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第七話




 体当たり攻撃でクァブラ軍の右翼艦隊を翻弄するシャーヴィット号は、遊撃艦隊の残存部隊がこの宙域から離脱して十分に距離を取った事を確認すると、仕上げとして空母に狙いを定めた。

 現在はクァブラ軍の戦闘機も出撃してシャーヴィット号を仕留めようと周りを飛び回っているので、空母のカタパルトや格納庫を狙って離着艦を妨げ、少しでも多く艦隊がこの場から動けない要素を作り出す。


 これまでにぶつけて小破から中破させた艦は戦艦やら巡洋艦、駆逐艦のほか、通常は艦隊群の内側で他の艦に護られている砲艦や補給艦の類まで手当たり次第、それも撃沈に至るような大破を負わせず、応急処置で動ける程度の壊し方に留めている。

 完全に沈めてしまうよりも、中途半端に破損させておいた方が乗組員の救助やら船体の修理などで足止めになるからだ。





「おい、敵艦がここに突っ込んでくるらしいぞ! 全員退避しろってよ」


 警報が鳴り響くクァブラ軍空母のカタパルトデッキ脇で整備士の集団と屯している戦闘機のパイロット達。格納庫の戦況モニターには戦闘の様子も映されておらず、この警報は何時止むのかと話している所へ、上のブロックから作業員が避難を呼びかけた。


「突っ込んでくるって……シユーハの連中、追い詰められてとち狂ったのか?」

「昔の我が軍じゃあるまいし」

「いや、何でも特殊な接近戦用のシールドを搭載した新型艦が一隻だけで暴れまわってるらしいぞ」

「なんだそりゃ?」


 作業員の話をいぶかしむ彼等だったが、退避命令が出ているなら速やかに移動しなくてはなるまいと上のブロックへ移動を始める。と、その時——ズシンという大きな音が響いたかと思うと、揺れと共に衝撃が格納庫を駆け抜けた。

 そしてメキメキとカタパルトハッチを突き破って侵入してくるシユーハ軍の護衛艦。発進位置に運ぶ為のレール上に並べられていた戦闘機が次々と薙ぎ倒される。


「うわっ やばい!」

「マジで突っ込んできやがった!」

「手摺りか何かに掴まれっ 吸い出されるぞ!」

「おい、あれ見ろよ!」


 逆噴射で戻っていく護衛艦のブリッジと思われる部分に窓の明かり。通常、そういう場所は防壁で覆われている筈なのだが、この艦は堂々と窓から周囲の状況を窺っている乗組員の姿が見える。そしてそのブリッジの中央付近に、ちらりと見えた奇妙な光景。


「なんだ、あれは……?」


 突入していた護衛艦が出て行くと大穴の空いた格納庫は緊急隔壁が下り始め、このブロックを閉鎖する趣の警報とアナウンスが鳴り響く。

 近くのブロックに避難する整備士や作業員、パイロット達で先程の艦のブリッジを見た者は、ちらっと見えた奇妙なものについて幻覚では無い事を確かめる為に、互いに見たものを話し合う。


「女だったよな?」

「ああ、なんか身体が光ってたような……」

「俺も見た。何だかあの艦のシールドと連動してたように感じたが」

「シユーハの事だから、オペレーター能力に特化させた人間コンピューターとかかもしれんぞ?」


 クローン兵や治療機器にみるシユーハの生体技術と生命に対する倫理観の特異さはクァブラでも広く知れ渡っている。あまり公にはされていないが、シユーハからの亡命者の中にはクローン兵なども結構いたりするのだ。

 一般のクローンに比べてオリジナルと遜色ない高度な思考を行なえる軍属のクローンにはある程度の思考制御が課せられているのだが、クローンの状態などを管理しているシステムの圏外に出てしまえば思考制御が外れ、より自らの意思に添った行動をし始めるようになる。

 そうして様々なケースでクァブラに亡命したクローン達から技術や情報の提供を受けた事で、堅艦物量一辺倒だったクァブラ軍は戦術や戦略に幅を持ち、役割に合わせた艦の建造、運用を行なえるようになった。今回の会戦での優勢はその成果を表していた。



