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第五話




 支援部隊の一部と合流した遊撃艦隊は突貫の加速を得る為に後方の作戦宙域まで移動すると、艦列を揃えながら徐々に速度を増して行く。このまま加速を続けて約八時間後には最大戦速を維持したままクァブラ軍主力艦隊の上方から中央部へと突入し、反対側まで一気に抜ける。


「シャーヴィット、もし敵艦と衝突した場合、君の魔法シールドは耐えられるのかい?」

「うーん、どうかしらね。一応あたしの"守護"は異空間に逸らすやり方だから、基本的に質量は無視できると思うけど」


 場合によっては衝突した敵艦がそのまま消失するという、この世界の常識で考えると傍目からは異常な光景が展開される事になるだろう。シャーヴィットの存在を隠蔽しておきたいフェンナード達にとっては、後でその辺りの説明を求められると色々困りそうだ。


「そうねー、少し弄っておくわ。ぶつかった時の衝撃が幾らか通っちゃうと思うけど、そのくらいは耐えられるでしょ?」


 シャーヴィットの守護で船体を覆って敵からの攻撃や衝突などによる直接的な被害を防ぎ、その際に発生した衝撃はシャーヴィット号が元々搭載しているシールドで防ぐ。これで周囲の目も誤魔化せるだろうとブリッジで顔を寄せ合い密談する守護者と艦長に副長。

 そこへ、通信士から遊撃艦隊の所属艦より艦長宛に通信が届いているとの報告がなされる。


「駆逐艦リローセより、艦長に繋いで欲しいとの事ですが」

「リローセ……ああ、もしかしてローズバッハ家の」


 メッテ家と領地を隣するローズバッハ家にそういう名の艦があったと、出征前に見た艦艇リストの事を思い出したフェンナードは、回線を繋ぐよう指示を出す。まもなく、メインモニターに駆逐艦リローセの艦長が映し出された。


『御機嫌ようフェンナード子爵。貴方と肩を並べて戦場を駆ける日が来ようとは、夢にも想いませんでしたわ』

「貴女でしたか、パレスティーネ様」


 気の強そうな瞳を凛と向ける軍服に身を包んだ令嬢。まだあどけなさも窺わせる歳若いパレスティーネは、フェンナードとは幼馴染的な関係でもある。フェンナードが商船運用を学んでいた頃から既に軍属として宇宙に出ていた彼女は、所謂強硬派に属する軍閥家の娘であった。


 艦長同士の、子爵と令嬢の堅めな挨拶を無難に交わし合って儀礼を繕うと、パレスティーネはさっと態度を崩して凛とした瞳を興味深々に輝かせながら訪い掛ける。


『ねえ、あなたが御爺様のふねで参戦したのって、本当に抗議の意味だったの?』

「そんな訳ないじゃないか……船を買う余裕が無かっただけだよ」

『だったら私に言えば援助してあげたのに。あなた、兵士達の間では噂になってるわよ?』

「どんな噂かは予想が付くよ」


 この作戦に組み込まれたのもきっとその辺りが関係してるのだろうと、肩を竦めて見せるフェンナードに、パレスティーネは『とばっちりを受けた他の講和派は報われないわね』などと意地悪を言う。


「もしかしてソレを言う為に態々通信して来たのかい?」

『ふふっ それもあるけど、あなたの艦は私の部隊に配属される事になったから、突入後はしっかりついて来てね』

「え? そんな通達は来てないけど」

『さっき会議で決まったばかりですもの』


 ふふふんっ と何故か胸を張ってみせるパレスティーネ。駆逐艦の一艦長が遊撃艦隊の提督会議に参加出来た事を誇っているのだが、軍の内情に疎いフェンナードがその辺りの事を察せる筈もなく、かわりにミーシアが驚いていた。


『……まあいいわ、そういう所があなたフェンナードなんですものね。ところで、何故ブリッジに軍医が? 何処か具合でも悪いの?』


 ふいに、白衣姿でブリッジの参謀席に座っている女性、シャーヴィットの存在を見つけて疑問に思ったパレスティーネが訪い掛けると、フェンナードは一瞬しまったという動揺をいだく。幼馴染なだけあってか、僅かな表情の変化に目聡く気が付くパレスティーネ。


