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彗星の魔女
ヘロー天気
異世界ファンタジー戦記
2024年08月24日
公開日
49,802文字
完結
 遥か昔か遠い未来か、とある世界のとある場所に強大な守護の力を持つ魔女がおりましたとさ――――
いつも通り寝坊したシャーヴィットは横着して転移魔法を使おうとした所で事故発生。不測の事態で飛ばされた先は、戦争の真っ直中だった。
※※ある意味『無敵』の力を持つファンタジーな世界の魔法使いが宇宙戦艦同士の戦うSFな世界の惑星間戦争に行き掛かり上、干渉してしまうお話。

第一話




 日当たりの良い窓際で揺らめく白いレース調のカーテンにされたうららかな陽射しと、心地良いそよ風にまどろむ昼下がり。

 適度に片付けられた部屋は質素な机に普通のベッド、壁際に並ぶ本棚と色々な実験器具らしき容器のひしめく作業用テーブル、そして魔法陣を描く為の開けた床部分が特徴的だ。

 ベッドの上には部屋の主である妙齢の女性が一人。乱れた寝着は寝相の悪さか、ほぼ半裸状態でベッドに寝そべり惰眠を貪っている。


 そんなノンビリとした部屋の空間に突如、無数の小さな光の粒が生まれたかと思うと、それらは集束して光の球を形作った。そこから響き渡る老人の声。


『また寝坊かシャヴィ! こりゃっ 起きんかシャヴィ! シャーヴィット・ガルデ!』

「——んんー……」


 自室で昼寝を楽しんでいた彼女は、聞き慣れた無粋なしゃがれ声に嫌々瞼を開いてベッド脇に浮かんでいる光の球を確認すると、声の発生源であるそれをべしっと叩いて壁際に追いやった。幾何学模様の蠢く光の球は尚も喚いているが、軽く無視して欠伸をしながら目を擦る。

 やがてふよふよと元の位置に戻って来た"伝球"に向かってシャーヴィットは挨拶を向けた。


「おはよう御座います、院長」

『やっと起きたか! というか、お主今ワシの"伝球"叩いたじゃろ!』


「乙女のベッドに潜り込むからですよ、あーハズカシイ」

『ナニ! おかしいな、座標を間違えた覚えはないが……それはスマンかった』


 伝球の向こうで頭を掻き掻き自慢の顎髭を弄っているであろう院長にしれっと返した彼女"シャーヴィット・ガルデ"は、この国の護りを担う"守護者ガルデ"と呼ばれる魔法使い達の中でも、とりわけ強い魔力を持つ守護者の一人であった。


『ああーそんな事よりシャヴィ、早く守護院に出てこんか! 講義はとっくに始まっておるぞ』

「まだ着替えも済んでないですしー、講堂まで転移使ってもいいですか?」

『まったく横着者が……講堂の前までなら許可する、早くせいよ』

「はーい」


 院長の伝球が消えると、シャーヴィットは億劫そうにベッドから降りて寝着を脱ぎ捨て、"守護者ガルデ"の院服に着替え始めた。





「さてと、着替え終了。退屈な講義でも拝聴に行きますか」


 部屋の開けた床部分に立ち、転移陣を起動させる。自身の立ち位置を中心に浮かび上がる転移陣の輪に魔力を繋ぐと、物体"自分自身シャーヴィット"を目標"守護院の講堂周辺"へと転移先を指定、座標の微調整に"講堂正面玄関"をイメージして最終的な転移位置を設定した。


 転移陣が明滅を始め、シャーヴィットの魔力を燃料に空間を繋ぎ始める。と、そこへ——ヒラヒラと舞う一匹の蝶々が、彼女の強い魔力に惹かれて部屋の窓から迷い込んできた。紫色の羽から仄かに光る魔力の鱗粉りんぷんを撒き散らしながら、転移陣の中へと潜り込む。


