口のうち、倉庫に近い場所にリアカーを停めると、荷物運びの準備に取り掛かる。徘徊発症者に通り道を塞がれると面倒なので、大きな商品棚や陳列ケースを駆使して倉庫と出入り口を繋ぐ直通路を組み立てるのだ。

 大抵の店舗は、だだっ広い空間に棚を並べる事でそれぞれ売り出す商品の区分けをしている為、棚を動かせばレイアウトも簡単に変更できる。

 安全を考慮して床と天井に固定している場合もあるが、ここのショッピングセンターの棚は置いてあるだけだったので、二十分ほどの作業で商品棚の壁に護られた通路を構築できた。


 倉庫の扉を開き、物資の詰まった段ボール箱を運び出す。リアカーの荷台に積めるだけ積み込んだ。病院で使う分としては、一週間は持ちそうな結構な量になった。

 それでもまだ倉庫に備蓄してある量の三分の一くらいだ。


「これだけあれば、ひとまずは十分だな」


 とりあえず病院に運ぶべく荷物にカバーを掛けて、ロープで固定する。倉庫直通の出入り口を適当な棚で塞いでこの場を後にした。



 荷物を満載したリアカーを引いて大通りに続く小道を下る。その時、俄かに大勢の話し声と足音が聞こえた。


「あ」

「うん?」


 大通りに出たところで、ススムは件の武装自警団グループに遭遇した。それも、20人くらいの大人数だ。


「おい、お前! その荷物は何だ」

「病院に運ぶ物資ですよ」


 以前遭遇した時と同じく、早速威圧的に声を掛けて来た彼等に、ススムは肩を竦めて答える。


「病院? あそこは今潰れ掛けてるはずだが……どこから来たんだ」

「いやまて、コイツ見た事あんぞ……」


 刺又を持った中年の男性が訊ねる隣で、何かネジやナットでデコレートされた鉄パイプっぽい武器を持ったヤンキー風の若者が呟く。それで、ススムも彼等の中に何人か見覚えがある事に気付いた。

 ヤンキー風の若者は、黒田から預かった血清を病院に届けに行った、一番最初の夜に遭遇したグループの一人だ。刺又の男性は、翌日の物資調達の帰りに団地群で鉢合わせした、誤射クロスボウ持ちが居た集団の一人。


「あっ! お前もしかして、団地で死体共の群れに飛び込んでった——」

「別に飛び込んではいないと思うけど」


 苦笑しながらそう返すススム。今話した若者が、件のクロスボウ持ちだ。彼の武器にも見覚えがある。


「そうか、生きてたのか……つーか、お前って病院に所属したのか?」

「いや、今は立て直しを手伝ってるだけですよ。そのうち小学校にも顔出すつもりでした」


 あの時のわだかまりも無く、ススムは丁度良い機会なので、現在の近隣情勢を彼等に語って聞かせる。

 自分があの後、隣町から中洲地区方面まで遠征していた事や、そこから都心のショッピングモールと大学病院の避難所まで応援に行った事。

 遠征で知り得た色々な情報を掻い摘んで話した。A.N.Tとの闘争や、自身が異形化して殺戮をやらかしたくだりは、厄介な武装集団も存在する程度の話にして、適当に暈してある。


「それで、小学校の避難所にも無線機を置いて、他の地域との交流に加わって欲しいんですよ」


 その為の機材も用意してあると勧めるススムに、彼等は揃って一人の人物に顔を向けた。精悍な雰囲気の佇まいで、目立った武装は無く、オープンフィンガーのグローブが特徴的な若い男性。

 柴崎と呼ばれている彼は、小学校の避難所を運営する武装自警団のリーダーであった。自警団の方針や避難所運営の重要事項は、ほぼ彼の判断によって決められているらしい。病院側が独裁的と批判する中心人物である。


 先程から腕組みをしてじっとススムの話に耳を傾けていた柴崎は、おもむろに訊ねた。


「その提案を、我々が受け入れるメリットは何だ」

「他所と協力する訳ですから、不足してる物資を都合して貰えるとか、色々あると思いますよ?」


 ススムはさらに、もしかしたら来月の初旬辺りに、自衛隊機が発症者を処理する消毒剤を散布しに来るかもしれないという情報を明かす。


 復興が近いかもしれない事。これに関しては、彼等の間に動揺とも懐疑的ともとれる様々な反応が見られた。

 今の世の中を気に入っている者は面白くなさそうだが、元の世界を望む者には希望のニュース。ざわめくメンバーにスッと手を翳して静粛にさせた柴崎は、少し険のある口調で問う。