「敵護衛艦! 宙域より離脱していきます!」

「うぬぅ……被害状況と艦隊の再編に掛かる時間を報告せよ」


 シユーハ軍の遊撃艦隊に潜んでいた見た目こそ旧式の護衛艦、その実とんでもない性能を誇る新型シールドを搭載した実験艦と思しき艦は、最初に重甲戦艦を爆沈させて葬った後、たった一隻でクァブラ軍右翼艦隊を翻弄し続け、戦艦82隻、巡洋艦103隻、駆逐艦120隻、空母2隻、その他小型艦や戦闘機を含め多数を小破から中破させて離脱していった。

 無傷の艦を手早く編成すれば追撃も可能だが、己が艦隊の惨状に呻く提督はとてもそんな危険を冒す気にはなれない。


「戦闘可能な段階まで修復して再編制するには、急いでも二日以上は掛かるかと……要塞砲整備部隊の支援があれば半日でなんとか」

「半日か……沈んだ艦が戦艦一隻のみだったのは不幸中の幸いだな。要塞砲の整備部隊に応援要請を出せ、本隊に連絡後、移動する」


 疲れた表情で指示を出した提督は、深く息を吐いて艦長席に身を預けた。







 シユーハ軍の中央艦隊はクァブラの主力艦隊と左翼艦隊の攻勢に曝され、艦隊総司令部のある空母群の宙域まで押し込まれていた。

 特にクァブラの強襲艦隊は神出鬼没で、シユーハの右翼艦隊が総司令部の援護に駆けつけた時には既にその宙域からレーダーの索敵範囲外まで移動しており、クァブラの主力艦隊と対峙していた中央艦隊の左舷後方を突いてくるなどシユーハ軍を翻弄し続けた。


 現在は艦隊総司令部の空母群を中心に中央艦隊、左翼艦隊、右翼艦隊で三方を護り、クァブラの主力艦隊と左翼艦隊の攻勢に耐えながら強襲艦隊の奇襲に警戒している状況。

 表面的には艦隊戦で正面からやり合っているような構図だが、本丸である艦隊総司令部を背にして後が無いシユーハ軍は心理面から実質的に包囲されているような形だ。



 クァブラ軍主力艦隊の旗艦で総指揮を執る艦隊司令官は、後方宙域の掃討に行かせた右翼艦隊から掃討の完遂ならずという一報と、奇妙な実験艦の存在に注意を促す警告を受けた事により、艦隊の配置に少々変更を加える指示を出すに当たって参謀に意見を求めた。


「強襲艦隊の報告にあった実験艦だと思うか?」

「恐らくは。映像を見る限り、右翼艦隊が遭遇した護衛艦は強襲艦隊が見たものと同一の艦かと思われます」


 後方宙域を離脱してこちらに向かっているシユーハ軍の戦力には遊撃艦隊の残存部隊を確認しているが、推定艦数100隻以下で殆どが小型艦なうえ損傷も激しいらしく、戦闘能力は無いと判断されていた。件の実験艦が途中でこれらに合流すると思われる。


「ふむ……。強襲艦隊は下方宙域に潜伏。後方の護りを固めつつ左翼艦隊から分隊を出して敵艦隊側面へ回らせろ、威嚇するだけでよい」


 遊撃艦隊の残存部隊が仕掛けてくるとすれば、例の実験艦を中心に後方撹乱を狙って来るであろう事が予測できる、というよりも、残存部隊の戦力を考えればそれ位しかクァブラ軍の主力艦隊相手に仕掛けられる策で効果的な手立てが、他に無い。

 艦隊後方の一部に防御の薄い場所を設け、そこを突いて来た所を強襲艦隊で一気に叩くという作戦を立てる。


「右翼艦隊からの報告によれば、実験艦の突入によって半数近い艦艇が被害を受けたとしています。接近させるのは危険では無いかと」

「うむ、君の懸念は尤もだ。しかしな、冷静に考えて見たまえ。一隻の実験艦が2000隻の艦隊に突入したとして……何が出来るね?」

「報告では手当たり次第に体当たりを仕掛けられ、艦列を乱されたとありますが……」

「うむ、つまりその実験艦は恐るべきシールドを搭載し、右翼艦隊の進攻を妨害したわけだ。して、右翼艦隊の被害は?」


 弾薬の誘爆で爆沈した戦艦が一隻、他は小破から中破ばかり。クァブラの艦隊司令官はこの結果を見て、実験艦には恐るべき性能を誇るシールドが搭載されているようだが、武装は砲艦や補給艦すら沈める能力も持たない非力な仕様であると睨んだ。


