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第二十四話:対立の境界線





 自分の町まで帰って来たススム。長年住み慣れた町だけに、電気が点いていなくてもあまり違和感は覚えなかった。よく見知った地元であるがゆえに、早く馴染んだのかもしれない。


 総合病院までやって来たススムは、そのまま駐車場に入って行く。以前来た時には無かった肉塊溜まりが、其処彼処に散らばっていた。発症者が処理された痕跡のようだ。


 不死病と言われるこの奇病。一度心肺停止した者が再び動き出し、亡者のように徘徊する様からそう名付けられているが、発症者は身体が著しく損傷した場合などはそのまま死滅する。その際、身体が人の形を保てなくなり、肉塊と化すのだ。

 肉塊状態から徘徊発症者になった例は今のところ確認されていないらしい。


(病院の敷地内にいた発症者は、ほとんど処理されてるな)


 何かあったんだろうかと周囲を見渡す。病院の出入り口は、以前と同じく封鎖されたままだった。少しずつ病院周りの発症者を処理しているのかもしれないと考えつつ、裏口へ回る。

 そうして裏口を塞ぐコンテナの前までやって来た。何か張り紙がしてある。張り紙には一言、こう記されていた。


"動かさないでください"


「……あ、もしかして」


 以前、ここから施設に入った時、簡単に動いたのでスライド式になっていると思い込んでいたが、よく見ればレールも無いし、コンテナには車輪が付いているようにも見えない。

 結構ガリガリ鳴っていたし、異常適応者の力で強引に動かしていた事に、気付いていなかったのかもしれないと思い至る。


(今なら上の階にジャンプして入れると思うけど……)


 リアカーをコンテナの脇に置いて上に飛び上がったススムは、上階の外壁に張り出している非常階段から施設内に入った。


(多分、ここも正規ルートじゃないんだろうな)


 怒られたら謝っておこうなどと思いつつ、ススムは上層階の特別病棟区画へと向かうのだった。



 病院内は、妙にピリピリした空気が流れていた。

 ススムが来た事は監視カメラで事前に察知していたらしく、特別病棟の出入り口である強化ガラス扉の前には、数人の医師達が待機していた。

 前回、ススムと直接交渉をしたあの若い医師が代表で応対する。


「や、やあ、しばらくぶりだね」

「夜分遅くに失礼しますー」


 以前の帰り際の時と同じく、かなりの警戒と緊張が見て取れる。

 里羽田病院やショッピングモールの避難所に比べて、不死病に対する情報が欠けているがゆえの警戒だろう。

 そう考えたススムは、彼等に黒田の事や、先月から都心まで遠征していた事を語って聞かせた。適応者の存在と特徴についてや、自分がその適応者である事も少し説明しておく。

 ススムの話は、外の情報が入って来ない彼らにとって非常に興味深いものになったようだ。


「そうか……他の町の様子が聞けたのは実に参考になったよ。ありがとう」

「知識不足から君の事を必要以上に警戒してしまって、すまなかったね」


「いえいえ」


 態度を大きく改めて陳謝する彼等に対して「気にしないで下さい」と流したススムは、現在自分が知っている限りの不死病に関する知識を教えると、この病院の現状を訊ねる。


「それで、ここは今どんな感じなんですか? 何かピリピリしてる気がするんですが」

「うむ……実は、あまり芳しくない状況にある」


 食料事情など物資不足の面から、小学校の避難所と協力しなくてはならない事は分かっているのだが、武装自警団の方針、彼等の傲慢さに対する疑心と反発が強くて、融和の反対派が多いという。


 小学校の避難所は、武装自警団がほぼ全てを取り仕切っている。病院側は、その体制を独裁的と批判しているようだ。


自警団かれらとは崩壊後間もない頃に、物資調達の際に揉めた事があってね」


 大崩壊後が起きた初期の頃。ススムがバイトを首になって不貞寝を始めた日が大崩壊の始まりの日で、それまで密かに広まっていた不死病の感染者が、一斉に発症者となり始めた災厄の日。

 それから三日ほどが経過した頃には、各地で人々が避難所に集まるようになり、大規模な物資の調達活動、といえば聞こえはいいが、実質略奪行為が発生していた。そんな状況下でも整然と並んで、順番に略奪していく辺りに日本人らしさが現れていたが、それはさておき。

