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第十四話:潜入





 民家に潜んでA.N.Tのアジトを観察していたススムの簡易無線に、浅川から連絡が入ったのは夜の8時を回る頃だった。

 結論としては、救出チームは直ぐには来られないとの事らしい。救出チームが出せない理由について、浅川は避難所の抱える問題や、ススムに対する不信が根底にある事を教えてくれた。


『なんか、中洲地区の病院の事件って話が幹部会に上がってて、それで警戒してるみたいなのよ』

「あー、アレですか……」


 どうも浅川達と違って、避難所中枢の人達はススムの事を信用していないらしい。それなら何故、応援に呼んだのかという話になるが、そこは、そもそもがススムのような特異な人物が応援に寄越された事自体が、彼等にとっても想定外だったのだろう。


 大学病院の関根院長は、里羽田院長にも似た話の分かる度量の広い人のようだが、大学病院の責任者とショッピングモールの避難所責任者は別の組織に属する。

 関根院長は避難所の運営にもかなり貢献している人物ではあるものの、重要な案件の決定は避難所側、病院側でそれぞれ別系統の意思決定機関で決めているのだ。

 したがって、関根院長の推しがあっても病院側の意見が全て通るわけではない。そして、避難所側は結構保守的でもある。

 浅川はその辺りの事情を教えてくれた。


「ふーむ、現場の情報だけ無線で伝えて、俺はこの場を離れるって主張しても無理ですかね?」

『ごめん、もう決定しちゃってるから。アンプル弾っていう対発症者用の血清弾が完成するまで、こっちは動けないの』

「なるほど……俺が何とかするしかないか」


 アンプル弾という響きが気になるところだが、取り合えず偵察監視任務から潜入救出作戦に思考を切り替えようとしているススムに、浅川は申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にした。


『こんな時に、こんなつまらない言い訳しか出来なくて、ごめんなさい』

「いえいえ、浅川さん達にはよくしてもらってますよ」


 こうやって色々と気遣って貰っている事を実感しているので、気に病む事は無いとフォローする。


「とりあえず、出来る事をやってみます」

『無理はしないでね』

「勿論ですよ。でも、出来るなら連れ去られた人が被害に遭う前に何とかしたいです」

『それは、あたしも同じ気持ち』


 少し声に元気が戻った浅川に、ススムは今から行動を起こす旨を伝えた。


「じゃあこれから潜入してみますんで、しばらく通信は無しで」

『分かったわ。気をつけて、ススム君』


 無線機の電源を切り、ポケットに仕舞う。夕方頃からA.N.Tのアジトを観察していたので、人の出入りが多い場所や裏口の位置も大体つかめている。


(三階はリーダーとか幹部とかが詰めてるんだよな。攫われた人は二階の奥の部屋辺りか)


 30分ほど前、戦闘服隊員に前後を挟まれて移動する作業服の女の子の姿が、二階の廊下の窓にちらっと見えた。

 その集団の影は、その後一階と三階に分かれたが、女の子の姿はどちらにも見当たらなかった。恐らく二階のどこかに監禁されているとススムは推測する。


 中の様子が分からないので、正面、裏口共に扉から入るのは見つかるリスクが高い。

 正直な話、人外の力を持つ今のススムなら、力まかせの正面突破もやれなくはないのだが、人質の身に危険が及ぶ可能性もある。救出対象の安全を第一に考えれば、慎重な行動が望まれる。


(とりあえず向こうに飛び移って、電気の消えてる窓から侵入するか)


 ウエストバックには、倉庫に侵入した時にも使ったガムテープやタオル、ガラス割りハンマー等も揃っている。ススムは一つ息を吐いて覚悟を決めると、ゆっくり立ち上がった。



 潜んでいた民家の屋根に上ったススムは、A.N.Tのアジトビルの裏側を見渡した。表側には壁面一杯に広い窓が並んでいるが、裏側は小さい窓が各階に三つずつほどしかない。


(あの窓から入ろう)


 屋上の見張りの姿が見えない内に、助走を付けてジャンプ。ビルの壁面を走る僅かな溝に指を引っ掛けて壁にへばり付く。

 そのまま窓の枠まで移動すると、ほとんど片手で身体を支えつつテープの張りつけ作業に入る。ここの窓ガラスは鉄芯なども入っていない普通のガラスのようだ。


(これ、ハンマーは使わなくても行けるかな?)


