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第十五話:救出





 トイレから後を付けたA.N.T隊員の二人組を、廊下の角からそっと覗き込んで様子を確認するススム。

 第二会議室前の見張り役と何やら話した二人は、部屋の中へ入って行った。見張り役は扉脇に置かれたパイプ椅子に座って、暇そうにしている。

 この角から扉前までの距離は、およそ5メートルから6メートル。ススムは少し屈んでゆっくり廊下に歩み出ると、その場から見張り役に向かって跳躍した。

 空中から無音で一気に距離を詰めたススムは、見張り役の口を塞ぎつつ首筋に手刀を入れる。ぐったりした見張り役を慎重に床に座らせ、椅子を倒さないよう脇へ退ける。

 扉に鍵は掛かっていない。周囲に近付いて来る人影も無い事を確認してから、静かに扉を開いた。


 そこそこ広い部屋には長テーブルのような物は無く、大きめのソファーと事務机。オフィスなどによく置いてある車輪付きの椅子。

 机の上にはノートPCと電気スタンドが備え付けられ、なんだかそこだけ警察署の取調室のような雰囲気を醸し出している。

 天井の電灯は隅の一ヵ所だけ灯っており、その下のソファーの前に先程の二人組が屈み込んでいる。

 ソファーの上では、ツナギタイプの作業服を膝の辺りまで脱ぎ降ろされた中学生くらいの女の子が、必死にパンツを防衛していた。


「や……っ、やだぁっ」

「ほらー、手が邪魔だよー」

「縛っちまおうかなー?」


 ススムのモンゴリアンチョップ。ドスッドスッと、二人組の首元に両手で手刀を叩き込んだ。同時に崩れ落ちる二人組。


(つーかこれ、小丹枝さんの真似して手刀を打ち込んだけど、大丈夫だよな? 首の骨とか折れてないよな?)


 扉前の見張り役共々、割と簡単に意識を奪えたが、実はうっかり命も奪っていた何て事になっていないかと不安になるススム。

 それはさておき、攫われて来た運搬チームのメンバーと思しき女の子に声を掛ける。


「大丈夫? 俺、探索チームの浅川さんのところに所属してる者なんだけど」

「パ……」


「ぱ?」

「パンツ脱がされるところでしたーっ」


 うわーんと泣きついて来た女の子に対して、返答に困ったススムは、とりあえず無難に労いを返しておく。


「そ、それは災難でしたね」

「災難でしたっ」


 顔を真っ赤にして泣きながらいそいそと作業服を着直す女の子。服に付いているネームプレートに、藍沢あいざわ 由紀ゆきと書かれている。

 えぐえぐ言いながら身嗜みを整えて一息吐いた彼女に、ススムは改めて声を掛けた。


「えーと、藍澤さん?」

「由紀ですっ、みんなからは由紀ちゃんって呼ばれてます!」


「そ、そっか、じゃあ由紀ちゃん、どっか怪我してるところない?」

「大丈夫ですっ、かすり傷です!」


「いや、そうじゃなくて——」


 何というか、真っ直ぐな雰囲気の子なのだが、どこか美比呂にも通じる緩さがある。

 そんな事を思いつつ、ススムはとりあえずここから一緒に脱出する上で、身体に傷が付いていないかなど怪我の有無を確かめておかなければならない理由を挙げる。


「俺、感染してる人だから」


 空気感染はしないようだけれども、もしどこかに怪我をしていたなら、そこに触れないように気を付けなければ、感染してしまう危険がある。


「な、なるほどっ。じゃあ、擦り剥いたところに包帯捲いておけば大丈夫ですね!」

「そうだね」


「……大変ですっ、わたし包帯持ってないです!」

「これ、つかって」


 ウエストバックに緊急用の包帯も入れていたので、ススムはケースごと彼女に渡した。この子のリズムにも大分慣れて来た。


 応急処置を済ませ、人が来る前にどうやって脱出しようかというところで、彼女は足を挫いていて走れない事が判明した。


「歩くくらいなら何とかなるんですけど、多分足引き摺っちゃいます」

「うーむ、走れないとなると……自力で移動するのは無理か」


 ススムが侵入した窓から出るのは、怪我をしていなくても無理があるし、こっそり一階まで下りて裏口から脱出という手も、まともに歩けない時点でアウトだ。


 考えた末、ススムは正面突破を試みる事にした。


「じゃあちょいと失礼」

「ひゃあっ」


 作戦は、由紀をお姫様抱っこして、走って逃げる。


「ええーーっ、大丈夫なんですかそれ!」

「まあ、やってみるさ」


 ススムは、自分のコートの襟を小さく握っている由紀を、しっかり抱えて第二会議室を後にした。



 正面玄関ホールは、入って直ぐの吹き抜けを見上げれば、豊富な品揃えとそれぞれのお客さんが求める商品の場所が一目で分かるように、工夫して配置された店舗のレイアウトが特徴的だった。