「お前の話が、デタラメで無い証拠は?」

「無線機を設置して、他所の避難所と話してみたら分かるんじゃないですかね」


「どうも信じられんな」

「そうですか」


 ススムにとっては、ここで信用されようがされまいが、どっちでも良いのでさらっと流す。事態は動いており、情報は確実に広がっている。いずれ彼等の耳にも届く事なのだ。


 先程から妙に余裕のあるススムの態度に、柴崎は若干眉を顰めながら威圧的に警告する。


「そんな事より、我々に断りも無く勝手に物資を調達されるのは困る」

「あなた方に断りを入れなければならない理由は?」


 ススムが即座にそう返した事で、武装自警団グループからは驚きと戸惑いのざわめきが上がった。柴崎は、自分の威圧をまるで意に介さないススムに苛立ちを覚える。

 武装自警団と避難所の運営における秩序は、明確な力関係による支配で保たれて来た。部下達も居る手前、舐められる訳にはいかない。


「お、おい、あんまムキになんなよ」


 空気が険悪なものに変わるのを察したクロスボウ持ちの若者が、そう言ってススムを宥めようとする。

 以前出会った時も調達した物資の引き渡しを拒否していたし、自分の誤射について聞いたススムが態度を硬化させたという認識がある彼は、ススムの反抗的な態度もその延長だと思っていた。

 あまり自分達の事を信用していないであろう事は分かるが、リーダーの柴崎は上下関係には本当に厳しく、必要な時は容赦しない人なのだ、と。

 ススムは、クロスボウ持ちの彼が自分を心配するような素振りを見せた事を、少し意外に感じて目を丸くした。


稲生いなせ、下がっていろ」

「え、いやあの、でも……」


「おい、いーから下がってろって。こういう時は柴崎さんの判断にまかせとけ。どっち道ハッキリさせとかねーとなんねーし」


 静かな闘気を漲らせた柴崎が歩み出て来た事でオロオロする稲生に、播本はりもとがリーダーに任せておけと促す。

 戸惑いながら後ろの集団に戻る稲生を一瞥した柴崎は、ススムに向き直ると、最後通告のように言った。


「我々が紳士的に振る舞えるのは、交渉の余地が残っている場合に限る」

「交渉って、一方的に譲歩を迫る事がですか?」


 相変わらず皮肉のような正論直球で返して来るススムに、柴崎は一瞬ふっと自嘲するような笑みを浮かべると、スイッチが切り替わるように表情を一変させた。


「覚えておけ、今の世界を生き残る為に必要なものは、強者に立ち向かう勇気でも、助け合いの精神でもない」


 スッと腰を落とし、一気に間合いを詰める——


「相手を屈服させる、純粋な力!」


 まさに目にも留まらぬ速さでドンッと踏み込み、ススムの鳩尾にボディブローを打ち込んだ。


「それだけだ」


 ふぅーと呼吸を整え、残心を取りながら静かに呟く柴崎に、ススムは異議を唱えた。


「俺はそうは思いませんけどね」

「っ!?」


 そこには、リアカーのアームを持ったまま、何事も無かったかのように平然と佇むススムの姿。驚愕に目を瞠り、思わず飛び退く柴崎。彼の部下達も、予想外の展開に戸惑っている。


(何だ、こいつ……確かに今、まともに入ったはずだ)


 困惑する柴崎に対し、ススムはおもむろに語り始める。


「さっきの話の続きですけど——」


 適応者という存在について。発症状態にありながら意識を保ち、正常な思考も出来る特殊な状態になった人間が、この世界に生まれているという事実。


「で、俺はその適応者になってるみたいなんで、ちょっとやそっとの衝撃じゃあどうにもならないです」


 なにせ、戦車の主砲や機銃で撃たれても生きていたので、そういう暴力に頼った圧力交渉はやるだけ無駄ですよと諭す。


「戦車ておま……フカシこくにしても限度があるだろ」


 戸惑いながらもそうツッコむ播本に、ススムは周りを見渡して手頃なモノを探すと、近くに放置されている乗用車を指差した。

 なんだ? と皆がそちらを向く。リアカーを停めてその車の横に立ったススムは、しゃがみ込んで下部に手を入れると、そのままひょいと持ち上げて見せた。


「はぁっ!?」

「うぇっ!?」


 呆気にとられる自警団グループ。あり得ない光景に釘付けとなっている彼等の目の前で、ススムはその車を反対車線に向かって投げた。

 ふわーっとした軌道を描いて飛んで行った車は、放置車の隙間にズシーンという重々しい音を立てて縦列駐車された。


 未だ呆然としている彼等を尻目に、リアカーのアーム内に戻ったススムは、病院に向かって歩き出す。そうしてふと思う。小学校の避難所の方が人は多いはずだ。

 倉庫の物資を、ここで独り占めするのは良く無いのではないか。


「そうそう、ショッピングセンターの倉庫にまだ大量の物資がありますよ。直通路を作っておいたんで、後ろの出入り口から安全に運び出せると思います」


 真っ暗なので明かりが必須である事も伝えたススムは、「じゃあまた後日にでも」と背を向けてこの場を立ち去る。武装自警団の面々は、ただ呆然とそれを見送った。



(よしよし、最後まで冷静に対処出来たぞ。つーか、あそこまでクールっぽく決め台詞吐いてからの一撃が無効って、結構恥ずかしいんじゃなかろーか)


 自分にはとても真似出来ない。等と考えつつ、病院への道のりを行くススムなのであった。





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