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第二十二話:助っ人終了





 A.N.Tの襲撃と撃退から数日。ショッピングモールの避難所は通常体制に戻りつつあった。

 崩れたバリケードの補修や、その正面に広がる破壊の痕跡も徐々に片付けられていく。陥没したり抉れた道路の整地には、A.N.Tが残していったブルドーザーが役にたった。

 潰れたのは運転席と乗っていた者だけだったので、遺体を処理してハンドルやレバーを修理すれば直ぐに使う事が出来た。


 砲撃で壊れてしまったフォークリフトの代わりに、車の残骸など大きな物はススムが手で運んだ。大型バスも二台ほど無傷で手に入ったので、今後は避難所の人員輸送車両として活躍するだろう。

 その他A.N.Tのワゴン車や乗用車は、ススムがバスで殴って壊してしまったので、使えそうな部品だけ回収している。


「大木君、このコンテナをあそこに積みたいんだが」

「分かりました、運んでおきます」


 角の少しへこんだ、全長6メートルのコンテナをどっこらせと持ち上げたススムが、バリケードのコンテナが重ねられた場所で一段低くなっている部分に持って行く。

 クレーンのような重機が必要な場面では、ススムの力が大いに役立てられた。この活動で、避難所の多くの人間がススムの存在を知る事となった。


 別に隠すつもりも無かったが、裏方でもある調達チームの活動は、一般の避難民に知られる機会はあまり無い。今回のような、各部署の人間が一丸となって対処しなくてはならないような大騒動も滅多にあるものでは無いだけに、『避難所を護った英雄達』は大層注目を浴びる。

 その中でも、超人的な力で大きな残骸を運んでいるススムの姿は特に目立つ。その上、A.N.T撃退の最大功労者とも謳われれば尚更であった。

 一応、感染者なので一般の避難民と接触する事は無いものの、ススムが荷物運びなどの作業をしている時は、テラスに見物人の姿がよく見られるようになっていた。


 由紀に関しては、色々とテストした結果、筋力など運動能力が元の約二倍ほどになっている事が確認され、やはり適応者であるとみなされた。

 他者との接触に気を付けていれば感染のリスクも少ないので、観察適応者として退院した由紀は、適応者との共同活動に実績がある浅川チームに所属する事が決まった。

 ススムが抜けた後釜的な存在と捉えられている。



 そうしてススムが避難所で活動する日々は平穏に過ぎていき、遂に帰る日がやって来た。今日は関根院長に挨拶をして行くべく大学病院の院長室に顔を出している。


「君が来てくれて本当に助かったよ。里羽田先生によろしく」

「こちらこそ、色々お世話になりました」


 一通り挨拶を済ませると、関根院長はここだけの話だが、と声のトーンを落としてススムに注意しておくべき情報を伝える。


「襲撃の日にアンプル弾を持ち出して行方不明になった研究者だが……やはりA.N.Tの協力者であった可能性が強まった」

「そうなんですか……」


 信憑性は疑わしいが、中洲地区方面で突撃銃を担いだ戦闘服の集団が目撃されていて、その中に件の研究員の姿もあったというような噂が囁かれているそうな。


「彼等が今後どう動くか分からないが、十分注意してくれ」

「分かりました。ありがとうございます」


「元気でな、また機会があれば頼むよ」

「今日までありがとうな」


 以前ススムをここまで案内してくれた使者の二人とも挨拶を交わし、院長室を後にした。



 里羽田病院までは浅川達に車で送って貰う。運搬エリアの駐車場に下りると、ここ十数日間を寝泊まりして過ごしたプレハブ宿舎の前に、浅川、小丹枝、八重田、古山、岩倉のチームメンバーと、新たに加わる藍沢由紀も待っていた。


