人生史上最高に勇気を振り絞った告白をした後、俺たちは港町を散歩し、灯璃のおばあちゃんちへ戻った。
戻るや否や、美代姉ちゃんはすぐさま俺と灯璃の関係が進展したことを察したのか、ニヤニヤする。
『ようやくかぁ』とか、『今さら感強いなぁ』とか、とにかく色々とバカにされるかと思ったけど、そんなことはない。
姉ちゃんは小悪魔っぽい笑みを浮かべつつ、俺たち二人のことを抱き締めてくれた。
「よく頑張ったね」と言って。
不意を突かれた俺は、不覚にも泣きそうになってしまった。
まさかそんなことを温かい言葉を掛けてもらえるとは思ってもなかったし、何より今までの紆余曲折がようやく報われた気持ちでいっぱいになったから。
恥ずかしい話ではある。
美代姉ちゃんに抱き締められながら、涙をこぼさないのに必死だった。
カッコよく決めるなら、クールに「ふっ。やめてくれよ姉ちゃん。恥ずかしいだろ。姉ちゃんのおかげでもあるよ」なんて言うもんだが、そんな余裕はまるで無かったんだ。
色々と察して欲しい。
その後は美代姉ちゃんが「お祝いだー!」なんて言うので、三人ですき焼きを作って食べた。
昔の思い出話だったり、美代姉ちゃん自身の恋愛経験談だったりで大いに盛り上がり、夜通し話したい気分でがあったものの、明日は学校で、バスも便が残り一本しかないという状況。
俺と灯璃は、そこで帰ることになり、お開きになった。
酒を飲み、酔いながらもバス停まで送ると言い張る美代姉ちゃん。
大丈夫かと心配するも、「気にするな」の一点張りだったため、仕方なく俺たちは三人でバス停まで向かった。
「いやー、しかしほんっとに良かったねぇ~! お姉ちゃんは安心安心一安心ですよぉ~!」
「姉ちゃん、声でかいって。もう夜だし、近所迷惑になるから……」
「なーるかーい! こんなド田舎でぇ! あぁぁぁ! アタシもアパート戻ったらぜ~ったいカレピッピ見つけよ~! 二人が羨ましいよぉぉ~!」
「大学生って出会い多いらしいし、いけるよ。美代お姉ちゃんなら大丈夫だと思う。綺麗だし」
「くぁぁ~! 嬉しいこと言ってくれるねぇ、灯璃ちゃぁぁん! でも、でもだよ? 一つ間違いがあるの」
「へ?」
酔った勢いで灯璃の肩に手を回しながら言う美代姉ちゃん。
ほんとに帰り大丈夫なのかこの人……?
「大学ってね~、出会いは多いんだろうけど、なっかなか待っててもチャンスが訪れないんだぁ~。サークルも入らずにただ授業受けてるだけじゃ、も~~~男っ気なし! 灰色のキャンパスライフになっちゃうのぉ~!」
「え。そうなのか? てっきり合コンとか頻繁に行われてるもんかと思ってた」
「んなわけあるか~い! ああいうのは、常日頃から友人関係をマメに構築してるリア充の上澄みだけで行われてるもんなの~! アタシみたいな非リアは誘われもしないし、そもそも誘ってくれる友達もいないんだよ~!」
「え、えぇ……」
そうなのか……って思うけど、まあ実際現実はそんなもんなんだろうな。
高校の段階でもクラスのリア充男たちは女子グループとも頻繁に遊びに出かけたりしてるし、俺からすれば『なんでそんなことできるの?』ってくらい男女で仲がいい。大学もアレの延長なんだろう。かなりハードルが高いもんだ。
「だからね~、お姉ちゃん可愛いかもだけど、恋愛とは無縁な大学生活送ってま~す! うぇぇぇん! 助けてよぉ、成哉くぅぅぅん!」
「ぐっ……! 酒クセぇ……! だ、大丈夫だって! 美代姉ちゃんならいつかカッコいい彼氏できるから!」
「言い方が投げやりじゃぁぁぁん! ほんとは全然そんなこと思ってないんでしょ~!? 思ってないんでしょ~~~!?」
酒臭いうえにめちゃくちゃ面倒くさかった。
ぐでーっと俺の肩にもたれかかり、泣き始める。
ダメだこの人、早くなんとかしないと。
「っていうかバス停着いたし、そろそろ……あ! ば、バスも来たし! 姉ちゃん本当に大丈夫なのか!? 家、一人で帰れんの!?」
