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第十八話:会議





 翌日は朝からどんよりした曇り空。大学病院の会議室には、避難所と病院の幹部達を含む各部署の責任者や主要な調達チームの代表が集まり、A.N.Tの襲撃に備える対策会議が行われていた。会議の席には、ススムの姿もあった。

 避難所と大学病院の主立った人物が集まるこの重要会議の席に、感染者であるススムが出席する事に関しては当初、反対する声もあって色々と揉めた。だが、浅川の働き掛けもあって同席が認められた。


 ススムが持ち込んだ血清によって、今まで隔離施設で症状を抑えるだけに留まっていた感染者に回復の希望が出てきた。家族や親しい人達が救われるかもしれない。

 これまでススムに懐疑的だった者達も、そうした不死病の脅威に打開策をもたらせた事で、大分不信感が拭われている。

 もう一つ大きな要素として、A.N.Tに対抗する為の切り札としても期待感があるようだ。


「では、出来る限り早急にバリケードの補強と武器の収集、それに扱いの訓練が必要という事ですな」

「バリケードの補強に関しては問題無いでしょう。物資の調達も目途はついている」

「武器の取り扱いや戦闘訓練を指導出来る者の数が、現状では非常に限られているのが課題だ」

「そこは指導と同時に教官の育成も進めて行くべきだろう」


 そんな調子で、避難所防衛の内容が組み上げられていく。

 外回りの調達活動では、いつどこでA.N.Tの部隊と遭遇するか分からないので、無線による連絡を密にして、何かあれば直ぐに武装チームが駆け付けられる体制を維持する。

 籠城に備えて蓄えておきたい各種物資の補給については、ススムが提案した地下駐車場に発症者を隔離してからの地下街の探索による、短期間での大量調達計画が検討されていた。

 ススムの能力を前提に、浅川チームが中心となって地下街の安全を確保後、全チーム総出で物資の運び出しを決行する。

 結構な大規模活動になるので、地下街とその周辺を徘徊している発症者の隔離を、一週間ほど掛けて入念に行う予定だ。


「それでは後々問題が起きた場合は、またその都度会議で決めるという事で、よろしいですかな」

「今のところ、これで問題無いと思う」

「では、各自決定事項の連絡と確認をお願いします。それぞれの部署は準備に入って下さい」


 こうして、避難所防衛計画は動き出した。ススムの当面の役割は、地下街の安全を確保する事である。



 会議室を出た各チームの代表や幹部達は、それぞれの持ち場へと戻る。プレハブ宿舎に戻る探索、調達チームの中で、浅川は晴れ晴れした様子で伸びをしながら言った。


「あー、終わった終わった。ススム君、明日から忙しくなるけど、よろしくね」

「了解です」


 浅川は「いやーこの時期にススム君が居てくれて良かったわー」と、此れ見よがしに持ち上げる。浅川チームのサブリーダーとして会議に出席していた小丹枝は、その意図が分かっているので苦笑を浮かべていた。