「軍艦で体当たりなど凡そ考えられない攻撃を仕掛けられたのだ、右翼艦隊の提督もそれで泡を食ったのだろう」

「始めから来ると分かっていれば、対処のしようは幾らでもある……という事ですか」


 策は二段構えで、突入された場合も想定してある。参謀は成る程と納得して頷き、艦隊司令官の慧眼に感服して見せた。





「クァブラ軍左翼艦隊より分艦隊の移動を確認! 我が軍の側面に回り込むようです」

「こちらも右翼艦隊から迎撃の艦隊を——いや、迎撃態勢をとって防御陣形を取らせよ、本隊からあまり離れるな」


 迎撃に出した艦隊が強襲艦隊に襲われて挟撃など受けては堪らんと、慎重に指示を出すシユーハ軍中央艦隊の提督。開戦前はここまで劣勢に追い込まれるなど思いもよらなかった提督は、どうにか被害を抑えながらここで踏ん張らなくてはと戦況モニターを睨み続ける。

 艦隊総司令部の空母群は強襲艦隊の攻撃で3隻もの空母が沈められており、危うくシユーハ軍の総司令官を失う所であった。遊撃艦隊の残存部隊から通信の途絶える直前に送って寄越された情報によれば、クァブラ軍は艦隊を一瞬で壊滅させる巨大兵器を投入しているらしい。


「我が軍にも一撃で戦況を引っくり返せるような切り札があればよかったのですが……」

「無いもの強請りを考えても仕方あるまい、今はその巨大兵器がこの宙域にまで持ち出されない事を祈るばかりだ。それに——」


 情報を送ってきたのは遊撃艦隊の第六部隊を指揮する駆逐艦リローセ艦長、パレスティーネ・ローズバッハ嬢。艦隊総司令部で幕僚監部に務めるローズバッハ提督の一人娘だという。

 パレスティーネがもたらしたクァブラの巨大兵器に関する情報は、遊撃艦隊の壊滅と彼女の生存を絡めて"幕僚の一人娘が命懸けで敵の情報を送ってくれた"という触れ込みで宣伝され、全軍の士気回復に少なからず効果を上げている。

 一撃で半個艦隊を壊滅させる程の強力な新兵器が投入されていたのなら、これだけ劣勢に立たされたのも仕方あるまいという納得感を得た事で、逆境において兵達が陥り易い不安による士気の低下を防ぎ、反撃に転ずるまでの闘争心を維持する事に役立っているのだ。


「彼女はオリジナルで参戦しているそうだからな、無事に生還すれば士気の昂揚による反攻も期待できる」

「もし戦死した場合は、弔いを果たすという意味で鼓舞する事も出来ますね。兵達は奮起するでしょう」


 この戦い、勝てずとも引き分けにはどうにか持ち込めるやもしれないと、中央艦隊の提督は決着の落とし所として目標を定めた。その時、艦橋のオペレーターから敵主力艦隊に妙な動きがあるという警告が上がった。艦隊後方にレーザー砲の火線が伸びているのだという。


「第六部隊ではないのか?」

「いえ、第六部隊は戦闘宙域を大きく迂回してシユーハ圏内から本隊に合流するコースを取っていますので——あっ 敵強襲艦隊を確認!」


 何処に潜んでいたのか、クァブラ軍主力艦隊の後方に向かって直進する強襲艦隊をレーダーに捕捉し、メインモニターの戦況MAPにマーカーが表示される。強襲艦隊が向かっているのは敵主力艦隊の後方でレーザー砲の集中している先のようだ。