「え……ちょっとっ なんでこんな上の階まで魔喰蝶が!」


 通常、座標を間違えると大変な事故にもつながり易い転移陣の使用には転移先や転移させる物体を適当な紙などに書き起こし、一字一句間違えないよう慎重に読み上げて転移先の設定を行なう方法が使われる。その際、周囲の安全にも注意を払わなければならない。

 発動中の転移陣に使用者以外の魔力が混じるなどの干渉が起きると、座標や指定物の設定に混乱を生じさせる場合があるのだ。


 シャーヴィットの部屋に迷い込んできた"魔喰蝶"とはその名の通り魔力を吸収して己が生命力とする魔法生物で、特に害のない生物なのだが、転移陣のような大量の魔力を必要としつつ魔力の乱れに滅法弱い繊細な魔法にはとても危険な害虫と化す。


「わーーっ 中止中止! 転移中止! とまってーー!」


 慌てて転移陣を停止させようと魔力の供給を遮断したシャーヴィットだったが、彼女の大き過ぎる魔力がアダとなった。

 転移陣の使用に際しては本来、一般的な魔法使いならば例え守護者クラスの者であっても、起動から発動、転移までには魔力の充填にたっぷり一分近くは掛かってしまう。

 しかし、シャーヴィットは魔力特待生ともいうべき魔力の持ち主で、魔法の使い方や成績が他の守護者達を下回る実力しかなくとも、その魔力の大きさ故に効率を度外視した魔力運用、要するに力押しでどうにかしてしまえる程の異常魔力を宿している。


「あああ駄目っ とまらな————」


 大騒ぎしながら咄嗟に魔法障壁を纏うシャーヴィット。部屋中に溢れる膨大な魔力の余韻を残し、座標の狂った転移陣は何処かの地へと彼女の身体を転移させた。


 ——静けさを取り戻した部屋の中では、おなか一杯になった魔喰蝶が満足そうにヒラヒラと舞っていた。







 広大な暗闇の中に浮かぶ沢山の光点。恒星の光を浴びて輝く星々と多くの命を飲み込んだ爆発の光が交じり合う二つの惑星の国境宙域。劣悪な環境ながら豊富な資源を誇る惑星クァブラと、豊かな水源に多様な生物が生息する惑星シユーハとの間で続いている星間戦争。

 互いの惑星に兵を送り込んでは侵略したりされたりを続けて凡そ百二十年。技術の発展と共に戦いの様相も変化していき、今や戦いの舞台は宇宙空間での艦隊戦を行なう所にまで至っていた。


「旗艦より入電、間もなく戦闘宙域に突入、貴艦は右翼艦隊後方の遊撃艦隊支援に回れとの通達です」


 通信士からの報告を受け、艦長席に座るフェンナード子爵は頷いてメインモニターに視線をやると、味方艦隊の空母群を左上方向に見ながら右翼艦隊後方に集結中の遊撃艦隊へ合流する進路を指示した。

 今回の戦いはシユーハ軍、クァブラ軍ともに主力艦隊を含む四個艦隊以上が投入されており、双方合わせて8000隻近い艦艇が集結する数年ぶりの大艦隊戦となる。総兵動員数約73万人という大会戦だ。


「緊張しますか?」

「それなりにね」


 まだ歳若い艦長を気遣うように声を掛ける副長に、艦長席のフェンナード・メッテはメインモニターを睨んだまま呟いて答えた。

 シユーハの一地方領主であるメッテ家は代々クァブラとの惑星間貿易で財を成した交易商で、当時のシユーハ中央政府から資源確保に大きな貢献を果たしたと称えられて爵位を賜わった由緒ある家柄だが、その後のクァブラとの紛争では常に講和を訴え続けて反戦派に籍を置き、現在の中央政府とは対立気味な関係にあった。

 対クァブラ強硬派が中央政府の重鎮を占めている為か講和派は発言力も低く、一部からは非国民扱いも受ける弱い立場にある。


 この艦に配属されている副長ミーシア・エルレは、経験の浅い艦長を補佐するという名目でシユーハ中央政府から正式に派遣された正規軍士官であるが、実質、講和派であるメッテ家の行動を監視する目的で送り込まれた目付け役であった。