 個人が家に持ち帰る分に比べて、早い段階から避難所計画を立てていた病院と、自治体の幹部や教育関係者等が集まって逸早くこの緊急事態に対処すべく組織された自警団は、互いに大量の物資を必要とした。


 ショッピングセンターでの物資の調達時に、病院側の調達チームと武装自警団のグループで物資の奪い合いのようなトラブルが起きたのだ。この時は、双方に怪我人を出している。


「それ以来、向こうとは犬猿の仲なんだよ」

「なるほど」


 武装自警団の避難所運営は、全体を纏める総務グループを中心に、戦闘員兼、探索と物資の調達を行う武装グループ。物資の運搬、配布を担当する非武装グループ。

 それに、病院側の融和反対派が自警団に対して最も反発している原因である、戦闘員の慰安を専門に担当する女性グループがある。


「個人間の恋愛や価値観の結果ならともかく、組織的に行われている部分に反発が強くてね」

「ふーむ」


 向こうは避難民全員に何かしら役割が課せられており、タダ飯食らいは許されない。小さい子供でも、遊んでいられるのは乳幼児や、まだ物事をしっかり理解できない六歳くらいまでで、小学生に上がる年齢からは掃除や配布の手伝いをさせられる。教師が居るので、勉学もさせているようだ。

 中学生くらいの年齢からは、本格的な物資の運搬や、素質があれば探索、調達グループに入って戦闘員として働く。

 それらの方針に従えない者は、避難所から退去させられる。


 以前は武装自警団の統治運営に懐疑的だったり、追い出された人達が病院に保護を求めて来ていたという。

 病院も避難所として機能していて、こちらはあくまで任意のボランティアという形で物資の調達や各種作業に当たっていた。

 そして避難所と同じく、感染者の選定や検査は完全では無かった為、避難民から発症者が出る事は度々あったそうな。


「隔離しても際限が無いし、発症者は外に誘導して遠くに置いて来るしかなかったんだが、向こうは発症者に対する処置が厳格でね。避難所から離したらそこで処理しているようだった」


 そういうシビアなところも、融和反対派の人権派達から野蛮と批判されている。しかし——


「方針の違いで、大きく差が出てしまった」

「あー、俺が来る前に発症者が暴れて大変だったって言ってましたね」


 ススムがこの病院を訪れる前、攻撃性発症者によって多くの被害者を出し、下層階が封鎖されて半分近い生活エリアを失った病院は、避難所としての機能が著しく低下した。

 小学校の避難所は、武装自警団がその辺りの対策を徹底しているので、発症者が出ても、それが攻撃性発症者であっても、大きな被害を出さずに処理出来ていた。


 武装自警団側は、協力体制を取るなら、病院側が自分達の傘下に入れと主張している。病院側は、独裁的な運営には融合せず、あくまでこちらのやり方を通したい。


「それで折り合いが付かなくてね」

「なるほど、そういう状況だったんですか」


 病院の状況というか窮状を理解したススムは、ショッピングモールの避難所と大学病院のシステムを参考にしてみてはどうかと提案する。

 都心部の避難所と病院はそれぞれ別組織になっており、トップは個別に存在していた。幹部同士での会議を経て、色々な政策を決めていたのだ。


 こちらは小学校と病院で建物の距離が離れている分、互いの運営方針を維持しながらの協力体制も取れるはずだとススムは考える。

 お互いに関わり合いを持たないようにしていても、物資の調達で探索先が被るなど、今後必ず自警団側と絡む機会は増えるはず。


「物資の調達は、その内この町の中だけだと賄えなくなるでしょう。そこで、病院と小学校を囲む長大なバリケードを築いて、安全なエリアを広く確保します」


 この町は病院側、小学校側とも、まだ都心部の避難所ほど調達チームの組織化が進んでいない。探索範囲もかなりまだらな調べ方になっているだろう。

 安全圏が広がってじっくり探索出来るようになれば、多くの取りこぼしを集められるはずだ。そして、双方の往来が安全になる事で、話し合いの席を持つ機会も増やせる。


「小学校側と病院側で連携して調達するようにすれば、互いに距離をおいたまま、別体制でも共存出来ると思ます」


 向こうの体制が性に合わない人はこちらに。こちらのやり方を甘いと思う人は向こうへ。住み分けも出来て主義主張を違えるトラブルも抑制出来る。


「ふむ……確かに良い案だとは思うが、武装自警団むこう病院我々を傘下に置く事を前提にしているからなぁ」


 武力という強みを持つ相手に、対等な立場を主張するのは難しいと唸る若い医師。ススムは、「それなら病院側も独自の強みを前面に出せばいい」とアドバイスする。


「血清の量産は上手くいってるんですか? 軽度の感染なら発症する前に治療出来るのが実証されてますし、不死病の治療が出来るのは病院の立場を強くする大きな要因になると思うんですが」


