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第十話:倉庫の探索





 車で20分ほどの距離にある工場地区の一角にやって来たススム達。今日の探索ポイントは運送会社の倉庫である。この辺りは、徘徊している発症者がかなり多かった。


「大きな音を出す機械がしばらく動いてたからね、それに惹かれてこの一帯の発症者が集中してる場所なのよ」


 リーダー浅川の説明に、ススムは「なるほど」と頷いた。窓から眺める道路脇には、コンテナを積んだトレーラーがちらほらと放置されている。

 枯れた雑草と蔦の絡まる錆びたフェンスが、延々と続く工場地区の道を進んでいた一行の車は、目的の倉庫がある場所から数百メートルほど手前でゆっくり速度を落とした。

 前方の道が、大勢の蠢く発症者で埋まっているのだ。


「うわー、なにあれ」

「これでは通れないな」

「迂回しようにも、道がありませんね……」


 双眼鏡を覗く浅川が発症者の規模を確かめつつ呻くと、ハンドルを握る小丹枝が「あれを突っ切るのは無理だ」との見解を示す。

 八重田は地図を片手に、どこか回り込めるルートは無いかと探している。


「俺が誘導してみます」


 ススムはそう言って車を降りた。


「大丈夫なの?」

「ええ、多分。発症者で混んでる店の中とかでも平気でしたから」


 心配する浅川にそう言ったススムは、前方を埋め尽くす発症者の群れに近付いて行った。


(ん? 何か音がするな)


 ヴヴヴ……というお馴染みの呻き声に交じって、明らかに声以外の音が聞こえる。どうやら発症者達は、この音に惹かれてここに集まっているようだ。

 ススムは音の出所を探るべく、発症者の群れに分け入った。



「うわぁ……、あの群れに入って行きましたよ?」

「大木さん、大丈夫ッスかね?」


 後部座席から身を乗り出して様子を見ていた古山と岩倉は、ススムが大量の発症者を押し分けながら群れの中に入り込む様子を見て、思わず声をあげる。

 攻撃性の無い発症者でも、刺激すると掴み掛かったり振り払うなどの動作を見せる。その腕力は緩慢な動きの見掛けに反してかなり強力で、一度掴まれると引き剥がすのは大変だ。

 しばらくすると、群れの中からススムが現れた。


「平気みたいだな」

「あれ、何だろう?」


 冷静に観察する小丹枝の隣で双眼鏡を覗いていた浅川は、ススムが手に何かを掲げている事に気付く。

 まるでバスガイドの手旗のように、片手に何かを持ったススムが歩き始めると、周囲の発症者がぞろぞろと後に続き始めた。


「凄い、発症者の群れを先導してます」


 記録を付けていた八重田が思わず手を止めて目を瞠る。他のメンバー達も、その光景に驚きを隠せない様子だった。



 音の正体は、発症者の一人が首から提げていたソーラーラジオだった。

 ノイズ音が鳴り始める度に、それに惹かれて徘徊し、付近の発症者も惹き寄せながら移動するという事を繰り返していたようだ。

 結果、これほどの発症者溜まりを形成したらしい。


(この辺でいいかな)


 とりあえず通行の邪魔にならない場所まで移動したススムは、放置されているコンテナトレーラーの屋根に上って、音の元であるラジオを置いた。

 ラジオのノイズに惹かれて集まった発症者達の、蠢く音にまた別の発症者達が惹かれて集まって来るというサイクル。この付近一帯の発症者は、全てここに集結するかもしれない。


 群れの誘導を終えたススムは、探索チームのところに戻って来た。


「おつかれっ、大木君!」

「凄いものを見ました」

「驚いたッス! ススムさんスゲッス!」


「ははは」


 サムズアップしている浅川と、感心の眼差しを向ける八重田、「スゲッス!」を連発する岩倉達の労いに、ススムは曖昧な笑いで答える。


「それじゃあ、倉庫の探索に行くとしよう」


 ススムが乗り込んだのを確認すると、小丹枝はゆっくり車を発進させた。



 長いフェンスの続く道を通り抜け、ようやく運送会社のトラックターミナルの出入り口に辿り着いた。門は開いており、数体ほど徘徊する発症者の姿が見える。


「あのくらいなら移動出来そうね。古山君、岩倉君、お願いね」

「了解しました」

「了解ッス!」


 浅川の指示を受け、車を降りた二人は、荷台から発症者誘導用の刺又を取り出して装備すると、近くの発症者を遠くへ誘導する作業に取り掛かった。八重田が無線で現場到着の報告を入れている。