「とにかく、味方の後ろに隠れて生き残る事だけを考えていれば大丈夫ですよ」

「……それはまた、なんとも情け無い助言だと言いたい所だけど——」


 ——せいぜい味方の邪魔をしないよう、大人しく後方をうろついている方が無難だろうねと、フェンナードは自嘲気味に笑って見せた。


 宇宙船技術の進歩と共に惑星間戦争の在り方も変わり、現在では如何に相手の制宙権を奪取できるかが戦いの勝敗を握る鍵となっている。

 シユーハ中央政府は今回の大規模戦を今後のシユーハの発展と戦争の行く末を定める重要な会戦と位置づけており、各自治区の領主達に参戦の要請を打診しながら"遂にクァブラとの雌雄を決する時が来た"と大々的に宣伝しては国中に志願兵員を募っていた。


 国民の大勢がこの会戦を支持しており、参戦要請に応じない者は事実上の反逆者と見做される世論が形成されていく中、講和派の中心となっていた伯爵家が参戦の意思を表明した事で、その派閥に属するメッテ家も他の傘下の者達と同じく参戦を余儀なくされた。


 しかし、長いあいだ戦場からも遠ざかっていたメッテ家は領地の発展に腐心する一方で、自前の戦力を備える事には関心を払わずいた為、手持ちの宇宙船といえば交易用の輸送船ばかり。それも完全非武装の資源運搬船なのでとても戦闘に参加できる代物ではない。

 所有している船の中で唯一の戦闘艦は、フェンナードの祖父が戦争初期の頃に乗艦していた護衛艦一隻のみ。


 新しく艦艇ふねを購入しようにも戦争の長期化で資源が厳しい問題もあり、建造費用も高騰している今の軍艦は中古の補給艦でもメッテ家の財力では手が出せない。結局、メッテ家は今や旧式となったこの護衛艦一隻で今回の大規模戦に参加する事となった。


 老いた父に代わって爵位を継ぎ、現メッテ家当主となったフェンナード子爵は、祖父より受け継いだ旧式護衛艦"シャーヴィット号"で戦場に赴いたのである。



 シユーハ軍の左翼艦隊がクァブラ軍艦隊の右翼側面へと移動を始め、互いに照準を向け合った両軍艦隊の間にそろそろ対艦レーザーの帯が敷かれようかという所まで距離が近付いた頃、シユーハ軍右翼艦隊後方へ移動中だったシャーヴィット号の内部に異常が発生した。


『緊急事態・緊急事態——ブリッジに侵入者反応・PSパーソナル・シグナル確認できず・密航者と識別・保安部隊は直ちに出動してください』


 艦内スピーカーより響く保安システムからの合成音声に、緊張の色を浮かべる乗組員たち。戦闘が始まってもどうせやる事は無しと、サロンでだらだら過ごしていた保安部の警備兵達は慌てて銃を手に取ると、肩紐を引っ掛けながらブリッジへと急行する。


「密航者っつってたけど、ブリッジにどうやって入ったんだ」

「さあな、ぼろっちい船だから、どっかセキュリティーに穴でもあったんじゃないか?」


 そんな緊張感に欠ける会話を交わしながら通路を駆け抜ける警備兵たち。やがてブリッジに到着した彼等が見たモノは——



「だーーかーーらーー、ちょっと干渉されて転移に失敗しちゃったんだってばっ 不可抗力よ不可抗力!」

「とにかく、艦長の上から降りろ!」


 艦長席でなぜか目を回しているフェンナード子爵と、その膝の上でジタバタしながら訳の分からない事を喚く見慣れない服装の女。その彼女に銃を突きつけながら引き摺り降ろそうと格闘している副長の姿だった。



「なんだ、ありゃ?」

「さぁ……」




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