要塞砲を警戒してクァブラ圏内の宙域まで侵攻出来ないシユーハ軍に対し、クァブラ軍もシャーヴィット号の突撃を警戒して要塞砲の防衛に戦力を割くと、消極的な防御態勢を取り続けた為に両軍は膠着状態に陥った。
その間、両陣営の政府上層は会戦で得た敵勢力の情報を分析して話し合い、協議した結果、講和派の意見が通って停戦に繋がった。
シユーハはクァブラの戦術向上にみる艦艇の性能アップや艦隊運用の進化に加え、要塞砲の存在など、今後豊富な資源と物量を活かした戦略を展開して来るであろう事に危機感を覚え、強硬派も態度を軟化させたのだ。
クァブラはクァブラで、たった一隻の実験艦に今までの常識ごと戦況を引っくり返されたとして、今後あのような高性能シールドを搭載した艦が出てくる可能性に危機感を覚えた上層部が、講和を急ぐ声に同調した。
科学力や技術面でシユーハに大きく立ち遅れているクァブラは、表面的にだけでも友好と交流を深めながらもっと技術を吸収し、力を付けた方が良いという政治判断に後押しされた格好である。
斯くして、シユーハとクァブラの国境宙域で行なわれた大会戦は、当初劣勢だったシユーハ軍が最初の位置まで戦線を押し返した所で十日ほど両軍の睨み合いが続いた後、シユーハ政府とクァブラ政府の間に停戦協定が結ばれて終結した。結果はほぼ痛み分けであった。
本隊を離れて一足先に惑星シユーハへ降下するフェンナード達。シユーハの強硬派が態度を軟化させた裏にはもう一つの理由として、シャーヴィット号の存在がある。レーザーもミサイルも通さず、体当たりのダメージさえ抑えてしまう謎の新型シールドを搭載した旧式艦。
——シユーハ圏内の宙域近くで第六部隊と合流したフェンナード達は、とりあえずパレスティーネ艦長に説明を求められた事でどう言い繕おうかとシャーヴィットも交えながら相談し合った結果、事情を話した上で口裏あわせに協力して貰おうという方針で纏まった。
「"
「まあ、僕も全てを理解できてる訳じゃないんだけどね。ただ信じてみたのさ」
駆逐艦リローセから一人でシャーヴィット号に乗り込んで来たパレスティーネは、なんとも不思議な光景の広がるブリッジの中心で身体から光を溢れさせている何処か遠い宇宙の彼方より現われたらしい来訪者を見つめる。
「分かったわ、貴方がそう言うなら、私も彼女を信じましょう」
「ありがとうパレスティーネ、助かるよ」
「礼を言うのはこちらの方だわ、貴方達がああしてくれなかったら、私達は今頃宇宙の塵だったもの」
シャーヴィットの守護については敵の通信を傍受した際に捉えた"新型シールドの実験艦"という設定をそのまま使って誤魔化す事にした。
メッテ家がシャーヴィット号を手放さなかったのは、単に祖父が乗艦していた縁の深い艦だからというダケでなく、フェンナードの祖父は画期的な宇宙船用シールドの開発研究を秘密裏に行なっており、シャーヴィット号にはその試作型が積まれていたのだ。
今回の会戦にこの一隻で参加したのは、祖父の開発した試作シールドの実証実験も兼ねていた。と、適当なシナリオをでっちあげる。
「問題は、その試作シールドがどうやって消失したのかという工作よね、あと乗組員の口も塞がなきゃならないわ」
「その辺りは副長が上手く考えてくれたよ」
何となく危険な響きを感じさせるパレスティーナの言葉に、ブリッジクルー達が少しビクビクしているのを苦笑しながら、フェンナードはミーシアに『試作シールドは如何にして消失したか』について語ってもらう。
その内容とは——先のシャーヴィット号の活躍は、新型シールド発生装置が敵の攻撃によって一部損傷し、暴走を起こした事から始まる。
異常出力によるシールドの暴走であらゆる攻撃に対処出来る効果を実証できたが、エネルギー切れでシールドの暴走が治まった時には発生装置の中が完全に焼き付いており、秘密裏に研究されていたせいか設計図などの詳しい資料が全く残されておらず、修復や再現は不可能。
