「着いたね、海。昔と全然変わってない」
「……だな。小さい時のままだ」
落とした帽子を拾い上げ、俺たちは昔と何も変わっていない砂浜と海を目にする。
人は誰もおらず、ただ、波の音だけがここのすべてで、時折水平線の向こう側で船が行き来してるのがわかる。
そのままだった。
小さい時遊んでた、そのまま。
「ねぇ、成哉?」
「ん。何だ?」
隣に立ってた灯璃が、少しいたずらっぽく笑いながら話しかけてきた。
「なんかさ、いざこうして来てみたら、何していいのかわかんなくならない?」
「懐かしすぎてってか?」
「うん。懐かしすぎてー、もあるけど、昔ここに来たらまず何してたっけ? って思い出すところから始まってる、私。そっちは?」
「え。俺?」
「そう。俺」
楽しそうにクスクス笑いながら言う灯璃。
いやぁ……、どうなんだろうか……。
「別に俺は何したらいいかわからんってこともないけど……、まあ、そう思う気持ちもわからなくはない。戸惑い、みたいな?」
「夏ならわかるじゃん? 海水浴しかないしさ」
「まあなー」
言いながら、俺たちは適当に砂浜の中心辺りまで歩く。
踏みしめる砂の感じも懐かしい。
「てか、だいたいさ、ここ来たら俺たち貝殻とかよく集めてなかったか?」
「貝殻? そうだったっけ?」
「ほら。こう……なんか色々な形したヤツとか結構あって、どっちが立派なの探せるか競争したりしてた」
「貝殻ってより、私がよく記憶してるのは丸まったガラス片だったかな?」
「あー! アレな!」
「そそ、アレ。砂浜に打ち上げられて小さく石みたいになっててさ、けどその一つ一つがカラフルで、宝石みたいだったの」
「クソ覚えてる。子ども心ながら本当に宝石だと思ってたアレ」
「でしょ? 私も。宝石見つけたーって(笑)」
「はっはは!」
昔話に花が咲く。
俺たちはその場で腰を下ろしてた。
「けど、何だよ。覚えてないとか言っときながら割と覚えてんじゃん。ガラスの宝石のこと、俺すっかり忘れてたわ」
「……うん。それだけは覚えてんの」
「それだけ?」
「昔、私が元気ない時とか、決まって成哉、それ探して私にくれてたから」
「え……」
「おばあちゃんが亡くなっちゃう前とか、病気が辛そうで、それを見てられなくて、一人で泣いてた私によくくれてた。だから、これだけはしっかり覚えてるの」
「……っ」
「それ以外は、もうほとんど記憶から消してる。一つ思い出すだけでも、元気だった時のおばあちゃんに繋がるから」
……そういうことか。
だから、さっきから覚えてないって言ってたんだ。
「もちろん、ここのことは覚えてるよ。遊んでたの遊んでたし。場所の存在認知くらいはしてます」
「あ、ああ」
「じゃなくて、ここでの思い出とかはねって話。……あんまり、思い出さないようにしてる。辛くなっちゃうから」
「……そっか」
どうしようもない沈黙が流れる。
でも、ここで黙ってちゃダメだ。
俺は自ら沈黙を破った。
「じ、実は……さ、昨日俺、美代姉ちゃんから灯璃のこと、ちょっと色々聞いたんだ」
「私の……こと?」
「そ、そうそう。その……な、なんで中学辺りから俺のこと避け始めたのかーとか……さ」
「……へ……?」
「も、もちろんアレだぞ!? 前々からこっそり聞いてやろうとしてた、とかじゃなくて、ほんとたまたまだったんだ! たまたまタイミングよく美代姉ちゃんに教えてもらえて、それでって感じで……」
「………………」
「……だから、不可抗力的要素もあった、というか…………う、うん」
「………………」
「は、はは……」
またしても訪れる沈黙。
何やってるんだ俺は。いきなりぶっこみ過ぎだろ。
思い切り過ぎたのを若干後悔しつつ、けれども言ってしまったことは取り返せず、ということで、ひたすらに自分を責めるしかなかった。次の言葉、なんて切り出そう……。せっかく勢い込めたのに……。
「そう……だったんだね。色々聞いたんだ」
「……! あ、う、うん。そ、そうなんだ。ほ、ほんと悪かったんだけど……」
「ううん。謝らないで。事実だし。私が成哉にひどいことしたの」
「あ、い、いや――」
「当てつけみたいなものだよね。いくらおばあちゃんが亡くなったからって、なりくんにまでそんな対応するとか」
「……っ。お、俺は別に……」
「本当にごめん。ごめんなさい。……本当に」
謝りながら、灯璃の顔はうつむいていった。
それと共に、声もかすれ、小さくなっていく。
違う。違うんだ。
俺が今見たいのは、そんな灯璃じゃない。
そうじゃなくて、俺は――
「……灯璃……」
「――……!」
灯璃の頭にそっと手を置いた。
最大限、慰めの気持ちを込めて。
「ごめん、なのは俺の方なんだ。灯璃こそ悪くない。全然悪くないよ」
「……な……なり……くん……」
俺の顔を見上げる彼女の瞳には、薄っすらと涙が伺える。
たまらない気持ちになった。辛かっただろう、と。
「俺がもう少し灯璃のこと、わかってあげられてたらよかった。辛い時、何してあげたらいいか。なんて言葉を掛けたらいいか。そういうの、知っとけばよかった」
「そ……そんな……。私……」
「ただ優しくなんて、そういうのは考え無しにやるもんじゃないよな。傷付いてるところを優しくしとけばいいとか、自己満でしかないし」
「ち、違うの……! 違うんだよ、なりくん……! 私は……!」
「好きな女の子には、もっと他に掛けてあげるべき言葉とか、色々あったよな」
「へ…………?」
当たり障りのない言葉なんて要らなかったんだ。本当に必要なのは、もっと単純で、もっと簡単なものだった。
――そう。それは……、
「灯璃。俺は……君のことがずっと好きだ」
だから、もう一度。もう一度だけ――
――傷付いた君を助けさせて欲しい。