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第十九話:開戦





 その報せは、都心を見下ろす山頂の民家から発せられた。町の避難所に依らず、自給自足で生き延びている人達。山の上に居を構えている彼等は、大崩壊後の地上の様子を知るべく、ラジオや無線の電波を拾って情報を得ていた。

 ショッピングモールの避難所とA.N.Tとの抗争の様子も傍受しており、彼等なりの判断で危険な武装集団の脅威に曝されている避難所を支援しようと考えたらしい。

 地の利を活かして、山頂の展望台にある望遠鏡で町の周辺を監視していたところ、西側から入る高速道路のインターチェンジ付近から、A.N.Tと思われる何台もの車列が下りて来るのを発見したという。


 現在、避難所側は地下街から一斉大量調達の真っ最中である。本部より活動中の全チームに向けて直ちに撤収が呼び掛けられた。


 調達作業を途中で切り上げ、早急に帰還した各チームの代表と避難所幹部達によって、緊急会議が開かれる。

 報せられた情報によれば、車列は大型バスが五台に乗用車が三台、ワゴン車が二台。さらには、ブルドーザーを乗せたトレーラーが続く。


「あと、カバーが掛けられていて形はよく分からないが、クレーン車のような大きなタイヤを付けた特殊車両が一台だそうだ」


「凄い数じゃないか……」

「ブルドーザーなんかで突っ込んで来られたら、フェンスを増やして強化した程度のバリケードなんて直ぐに崩壊するぞ」

「クレーン車を使って直接上の階に乗り込んで来る可能性もある」


 あるいは、クレーンに鉄球のような重りをぶら下げてバリケードにぶつけられれば、コンテナを使った部分でも耐えられないだろう。


「大型バス五台だと、一台に付き40人は乗っているかもしれない」

「下手をしたら、全部で300人は下らないんじゃないか」


「対してこちらの武装チームは50人くらいか」

「訓練中の者を足しても80人というところですかな」


 緊急会議で対策が話し合われた結果、避難所からも人手を募りつつ、とりあえず出入り口を封鎖して完全に籠城するしかないという方針で固まりつつあった。



 防衛に向けて、各チームも慌ただしく動き回っていた。

 駐車場にあるプレハブ宿舎は、籠城拠点としては使えないので、貴重品などを避難所に設けられた仮宿舎に移して、プレハブ宿舎を封鎖する。

 籠城中は見回りの警備に就くチームや、避難民の誘導、避難所内での物資の運搬係りなど、普段は避難民達のグループに委任されている業務全般を引き受ける事になる。

 A.N.Tに避難所内まで侵入されて人質を取られるのが最悪のパターンなので、そういう状況に陥らないよう、避難民達には徹底して安全な場所へ隠れてもらうのだ。


 そんな各チームの緊張感が伝わっているのか、避難所の様子は普段よりも静かであった。

 避難民の家族達は混乱の中で逸れたりしないよう、常に一塊になって行動するなど、自主的に防衛活動に協力している。

 騒ぐ者もおらず、皆粛々と指示に従って所定の位置へと移動を始めていた。避難所全体が対A.N.T防衛戦に向けて結束を固めている。

 ちなみに、浅川チームは武装チームの応援に入る事になっている。


「小丹枝君、医療キットの予備は足りてる?」

「問題無い。武装チームのストックも共用出来る事で話がついてる」


「オーケー。愛子、各チームとの連絡は新しい秘匿通信のコードを使うのよね?」

「はい。携帯型を含めて、全ての端末に臨時登録されたチャンネルを使います」


 今回は各チームの通信担当者だけでなく、メンバー全員が無線機を所持して任に当たる。かなりの量が必要になったが、地下街の電気店で大量に調達出来たので、何とか間に合った形だ。


「ふむふむ、じゃあそれ以外のチャンネル通信は基本的にスルーでいいのね」

「そうなります」


「オッケーオッケー。古山君と岩倉君も、通信する時はチャンネル表示を確認してから応答するようにね」

「了解です」

「了解ッス」


 うむうむと頷き、自分のベルトに装着した無線機のソケットを確認した浅川は、ふと周りを見渡しながら問う。


「あれ? ススム君は?」

「大木さんでしたら、病院に行って来ると言ってましたよ?」


「ああ、由紀ちゃんのお見舞いね」


 浅川と八重田は、ススムの隔離病棟通いを「マメよねー」等と評し合う。当のススムは、由紀が適応者かもしれない事を気にして、今日も様子を見に隔離施設を訪れていた。


『何か今、上の方は大変な事になってるみたいですねっ』

「うん、とうとうA.N.Tが攻めて来たらしいんだ」


 ススムは、A.N.Tの大部隊が迫っている今の状況を説明した。それを聞いた由紀は、眉尻を下げながら呟くように言う。


『ああいう人達って、何がしたいんでしょうね』

「んー、支配者になって理想の国造りとか?」


『だったら、復興に貢献して世界が元通りになってから、政治家とかに立候補すればいいのに。わたし、ここの院長先生とかが選挙に出たら、一票入れますよ! まだ選挙権ないですけどっ』