「おかえり、もういいの?」

「ええ、挨拶は済ませて来ましたよ」


 それじゃあ行こうかと皆で車に乗り込み、中洲地区の里羽田病院へ向かう。ちなみに浅川チームの偵察専用車は元々七人乗りの車なので、窮屈さは感じない。


「今日はわたし、大木さんの御見送りと探索チームの初仕事です!」

「そっか、頑張ってな」


 浅川達は、帰りに駅周辺を探索する予定らしい。由紀は、何時ぞやの作業用ツナギ姿に探検帽のような帽子を被ったスタイルで、胸の前に両手の拳を握ったりしている。

 マスクにもなるネックガードを付けているのは、皮膚の変色を隠す意図があるようだ。

 避難所での、適応者に対する認識はかなり好意的に向いているとは言え、やはり目に見えて異質な青紫の斑皮膚は目立つ。

 由紀本人と、彼女を取り巻く周囲の人々の心理にも配慮した処置なのだろうとススムは理解した。


 やがて車は中洲地区に入る。ススムは、十数日ぶりの中洲地区の街並を見て、少し違和感を覚えた。


「何か雰囲気が違うような」

「電気が止まっているみたいですね」


 ススムの呟きに、八重田が周囲の景色を見ながら答える。


「ああ、本当だ」


 以前は昼間でも灯っていたビル内の電灯などが、すべて消えている事にススムも気付いた。少し遠くに見えるビル街の高層ビルには、以前は無かった太陽電池パネルが見える。

 上層階で生活している生存者がいるのだろう。上り下りが大変そうだが。


「そうか、とうとう電気が止まっちゃったか」


 里羽田院長は、その時に備えて病院の蓄電設備を充実させていた。ススムもその手伝いをする過程で、扱い方を学んだのだ。


(病院から家に帰ったら、パネルと蓄電池の設置しないとなぁ)


 この辺りの電気が止まっているという事は、おそらくススムの住んでいる町の電気も止まっていると思われる。最初に血清を運んだ地元の総合病院には自家発電の設備もあったようだが、避難所になっている小学校はどうだったか分からない。

 もし電気が使えなくて困っているようであれば、力になれるはずだ。そんな事を思っている内に、車は里羽田病院前に到着した。


「これで全部かな」


 ショッピングモールの避難所から里羽田病院に宛てた、お礼も兼ねた『お土産』をトランクから降ろし、浅川達は再び車に乗り込んだ。ここで彼等と別れるススムは、皆を見送る。


「それじゃあまた」


「ああ、またな」

「元気でねー」

「お気をつけて」

「またお会いしましょう!」

「名残惜しいッス!」


 特に大層な別れの挨拶などは無く、軽く手を振って別れる。あっさりしたものだが、実際、彼等とは機会があれば互いにいつでも会えるのだ。


 浅川達の車を見送ったススムは、約三週間ぶりに里羽田病院の門をくぐった。




 まずは里羽田院長のところへ挨拶に行こうと廊下を進む。病院内ですれ違う顔触れは、スタッフは以前と変わりないが、患者など一般人は初見の人も多かった。ここは避難民の受け入れはやっていないので、治療が済めば長居は出来ない。

 どこか避難所を目指して出て行く事になるのだが、評判の良いショッピングモールの避難所を目指す人も多かったようだ。

 その関係で、中洲地区の情報が向こうに伝わっていたり、逆に向こうで起きていた騒動もこちらに伝わっていた。


「先生、ただいまっす」

「おお、おかえり。何か大変だったみたいだの」


 話は聞いているとススムを労う里羽田院長。


「軽い気分転換に勧めたつもりだったのに、妙な苦労を背負わしてしまってスマンかったのう」

「いえいえ、色々良い経験になりました」


 良い人達とも出会えたし、自分を見つめ直す切っ掛けにもなったからと、ススムは自分に頭を下げる里羽田院長に恐縮した。


 その後、ススムが持ち帰った避難所からの『お土産』を開いていく。食料や医薬品、医療器具の他にも、いくつかの電化製品が纏められている。


「あと、こっちは無線機です。これで都心部や山頂の人達とも連絡が取り易くなりますよ」

「ほほう。なかなか本格的だの」


 病院スタッフの中に無線機の扱いに長けている人が居るので、その人を中心に通信班を設立しよう等と話し合う。


「大木君も家から通信出来るようにするのかね?」

「ええ、一応この辺りまで届くのを貰ったんで。まあ、帰ったら電源の確保からですけどね」


 ススムは、無線機の他にも試作アンプル弾を元にした『お土産』も貰っている。それらはススムが個人で判断して、最終的に使うか否かを決める。ちゃんと効くかどうかは分からないが。


「この病院に帰って来て早々、家に帰る準備するのも何かアレですけど」

「ほっほっほっ、帰る家があるのはええことだ」


 里羽田院長は、この病院からもススムにお土産を用意するぞと言って笑った。



 季節は11月も終わろうかという頃であった。





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