ススムがA.N.Tのアジトビルに乗り込んでいた頃。連絡のあった駅前のバスターミナルに到着した浅川達は、そこで異様な光景を見る事になった。
「古山君と岩倉君は周囲の警戒、愛子は本部に連絡、小丹枝君は救急キットの用意を」
きびきびと指示を出して真っ先に車から降り立つ浅川。
バスターミナルの一帯には、人間の手足と思われる物体が其処彼処に転がり、無数の肉塊と夥しい量の赤。飛び散った血痕が時刻表を黒く染めている。
そんな凄惨な現場に、一人だけ五体満足の人影があった。ベンチに座らせた格好で、既に虫の息となっている女の子。
彼女が着ている作業着のネームプレートには、『
「まだ息がある、小丹枝君! 診て上げて」
「ああ」
手術用などに使われるゴム手袋を装着した小丹枝が容態を確かめる。矢が刺さった由紀の首筋には、不死病に感染した兆候である変色反応が出ていた。
「浅川さん、これ」
古山が落ちていた簡易無線機を見つけて持って来た。確認すると、やはり秘匿回線モードが外れている。
「浅川っ、彼女の意識が戻った」
小丹枝に呼ばれて駆け付けた浅川は、少し意識が回復している由紀に声を掛ける。
「探索チームの浅川よ、話せる?」
「浅川さん……? お待ちしてました……」
なかなか余裕のある返答に若干頬を緩めた浅川は、何があったのか詳しく話を聞いた。順を追って語られた内容はこうだった。
昼間、彼女の所属していた運搬チームはA.N.Tの集団に襲われ、運んでいた物資を奪われただけでなく、メンバー達が次々に矢で撃たれた。彼女はその時に、A.N.Tの車で彼等のアジトビルに連れ去られたのだ。
そうしてしばらくビルの地下室に閉じ込められていた彼女は、やがて二階の一室に移され、そこで乱暴されそうになったところをススムに助けられた。
足を挫いていて走れない彼女を、ススムはお姫様抱っこしてアジトビルから脱出。彼女を抱えたまま、このターミナルまで走って来たという。
その途中で、ススムに促されて彼のポケットに入っていた簡易無線機を使い、彼女が救援要請の通信を送った。
「ごめんなさい……無線機の設定弄ったの……わたしです……」
襲撃された現場からそのまま連れ去られていた彼女は、無線を傍受されていた事を知らなかった。救援要請を送る際、無意識にいつも使っているチャンネルに合わせてしまったようだ。
「なるほど、そういう事だったのね」
浅川が話を聞いている間、八重田が本部に応援を呼んだ。保護したメンバーが感染している事も伝えている。
「わたし……死んじゃいますか……?」
「大丈夫よ、何とかなるはず! そうよね? 小丹枝君」
「ああ、以前なら感染したらどうしようも無かったが——」
昼間襲撃された運搬チームと、その救護に当たっていたチームからも、発症状態になっていない何人かは回収された。
彼等は大学病院の隔離研究施設に収容されている。由紀もそこに運ばれる事になるだろう。
「大木が病院に持ち込んだ血清があるから、まだ望みはある」
小丹枝はそう言って由紀を励ました。
それからしばらく経って応援が到着し、由紀が運ばれて行ったのを見送った浅川達は、ススムを迎えにA.N.Tのアジトを目指す。
「ほ、本当に行くんですか……」
「当然でしょ、彼はあたし達チームの仲間でもあるんだから」
不安そうに問う古山に、浅川はA.N.Tの他の部隊がここの様子を見に現れなかった事を挙げて、ススムが彼等に偵察部隊も出せないほど相当なダメージを与えているか、あるいは壊滅させているかもしれないと主張する。
「どっちにしても危険じゃないですか!」
古山は、其処彼処に肉塊の散らばるバスターミナルの惨状を指して訴える。
こんな事をしでかす存在であるススムも恐ろしいが、そのススムがもしA.N.T側に殲滅されていた場合、自分達を見たA.N.Tは彼の仲間だと判断して確実に殺しに来るはずだ、と。
「分かった、古山君はここで待機してて」
「え……」
「愛子、もう一度応援を呼んでくれる? あたし達のメンバーを一人回収よろしくって」
「え? あ、は、はい」
即断即決。浅川は古山の意見を否定も肯定もせず、行きたくないなら構わないと、直ちに処理する。
「ま、まって下さいよっ、こんなところに置いて行くんですか!?」