「ははは、至極もっともな意見だと思うけど、多分ああいう連中は民主主義的な権力者層とは別の、絶対的支配者みたいなのを目指してるんじゃないかな」


『時代遅れですっ』

「確かにね」


 療養中の由紀とそんな話をして、親睦を深めたりしつつ過ごす。

 観察した限り、具合はどこも悪くなさそうだし、ちゃんと食事も睡眠もとれているそうなので、少なくともススムの知る適応者の状態とは違うようだ。


(つっても、『篠口 翔』の状態も俺と同じとは限らないんだよなぁ)


 適応者という存在を知る切っ掛けになった篠口については、彼の性格とか理想とかをちょっと聞いただけで、あまり詳しくは知らない。適応者にも個体差があるっぽいという事しか分からないのだ。

 したがって、由紀も自分や篠口とは違う状態の適応者なのかもしれない可能性があった。


「さて、そろそろ皆のところに戻るよ」

『はいっ、いつも気にかけてくれてありがとうです!』


 相変わらず真っ直ぐな彼女の言葉に、気持ちが癒されるススムなのであった。




 そして夕方。ついにA.N.Tの大部隊が避難所から見える位置までやって来た。


「来たぞ! あいつ等だ! 車体にA.N.Tのマークがある!」

「正面の大通りに多数の車列接近!」

「他の方向からも来ていないか注意するんだ!」


 情報にあった大型バスは、通常のバスの屋根に金具の骨組みを被せる形で窓の部分に金網を溶接してあり、警察の護送車両を思わせる改造が施されていた。

 正面の大通りは、左右合わせて八車線。ショッピングモールと大学病院前は交差点になっているので中央分離帯が無く、非常に広い空間が開けている。

 改造大型バスはそこに陣地を組むように、半円を描く形で停まった。


 ショッピングモールの屋上で周囲の監視を担当しているチームから、バスの陣地の向こう側に大勢のA.N.T隊員が降りて集まっているとの報告が各チームに届いた。

 二階にあるレストランのオープンテラスに陣取っている武装チームと、共闘する他の武闘派チームや浅川達も、辛うじてその動きを確認出来た。


「ざっと見えた分だけでも、バス一台に付き20人から30人ほど乗っていたようだ」

「予想よりは少なかったけど、それでも十分多いわねー……」


 武装チームと各チームの隊長達で話し合う。少なくとも100人以上の戦闘員が、あの陣地の向こう側に待機しているのだ。

 A.N.Tの人員輸送用と思われる車両は、まだワゴン車と乗用車もあるので、やはり200人規模の部隊と見て間違い無い。


 その時、空気を震わせる打ち上げ花火のような大きな音が響いたかと思うと、突然、大学病院の外壁が爆発した。


「何事だ!」

「隊長っ、あれを!」


 大通りの左側に見える高速道路の出入り口の坂上に、大きなタイヤを履いた緑色の車両が見えた。近くに並ぶ乗用車が小さく感じるその車両は、上部に大砲を積んでいた。


「まさか……戦車?」

「じゃあ、今のって砲撃?」


 俄かに騒ぎ出すチームメンバー達。そんな中、浅川チームの岩倉が双眼鏡で件の車両を確認すると、その正体を解説する。


「あれは自衛隊に配備されている16式機動戦闘車ッス。装甲車に戦車の大砲を乗っけたような奴で、機動力と攻撃力が高いって言われてるッス」

「まさか、自衛隊が加勢してるのか!?」

「いや、それは考えられないだろう」


 自衛隊のA.N.T加勢はあり得ないと主張するそのチームリーダーは、部隊を襲って奪って来た可能性もちょっと考えられないと説く。


「奪えたとして、半日もしない内に他の部隊に制圧されるはずだ」


 恐らく乗り捨てられていた車両を確保したか、或いはあの車両が配備されていたどこかの基地が、不死病で全滅していたか——そんなところであろう、と。


「しかし、拾って来たとして……動かせるものなのか?」

「現役の自衛隊員でなくても、A.N.T側に入隊経験者が居る可能性はある」


