急ぎ避難所の本部までやって来たあたし達は、現状を報告して救出チームの出動を急かした。現状報告と言っても、帰りの道中に無線で伝えた内容が全てだから、後はとにかく一刻も早く応援を連れて現場に向かわないと。
でも、避難所側の幹部達から言われた言葉に、あたしは耳を疑った。
「救出チームの出動を見合わせるって——どう言う事ですか!」
「まあまあ、落ち着いて浅川君」
詰め寄ろうとするあたしに、石川さんがこの決定の事情を話して宥めようとする。曰く、ススム君の危険性を考慮して、だって。
「この前新しく入った避難民の中に、彼が居た中洲地区の病院から来たって人が居てね、その人が彼の事を伝えてくれたんだけど——」
何でも、ススム君は怪物に変身して人を惨殺する危険人物だというのだ。意味が分からない。
「そんな不確かな情報で!? あたし達の仲間の為に斥候までやってくれてるのに、攫われた女性も見殺しにするつもりですか!」
「浅川、言葉が過ぎるぞ」
「答えてください!」
五十嶺主任に注意されたけど、今は言葉を選んでる場合じゃない! 一刻を争う時なのに! だけど、避難所幹部達の答えは、あたしを絶句させた。
「正直、場合によってはそれを選ばざるを得ないかもしれない」
「な……っ」
唖然としているあたしに、石川さんが先程の『理由』に補足を入れる。
「情報を教えてくれた人の話では、彼は病院に何かを要求していた元機動隊員と思われる部隊を、全員殺害したらしいんだ」
それも、大勢の人が見ている前で怪物のような異形に変身して大暴れしたという。病院前は彼に捻り潰された死体で、かなり凄惨な事になっていたらしい。
「A.N.Tとかいう武装集団は平気で人を殺す危険な組織のようだし、もしかしたら攻撃された彼が異形化して、その集団を皆殺しにするかもしれない」
そんな殺戮の現場に救出チームを向かわせるのは、巻き込まれるかもしれないので危険だというのが、避難所幹部会での決定なのだと。
「……彼を迎えに行って来ます」
「待ちたまえ、それは許可できない」
避難所幹部の一人が止めようとするけど、仲間を助けに行くのに許可を求めるつもりなんて無い。
「あたしは、人の心を捨てた人間にはなりません」
「言い過ぎだぞ、浅川」
五十嶺主任の注意も、あたしへの戒めというよりフォローのような響きを感じる。主任も納得してないんだと思う。
すると、避難所幹部の人達の中からも理解の声が上がった。
「いや、彼女の主張はもっともだ」
「君の気持ちはよく分かる、我々だってこの決断が良いとも正しいとも思っていない」
「だったら何で!」
「我々には、多くの避難民の安全を守る義務がある。責任を背負っているんだ」
「もはや個人の感情や倫理感だけでは、判断できない立場にあるのだよ」
幹部会の人達は、口々に大勢の避難民の安全を護る責任と義務を主張する。それはあたしにだって分かるけど、だからって仲間を犠牲にしたり、恩人に報いる事さえ抑制されるのは違うと思う。
感情を燻らせるあたしに、幹部会の年配者が諭すように言った。
「せめて、アンプル弾が完成するまで待ってくれ」
「アンプル弾?」
「彼が持って来た、Atlas科学研究所の、対不死病血清を使った発症者対策の血清弾だよ」
大学病院の研究者達と共同開発中だという、対発症者用アンプル弾。イザという時の手段を確立させてから、救出チームを出撃させる算段だったと明かした。
「では、せめて彼にその事を伝えます」
「いや、それは……——」
それは? あたしは自然と鋭い視線を彼等に向けた。すると、少し考え込んだ幹部会の人達が、頷き合いながら言った。
「うむ……そうだな、そのくらいは伝えておくべきだな。それは許可しよう」
「ありがとうございます。もう少しで、幹部の皆さんを軽蔑するところでした」
「……耳が痛いよ」
自分でも驚くほど辛辣な言葉が出たけど、正直この前の歓迎会不許可の件から爆発寸前だったんだから、そこは許して欲しい。
とりあえず、あたしはメンバーのところに戻って、ススム君に連絡を入れる事にした。
「……そういえば小丹枝君、ずっと沈黙してたね?」
「胃が痛かったんだよ……」
……はねっかえりなリーダーでごめんね。