 強襲艦隊を指揮する提督は会戦の緒戦で遭遇した例の旧式護衛艦を艦橋の正面モニターに捉え、やはりあの艦かと気を引き締める。


「全艦一斉射ののちミサイルを放て、あまり距離を詰めるな、攻撃開始!」 


 主力艦隊の後方を護る部隊と強襲艦隊による十字砲火がシャーヴィット号に襲い掛かる。しかし対艦レーザーの帯は尽く青白い光の膜に阻まれ、船体に届くことはない。一拍子置いて殺到したミサイルが次々と爆発し、戦艦の装甲をも焼き尽くす白い閃光がその一帯を包み込む。


「……っ やはり効かんか」

「敵艦の速度上昇! 主力艦隊に突入するつもりのようです!」


「主力艦隊に報告、"我々の攻撃は通用せず、そちらの作戦に期待する"とな」

「了解、主力艦隊旗艦へ通信を送ります」



 通信を受け取った主力艦隊の旗艦にて、艦隊司令官は強襲艦隊の迎撃が失敗した場合の作戦発動を指示した。突入してくる敵艦の進路上に荷物を空にした中型輸送艦を配置、侵入路を開いて誘い込む。


「目標艦、侵入コース2、ポイント3‐6を高速で通過中」

「よし、正面の出口を塞げ、捕獲作戦を開始せよ。技術省の土産に持って帰るぞ、勢い余って押し潰さんようにな」





 クァブラ軍の主力艦隊に後方から突入したシャーヴィット号は、とりあえず旗艦を見つけてそれにぶつけようと敵艦隊の中を進む内、周囲に戦闘艦の姿が殆ど見えない事に気付いた。

 後方の艦列とはいえ空母や砲艦の20〜30隻はいる筈なのだが、周りには補給物資の運搬に使う壁のような大きい輸送艦ばかり。


「っ! 周りを輸送艦で囲まれています! 前方からも大型艦接近! 周囲の輸送艦も距離を詰めて来ます!」


「艦長、これだけの大型艦に接舷されれば、この艦の出力では身動きが取れなくなってしまいます」

「質量のある艦で挟み込む作戦か、乗り移られる心配はないとして……シャーヴィット、守護の中から攻撃しても大丈夫かい?」


 旧式護衛艦とて現役時代から敵艦との戦いを生き抜いてきた戦闘艦である。艦首付近に搭載されている中距離レーザー砲4基は巡洋艦クラスの装甲であれば射程内で撃ち抜ける程の威力を誇る。総弾数200発の多目的ミサイルは8基の発射管から何時でも発射可能な状態だ。


「大丈夫よ、守護の内側から外に向けての働きかけは、何も妨げられないわ」


 その答えに頷いたフェンナードは、スッと手を翳して命令を下す。


「撃て」


 シャーヴィット号より放たれたレーザー砲が前方を塞ぐ輸送艦を貫く。数瞬遅れて爆発を起こす輸送艦。揃った動きで距離を詰めて来ていた周囲の輸送艦が戸惑うように艦列を乱れさせた所へミサイルを撃ち込む。進路が確保された事で悠々と前進を続けるシャーヴィット号。


 クァブラ軍の艦隊司令官はシャーヴィット号にしてやられた右翼艦隊からの戦況報告内容を大きく読み違えていた。シャーヴィット号には砲艦や補給艦すら沈める能力が無かったのではなく、沈める必要がなかったから沈めなかっただけなのだ。


「前方に戦艦群の艦列!」


「戦艦の艦列か。副長、旗艦はいると思うかい?」

「あれは、恐らく最前列の攻撃艦とローテーションを組んでいる艦列の一つだと思われます」


 長期間の戦闘、数日から時には数ヶ月に及ぶ場合もある大規模な艦隊戦では、燃料弾薬の補給や兵士達の休息をとる為に同じ編成で組まれた陣形の艦列を何列か用意して、時間毎に入れ代える事で絶え間なく攻撃態勢を取り続けられる。

 その輪の中に旗艦が混じっている場合もあるが、指揮は別の場所から行なわれる場合もあるので旗艦の判別は難しい。


「探し出すのは無理か……一旦味方のいる所まで抜けて中央艦隊から情報を貰おう。このまま全速前進、ついでに何隻か引っ掛けて行こう」

「了解! 進路このままで全速前進! 進路上の敵艦はついでに引っ掛けて行きます!」


 輸送艦の包囲網を突破したシャーヴィット号は、敵主力艦隊の真っ直中を突き進む。





「目標艦の捕獲に失敗しました! 輸送艦3隻が大破!」


 密集する主力艦隊の中央部に突っ込み、時折ぶつけては艦列を崩して折角整えた陣形を散らかしながらシユーハ軍の陣取る宙域へと抜けて行くシャーヴィット号に、クァブラ軍の艦隊司令官は下唇を噛みながら呻く。