更に、乗組員の一部には幻覚を見たり異常行動を取る者が出るなど、人の精神に深刻な影響を及ぼす事が分かった為、この強力なシールドは装置ごと処理された——という話で通す。
「シールド発生装置が暴走して壊れたという部分はちょっと強引だけど理解できるわ。けど、乗組員の精神に害を及ぼすというのは?」
「実は、この艦に左遷されてきた警備部長に少々問題がね……」
幸い、とは言い難い事だが、例の警備部長が懲りもせずシャーヴィットやミーシアにまでちょっかいを出そうとして"
其れというのも、許可無く自白剤を使おうとした事に目を瞑る代わりに
密航者の存在を隠蔽する事と、間違いなく暴行目的と捉えられるであろう越権行為を働いた事とでは、密航者の存在に口を噤んで暴行未遂の事を黙っていて貰った方が得になる。
だが、シャーヴィットという絶対の守護をもたらせる存在の秘密を上層部に届け出れば、密航者に対する暴行未遂を暴露されても帳消しに出来る程の重要な情報として扱われる筈だ。
警備部長側にとって黙っていた方が利益になるという前提が崩れ、逆に黙っていて欲しければシャーヴィットを自分の自由にさせろ等という要求を突き付けて来た。
『その女が艦を護るのに忙しいというなら、副長でもかまわんぞ? ふひひ……』
そう言って下卑た視線をミーシアに向けた警備部長は、ブリッジの中央からホワホワホワっと飛んできた
シャーヴィット曰く、ちょっと記憶を飛ばして素直になって貰うだけのつもりだったのが、魔法に耐性の無い世界の人間であった事が災いしたらしく、ほぼ"精神破壊"並の効果を与えてしまったのだそうだ。
「……中々怖ろしい力なのね」
「まあ、彼の状態を例にして試作シールドには色々問題があった事にしようかと」
後はブリッジクルー達に"光の粒が舞う光景"などの幻覚を見たという証言をして貰う。船体の亀裂を塞いでいる謎の物体はメッテ家が契約している宇宙船ドックにシャーヴィット号を預けてからドックの整備員が来る前に取り払い、シャーヴィットの居た痕跡を全て消し去る。
地上に下りてメッテ家の領地に着けば、シャーヴィットとはそこでお別れとなる予定であった。
そんなわけで、シャーヴィット号に搭載されていた新型シールドは量産するどころか、構造もよく分からず再現する目処すら立たない事を示された強硬派は、今後に向けて研究開発を進める為にも時間と資源が必要だと判断し、クァブラとの講和に反対しなかった。
一刻も早く会戦で見たような性能を誇る新型シールドを完成させて配備したい強硬派としては、シャーヴィット号を接収して隅々まで詳しく調べたい所だったが、今回の戦いでメッテ家の活躍が無ければ危なかった事は全軍の将兵達が知るところである。
敗戦の危機を救ってくれた救国の英雄に、ただ一隻しか所有していない艦を寄越せというような要求は流石に憚られる状況だ。また、娘と軍を助けてくれたフェンナードに思うところを持った某軍閥さんの思惑も絡み、メッテ家はそっとして置かれる事になっていた。
宇宙船ドックから地上へと向かうメッテ家の専用シャトルの中で、シャーヴィットは経験した事のない高度から眺める地表の景観に感嘆の声を上げていた。
「凄い……星の世界だと実感できなかったけど、世界ってこんな風に出来てるのね……」
豊かな水源が広がる水の惑星シユーハ。綿を千切って振り撒いたような雲の隙間から見え隠れする緩やかに円を描いた地平線。地上は余すところなく建造物がひしめき合い、蜘蛛の巣のように張り巡らされたラインの上を幾つもの光の粒が走っている。
「魔法で空は飛べないのかい?」
「飛べるけど、こんな高い所は無理ね。あたしの住んでた所も、雲の上まで昇ればこんな光景が見られるのかしら……」
