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*第九話:裏話・潜在する懸念事項





 あの大崩壊の混乱期を乗り切ってひと月近く経つ。皆で必死に生活の砦を造ってた頃に比べて、ここもすっかり落ち着いて来た。

 まあ人が増えた分賑やかにはなったけど、最初の頃のような殺伐とした空気は随分緩和されたと思う。


「浅川君、ちょっといいかな」

「はい?」


 おっと石川さんだ。ショッピングモール避難所の管理責任者で、初期の混乱を知ってる古株の人。この人と大学病院の関根院長が居たお陰で、ここは安全と秩序が保たれている。


「どうしたんですか?」

「実は、最近の補給状況と"問題組"の事なんだけどね」


 噂が噂を呼び、人伝手でこの避難所の事が広まると、他所の地区からも避難民が押し寄せて来るようになって、ショッピングモールの居住区画も少し手狭になって来た。

 消費される物資の量も増え、配給量が調整されると不満の声も上がる。

 新たにやって来る避難民達の中には、他所の避難所で問題を起こして追い出されたり、受け入れを拒否されたような人達も交じっている。

 行政が機能していない現状、相手の経歴など知る術はほとんど無く、受け入れてから他の避難民とのトラブルを起こすケースも多い。

 そういう"問題組"の人達は、避難所と大学病院の幹部達で審議をして、放逐するか否かを決める。避難民達による投票などは行わない。

 こういう環境下での多数決制は、避難民の間で無駄に派閥を生じさせ、諍いを招く元になるから。審議対象による工作で、懐柔や脅迫といった行為も横行するだろう。

 そんな事を続けていれば、人間関係の軋轢で避難所全体が崩壊してしまう。


「そう言えば、最近はあまり問題を起こす人も出て来ませんね」

「まあ、結構な人数に纏めてお引き取り願ったからねぇ」


 ちょっと前、かなりの規模で"問題組"の放逐が行われた。以前から問題行動を注意されていたが、避難所立ち上げ初期の頃からの貢献者だったので大目に見られていた人物を中心に、新顔の人達を含めて50人近くが避難所からのお引き取り願いを突き付けられたのだ。

 主な原因は、以前から問題行動を起こしていた人物と避難所を運営する幹部達との軋轢、というのが表向きに明かされてる理由。

 実際のところは、問題行動の人に同調する新顔の人達が加わった事で、避難所の秩序を乱す集団として看過出来ないレベルにまで至った事が、大量放逐を決断した本当の理由みたい。


「あの時は備蓄も結構切り崩しましたもんねー」


 着の身着のまま放り出す訳にもいかないので、一週間分の食料や水、簡易テントなどを持たせての放逐により、避難所の備蓄倉庫が半分くらい空になった。


「まあ、物資の方は今のところ何とか供給を保ててるんだけど、ちょっと放逐した問題組の事で困った事態が起きててね」

「困った事態?」


 まだ公にしていない情報だがと、前置きした上で石川さんが語った内容に、あたしは眉を顰める。放逐された問題組の、逆恨みによると思われる調達部隊への攻撃が報告されているというのだ。


「運搬チームが輸送中の物資を奪われたり、探索チームが襲撃を受けて怪我人も出ている」

「もしかして……この前、駅周りの探索に行ってたチームが負傷したのって——」


「ああ、そうだ。10人くらいの武装集団に襲撃されたそうだが、集団の中に問題行動の中心人物が居たらしい」


 つまり、完全にあたし達の事を狙って襲ってるってわけね……。


「君のチームは、君を含めて特に若い娘さん率が高いから、十分気を付けて欲しい」

「そうですね……愛子にも言っときます」


 それじゃあよろしくと、石川さんは軽く手を振って避難所の方へ戻って行った。やれやれと、あたしは溜め息を吐きつつも憂鬱を払う。

 今日は隣町から応援が呼ばれる事になっているのだ。中洲地区には結構評判のいい病院があって、避難民は受け入れて無いみたいだけど、うちに来る途中で立ち寄った人達の話では、水や食料、衣類などの物資の他にも色々な電化製品を揃えていて、しかも毎日のように大量の物資が運び込まれているとか。

 物資調達に関してかなりの手練れ勢が居るらしい。


(とりあえず——スマイル、スマイル)


 まだ来てくれるかどうか分からないけど、初対面で早々暗い顔は見せられないからね。もう直ぐチームメンバーも集合するから、みんなにも伝えておかないと——石川さんの話も。


「おはようございます、香苗さん」

「お、来たね愛子ちゃん。おはよう!」


 真面目でお淑やかの代表みたいな愛子が今日も一番乗りか。残りのメンバーが揃うまで、あたしは愛子と打ち合わせという名のおしゃべりをして過ごす事にした。


「どんな人達が来るんだろうね?」

「ふふっ、まだ決まった訳では無いんでしょう?」


 大学病院の交渉役が戻って来たのは、それから間もなくの事。丁度メンバーも集合した頃だった。





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