 そんな話をしているところへ、さらに機銃による威嚇射撃が来た。ショッピングモールの壁面やバリケードに着弾して、煙や火花が飛び散る。思わず皆で姿勢を低くする。

 その間に、大通りに入って来たトレーラーからブルドーザーが下ろされた。


 正面の大通りで壁のように並んだ改造大型バスの向こう側には、大勢のA.N.T戦闘員。高速の出入り口には本物の大砲と機銃を装備した機動戦闘車。そして、バリケードを容易く破壊しそうなブルドーザー。


 数も武装も全く対抗の術が考えられないとして、戦わず降伏した方がいいのでは? という意見が武装チームの中からも出始める。


「落ち着け。俺達が諦めたら避難民達はどうなる」

「連中の凶暴さは知ってるだろう?」


 各チームのリーダーや抗戦派は、ここで弱気になっては相手の思う壺だと、降伏派を鼓舞する。砲撃に動揺して少し混乱している避難所側に対して、A.N.Tが拡声器で呼び掛けて来た。

 内容は、先日A.N.Tのアジトビルを襲撃した"ススム"という人物の投降。


『差し出せば避難所や病院に犠牲者は出さない』


 A.N.T側のそんな呼び掛けが、緊張感に満ちた一帯に響き渡る。


「バカバカしい、相手の混乱を誘う為のよくある手口だわ」


 浅川はそう言ってA.N.Tの呼び掛けを一笑に付す。こちらは既に自分達を含め三回以上も襲撃されていて、死傷者も出ているのだ。交渉の余地など初めからあり得ない。


「それに、あれだけの戦力を有していながらわざわざススム君を指名して来るって事は、連中にとってそれだけ彼の存在が脅威だって証拠よ」


 相手が一番恐れているカードをむざむざ捨てるバカは居ない。浅川はそう主張する。


「でも、本当に平和的に制圧する気なのかも」

「それに、大木氏はA.N.Tのアジトに直接攻撃を加えているし……」


「あんたそれ、この前の襲撃の被害者の前でも言えるの?」


 降伏派の遠回しなススム批判に噛み付く浅川。そんなやり取りをしている内に、監視チームからの警告が発せられた。


『A.N.T部隊、動き出しました!』


 バリケードの表門に、運転席を装甲で覆ったブルドーザーがエンジンを唸らせながら向かって来ている。


「内輪で揉めてる場合じゃないっ」


 投降の呼び掛けで相手の混乱を誘い、迎撃の応対を遅らせている隙に突入の準備を進めるという手口だったのかもしれない。武装チームのリーダーは、そう言って各チームに指示を出す。


「とにかく迎撃態勢を!」


 武装チームを中心に、応援の各チームも飛び道具を持った者達が所定の位置に付く。不安要素だった降伏派も、何だかんだと覚悟を決めたようだ。


 避難所側が迎撃態勢に入る中、ススムは戦車や重機をどうこうするのはともかく、陣地の後ろの戦闘員ならどうにか出来るのではないかと考えていた。

 浅川を通じて各チームリーダー達にその作戦を提案するススム。


「うーん、危なくない?」

「だが、戦闘員の数が減らせれば、それだけ侵入される脅威も軽減される」

「施設の制圧は歩兵が鍵ッスからね」


 浅川はススムを一人で敵陣に突っ込ませる事に躊躇しているが、A.N.Tの重機や戦車よりも、100人近い戦闘員の存在を脅威と見做す武装チームのリーダーや、他のチームメンバー達は、少しでも相手戦闘員の数が減らせるならと、ススムの案に乗り気のようだ。


 結局、危険ではあるが、あの数で突入された場合を考えると、今の内に叩けるならその方が安全だという事で全員の意見が一致した。

 バリケードが破られる前に、ススムが突っ込んで戦闘員を蹴散らしておく作戦が取られる。


「それじゃあ、ちょっと行って来ます」

「気を付けてね」

「危なくなったら直ぐに戻ってください」


 浅川達の気遣いに頷いて応えたススムは、オープンテラスから飛び降りると、バリケードに向かって駆け出した。そのまま勢いを付けてジャンプ。4メートル近い高さのバリケードを飛び越える。

