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第十一話:武装集団





 昨日探索した運送会社の倉庫が遠くに見える倉庫群で、今日も順調に探索と小物の調達を済ませたススム達は、お昼休憩を取ってから中央駅に隣接する地下街を目指す事にした。


「愛子、回収要請はもう出した?」

「はい、連絡済みです」


「オッケー、それじゃあ運搬チームが来たら入れ替わりに出発しましょ」


 皆が了解と応えて休憩に入る。チームメンバーが車の傍で携帯食のお弁当を広げている間、手持ち無沙汰なススムは周囲の見回りでもしていようかと一人離れる。

 それに気づいた浅川が声を掛けた。


「あれ? ススム君、食べないの?」

「ええ、食欲とか睡眠欲とか無いんですよ」


 以前は一応、味も感じない食事を定期的に取ってみたりはしていたのだが、里羽田院長の病院で過ごしている間に確かめた結果、何も食べなくても平気らしい事が分かった。

 実際、今も飲まず食わず眠らずで二週間以上過ごしている状態だ。それを聞いた古山が、面白そうな口調で言った。


「なんか植物人間みたいですね」

「……古山君、その言い方は大木さんに失礼ですよ?」


 八重田に注意されて「すいません」と小さく謝る古山に、ススムは気にしてないと苦笑を返す。


「でもそれってアレよね、エコ? って感じよね?」

「香苗さんも無理にフォローしようとしない」

「はい……」


 微妙な空気になりそうだった場を和まそうとしてスベる浅川に、ツッコミを入れる八重田。隣で小丹枝が肩を震わせながら笑いを堪えている。岩倉は一人黙々と食っている。

 ススムはそんなやり取りを見ているだけで、楽しい気持ちになった。世界が殺伐としているだけに、仲の良いチームには癒される思いだ。



 その後、回収班の運搬チームがやって来たので、浅川チームは引き揚げに掛かった。


「お疲れー、後はよろしくねー」

「おう、任せてくれ。そっちはこれから地下街を探るんだって?」


「うん、今日は様子見だけどね」


 運搬チームのリーダーと挨拶を交わす浅川。探索チームが自主的に何処かを調べに行く時は、調達部署の責任者である五十嶺いそみね主任に許可申請しておかなければならない。

 あまりに危険な場所の探索は却下されるが、今回はススムの存在もあって、とりあえず様子を探るに止める事を条件に許可されている。


「そうか、あの駅の近くは例の襲撃の事があるから、十分気を付けてくれよな」


 先日、物資の輸送中だった運搬チームが、武装集団に襲撃を受けて荷物を奪われた事件。少し前に避難所から大量放逐された、問題行動を起こすグループが関わっていると思われる。


「そうね……狙い撃ちが一過性のものなら良いんだけど」


 お互い気を付けようと頷き合い、浅川チームは倉庫群を出発した。



 そんなこんなの帰り道、中央駅と隣接する地下街の出入り口前にやって来たススム達は、探索の準備に取り掛かる。


「さて、それじゃあススム君、出入り口の階段周辺からざっと見て来てくれる?」

「りょーかいです」


 懐中電灯を受け取り、ススムは地下商店街に続く階段を下りて行く。下りて直ぐの付近は広い空間に明かりもあるので、比較的安全に思えた。

 しかし奥の方は明かりも落ちていて、徘徊する発症者の影も多く見えるので、普通の人にとってはかなり危険なエリアだと分かる。


 所々にバリケードがあったり、非常用シャッターが下りている為、入り組んだ構造になっているようだ。


(これはこれで、上手く使えないかな……)


 発症者を一ヵ所に誘導して集める事で、その場所に隔離出来るかもしれない。案内板を見ると、ここの地下街は三層からなっている。

 今いる階層が各種店舗の入る通路兼、商店街。一つ下の地下2階は機械室や倉庫など、商店街に関係するスタッフルーム。地下3階は駐車場になっている。


(地下の駐車場辺りに集めるのが良いかも)


 駐車場の出入り口のシャッターを全て下ろした上で、地下街にいる発症者をそこまで誘導すれば、階段を上って来られないので完全に隔離出来る。

 地下1階をざっと回った感じ、時間を掛ければ何とか出来そうに思えた。


(駐車場の出入り口って結構急勾配だから、一度入ったら徘徊で出て来にくいかもしれないな)


 駅周辺を徘徊している地上の発症者も地下駐車場に隔離出来れば、かなりの安全が確保されるのではないか。単独で地下商店街を歩きながら、ススムはここの有効利用について考えていた。


 通路沿いにぐるっと一周するコースを進んでいると、洋服店や文房具店の他、飲食店もちらほら入っている。途中に小さいゲームセンターもあった。


「……」


 シャッターは半分開いており、中は真っ暗だ。出入り口にクレーンゲームの筐体が置いてある。営業する時はこれを外に移動させるのだろう。

 ゲームセンターを見ると、美比呂とのデートの事や、あの無意識に殺戮をしでかした時に見た夢の事を思い出す。どちらも憂鬱な気分になってしまうので、ススムは足早に通り過ぎた。