成層圏から眺める地上は美しい。初めて見る景色を子供のように喜ぶシャーヴィットの姿に、ブリッジで見せた守護の奇跡を起こす神秘的な女性の姿が重ならず、フェンナードはあまりのギャップに笑ってしまった。
やがてメッテ家の領地に入ったシャトルは、フェンナードが住む屋敷の庭園に設けられているシャトル発着所に着陸した。
「立派なお屋敷ね」
「ありがとう。部屋を用意させるから、今日はゆっくり泊まって行って欲しい。直ぐに食事も準備させよう」
「ううん、折角だけど早く戻らなきゃいけないから、ここで失礼するわ」
「そうかい? まあ、無理に引き止める訳にはいかないけど……」
フェンナードは少し残念そうにしながらも、必要なモノがあれば協力すると申し出てくれた。彼にとってシャーヴィットは色々な意味での恩人である。彼女の要望に応えた身柄の保護とシユーハへの上陸など、彼女の守護がもたらした益に比べればまるで釣り合わない。
是非とも何か恩返しをしたいと訴えるフェンナードに、シャーヴィットはふむと考える。この世界の文化や技術は実に興味深い。
「それじゃあ、時々遊びに来てもいい?」
「勿論、歓迎するよ」
良く手入れされている庭園の一角。芝生の上をさくさくと歩き回り、転移陣を使うのに適した『空間の安定している場所』を探すシャーヴィット。その間、フェンナードは出迎えに現われた使用人達を下がらせ、屋敷の傍から彼女の様子を眺めている。
そうして丁度良い場所を見つけたシャーヴィットは、徐に手を翳して地面に転移陣を焼き付けると、魔力を流し込んで起動させた。
「っ! シャーヴィット」
シャーヴィットを中心に浮かび上がる幾重もの光の輪。その光景に、フェンナードは思わず声を上げる。彼女をシャーヴィット号に運んで来た"転移陣"がどういうモノであるかは事前に聞いていたが、実際にその魔法を目の当たりにすると不安や驚きを隠せない。
「じゃあ、またね? フェンナード」
アッサリとした別れの挨拶を残し、光に包まれたシャーヴィットはこの惑星上から消えた。あまりにもアッサリし過ぎて、フェンナードは暫らくその場から動くことが出来なかった。庭園に残された転移陣の痕跡からは、仄かな光が立ち昇っては消えていく。
「言葉もないとはこの事だな……」
ぽりぽりと頬を掻いたフェンナードは、転移陣跡の立ち昇る光を眺めながらぽつりと呟いた。
「フェンナード様ー? ローズバッハ家のパレスティーネ様から通信が届いておりますが」
「ああ、直ぐ行くよ」
使用人から連絡を受け、フェンナードはようやく屋敷へと足を向けるのだった。
遥か遠い見知らぬ惑星から守護院寮の自室に帰還を果たしたシャーヴィットは、薄暗い部屋を見渡してほっと一息。少々人の入った形跡が残っているが、荷物もそのままにされているので守護者の除名はされていないようだ。
「とりあえず、院長に事情を説明しに行かなきゃね」
何時もは転移陣で広い守護院内を移動していたシャーヴィットだったが、流石に今は横着しようとは思わない。歩いて部屋を出たシャーヴィットは十数日ぶりに帰って来た寮の廊下に軽い足音を響かせながら、ノンビリと院長室へ向かった。
突然十日以上も行方不明になった事で色々と問題になっていたシャーヴィットは、転移陣の事故で偶然到着した遥か遠い世界の異文明について、そこで見たモノや経験した事を語り、守護院の術者達のみならず上層の指導者達からも大いに関心を持たれた。
しかし、転移陣を使ってその惑星に転移するには膨大な魔力が必要であり、普通の術者では観察しに行く事が出来ない。よって、今後シャーヴィットには異文明の技術研究をする為に交流役として、定期的にその惑星を訪れる任務が課せられる事になった。
「そんな訳で、これからもちょくちょく遊びに来る事になったけど、よろしくね?」
「ははは……歓迎するよ、守護者シャーヴィット」
おわり。