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第三話




 高速艦の足を遺憾無く使って戦闘宙域を大きく迂回し、シユーハ軍右翼艦隊後方への奇襲を成功させたクァブラの強襲艦隊を指揮する提督は、先程から艦橋の正面モニターに捉えている目標、識別ではシユーハ軍所属の護衛艦とされている艦艇に訝しむような視線を向けていた。


「ではホログラムの類ではないのだな?」

「はい、確かに初撃のミサイル攻撃でダメージを負っているのは間違いないようですので——」


 攻撃開始直後からの記録映像で確認した限り、こちら側からの攻撃で周りの艦が沈んでいく中、その艦は被弾と回避行動で姿勢を崩しながら泡のようなシールドらしき膜を展開。その後はミサイルであろうがレーザーであろうが全ての攻撃を防ぎ続けてこの宙域に留まっている。


「ふむ……新型シールドの実験艦かもしれん。拿捕しよう、突入部隊の準備を——」

「敵艦に動きあり! 我々の艦に照準レーザーが照射されています!」


「なんだと? この状況で……いや、実験艦であるなら情報の隠滅に自爆か玉砕を選ぶ、という事か?」


 態々旧式艦を使っている事からして、撃沈されても痛くない廃棄寸前の艦に新型シールドを搭載し、実戦に投入して何処まで使い物になるかという実証実験を行なっていた可能性を睨むクァブラ軍の提督。この猛攻にも耐えられる程の強力なシールド。是非とも手に入れたい。


「一応、投降を呼び掛けてみるか。その間に第一、第二部隊を後方に回り込ませて包囲だ。敵の援軍に注意しろ」







 "護衛艦シャーヴィット号"のブリッジでメインモニターを見上げる"守護者シャーヴィット"は、照準レーザーでロックされたクァブラ軍の艦隊を見据えながら必要分の魔力を練り始める。


「これでいいのかい?」

「ええ、目標がはっきりしてる方が狙い易いから。それにしても便利な技術ねぇ」


 シャーヴィットは自分の要望と提案に応えてくれたフェンナード艦長の問いに答えると、安心させるように微笑んで見せた。そんな二人のやり取りに微妙な心境で複雑な表情を向けるミーシアは、彼女がブリッジに現われてからの一連の出来事を思い起こす。





 ——取り引きしたいんだけど、ここで一番偉い人は誰? 


 シャーヴィット・ガルデと名乗る密航者は、そう言って自信に満ちた笑顔を見せた。


「ふざけるなっ 今は非常事態だ、不審者の身柄を考慮している余裕はない。大人しく営倉に戻りなさい!」


 銃を向けたまま厳しく威嚇するミーシアに対し、『ふむ……』と小首を傾げる仕草を見せたシャーヴィットは、スッと片手を前に伸ばす。思わず警戒するミーシア。高まる緊張感に成り行きを見守るフェンナード艦長や他のブリッジクルー達。

 皆が注目する中、シャーヴィットは握手を求めるような格好で差し出した手を上に向けると、くいっと中指を曲げて見せる。瞬間——


「ひっ……! きゃああああ!」


 ミーシアは彼女らしからぬ悲鳴を上げると、赤面しながら股間の辺りを抑えて座り込んだ。

 一体何事かとブリッジにいる全員の注意がそちらに向いた隙に、シャーヴィットは念動を使ってミーシアの銃を引き寄せる。自分の手から勝手に跳びだして行く銃を呆然と見つめるミーシア。銃がシャーヴィットの手に渡った事で、ブリッジクルー達は一斉に青褪めた。


「副長!」


 咄嗟に飛び出してきたフェンナードが座り込んでいるミーシアを庇うように立ちはだかった。自分が護るべき相手に護られているという構図で我に返ったミーシアが立ち上がろうとするのを抑え、フェンナードはシャーヴィットと対峙する。


「……君の目的はなんだ」

「うん。とりあえず、取り引きをしたいんだけど〜、その前に——」


 ひょいっと銃を投げて返したシャーヴィットは、クァブラ軍の艦隊が映し出されているメインモニターを見上げて言った。


「まずアレを何とかしてから、ゆっくりお話しましょ」





 そうして今、彼女の要望に応える形で敵艦隊に照準レーザーを照射し、メインモニター上に正確な距離や位置を表示させている。クァブラ艦隊からの砲撃は止んでいるが、今はまだ戦闘継続中なのだ。この状況で相手に照準を向ける事は交戦の意思を示す事にもなりうる。