「だいじょぶ、だいじょぶ~。家までの道くらい目つぶってても歩けま~す」
「それだと溝にハマっちゃうんじゃ……」
「そ、そうだよ! 灯璃の言う通りだ! もう何だったら一緒にバス乗って俺たちどっちかの家に泊まるとかした方がいいんじゃ――」
「そんなことはしませぇ~ん。お姉ちゃんにもそのくらいの空気は酔ってても読めます! 二人は今からバスの中で二人きりの時間を過ごしてください!」
「二人きりって……」
言いながら、ピシッと敬礼する美代姉ちゃん。
心配ではあったものの、ヘラヘラしてたさっきまでの表情を一変させ、真面目な顔になった。
「ってね。まあ、最後くらいアタシにもカッコつけさせて? 二人がくっついてくれて、実のところすっごく嬉しかったから」
「美代姉ちゃん……」
「ね。ほら、バスも来たし、アタシは大丈夫だから。気を付けて帰るんだぞ、少年少女」
美代姉ちゃんの言葉通り、眩しいライトを点灯させたバスがちょうどすぐ傍のバス停で停車した。
俺たちはこれに乗らないといけない。
「……なら、その言葉信じるぞ? 気を付けてな?」
「あっはは。りょーかいっ。成哉くん、アタシの心配もいいけど、灯璃ちゃんのことも色々頼むよ? 君を惚れさせるのに、薬使っちゃうような子なんだから」
「っ!?」
言われてドキッとしたのか、体をビクつかせる灯璃。
俺は苦笑しながら返した。
「わかってる。その辺りは大丈夫だ」
「ふふふっ。じゃね。よい夜を」
「そっちもな」
手を振って、俺たちはバスに乗った。
美代姉ちゃんは、最後の最後までこっちに向かって手を振り続けるのだった。
●〇●〇●〇●〇●〇●〇●
「――にしても、なりくん。なりくんは……私がその……ほ、惚れ薬盛ってたこと……知ってたんだね……」
「恥ずかしい? 知られてたって事実に今気付いて」
「……っ。は、恥ずかしいに決まってるじゃん! もうっ!」
「はははっ。悪い悪い」
バスに揺られながら、ポカポカ叩いてくる灯璃の攻撃を防ぎつつ俺は笑った。
「中津川先輩が関与してるのも知ってる。あの人、中学の時からそういうの作るの好きだったからな」
「っ~……! け、結構知ってるじゃん……!」
「まあ、灯璃が薬の袋落とすんだもんな。そりゃ知ることにもなるよ」
「わ、私のドジが原因だったってこと……?」
「そういうこと。まあ、そういうとこもまた可愛いポイントなんだけど」
「うぅぅ……」
悔しそうにしながらも、頬を朱に染める灯璃。
俺はそれを見て、微笑ましさを感じてた。俺の彼女、可愛い! と。
「でもさ、なんというか、こんなこと言うのも恥ずかしいんだけど、それくらい俺のこと想ってくれてたんだなって今はわかるから。すごく嬉しい」
「……そ、そう……だよ? 好きだったのは……ほんとだもん……」
「うん。薬とか使うのは褒められたもんじゃないけどさ、俺が言いたいのは、そうまでしてこんな俺を想ってくれて……その、ありがとうって話」
「……っ。ど、どう……いたしまして」
「俺、冴えないし、灯璃の気持ちに気付くのもこんなに遅かったのにな……。こんなんじゃ、愛想尽かされるのも時間の問題だったと思う。我ながら」
「そ、それだけは無いよ。それだけは……ほんとに無い」
「…………そう?」
「うんっ。だって、ずっとずっと……む、昔から好きだったんだもん。お、幼馴染だし……私……なりくん以外の男の子とか……興味ないし……」
「……っ! そ、そか……!」
一気に顔が熱くなっていくのを感じた。
爆発しそうなくらい嬉しい。ついニヤけてしまう。ヤバい。
「だ、だから……冴えなくても……気持ちに気付くのが遅くても……私は……どんななりくんも好き……。これが……ほんとの気持ち」
「……う……うん……」
「そ、それに、私も色々ドジで至らないところ多いから、お、お互い様だよっ。似た者同士なの」
「な、なるほどなるほど……!」
って、ここ納得してもよかったのか? 暗に灯璃のことディスってない? 大丈夫?