 今はキッズ向け商品は撤去され、沢山の作業台に改造エアガンとクロスボウが並べられた、物々しい空間と化している。

 店舗だった一角には射撃訓練場が設けられており、複数人のA.N.T構成員がベアリング弾仕様のエアガンや、クロスボウ、アーチェリーなどの試し打ちをしている。

 多くの戦闘服姿が歩き回り、まさに軍事施設その物といった様相を呈している玄関ホールの雑踏を、女の子を抱えたコートにニット帽のマスク男が走り抜ける。


「すんませんっ、そこ通りまーす!」

「え?」


 作業台の脇で屯していた数人の横を軽快に横切って行く謎の男。「あれ誰だ?」とか「あんな奴うちに居たっけ?」などの声が上がるが、マスク男は全く意に介さない。


「すんません! 後ろ通ります! ありがとございますっ!」


 何だ何だと、思わず道を開ける戦闘服集団。怪訝な表情を浮かべた班長っぽい帽子の戦闘服男性が声を掛ける。


「おい、お前——」

「お疲れ様です! あとリーダーの坂城さんに報告お願いしまっす!」


「え? あ、ああ」


 坂城総長の名前を出された事で、緊急搬送か何かだろうかと思い、誰何しようとしたのを止める。そうして、女の子を抱えたマスク男は正面玄関から出て行った。


「お疲れ様したー!」



 人はあまりにも不可解な光景に出くわすと、思考停止に陥りやすいものだ。普通に玄関から出たススムは、そのまま大通りまで走り出る。


「何とかなった」

「びっくりですっ」


 無事救出して脱出し、夜の大通りを駆け抜けるススム。


(なんか昔こういう映画があったような)


 緑の魔法使いが美女を抱えて町中を走り抜ける洋画など思い出しつつ、A.N.Tのアジトビルから十分に距離を取れた辺りで、由紀に避難所への連絡を促した。


「ポケットに簡易無線機が入ってるから、こっちからの通信可能エリアに入ったらそれで連絡してくれる?」

「分かりましたっ。わたし、実は運搬チームの通信担当だったんですよ」


 ピッピッピと、慣れた手付きで簡易無線機のやたら多いボタンを操作する由紀。

 このタイプは高い建物の多い町中だと5キロ弱飛ばせれば良い方なので、ここからならもう少し駅に近いところまで行けば、何とか避難所に届くはずとの事だった。


「よし、じゃあこのまま上の高架沿いに走ればOKだな」

「はいっ、それにしても、凄く速いですね! あ、お名前聞いてませんでしたっ」


「ああ、俺は大木 進」

「大木さんですねっ、助けに来てくれてありがとうでした!」


 そう言ってにっこり笑う由紀に、ススムは「どういたしまして」と返しながら、つられて笑みを浮かべる。ここまで真っ直ぐな感謝を向けられると、照れるよりもむしろ気持ちが良い。


 それだけに、彼女が所属していた運搬チームや、救護に駆け付けたチームのメンバー達がどうなったかを教えるのは気が引けた。


(まあ、まずは避難所に戻ってから……後はそっちの人達に任せよう)


 それからしばらく、走り続けて10分ほど経過した頃、中央駅より二つ手前にある駅のバスターミナルに辿り着いた。

 簡易無線機で避難所の調達部に呼び掛けていた由紀が、ふと思い出したように言う。


「ところで大木さん、わたしが服着てる時ガン見してましたよね? パンツとブラジャー見ましたよね?」

「ここで言うか。つかガン見はしてないです。リボン付きパンツとか花柄ブラジャーとか見て無いです」


 後で追及しますとか言っては笑っている天真爛漫な由紀に、ススムは気持ちがほぐれていくのを感じた。自分で思っていた以上に緊張していたようだ。

 その時、由紀の手の中にある簡易無線機から、浅川の声が響いた。


『こちら浅川チーム。ススム君?』

「あ、繋がった! 広瀬運搬チームの通信担当、藍澤ですっ。大木さんに助けられて、今中央駅から二つ隣の駅前ターミナルに居ますっ」


 どうやら通信が届いたらしい。浅川チームからの「直ぐ迎えに行く」との返答に、由紀がホッとして肩の力を抜いたのが分かった。とりあえず、ベンチの傍でお姫様抱っこから降ろしてやる。


「ふう、これで一安心ですねっ」

「そうだね」


「お姫様抱っこされたまま大通りを爆走するなんて、凄い経験をしました」

「はははっ」


 「お腹空きました」等と言いながら腹部をさすっている由紀は、とても元気そうだ。監禁されていた部屋で襲われ掛けた事に対するショックも、然程引きずってい無いように思える。


(今回はちゃんと助けられたみたいだな)


 その時、ススムの耳にシューという風斬り音が聞こえた。何の音だろうかと振り返ると同時に、ススムの首元を冷たい何かが掠めて行く。


「……え?」


 ポツリと呟いた由紀の手から簡易無線機が零れ落ち、アスファルトの上にカラカラと音を立てて転がった。





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