「古山君、時間が無いの」
今は一分一秒も惜しい。一刻も早くススムと合流して、現状の正確な情報を把握しなければならない。憶測や個人の私情に迷っている余裕は無いと言い放つ浅川。
必要な時に適切な決断を即座に下して行動出来る。彼女のこの気質こそが、割と武闘派寄りであるチームのリーダーを任される由縁でもある。
「わ、わかりましたっ、行きますよ!」
「そう、じゃあ全員乗車して」
斯くして、浅川チームはススムが向かったと思われるA.N.Tのアジトビルへと出発した。
現場に到着した浅川チームは、ビルから出て来るススムをヘッドライトに捉えた。ススムの後方に聳えるA.N.Tのアジトビル、元ミリタリー系ホビーショップは、何というか酷い有様だった。
出入り口からして派手に破壊されているのだが、ビルの前面を覆う壁面ガラスはことごとく穴が空いており、コンクリートの柱や壁には沢山の亀裂が走っている。
ビル内のところどころに照明が灯っているので、余計にそれらの痕跡が目立つ。周辺の建物の中で、まるでこのビルだけが震災に見舞われたかのような様相を呈していた。
「ススム君!」
「浅川さん……」
彼等と合流したススムは、A.N.Tについて伝えなくてはならない事と、由紀の事を訊ねたいが聞き辛い気持ちに表情を翳らせる。
そんなススムの気持ちを察してか、浅川はススムの無事を喜びながら由紀の容態にも触れた。
「よかった、無事みたいね。あの子も保護したわ。感染反応はあったけど、あなたが届けてくれた血清があるから、他の運搬メンバー共々まだ希望はあるって」
はっと顔を上げるススム。浅川に説明を求められた小丹枝の話によると、大学病院の隔離施設に収容されるとの事だった。
「あ、隔離施設とかあるんですか」
「昔は本当に隔離して、症状の進行を記録観察するだけの施設になっていたが、今なら療養も可能なはずだ」
「だってさ」
「よかった……」
安堵して肩の力を抜いたススムは、直ぐに伝えなければならない事を思い出し、A.N.Tについて今分かっている情報を話した。
まだ脅威は去っていないという事を。
通常の探索活動で始まり、地下街の探索で終わる筈だった今日。ススムがショッピングモールの駐車場に帰って来られたのは、夜の10時を回ろうかという頃だった。
搬入エリアの出入り口に、大勢の人影が見える。お馴染みの刺又や長物の他、アーチェリーのような飛び道具で武装した集団だ。
「うちの武装チームかな?」
「それにしては寄せ集め感がするが……」
運転する小丹枝は、問い掛ける浅川にそう答える。何にせよ、出入り口に陣取らていては駐車場に入れない。
ヘッドライトでパッシングして合図を送るも、彼等は顔を見合わせたりするだけでそこを動こうとしなかった。
「何やってんのかしら……愛子、無線で何か聞いてみて?」
「はい。こちら浅川チームです。搬入エリアの出入り口が塞がっていて入れないのですが」
すると、本部から応答があった。
『こちら本部。同乗者に彼は居るのか?』
「はい? 大木さんの事でしたら、一緒に乗っていますが」
『……大丈夫なのか?』
「ええと、特に怪我もありませんけど……」
探るような本部の問い掛けに、戸惑っている八重田から無線のマイクを取った浅川が、一つ深呼吸してからおもむろに口を開いた。
「いい加減にしなさいよあんたら!! こっちは偵察活動やら怪我人の保護やら武装集団との戦闘でへとへとになってんのに!! いつまでもグジグジウダウダやってんじゃねーわよっ! さっさと道を開けろ!!」
『わ、わかった、わかったから落ち着け』
このまま突入する方がお好みかと過激な叱責を飛ばす浅川に、本部の担当者は慌てた様子で、搬入エリアの出入り口を封鎖していたチームに撤収を呼び掛けた。
実は、由紀が通常回線で連絡を入れて、ススムが暴れた時の例の無線は、本部や他のチーム達も聞いていたのだ。
皆どんな恐ろしい怪物が帰って来るのかと、身構えていたのが出入り口封鎖の真相であった。
「あーーもう! 根性無し共め! タマついてんのかっ」
「か、香苗さん、落ち着いて」
「あ、浅川さん、穏便に穏便に」
宿舎のプレハブ前に着くまでの間、避難所側の対応に悪態を吐いては、八重田とススムに宥められる浅川嬢なのであった。