「艦長……よろしいのですか? 相手は得体の知れない密航者ですよ?」

「どうだろうね。少なくとも、さっきの報告を聞いた限りでは僕たちの敵ではなさそうだ」


 先ほどの騒ぎの後、保安部や各所から上がってきた報告によれば艦内の至る所で『通り掛かった』という彼女が消火活動や救助活動に協力してくれていたらしく、どういう技術を使っているのか、人や重い資材などを浮かして移動させたり、不思議なジェル状の物体で船体の穴を塞いだりと、かなりのダメージ回復に貢献してくれたようだ。今現在この艦を護っている不思議な膜も、彼女が仕掛けたものらしい。


「小型の重力制御装置か何かでしょうか……? この艦に新型のシールドを搭載する為に密航を? もしや、軍上層の意向で極秘任務——」

「彼女が何者なのか、僕にも分からないよ。それより副長、大丈夫かい? さっきは一体何が?」


 ミーシアの言葉を遮って身体を気遣うフェンナードに、彼女はさっと顔を赤らめると何でも無いですと言って誤魔化した。


「副長?」

「も、問題ありませんから、どうか御気になさらずに」


 特に怪我をした訳でも無いので、あまり訊かないで欲しいと言外に訴える。あの時、思わず悲鳴を上げて座り込んでしまう等という失態を演じた事に恥じ入るミーシアは、メインモニターを睨みながら何やら考え込んでいる様子のシャーヴィットに恨みの籠った視線を向けた。

 ——大事な所を撫で上げられて一瞬腰が砕けた等とは口が裂けても言えない。実際に触れられた訳でも無いのに、やけに生々しい感触が残っている。色んな意味で早く下着を換えたいミーシアであった。



「えーと、こうかな?」


 呟いて手を捻る動作をするシャーヴィット。すると、メインモニターに映し出されているクァブラ艦隊のマーカーに変化が起きた。


「て、敵艦が機関を停止しました!」

「なんだって?」


 オペレーターの報告にモニターを見上げるフェンナード艦長とミーシア副長。確かに、クァブラ軍の状態を表示しているマーカーは艦艇の機関停止状態を示している。


「シャーヴィット、これは一体?」

「んー、魔法でちょいちょいっとね?」

「魔法?」


 シャーヴィットは尋問を受けている間、チャーム魅了系の魔法で少々協力的になって貰った警備兵から色々聞き出して、この世界のおおよその事を学んだという。


「この世界?」

「うん、まあ正確にはこの宙域周辺? って事になるのかしら」


 自分はこの辺りに住む人間ではないと答えるシャーヴィットに、フェンナードはシユーハやクァブラよりも離れた場所にある有人惑星の事を思い浮かべたが、あそこは年中氷に覆われた極寒の資源惑星で、入植者も地下資源の採掘に必要な少数が家族単位で入っているだけだ。

 半年に一度、高速運搬船団が定期便として行き来しているだけの辺境。シユーハ、クァブラの双方に属しない第三勢力となりうる組織が存在するとも思えない。極秘の軍事研究施設でもあるのかと考える。


「その、魔法というのは軍事機密の隠語か何かと理解していいのかい?」

「ううん、魔法は魔法よ。あなた達とは体系の違う文明から発展した技術って所かしら」


 詳しい説明はこの際省くとしたシャーヴィットは、とりあえずこの宙域から離れる事を提案する。宇宙船の何処をどうすればどうなるのかを大体把握した上で、敵艦の機関部を狙い撃ち。今は一時的に機能を麻痺させているだけなので、暫らくすると動き出す筈だという。


「よく分からないが……確かに、逃げるなら今のうちだね」


 フェンナード艦長の指示に従い、護衛艦シャーヴィット号は他の味方艦隊と合流すべくこの宙域からの離脱を始めた。







 実験艦と思しきシユーハの艦に降伏勧告を出そうとした矢先、突然全艦の機関が停止してしまったクァブラの強襲艦隊は、混乱しつつも制御装置に発生した原因不明の障害を取り除き、どうにか復旧に漕ぎ付けていた。