『あらぁ、聞いてはイケナイ事だったかしらぁ?』

「いや、その……彼女はちょっと訳在りでね。極秘の任務というか怪しい者ではないんだが、ただの乗組員で軍医を任せているんだ」

「艦長……それでは意味が分かりません」


 パレスティーネの爛々らんらんとした瞳に射竦められてしどろもどろになるフェンナード艦長に、ミーシア副長は『この人やっぱり嘘の付けない人だ』と、つくずく軍人向きではない事を認識しながらフォローにはいる。

 話題にされている当の本人は『ん? あたし?』といった雰囲気で、キョトンとした表情を向けていた。





 結局、シャーヴィットの事はメンタルな方面の顧問医師だと説明する事で、初めての戦場に緊張するフェンナードの為の処置であると誤解・・させて上手く誤魔化せた。

 何だか年下の弟を見るような眼つきで母性溢れる視線を向けられてしまい、非常に遣る瀬無い想いをしたとはフェンナードの言である。



「全艦突入まで、0314、これより遊撃艦隊旗艦のコントロール下に入ります」


 全ての艦艇を同時に、効率的に運用する為の統合リンクシステムにより、遊撃艦隊の指揮下に属する艦の航行は全て旗艦によってコントロールされる。その間、各艦艇は攻撃や情報分析、ダメージの修復などに専念するのだ。


「うわー、アレに突っ込むの? あの光点一つ一つがこの船より大きいのよね?」

「敵の主力艦隊だからね。戦艦の数も多いし、クァブラの船は駆逐艦でもシユーハの巡洋艦くらいあるそうだよ」


 艦長席の隣からメインモニターに映し出されている目標艦隊の光点群を眺めては息を吐くシャーヴィット。自分の知っている戦いとはあまりにも規模や性質が違い過ぎて、今ひとつ実感が沸かないでいるのだ。

 そんな彼女の様子に、フェンナードは初めて会った時から感じていた違和感を覚えながらも、本作戦におけるこれからの行動について副長に説明を促した。頷いて今後の計画を述べるミーシア。


「突入後は各艦の所属する部隊規模での行動となり、当艦は先程の通信でお話したパレスティーネ艦長の指揮下に入ります」

「あの人もオリジナルとかクローンとかのどっちかなの?」

「どう……なんでしょう? 私にはオリジナルに感じましたが」

「多分クローンの方だと思うよ? 彼女の家はシユーハでも有数の裕福な家系だし、何より両親からも大事にされてるからね」


 こんな危険な作戦にオリジナルで参加させる筈が無いという。


『失礼ね! こんな大事な会戦にクローンなんかで参戦する訳無いでしょっ 私はオリジナルよ!』


 ——と、いきなりメインモニターが切り替わり、ついさっき母性溢れる視線を向けて行った令嬢艦長が、自尊心溢れる瞳で睨みつけながらドアップで抗議を発してきた。通信士が申し訳なさそうに艦長席を振り返って強制割り込みだと告げる。


「ティーネ、盗み聞きは感心しないな」

『あ〜ら、何の事かしら? 私の部隊に所属する艦ですもの、通信なんか繋ぎっ放しにしてるのは当然でしょ?』


 通信士が困り笑いで振り返り、"それはないない"と顔の前で手を振った。



「しかし、よくご両親が了承したね」

『お父様はクローンが出ていると思ってるわ。』


「ええ!? それは不味いんじゃないかな」

『大丈夫よ、さっきクローン兵の定期調整があったから、私のPSデーターがオリジナルになってる事も上に届いてる筈よ』


 既に作戦は引き返せない段階まで進んでいるので今更呼び戻される心配も無い等と答えるパレスティーネに、それは全く問題の解決になっていないのではないかと汗を垂らすフェンナード。


『とにかく! あなたはしっかり私の後ろについて来てくれればいいのっ もう直ぐ突入よ、覚悟を決めておく事ね』


 パレスティーネはそう言って通信を切った。メインモニターには密集する無数の光点にクァブラ軍艦艇のシルエットが浮かび上がり始めている。暫し呆気に取られていたフェンナードは、我に返ると傍らに立つ白衣の女性に振り返って訊ねた。


「シャーヴィット」

「なあに?」

「彼女の船も君の"魔法"で護る事は出来ないか?」

「むり」


 バッサリ。シャーヴィット号に乗ったまま他の船にまで守護を及ばせるには、船体を完全に密着させるくらいでなければ力が届かないとシャーヴィットは説明する。


「そうか……それは難しいな」


 作戦行動中の戦闘艦は常にシールドを展開しているので、味方の艦でもあまり船体を寄せ過ぎるとシールドの反撥で外装を破損したり、シールド自体にも出力に影響を及ぼしかねない。ましてやこれから突っ込む場所は敵主力艦隊のど真ん中なのだ。