 ススムの異常な身体能力を初めて見る各チームのメンバー達から「おぉ」と言う驚きのざわめきが上がった。


「す、凄いな……あれが彼の力か」

「単独でA.N.Tのアジトビルを壊滅させたとは聞いていたけど、まるで超人じゃないか」


 彼等はススムが異形の怪物に変身するという逸話は聞いていたものの、単に凄腕の傭兵のような、一般人を大きく凌駕する戦闘技術を持っていて、何かを切っ掛けに冷酷無比な殺戮マシーンと化すかのように思っていた。身体能力からして通常の人間を凌駕というよりも逸脱しているススムに、畏怖の目が向けられる。

 しかし、あれなら普通の戦闘員がいくら束になっても敵うまい。100人近い戦闘員が密集する敵陣に単身で突入するのだから、A.N.T側は同士討ちを恐れて強力な武器も使えないはずだ。


 そんなチームメンバー達の期待通り、改造大型バスを飛び越えて突っ込んで来たススムに、敵陣の戦闘員は大混乱に陥っている。

 これなら何とか撃退出来る——避難所側の誰もがそう思った時だった。


 ドオーーンという砲撃音と同時に、改造大型バスの陣地内に爆発と黒煙が噴き上がった。

 衝撃で何台かのバスが横倒しになる。少し遅れてバラバラと降り注ぐ黒いアスファルトの塊と、粉々に粉砕された肉片。


「味方ごと撃った!?」

「嘘……」


 その所業と光景に、今度は避難所側が大混乱に陥った。続けて轟音が鳴り響き、ブルドーザーによってバリケードが薙ぎ倒される。

 30人ほどで構成されたA.N.Tの戦闘員部隊が、崩されたバリケードを乗り越えて病院に迫っていた。


「別動隊かっ!?」

「あいつ等、大学病院に向かってるぞ!」


 武装チームの人員はほとんどショッピングモールの防衛に回しているので、病院側を防衛しているのは20人くらいしかいない。

 大学病院の窓や出入り口はしっかり封鎖されているとは言え、相手には強力な火器や重機がある。壁に穴でも空けられてそのまま侵入されると、地の利を活かしても押し負けてしまう。


「どうする、応援を出すか?」

「ここからじゃあ飛び道具での牽制しか出来ないし、近接戦の得意な者を行かせよう」


 武装チームのリーダーは、この場を飛び道具持ちのチームで固めて、近接戦に強い武闘派チームから病院の防衛に回るよう指示を出した。


 未だ黒煙の上がる敵のバス陣地跡を呆然と見つめていた浅川に、小丹枝が発破を掛ける。


「浅川、俺達が適役だ! 行くぞ」

「わ、分かったわ。愛子、古山君、頼むわよ?」

「はい!」

「り、了解です」


 浅川チームを中心に、何組かの武闘派チームが大学病院の防衛に移動を始めた。




 A.N.T側の総司令である坂城は、作戦の進行具合をチェックしながら次の手筈を確認していた。予定通り、囮の部隊諸共、適応者を吹き飛ばした。


 機動戦闘車の砲弾は3発しかなく、装填にも時間が掛かる。威圧目的の他はあの適応者を仕留める為だけに持って来た秘密兵器だったが、上手くいったようだ。


(機銃の弾薬も残り少ない。後は作戦終了まで飾っておくか)


 機動戦闘車に待機命令を指示した坂城は、作戦を次の段階に進める。


「磯谷、お前の部隊は病院に突入して制圧しろ」

「お、おう」


「備品は出来るだけ壊さないようにしろ。医者は殺すなよ? 幹部を人質にとって所長室を占拠するんだ。井堀、磯谷の突入を援護しろ」

「イエッサー!」


 突撃隊長の井堀を、磯谷の突入に合わせて突っ込ませる。向こうにはライフルや猟銃はおろか、小口径のピストルの一丁も無いはず。

 十分に距離を取って警戒していれば、アーチェリーやクロスボウによる損害は無視出来るレベルに抑えられるだろう。


 磯谷の部隊が病院を制圧したら、奴等の防弾ベスト——に見せ掛けた発火装置付きベストを起動させる予定だ。発火装置の起動リモコンは井堀に持たせてある。

 後は病院炎上の混乱に乗じて、本隊をモールに突入させ、これを制圧する。


 ここを本拠地に設定すれば、全国の各支部から残りの戦力を集めて都心一帯を占領下に出来る。そこまで行けばもう、我々に対抗出来る勢力はいまい。


(作戦は順調だ)


 今後の流れと段取りを思い描きながら、坂城は制圧対象ショッピングモールに視線を向けた。





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