「目標艦、宙域から離脱して行きます」

「むう……もしや、今の障害もあの艦の仕業なのでは……?」


 この状況からの深追いは危険過ぎる。そう判断した強襲艦隊の提督は自分達も本隊に戻るべく転進の命令を下すと、ここで遭遇した『強力な新型シールドを搭載し、艦の機関に障害を及ぼす機能を備えた実験艦』のデーターも送るよう指示を出した。


「戦いは始まったばかりだ! 次の戦場に備えて皆十分に休養をとっておけ!」


 各艦から了解の返答を受け取りつつ、味方艦隊の本隊に向けて進路を取った強襲艦隊の旗艦は速やかにこの宙域から離れていった。







 壊走した支援部隊の生き残りが再集結する宙域に到着するまで半日は掛かるという事で、安定航行中のシャーヴィット号は本格的な修理を始め、艦長のフェンナードと副長のミーシアは艦長室にて密航者であったシャーヴィット・ガルデと極秘会談を行っていた。


「始めに言っておくけど、あたしはあなた達が住む惑星? シユーハとクァブラ、どちら側の人間でもないわ」

「では、やはりブラッタの住人なのか?」


「ブラッタ……ああ、氷の惑星の事ね。違うわ、もっともっと遠い所、そうね……この"光年"とかいう無茶苦茶な単位で表すなら——」


 ざっと160億光年ほど離れた場所から来た事になるのだという。ミーシアが流石に呆れてみせる。


「出所や所属を明かせないなら明かせないと言えば良いでしょう、真面目に話してください」

「いや、至極まじめなんですけど……」

「160億光年というと、確か現宇宙の端から端くらいの距離になるのかな?」

「艦長も付き合わないで下さいっ」


 ともかく正体を明かせないのは分かったので目的を言えと迫るミーシア。不本意ながら彼女の持ち込んだ謎の技術によって絶対絶命の危機を救われたのは間違いなさそうなので、取り引き内容が無茶な要求でなければ検討しても良いと告げる。


「艦長もそれで良いですね? 本当に軍の上層が関わっていないのなら、さっきの戦闘の事も含めて色々隠蔽しなければなりませんから」

「ああ、重ね重ね苦労を掛けるけど」


 労うフェンナードに、それが仕事ですからとミーシアは肩を竦めて見せる。が、本来であれば講和派のメッテ家が所有するこの艦で起きた出来事の全てを上に報告するのが彼女の仕事である。かなりの私情が入ってしまっている事は、ミーシア自身も自覚している所であった。


「まあ、その辺りの事情はよく分からないから其方そちらに任せるわ。あたしの要求は一つ、何処か静かな場所に降ろして貰う事よ」

「? それは、シユーハの何処かに潜入したいという事かい?」


「静かな場所なら何処でも構わないわ。この辺り一帯は循環する魂の流れが酷すぎて、転移陣を安定させられないのよね」

「魂? 意味がよく分からないのだが……」


 首を傾げる二人に、シャーヴィットは魔法の概念から説明しても理解できないだろうと考え、相手側の概念に添った言葉で説明する。


「ようするに、ワープみたいな移動法があるわけよ。で、あたしはそれを使って帰りたいんだけど、使える条件が限られてるの」

「ワープですって? そんな技術、確立されている筈が……!」

みたいな・・・・モノよ」

「しかし、降ろすといってもこの船は現在作戦行動中なんだ。指令部の許可無く勝手に惑星圏まで戻る事は出来ない」


 味方と逸れて単艦航行中の現在でも、シユーハ艦隊の本隊には常に位置情報が送られている。上からの指示無しであまり自由に動くことは許されない。ついでに旧式艦であるシャーヴィット号は航続距離が短く、ここからだと補給を受けなければ惑星までの燃料が持たないのだ。


「え"、この船って実はボロいの?」

「ボロいねぇ、下手すると二世代前の船だからねぇ」

「艦長」


 ジロリと睨むミーシアに苦笑を返すフェンナード。実際古い艦なのは事実なのだから仕方がない。

 あちこち痛んでいるし、どこか歪んでいるのか扉の開閉にも音が鳴るし、偶に途中で引っ掛かって止まるし、艦内照明なども現在の宇宙船では標準的に使われている発光内壁と規格が合わない為、適当に配線を繋いで無理矢理貼り付けた状態で使っている。