「さてと、表のシャッターが開くと楽なんだけど」

「中からしか開けられないようになってるな」


 目的の倉庫は丈夫そうなシャッターが閉じられていて、出入り口はしっかり施錠されている。浅川と小丹枝が相談し合い、ここは二階の窓から侵入しようという事になった。


「じゃあ大木君、頼める?」

「分かりました、行ってきます」


 普段なら周辺の安全を確保した後、小丹枝の指揮で古山と岩倉が侵入を試みるところだが、今回はススムが単身で乗り込む事になった。

 閉じられた建物内に侵入する時は、物陰に潜む発症者と遭遇する危険があるので、安全確認を徹底しなければならない。それだけ一回の侵入にも時間が掛かる。

 その点、発症者に対するリスクがほとんど無いススムは、スムーズに事を運べるので、探索の回転率も上げられる。


 梯子を掛けて二階の窓に取り付き、ガムテープを貼ってタオルを充て、ガラスの破片が飛び散らないように、大きな音も立てないように気を付けつつハンマーで叩き割る。


(なんか薄い飴細工でも割るみたいな感覚だったな……この身体のせいなんだろうなぁ)


 難なく窓から侵入成功。下で作業を見上げていた三人に手を振ると、浅川は親指を立て、小丹枝は頷き、八重田は優しく微笑んで答えた。

 二階の事務所を手早く調べて安全確認を済ませたススムは、一階の倉庫に下りる。この建物内は完全に無人のようだ。


「おまたせしました」


「早〜い、いいねいいね」

「これは捗るな」

「まだ5分くらいしか経っていませんよ」


 出入り口の鍵を開けて扉から出て来たススムに、今までの倍以上の効率だと驚く浅川達。発症者の誘導を終えた古山と岩倉が合流するのを待ってから、皆で倉庫内の探索を始めた。

 事務所からは文房具などの日用品を集め、鞄に詰められる小物類は持って帰る。

 倉庫エリアを物色して物資の確認を済ませると、運搬役に任せる物資を纏めて運び易い位置へと移動。シャッターも開けておく。


「うん、今日はこんなもんかな。愛子、運搬チームに連絡お願いね」

「はい」


 八重田が無線で運搬チームに物資の回収要請をしている間、探索チームは梯子や工具類を片付けて撤収の準備に入った。

 この倉庫前には車で入って来られるので、運搬用の車で乗り付ければ一度で大量に運べるだろう。


「これは幸先いいな」

「だね。じゃあ今日の探索はこれであがり! 大木君、おつかれ様っ」

「おつかれさまでした」


 全員が車に乗り込み、撤収する。ススムがチームに加わった初日の探索は、こうして問題無く終わったのだった。




 その夜。大学病院の開放されている屋上にやって来たススムは、夜風を浴びながら夜景を眺めていた。町の明かりがほとんど無いせいか、星がよく見える。

 遠くにぽつぽつと窓明かりらしき光が灯っているのは、そこに生存者が暮らしているのか、単に点けっ放しになっている電灯が、崩壊後も電気の通っている限り灯り続けているのかは分からない。