 ススムが血清の量産状況に言及すると、若い医師を含め皆が微妙な表情を浮かべた。もしかして上手くいって無いのかなと小首を傾げるススム。


「実は……血清に関しては問題があってね。いや、あったというべきか」


 若い医師の話によると、先月の終わり頃に隣町にある野木総合病院の使者を名乗る一団が訪ねて来て、血清を使った不死病の治療法について話し合いたいと申し出て来たらしい。

 隣町の病院にも血清が配布されたようだと思った医師達は、彼等を歓迎して招き入れた。すると、彼等は突如豹変して武装集団と化し、病院にある血清を全て出せと脅してきた。

 そうして、病院の血清は量産したものや資料を含め、根こそぎ奪われてしまったのだという。


「精製のノウハウは残っているんだが、素となる血清のデータが無いんで、もう作れないんだ」

「……あいつら、何してくれてんだ」


 ススムが里羽田病院を訪れた日にやって来た浄滅部隊とは、別の回収部隊がこちらに来ていたらしい。襲われた病院側は最初、小学校の武装自警団が絡んでいたのではとも疑ったが、小学校側は関係が無かった。


 Atlas科学研究所で作られた血清は、様々な成分バランスの基準値として参考にされる。それらのデータが記された資料まで奪われてしまったので、血清を作る技術があっても、不死病に効くバランスに調整されたものを作る事が出来ない状態なのだ。


 それならばと、ススムはお土産にもらった試作アンプル弾のペン型注入器を差し出す。


「これに血清が入ってるんで、使って下さい」

「これは……まさか——」


 ハッとなってススムを見る若い医師。対不死病血清は、感染者には回復をもたらす希望のしずくだが、発症者には引導を渡す殲滅剤。その簡易注射器が、発症状態でもあるススムに渡されている事の意味するところは——早い話が『自決用』の注射器なのだ。


「まあ、イザとなったら里羽田病院や大学病院に頼んで取り寄せられるんで、大丈夫ですよ」


 彼等と連絡を取る為にも、まずは無線機を設置しましょうと促すススム。若い医師は、ススムが自決用の注射器を持っていた事に、少なからぬショックを受けていた。


「そう言えば、ここに来る途中に見た小学校は電気が点いてなかったようでしたけど、向こうは発電設備とかは無いんですかね?」

「あ、ああ……小さな燃料発電機くらいなら置いてあったようだけど、使っている様子はないね」


「なるほど。それじゃあ、まず俺が病院内の発症者を一ヵ所に集めて外に誘導します」


 その後はバリケードを築いて、病院の駐車場を含む敷地内の安全を確保する。避難所としての病院を立て直してから、小学校の武装自警団と話し合いを持とうと大まかな計画を立てる。


「ここと、小学校にも無線機を置いて、最終的に全国の避難所や病院と情報のやり取りが出来るようにする計画を進めてるんですよ」


 ススムがその為の設備を持ち帰って来ている事を説明すると、医師達から感嘆のようなざわめきがあがった。無線機を設置すれば、今まで入って来なかった外の情報が得られるようになるばかりか、不足している医薬品や医療機器の融通までしてもらえるようになる。

 病院の機能も、大崩壊前の水準にまで回復出来るかもしれない。今夜ススムがここを訪れた事は、先の見えない八方塞がりな現状に苛まれていた彼等医師達にとって、まさに暗闇に射し込んだ一条の光であった。


「君が来てくれて、本当に助かった」

「俺はまだ何もしてませんよ、これからです」


「ああ、我々も全力を尽くすさ」


 こうして、ススムは地元に帰って来て早々、病院の立て直し活動に従事し始めるのだった。



「とりあえず、病院内の発症者誘導は今夜中にやってしまおうかな」


 まだしばらくは帰宅出来そうに無いなと、密かにやり甲斐の気持ちを抱きつつ、発症者の徘徊する下の階へと足を向けるススムなのであった。





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