「な、名前が同じだけに、なんだか複雑な気分だわ……」



 航路の途中にも補給艦部隊は点々と待機しているので、正式に艦隊上層部に申請して受理されれば一旦シユーハに戻る事も可能ではあるが、今度の会戦はシユーハとクァブラの双方が全軍を上げてぶつかる総力戦とも言えるような規模の戦いだ。


「相応の理由が無ければ受け入れられないだろう」

「うーん、困ったわねぇ。これじゃ戦いが終わるまで帰れないわ」


「君のいうワープのようなモノは、地上でなければ使えないのかい?」

「基本的には何処ででも使う事は可能よ。ただ別の次元を通るから、そこの流れを乱す要素が強いと座標が定まらなかったりするの」


 戦場に限らず、沢山の人の命が失われているような場所や状況では転移の通り道に使う次元に乱れが生じ易いのだという。


「別の次元というのが、よく分からないな」

「身体から離れた人の魂が最初に通る比較的現世に近い次元で——って話しても、根本的に文化の持つ概念が違うから意味無いわね」


 とにかく、あまり人の死なない所、戦場から遠く離れた場所に連れて行って貰うか、でなければ戦闘が終わるまでお世話になりますという事らしい。


「お世話になりますって……」

「それって、つまりこの艦に居座るという意味なのでは……?」


「しょうが無いじゃない、こんな何百人単位でポコポコ人が死んでくような場所じゃあ危なくて転移陣つかえないんだもん!」


 『だから暫らく養ってねっ』と、半ばヤケクソ気味に宜しくお願いするシャーヴィット。

 いまさら乗組員の一人や二人増えた所で特に問題は無いと考えるフェンナード艦長は、寧ろ彼女の持つ謎の技術の助けがあれば、先程のような危機に陥っても生き延びられる可能性が高いと判断した。ミーシア副長も同じ考えらしく、目が合うと軽く頷きを返して応える。


「分かった。非公式になるが、君をこの艦の乗組員に加えよう。役職は……何か適当に考えよう」

「後でPSチップの入った身分証を発行しますので、常に身に付けておくようにして下さい」


「PSチップ……あー、あのなんか契約の楔みたいなヤツね。身体に入れたりしないのならいいわ。あっ それと——」


 出来れば自分の身分は警備部長より上にして欲しいと、シャーヴィットは身分証の発行に注文をつけた。

 営倉で尋問を受けていた時、警備部長を名乗る恰幅の良すぎる男が洗脳効果のある薬を自分に使おうとしたので、その時はチャーム魅了を使って躱したが、この先も何か仕掛けてくる度に魅了していたのでは相手の精神が負荷で異常をきたし兼ねないのだと。


「洗脳効果のある薬だって?」

「ちらっと鑑定したダケだったんだけど、かなり強力な薬みたいだったわよ? こーんな、白い筒に青い線が入った容器で」


「っ! それって、自白剤の事では?」

「確かに使用の許可申請は来ていたが……僕は許可を出していない」


 警備部長の素行については乗組員達の間でも悪い噂が立っていたが、まさか左遷先の艦に来てまで噂通りの狼藉をやらかすと思わなかったミーシアは眉を顰めた。


「警備部長の事については、暫らく伏せておこう」

「艦長、しかし!」


「この件を使って彼女シャーヴィットの事を口外しないよう上手く取り計らえないか?」

「……分かりました。緘口令に従わせるには、良い材料になります」


 ミーシアは一つ溜め息を吐きながらも、中々に策士な一面を見せるフェンナードを意外そうに見上げた。彼女の表情から考えを読み取ったのか、フェンナードは『僕だってやる時はやるよ?』といった雰囲気で微笑んで見せる。



「えーと、いい感じで見詰め合ってるところスミマセンが、あたしのお部屋とか用意して貰えるよね? ね?」


 流石にあの圧迫感のある狭っ苦しい営倉で寝泊りするのは勘弁願いたいと訴えるシャーヴィットに、咳払いなどしながら取り繕った艦長殿と副長殿は、すぐに余っている部屋で都合の良い場所を調べると言って机に設置されている端末を立ち上げるのだった。



 シャーヴィット号の前方には集結中の味方艦隊を表す光点が徐々に増え始め、本隊のいる後方宙域では絶えず大小の光が瞬いていた。




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