「そ、そうなの……。ね……? だから、なりくん一人で自分のこと……責めたりしないで? 一緒だから。私と」
「わ……わかった……」
「ずっと、ずっと一緒……」
言って、俺の肩にもたれかかってくる灯璃。
そうだ。ずっと一緒だった。
俺と灯璃はずっと一緒で、どこか似たところがあるって感じてたんだ。
だからこそ、俺も彼女のことが好きで、一度疎遠になってもその縁を切ろうとはしなかった。
依存しすぎるのも良くない。
だけど、確かに一つ言えることはある。
俺は……灯璃とこれからも一緒に居たい。
ただ、それだけだった。
●〇●〇●〇●〇●〇●〇●
「ではでは~、二人とも、笑って笑って~? はい、チーズ!」
目をくらます小さな光が、母さんの構えてるカメラから放たれた。
桜の花が舞い散る予感を感じさせる春。
俺と灯璃は、高校の卒業式を迎えていた。
「ヒトミちゃん。次は私。私、写真撮っていいかしら!?」
「ええ、どうぞどうぞユミちゃん! 二人の大事な一枚、バッチリ撮っちゃってぇ!」
俺の母さんと灯璃の母さんが、わちゃわちゃ楽しそうにしながら、並ぶ俺と灯璃の写真を撮っている。
かれこれこうやって二人横に並んでポーズをとるのも五分くらい経ってる気がした。
他の生徒も多くて写真撮ったりしたいだろうに、迷惑になってるんじゃなかろうか。
そう考えると、浮かぶ苦笑いも徐々に頬が引きつってくる。
隣にいる灯璃も同じことを考えてるのか、そんな風な顔をしてた。
「お、お母さんたち……すっごく張り切ってるね……」
「だ、だな……。まあ、卒業式だからなんだろうけど……」
ひそひそ、顔はカメラの方に向けつつ会話する。
すぐ奥では、友人の雄太がニヤニヤしながら他の連中とこっちを見てる。
く、くそ、あいつら。見せもんじゃないってのに……。
「はいはーい! じゃあ、ここでの撮影はおしまーい! 次はあっちで撮りましょー!」
「そうね、ユミちゃん! 私はあそこなんかいいと思うんだけどー!」
「きゃー! 確かにいいわね、あそこにしましょ! あそこに!」
「「……(汗)」」
なんなんだ、この人たち……。
げんなりしながらマザーズを見てると、傍らから俺の肩に手を置いてくる人がいた。
「……父さん……」
俺の父さんと、灯璃の父さんだ。呆れつつも、軽く笑みを浮かべてる。
「許してやってくれ。たぶん、嬉しいんだよ二人とも」
「あ、あぁ……。見てればまあわかりますけどね……」
「お前たち二人が卒業したのもそうだけど、仲良くしてるってのがまたな。本当におめでとう、二人とも」
灯璃の父さんに言われ、照れくさい気持ちになった。
ありがとうございます、と言うしかない。灯璃もそうだった。恥ずかしそうにしてる。
「次、こういう機会があるとすれば、結婚式になるかな?」
「え!? け、結婚式!?」
何言ってんだ、オヤジ!?
「ああ。そうなるかもしれないですね(笑) でも、大丈夫だ。おじさん、成哉ならいつでも歓迎だから」
灯璃の父さんまで……。
「も、もう、お父さんったら……」
呆れる灯璃をよそに、灯璃パパはそのまま俺に顔を近付け、こそっと耳打ちしてくれ出した。
「ああ言いながら、うちの娘もその気満々みたいでな。受験勉強中、ノートの切れ端に『なりくんと結婚したい』とか書いてたの見たんだ」
「き、聞こえてるんだけど!? な、何言ってるの!?」
「そういうわけだからな。ほんとにいつでもいいぞ。いつでもうちの娘、もらってやってくれ」
「おおおお父さぁぁぁぁぁんのバカぁぁぁぁぁ!」
もう、俺は顔を抑えるしかなかった。
恥ずかしさと嬉しさと、それから何か。
俺のオヤジは高らかに「はははっ」と笑うばかりだったが、何笑ってるんだよ、ツッコみたいくらいだった。
これからも、俺の人生は傍に灯璃が居てくれるんだろう。
恥ずかしそうにする彼女を横で見つめながら、そう一人で笑うのだった。