 どうしてもパレスティーネと彼女の艦を護りたいのなら、この船を盾にするしかない。


「ふふっ そっか、こんなに姿形が違っても、基本的に"守護者ガルデ"の役割と騎士の在り方は変わらないのね」

「? どういう意味だい?」


 シャーヴィットの居た所では、守護者は契約に従って騎士や砦に守護を与え、守護を受けた騎士達は守るべき者を護る為に守護を受けた自らの身を盾に剣を振るう。首を傾げているフェンナードに、シャーヴィットはニコニコと微笑みを返すのみであった。







 上方宙域から急速接近してくる遊撃艦隊に対し、クァブラ軍の主力艦隊は左右に広がって迎撃態勢をとりつつ、遊撃艦隊の突入に連動してくるであろうシユーハ軍の動きを警戒する。


「敵艦隊の動きはどうか」

「敵右翼艦隊が敵中央艦隊よりやや距離を開きつつ前進中。左翼艦隊も同じく中央艦隊から距離を取っています」


「ふむ……」


 クァブラ軍の艦隊司令官はシユーハ軍が遊撃艦隊の突入による混乱に合わせて包囲陣を敷くと読み、その策を破るべく命令を下す。


「強襲艦隊を敵中央艦隊の後方へ飛ばせ」

「敵中央の後方ですか? 突入してくる艦隊の迎撃にではなく?」


「そっちは"切り札アレ"で迎え撃つ、射程内に入るまでは通り道を開けておけ。強襲艦隊にタイミングを合わせろ」

「なるほど、了解しました」


 足の遅いクァブラ軍の艦艇は機動力で翻弄されると背後を突かれる等して各個撃破されやすいが、腰を据えての撃ち合いや乱戦になれば、防御力の差で優位に戦えるのだ。さらに、今回の会戦にはシユーハ軍がまだ把握していないであろう切り札の存在があった。


「敵突入艦隊、戦闘宙域に侵入!」

「中央と左右の動きは?」

「動き出しました! 閣下の読み通りです」

「よし、では全艦防御陣形で迎撃しつつ反撃の指示を待て」







 双方の本隊が睨み合う形で膠着している戦闘宙域に入った遊撃艦隊は、最大戦速で完璧に足並みを揃えたままクァブラ軍主力艦隊に突入。統合リンクシステムによる旗艦のコントロールから離れた各艦は、予め決められていた部隊ごとに行動を開始した。

 その動きに合わせて、シユーハ軍の中央艦隊と左右の艦隊がクァブラ軍を包囲しに掛かる。遊撃艦隊の突入に浮き足立つクァブラ軍を、内と外からの挟撃にて一気に包囲殲滅するのが狙いだった。しかし——


「遊撃艦隊、第一、第二部隊消滅!」

「第三部隊、凡そ半数が轟沈!」 


「なんだと! そこまで火線は集中していなかった筈だ」


 シユーハ軍中央艦隊の指揮を執っていた提督は、いきなり有り得ないほど甚大な被害を被っている遊撃艦隊の戦況報告に、他の艦隊からの戦況データーも照会して確認を取るよう指示を出す。


「クァブラ軍、中央の主力艦隊が前進して来ます!」

「敵両翼の艦隊もこちらに向かって前進を始めました!」


「いかん……いかんぞっ これでは我々の方が先に包囲されてしまう」


 クァブラ軍の全軍によるシユーハ軍中央艦隊への前進は、突入して来た遊撃艦隊に背後から攻撃される危険性を全く無視した行動だが、肝心の遊撃艦隊は突入直後に受けた大打撃によって混乱しており、組織的な活動が出来ず攻撃部隊として機能していない状態にあった。


「っ! 偵察艦より入電、後方宙域に艦影多数確認! クァブラの強襲艦隊です!」

「艦隊総司令部からの連絡は?」

「通信妨害により連絡が取れません。ですが、各空母から戦闘機の発艦が確認されています」

「そうか……なんとか持ち堪えてくれれば良いが。全軍に通達! 中央艦隊は敵主力艦隊を攻撃しつつ後退、左翼艦隊は斬り込んで敵艦隊の合流を防げ! 右翼艦隊は直ちに転進、艦隊総司令部へ急行せよ!」