 彼女の『ススム上げ』は本音半分、周りの各チーム代表者に対する当てつけ半分である。以前、ススムの歓迎会を却下された時の恨みをしっかり返しているのだ。

 今回の大規模共同作戦はススムの発症者に感知されない能力が不可欠で、さらに対A.N.T防衛対策でも、彼の適応者としての強大な戦闘力が作戦の要になる。

 ススムの能力を過小評価していたチームの代表者達は、軒並バツが悪そうな顔をしていた。


「あの、浅川さん。病院の隔離施設って入れますかね?」

「隔離施設? 藍沢さんのお見舞いに行きたいの?」

「ええ、まあ」


 由紀ちゃんの様子が気になるというススムに、浅川は「それなら案内する」と言って病院施設の方へ歩き出した。


「小丹枝君、愛子達に連絡よろしくね?」

「ああ、まかせておけ」


 後の事を小丹枝に任せて、ススムは浅川に連れられ大学病院の隔離研究病棟に向かった。




 隔離病棟の研究施設にやって来たススム達は、感染者が収容されている病室前へと案内された。集中治療室っぽい雰囲気の個室が並ぶ。由紀はその内の一室に居た。


『あ、大木さん、浅川さん!』

「やあ」

「元気そうね」


 強化ガラス越しに再会した由紀は、ススムと浅川に両手を振って挨拶する。首に巻かれた包帯の周辺に皮膚の変色が見られるが、割と大丈夫そうだった。


『退屈ですよーっ、早く退院して働きたいです!』

「由紀ちゃんは本当に元気だなー」

「若さよねー」


 何だかほのぼのした気分になれたススム達は、また様子を見に来ると言って病室前を後にした。

 ここの研究者達の話では、一緒に収容された他のメンバーにも発症者になる者はおらず、回復は順調らしい。


「ただ、『藍沢 由紀』ですが、彼女だけ他と少し違う反応があるので、経過を注視しています」


 そんな説明をされた。



 それから一週間。浅川チームはススムを中心に、地下街とその周辺の徘徊する発症者を地下駐車場に誘導して、隔離する作業を進めていった。

 他のチームは通常の活動を行いつつ、時々手の空いたチームがススム達の応援に入って隔離活動を手伝う。

 ススムの予想通り、地下駐車場の出入り口にある急なスロープは、通常の徘徊している発症者は上って来られない。なので出入り口まで誘導してしまえば、後は放っておいても勝手にスロープを下りて行く。

 そして地下駐車場の真ん中辺りの天井にノイズを発するラジオを設置した事により、出入り口から地下に入った発症者は皆そこに集める事が出来た。危険なので様子を確認出来るのはススムだけだが。

 ラジオの電源は地下駐車場にあるコンセントからアダプターを繋いでいるので、電気の供給が続く限り、ラジオが壊れるまで鳴り続ける。


「地下街の発症者もこれで殆ど隔離できたかな?」

「そうですね、後は店舗の個室とか、トイレとか、物置とかに潜んでいる人が居ないか、細かい場所を探したら上がりですかね」


 以前、ススムが偵察に来た時に立ち寄った電気店の前で、浅川と隔離作業の進捗具合を話し合う。小丹枝と八重田は各種配線などを並べている売り場を見て回っている。


「10メートルクラスの延長ケーブルか、これは使えるな」

「宿舎の端末を繋ぐのに便利そうですね」


 古山はそんな二人の様子をチラ見しながら、岩倉のPC売り場巡りに付き合わされていた。


「うおーっ! このコントローラー欲しッス! この新機軸レバーはFPSでマウス勢のエイムに唯一対抗出来るッス」

「対戦相手が居ないんじゃないかなぁ、サーバーも動いてないだろうし」

「避難所にもプレイヤーは居るはずッス。サーバーもここで調達すれば小規模のインディーズ系なら走らせられるかもッス」

「もう直ぐリアルで戦闘になるかもしれないのに……」


 これだけ騒いでいても、音に惹かれた発症者が現れる事は無く、地下街の隔離処理は大詰めであった。




 地下街と周辺の安全が確保され、一斉大量調達計画の準備が進められている今日この頃。ススムは大学病院の隔離病棟の研究施設に顔を出していた。

 不死病の感染から回復し、施設から退院出来るメンバーも居る中、由紀は未だ隔離病室で療養中だった。やはり他の感染者と少し状態が違って来ているとの事。


「感染が進行している感じはしないが、改善もしない。しかし体調はすこぶる良い。我々もどういう状態なのかイマイチ測りかねている」


 まるでススムのような状態だと研究者は語る。


(まさか、適応者だった?)


 眠っている由紀の様子を見ながら、ススムはその可能性も考えていた。


 ススム以外の適応者の存在は、『神衰懐』という組織を結成していた篠口の例がある。篠口は、適応者は他にも大勢居る筈だと言っていた。彼の言葉が何処まで信用出来るかは定かでは無いが。

 宿舎に戻って来たススムは、その辺りの事を浅川達にも話しておいた。すると、ススムの話を聞いた浅川が、こんな可能性を口にする。


「もしかして、怪我した時にススム君が触れたから、同じ状態になっちゃったとか?」

「いや、それは無いと思います」


 ススムは美比呂の事を思い出す。


「もしそうだったら、美比呂ちゃんや、黒田さんも適応者化してるはずだし——」


 そこまで説明してふと、あの夢の事を思い出し、頭を振る。あれは単なる自分の経験や記憶から形成された心象風景の一環に過ぎない。

 不死病のウィルス腫瘍と会話したかのような内容だったが、実際は自分自身の内面と向き合ったものだったのだろうと解釈している。


「どうしたの?」

「いえ、何でもないです」


 いずれにせよ、自分が触れる事で不死病の適応者が生まれるような事は考えられないので、由紀ちゃんの容態が早く回復するのを祈るばかりだと話を締めくくる。

 浅川は釈然としない様子だったが、由紀ちゃんの回復を願う気持ちは同じだと言って微笑んだ。



 季節は11月も半ばを過ぎ、冬の始まりが訪れようとしていた。





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