 以前倉庫に侵入した時は、窓がやけに脆く感じたので、素手で簡単に割れるかもしれない。

 窓のクレセント鍵付近にテーピングを施し、人差し指と中指の関節を曲げて叩いてみる。すると、思いの外すんなりと穴が空いた。


(よしよし、上手くいった)


 そこから手を突っ込んで鍵を開け、どうにか窓から侵入する事が出来た。明かりが無いので真っ暗な部屋は、どこか埃っぽい。

 ウエストバックから小型のフラッシュライトを取り出して点灯し、部屋の様子を確かめる。スチール製の棚やロッカー、段ボール箱にパイプ椅子。色々な物が雑多に置いてある。


(ここは倉庫部屋かな?)


 扉に近付き、外の音に聞き耳を立てる。近くに誰かの居る気配は無いが、遠くから人の歩く音や会話する声が響いて来る。音の感じから、正面玄関とホールの付近は吹き抜けになっているようだ。

 少し扉を開いて廊下の様子を覗うも、やはり人気は無いようだ。


(よし、行くか……)


 こそっと部屋から抜け出し、近くに身を潜められる場所を探しつつ廊下を移動する。監視カメラとか設置されていたらアウトだが、その時はもう開き直って暴れるしかない。


(向こうは店舗部分で、こっちはスタッフエリアか)


 音の聞こえて来る区画は、エアガン・ミリタリー等のホビーショップとして開かれていた空間。ススムが今居るこちらは、いわゆる『従業員以外立ち入り禁止』の区画のようだ。

 電気は通っているようだが、節電の為か一部の非常灯しか点けられていない。侵入中の身としてはありがたい暗さだった。

 従業員用のトイレの前を通る時、中から話し声が聞こえて来た。どうやら連れション中らしい。逡巡の末、女子トイレ側に入って身を潜めたススムは、彼等の会話に耳を欹てる。一応、女性隊員が居たりはしないかという不安もあったが、大丈夫だろうと判断した。根拠は無い。


「んでよ、そいつが鉄パイプみたいな棒で殴りかかって来たからよ」

「鉄パイプ?」

「鉄パイプつーか、刺又の持つところ?」

「ああ、柄の部分な」


 どうやら襲撃した時の事を話しているらしい。内容から、今日救援に向かった運搬チームの事では無く、ススムが避難所にやって来る前の出来事のようだ。


「それからかなー、総長が無茶言い出したのって」

「殴られどころが悪かったのかな」

「まあ、俺は今の方が楽しいからいいけどな」

「俺は正直、人撃つのは、ちょっとなぁ」


 サバゲーは楽しいけどマジモンの人狩りは良心が咎めるという話し相手。ススムは、A.N.Tの中にもまともな感性を持つ人は居るのかなと、考える。もしそうなら、A.N.T内のまともな人達と協力して組織の暴走を止められるかもしれない。

 そんな思いを巡らせていたのだが——


「でも捕虜の凌辱は楽しいんだろ?」

「まあ、そこは止められないけどね」


 暴力は苦手だが性的暴力は別だ等と盛り上がっている。ススムは『思ったよりまともじゃなかった』とがっかりした。妄想の中だけならありふれた嗜好の一つかもしれないが、現実にやられるとシャレにならない。篠口達『神衰懐』がやらかした、発症者を誘導しての避難所崩壊を思い出す。


(……不死病ウィルス付き毒矢で人撃ってる時点で、手遅れか)


 甘い考えは捨てた方が良い。ススムは、まだ少し引き摺っていた世界崩壊前の価値観を、過去の物にしようと気持ちを改める。

 この世界は、間違いなく崩壊しているのだ。復興が果たされ、法治社会に回帰するまでは、町中が無法地帯なのだから。

 そんな決意が幸運を呼んだのか、件の二人はトイレを出る際にこんな事を言った。


「で、今夜の尋問の相手は第二会議室だって? って事は女の人?」

「ああ、つっても中学生くらいのガキんちょだけどな」

「マジ!? うおー、ワクワクして来たっ! 玩具で膜破って絶望した表情かお見るのが楽しみだ」

「おい、良心はどこ行った。つか、おめぇの趣味キメェ!」


 遠ざかる話し声。ベキッという音にハッとなったススムが手元を見ると、手を掛けていた便器のタンク部分にある陶器製の上蓋が、一部砕けていた。力が入り過ぎて握り潰してしまったらしい。


「第二会議室ね」


 いい加減穴が開きかけている厚手の手袋を気にしつつ、女子トイレを後にしたススムは、第二会議室に向かう二人のA.N.T隊員の後をこっそりつけて行くのだった。





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