「大木君、ここに居たんだ?」


 ふいに声を掛けられてススムが振り返ると、そこには浅川が立っていた。


「こんばんはっ」

「あ、こんばんは」


 にこっと微笑んで挨拶した浅川は、おもむろにススムの隣に立つと、明かりの疎らな寂しい夜景を見下ろす。

 今日の仕事を終えた彼女は、作業着の上半分を脱いで腰の辺りで袖を括ったラフな格好をしている。


「暗いでしょう? この辺りの建物って、実はあたし達が電気消して回ったのよね」

「え、そうなんですか?」


 まだ避難所周辺の建物から物資の調達を行っていた頃、探索に入ったビルや商店の電源盤を操作して、全てのブレーカーを落として回る活動もしていたらしい。


「風力発電の電気を無駄に吸われないようにってね」

「なるほど」


「って、納得しないでよ! 本当は漏電とか火事とかの対策だからっ」

「あ、そーなんすか」


 冗談に素で返されてツッコむ浅川に、ススムはあまり詳しくないのでと頭を掻いた。電気の無駄使いを減らせるのは確かではある。


「ふふっ、大木君って、何か善い人っぽいよね。彼女居るの?」

「なんですか藪から棒に……」


 一瞬、美比呂の顔がよぎるススムだったが、彼女との関係はあくまでも特殊な状況が産んだ特別な出会いである。しかも、結ばれる機会はもう無いのだ。

 死んではいないが、死に別れたも同然なのだから。その事を思って、ススムは少し表情に影を落とす。それを敏感に察した浅川が、すぐさまフォローを入れた。


「ごめん、何か聞いちゃいけないこと聞いちゃった?」


 考えてみれば、特殊な感染状態にあるススムがこうして一人で遠い町までやって来て活動している時点で、例え恋人が居たとしても一緒に暮らせない状態にあると推察出来る。

 既に死んでいるか、不死病発症者となって徘徊しているか、もしくは感染が原因で別れたか……。


「何を想像してるのか分かりませんけど、その慈愛に満ちた視線は居た堪れなくなるんでやめて下さい」

「あはははっ」


 年下の男の子をからかって遊んだ浅川は、リラックスしたところでメンバーのおさらいをしようと切り出した。


「おさらい?」

「そ、一緒に行動する仲間の特徴とか、性格とか」


 この避難所には、物資調達の応援活動に来ている立場にあるススム。

 ここに長居するつもりが無かったとしても、共に背中を預け合う者同士、ある程度はお互いの事を知っておいた方が良いと浅川は言う。


「本当は歓迎会とか打ち上げパーティーみたいに、皆で食事会とかやりたかったんだけどね」


 感染者と食事の席を共にする事には、流石に抵抗がある。これは浅川個人の憂慮ではなく、この避難所に属する全ての健常者の安全に考慮した判断だ。

 それについては、ススムも当然の処置だと思うので、特に気分を害すような事は無い。


「まあ、皆で集まって親睦を深められれば何でも良かったんだけど、どうしても感染者って部分がネックでねー」

「それはまあ、仕方ないでしょうね」


 里羽田院長の病院では、病院関係者と患者とその家族しか居なかったので、ススムの存在に不安を抱く人が居たとしても、不満や文句を挙げられる事は無い。

 しかし、一般人の健常者が多く暮らす避難所ではそうもいかない。

 幾ら医者達から「同じ空間に居るだけではそう簡単に感染はしない」と説明されたとて、感染のリスクがある以上、「普段は隔離しておくべきだ」という意見が大勢を占める。

 そんな状況と認識の中では、チームメンバーも必要以上にススムと接触する事を厭われるので、自粛せざるを得なかったのだ。


「まあ、探索に出てる間は外野からやいやい言われる心配も無いから、皆との親睦を深めるのはその時に回すとして、まずはその為のおさらいね」

「なるほど」


 チームメンバーや避難所の人々の事は勿論、ススムに対してもよく考えている。配慮の行き届いた人だなぁと、ススムは浅川のリーダー気質に納得した。

 そうしてススムは、浅川から仲間達についてのおさらいとして、夜の講義を受けるのだった。


「年頃のお姉さんと二人きりで夜の屋上で講義って、何かエロくない? って、ただの人物紹介じゃんっていうね」

「そういうのは俺のセリフに残しておいてくださいよっ」


 酷い自己完結を見たと抗議するススムなのであった。



 翌日。ススムを含めた浅川の探索チームは、搬入エリアに建てられているプレハブ住宅の集会室に集まり、今日の探索のミーティングを行っていた。

 ちなみに、ススムに宿舎として与えられているのは、このプレハブ住宅の一室である。


「今日の目標は、昨日の倉庫群の向かい側と、駅構内の地下商店街を回るわ」


 昨日のススムの発症者大量誘導の手応えから、今日はこれまで危険過ぎて手が出せなかった地下街の探索を視野に入れるという浅川。


「まあ、地下街はもし行けそうなら行こうかって段階だから、今日は様子見ダケだけどね」


 探索のメインは倉庫群で、地下街の探索は帰りに立ち寄って少し調べる程度の予定だそうな。チームメンバーの反応は様々。


「確かに、地下街はほとんど手付かずの状態にあるはずだから、かなりの物資が期待出来るな」

「そうですね。火災なども起きていないようですし、今の内に調べられれば成果は大きいと思います」

「でも大丈夫かな……意外と地下に籠城してる人達が居たりして」

「ダンジョン探索みたいで楽しみッス!」


 地下街に籠城組みが居て、物資もほとんど食い潰されていた、等という事は、確かに無いとも言い切れない。


「そん時はまあ、新たな生存者発見って事で、人類社会の復興にまた一歩近づいたって思えばいいじゃん?」


 そう言って古山にウィンクした浅川は、ススムに向き直って言う。


「つーわけで、地下街の探索はススム君が頼りだから、ヨロシクね?」

「りょーかいです」


 あれ? と、八重田が少し驚いたような表情を浅川に向けるも、特に何か言及する事は無かった。察したようなすまし顔で肩を竦めた小丹枝は、車のキーを取り出して席を立つ。


「じゃあ、行くか。車を回して来る」

「オッケー。愛子、出発の連絡をお願いね」

「あ、はい」


 ミーティングを終えて集会室を後にするメンバー達。小丹枝がプレハブ前に付けた車に荷物を積み込み、全員が乗り込んで出発準備が整えられた。


「それじゃあ、今日の探索にしゅっぱーつ」


 リーダー浅川の号令で、探索チームの偵察専用車両が発進する。ススムの探索活動二日目は、こうして始まったのだった。





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