「お? あの店は開いてるな」


 曲がり角のところに電気屋の看板がある。照明も灯っていて、発症者のお客さんで賑わっている。気分転換か紛らわせに、ちょっと覗いて行く事にした。



「ただいま」

「おかえり、どうだった?」


 一通り回って出入り口に戻って来たススムは、電気店があったのでデジカメやノートパソコン、バッテリーなど適当に持って来たと言って差し出した。


「ほぼ全部の店が手付かずって感じでしたよ」


「おおーこりゃいいわ、やっぱり地下街は宝の山だねっ」

「そうみたいだな、これは経理部が喜びそうだ」


 浅川がノートパソコンを開きながら興奮を露にすると、小丹枝も不足しがちな未使用の端末が手に入るのは大きいと頷く。


「数に余裕があれば、ゲームとかにも使わせて貰えそうッス!」

「あー、そっち系の娯楽って今はほとんど無いもんね」


 岩倉と小山は避難所での遊びの幅が増える事を期待しているようだ。


「ただ、徘徊してる発症者の数もかなり多いんで、それを——」


 ススムが発症者の誘導と隔離計画の提案について話そうとしたその時、八重田の無線に緊急連絡のコールが入った。


『現在野外活動中の全チームに通達、高架下児童公園前で運搬チームが何者かに襲撃された。怪我人が出ている模様。付近で活動中のチームは救援にあたられたし。繰り返す——』


「っ! 香苗さん!」

「高架下児童公園ならここから近いわね。小丹枝君、医療キットは?」

「万全だ」


 八重田が浅川に指示を仰ぐと、彼女は即座に決断を下す。


「全員乗車! 運搬チームの救援に向かうわよ。愛子は本部に連絡、古山君と岩倉君は小丹枝君のサポートお願いね」

「り、了解です」

「了解ッス!」


 無線からは、救援要請に応えて他のチームも現場に向かっている様子が聞こえて来る。八重田が避難所の本部に、浅川チームも救援に向かう旨を伝えた。



(な、何か急にエライ事になってる!?)


 ススムは突然の展開に戸惑いながらも、車に乗り込んで浅川達と共に現場へと向かう。


 移動中は、無線に入って来る仲間達のやり取りに、皆が耳を欹てた。他の探索チームから現場に到着したとの報告が上がる。


『到着した、今から救護に入るが、怪我人の数は——ほとんど全員だ。他の応援状況は?』

『こちらでも対策チームの準備を進めている、現場の詳しい状況を知りたい』


 避難所本部では対武装集団のチームが結成されたらしい。現場の情報を求める本部に対し、現在救護に当たっているチームからの返答があがる。


『襲われた運搬チームの車両が燃えてる、あと何人か行方が——くそっ!』

『どうした!』

『——った——せろ! 伏せろ!——だ!——』

『おいっ! どうしたんだ、応答しろ!』


 緊迫感溢れるやり取りに固唾を呑んで耳を傾ける浅川チームのメンバー達。

 そうして、途切れ途切れながらも現場で救護に当たっていたチームから発せられた情報は、件の武装集団から再び襲撃を受けているとの内容だった。


『ええいくそ……通信の余裕が無いから、詳細だけ言うぞ!』


 集団の規模はおよそ三十人。恐らく大放逐の時に追い出された者達だと思われるが、その中心には明らかに異質な集団が交じっている。

 武装や恰好が統一されていて、相当に練度の高い組織立った動きをしている。


『クロスボウみたいな飛び道具で武装してて、かなり危険だ。ご丁寧に矢の先に発症者の血か何か塗り付けてあるらしくて……撃たれた運搬チームの何人かは傷口に感染反応の変色が出てた』

『っ! ——何て事を……』


 騒然とする避難所本部。


『分かった、武装チームの出撃を急がせる!』


 こちらはしっかり防備を固めてあるし、警察関係者が指揮を取るので、なんとか対処出来るはず。そう結論を出した本部は、他のチームに退避勧告を出した。


『本部から各チームへ、現場はかなり危険だ。現在向かっているチームは、状況を見て引き返してくれ』


 ここまでのやり取りを聞いていた各チームより、武装集団に対抗する術を持たない非武装チームから、引き返す旨を伝える連絡が入り始める。

 そんな無線連絡の中に、浅川チームからも通信があがる。


『こちら浅川チーム、あたし達はとにかく現場の確認に行ってみるわ』

『分かった、危険そうならすぐに逃げるんだ』

『了解』


 リーダー自ら通信を送り、八重田に無線のマイクを返した浅川は、ススムを振り返って申し訳なさそうな表情を浮かべながら言う。


「ごめんススム君、ちょっと危ない事になるかもしれないけど……」

「大丈夫です」


 むしろ俺の方が危ない等と心中で密かに思うススム。

 死傷者が出たかもしれないという状況。若輩組みの岩倉や小山は、緊張した面持ちで口数も少ない。いつも冷静沈着で余裕を感じさせる小丹枝や、普段穏やかな八重田も、真剣で険しい表情をしている。


「……」


 ススムは、もし浅川チームの皆が命の危険に曝されるような事になれば、自分の力を自重しないでおこうと考えていた。

 例えそれで関係が壊れたとしても、死に別れるよりはマシだ、と。


 やがて浅川チームの偵察専用車両は、問題の現場に繋がる地区の通りに入った。





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