 作戦の裏を突かれて総司令部が危険に晒されてしまったシユーハ軍はじりじりと後退を始め、クァブラ軍は主力艦隊がシユーハの中央艦隊に攻勢を掛けて戦線を押し上げつつ、両翼艦隊の片方がその背後を固めて防御陣を敷く。

 もう片方の艦隊はその場から取って返して、後方に取り残されている遊撃艦隊の掃討に向かった。







 少し前までクァブラ軍の主力艦隊が陣取っていた宙域では、殆ど壊滅状態にまで陥っている遊撃艦隊の生き残った部隊が、他の部隊と連絡を取りつつどうにか態勢を立て直そうと試みていた。


「船の被害状況——は特に無いみたいだから後回しで、味方の状況はどうなっている」

「現在、中央艦隊はクァブラ軍主力艦隊と交戦しながら後退中! 後方で艦隊総司令部の空母群が強襲艦隊に攻撃を受けているようです」


「遊撃艦隊の各部隊は」

「突入直後の攻撃と思われる光で半数以上が脱落、第三部隊は戦闘続行不能、第四部隊は指揮艦が応答無し、健在が確認された部隊は第五、第六部隊のみです」


 シャーヴィット号の所属する第六部隊は指揮艦である駆逐艦リローセが健在で、各艦の状況を確かめるべく情報収集をしながら第五部隊に連係を打診しているようだ。この惨状を見る限り、突入作戦は完全に失敗したと言える。


 次々と入ってくる情報を処理しながら、ミーシア副長は遊撃艦隊を壊滅させた光の事を口にした。


「しかし、さっきの光は一体……クァブラ軍の新兵器か何かでしょうか?」

「かもしれないね。強襲艦隊といい、クァブラも戦い方を変えて来てるんだと思うよ」


 今までクァブラ軍の主力兵器といえば大量のミサイルが定石で、硬い装甲を持つ戦艦が防御力にモノをいわせて攻撃に耐えながら弾幕の如くばら撒くという戦術をとっていた。シユーハ軍の艦艇は機動力と着弾の早いレーザー兵器を駆使してそれらの戦術に対抗して来たのだ。

 先程の突入直後に遊撃艦隊を襲った光は、強力なレーザー兵器の類かと思われる。


『フェンナード! まだ生きてるわよね?』

「見ての通りだよ、こっちは皆無事だ」


 駆逐艦リローセから繋がれた通信により、メインモニターの端に開いたウィンドウにパレスティーナの顔が映し出された。何処かにぶつけたのか、オデコの右側辺りに応急処置用の止血シールが貼られており、若干血が滲んでいる。


『意外に落ち着いてるのね、見直したわよ? とりあえず、私達は一刻も早くこの宙域から脱出しなくてはならないわ』

「賛成だね。さっきの攻撃は気になるけど、調べてる余裕はなさそうだし」


『そうね……先頭集団にいた第三部隊の話だと、光が来る直前にレーダーが何か巨大な物体を捉えたそうよ』

「巨大な物体……密集した空母や艦群の影じゃなく?」


『多分、要塞とか巨大砲台の類じゃないかと睨んでるわ。何とか詳しい情報を持ち帰って分析と対策を——』


 その時、駆逐艦リローセの艦橋に敵の接近を告げる警報が鳴り響いた。搭載されているレーダーの索敵範囲の関係で、シャーヴィット号のブリッジにも少し遅れて敵艦接近の警告アナウンスが流れる。


 現在、遊撃艦隊は旗艦を含めた第一、第二部隊が消滅し、第三部隊は航行不能艦から乗組員を救助中。第四部隊は指揮艦が被弾して艦長が重傷を負ったらしく不在な為、第五部隊と共に第六部隊の指揮下に入っている。事実上、パレスティーナが遊撃艦隊の総指揮を担っていた。


『第四部隊は第三部隊の乗組員収容が済み次第、直ちに離脱を開始。それまで第五部隊と私達で敵を惹き付けておくわ』


 迅速に方針を固めたパレスティーナは各部隊に指示を出して戦闘準備を告げると、フェンナードにちらりと視線を向ける。


『しっかり付いて来てね』

「ああ——了解した」


 表情を引き締めたフェンナードは、頷いて答えた。




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