「ぬ……見込みが甘かったか。目標艦の進路上にいる艦は退避、空母より戦闘機を発艦させよ! 強襲艦隊を呼び戻せ!」


 矢継ぎ早に指示を出して迅速な対処を見せる艦隊司令官。何となく参謀とは目を合わせたくないので正面モニターに表示された戦況を表す戦力表に視線をやると、味方艦隊を表すオレンジの長方形の中を、敵艦を表す小さな赤い点が通り抜けていく様子が映し出されていた。







 シユーハ軍中央艦隊の旗艦ではクァブラ軍艦隊の動きに注視するレーダー手が、敵主力艦隊の中に味方艦を表す反応がある事を不審に思いながらも提督に報告を上げた。


「現在、味方不明艦は敵主力艦隊の中央を通過中」

「敵主力艦隊の攻撃密度が15%低下しました、自軍左翼艦隊が僅かに押し返しています」


「罠か……? いや、さっきの後方への砲撃と強襲艦隊の動きを考えるなら……」


 クァブラ軍主力艦隊の攻撃に乱れが生じた為、空いた隙間を埋めるように攻撃艦を前進させてシユーハ軍の掌握する領域を少しずつ広げて行く。流れが変わりつつある戦場に反攻の機運を感じ取った兵士達の間で、ようやくその時が来たかという士気の昂揚が広まる。

 実はこの微妙な雰囲気に包まれている時が最もやっかいな時間でもあった。こういう状態から反撃の糸口を掴めず昂揚が醒めると、反動で一気に崩れる場合があるのだ。糠喜びの失望感は大きい。

 今、一斉反撃に転じるべきか、もっと慎重に戦況の流れを見定めるべきか、この劣勢の中にあって中央艦隊の提督は迷う。その時——


「不明艦が敵艦隊を突破しました! これは……遊撃艦隊第六部隊所属、護衛艦シャーヴィット号と確認!」

「シャーヴィット号……? あのメッテ家の老朽艦か」


 単艦で敵主力艦隊の中を突破して来たのかと、旗艦の艦橋に詰める乗組員は勿論、戦況モニターで戦場の様子を見守っていた全艦の将兵達から感嘆とも訝しみともつかない声がこぼれる。


「シャーヴィット号より入電! 第六部隊率いる遊撃艦隊の残存部隊は全艦の損傷が深刻につき、至急救援を要請するとの事です! あと、敵主力艦隊の旗艦に関する情報の照会を求めていますが」


「この状況で救援など出している余裕があるか、敵旗艦の情報なんぞこっちが知りたいくらいだ! それよりも今空いた穴を突け!」 


 今の騒ぎでクァブラ艦隊に出来た隙間を突いて戦艦を押し込み、反撃の足掛かりを掴もうと指示を出す提督。律儀にも提督の返答をそのまま送信する通信士。すると、シャーヴィット号からは了解したという趣の返信が届く。些細な命令の行き違い。


「えっ! し、シャーヴィット号、転進! 敵主力艦隊に再突入!」

「なんだと!」


 艦橋にざわめきが上がる。たった今単艦で敵艦隊横断という奇跡の強行突破を果たしたばかりの小型艦が、今度は無謀にも正面から敵主力艦隊に突っ込んでいったのだ。巨大な壁の如くずらりと並んだクァブラ艦隊の戦艦群から一斉に対艦レーザーが放たれた。



 欠片も残さず蒸発するのではないかと思える程の集中砲火から飛び出したシャーヴィット号は、そのままの勢いで正面のクァブラ軍戦艦に突っ込んだ。標的となった戦艦は慌てて回避しようと艦首を横に向け始めた所で、まるでぶん殴られたかのようにぐるりと船体を傾ける。


『艦首砲門付近にぶつけられた! 対艦レーザーはおしゃかだ、攻撃の続行不能につき後退の許可を申請する!』

『艦列の後ろに入り込まれたぞっ 戦闘機を出してくれ!』

『戦闘機じゃ無理だ、駆逐艦を迎撃に回せ!』

『こちら第三攻撃艦列四番艦、機関部をやられて航行不能だ、救援を請う』


 クァブラ軍は艦隊内部で暴れ回るシャーヴィット号にどう対処すれば良いのかと、被害報告やら救援要請やら問い合わせの通信で混乱状態に陥っていた。旗艦に繋がり難く"戦線を維持せよ"以外に具体的な指示も下りてこない為、近くの艦同士で通信が飛び交う。


『空母は後方の旗艦に張り付いてるらしいから、こっちにまで戦闘機は回せないとさ』

『お前の艦には艦載機があるだろうが! それを出せよ』

『さっきハッチにぶつけられて発艦不能なんだよっ』


『おい、何処の艦だっ 後ろの列から主砲ぶっ放しやがったのは!』

『バカヤロウ! 味方に当てる気か!』


 ほぼ密集状態の艦列を狙って縫う様にぶつけながら駆け抜けるシャーヴィット号に対して、シユーハ軍と正面から対峙しているクァブラ軍は迂闊に持ち場を離れる訳にも行かず、最前列の攻撃陣形を崩せないが故に好き勝手背中を突付かれている格好だ。





 クァブラ軍の陣形が僅かにだが広範囲に渡って乱された事で攻撃の精度も下がっていき、シユーハ軍に反撃のチャンスが訪れる。


「敵主力艦隊の攻撃密度、60%まで下がりました」


「提督! 今なら攻勢に出られます!」

「よ、よしっ 左翼艦隊は分隊を護衛に残して中央艦隊と連動しつつ前進! 右翼艦隊は側面より敵後方に回りこめ! 大回りで構わん」


 シャーヴィット号の単艦突撃で敵艦隊が引っ掻き回される様子を、暫し呆然とモニターに眺めていた提督は参謀の言葉で我に返ると、予め立てておいた反撃の手順に従って全艦に攻勢の指示を出した。





 重力制御が働いているにも関わらず光の粒がふわふわと漂い、宙に浮いた髪束が水中の波に揺られているかの如くゆっくりとたゆたう。既に見慣れてきた感のある"守護者ガルデ"の姿。シャーヴィット号のブリッジ中央で守護の光を放ち続けているシャーヴィット。


「シャーヴィット、君の守護はあとどのくらいまで持つんだい?」

「そうねえ、この調子ならまだ半日ちょっとは大丈夫かしら」


「そうか……あまり無理をさせてはいけないな」


 味方の艦隊が攻勢に出始めたのを確認して適当な所でクァブラ艦隊から抜け出したシャーヴィット号は、かなり離れた場所を航行中の第六部隊と合流すべく、戦闘宙域からの離脱許可を中央艦隊に求めたのだが、それは直ぐに艦隊総司令部の方から了承された。


「艦隊総司令部からの通信に艦長宛の秘匿メッセージが届いています。そちらへ回します」


 通信士から艦長席の端末に回されてきたメッセージには、『娘をよろしく頼む』というローズバッハ提督の極めてプライベートなメッセージが添えられていた。


「これは……パレスティーネの無茶が功を奏したって所かな」

「強硬派で知られるローズバッハ提督も、人の親だったという事でしょうか……あっ も、申し訳ありません、つい」


 艦長席の傍に控えているミーシア副長はフェンナード艦長があまりにも自然に端末モニターを目線で示しながら声を掛けてきたものだから、会話の流れでうっかり秘匿メッセージに目を通してしまい、感想まで述べた事を慌てて謝罪する。


「ははは、いいよ。君の意見も聞こうと思ってたし」

「い、意見も何も……」


 これは部下に意見を求める類のメッセージとは違うのでは? と戸惑うミーシアに、フェンナードは『いいからいいから』と笑って返す。

 戦いの光が明滅する戦闘宙域を離れたシャーヴィット号は、満身創痍の船体で残存部隊を先導する駆逐艦リローセに部隊復帰の通信を送ると、彼等の曳航を手伝いに全速力で進路を向けるのだった。




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