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第21話 ぽんこつ幼馴染のホントのキモチ

 世の中、秘密にしていたのにも関わらず、なぜか情報が漏れていた、ということがごくまれに起こる。


 それは往々にして、自分の落ち度であったり、不注意で気付かないうちに相手に情報を知られている、というのが大半だと思う。


 では、今回のこれはいったいどれに該当するのか。


 俺は一人、混乱している頭の中の隅っこでひそかに考えていた。


 ――が、結局わからない。


 だから、目隠しをした状態ではあるものの、ちらりと背後にいるであろう美代姉ちゃんを見やった。


 いったいどこで情報を知られたのか。


 どこで昼間落としていた惚れ薬の持ち主が灯璃であるということを知ったのか。


 可能な限り詳しく教えて欲しい。


 そんな意味を込めながら、そっと。


「むっふふふ~。知りたい? 私がなんでこの事実を認知してたか」


「知りたい。事細かに知りたい」


「ん~。どうしよっかなぁ~? 教えようかな~? それとも~?(笑)」


「変な煽りとか今いらないし。いいから教えろ。いえ、教えてください」


「もう一声足りなくない?」


 うぜぇ……。


 わざとらしくこちらに耳を差し出し、「聞こえないなぁw」とでも言いたげな仕草を取ってくる。


 俺はため息をつき、


「教えてください、お姉さま」


「ノンノン。敬称だけじゃなくて~?」


「っ……。あ、あとでマッサージもしますし、何なら今お背中お流ししますので」


 半ばヤケクソっぽく言ったのだが、美代姉ちゃんは「くるしゅうない、くるしゅうない」と俺の背中をバシバシ叩いてきた。


 くるしゅうないのかよ。俺も言った後に思ったけど、現役女子大生の背中を男子高校生が流す絵面って結構ヤバいはずなのに。


「じゃあ、……ん! 私の背中流して~」


「………………」


 ……まあ、いっか。


 美代姉ちゃんが気にしてないならこっちも変に意識したりするのはやめよう。


 これしないと、なんで薬が灯璃のものだって知ってたのか教えてくれなさそうだし。


「……なら、失礼しますよ」


「はーい。あ、先に言っとくけど、優しくソフトにお願いね。あんまり強くやっちゃうと肌痛めるからさー」


「そのくらいわかってるよ。優しくします」


「お、わかってた? ふふっ。ならばよろしー!」


 元気に言う美代姉ちゃんの声を聞き、俺はため息をつきつつ目隠しを軽くほどいた。


 目の前には、湯気があってもわかるほどに白くて綺麗な女の子の背中がある。


 この人と風呂に入るのは一度目じゃない。小さい時にも二、三回ほど一緒に入ったことがあるのだが……当時は彼女の背中がここまで綺麗だとは思わなかった。


 意識なんてしないつもりだったのに、途端に呼吸が浅くなり、胸がドキドキと跳ね出す。


 落ち着け。冷静にならないと。


 心の中で自分を落ち着かせて、泡立たせたタオルを美代姉ちゃんの背に当てた。


 そして、ゆっくりとそれを上下させ始める……のだが、


「んっ」


「……っ!?」


 なんかいやらしい声を出し始めるお姉さん。


 俺はギョッとして動き出させた手を止めてしまった。


「あの、変な声は出さないでもらえますかね……?」


「いやぁ~、なかなかに成哉くんテクニシャンだからさ~(笑)」


「……あんた、俺のことからかってるだけでしょうが……」


「んひひ。どうかなぁ~(笑)」


 う、うざい……。


「ってか、背中流してるんだからちゃんと話してくれ。なんであの惚れ薬が灯璃のだって知ってたんだ?」


「え。まだマッサージしてもらってないよ?」


「いや、もうそういうのいいから。なんで知ってたのか、教えて」


「あーん、成哉くんせっかちー!」


 くねくねしながらわざとらしく嘆いてみせる美代姉ちゃん。


 やめろ! 変に動いたらそれはそれで色々見えちゃうでしょうが!


「まあ、冗談はここだけにしといて。知ってたの。私、灯璃ちゃんが成哉くんのこと、今でもずっとラブだって」


「は……?」


「何言ってんだって思うでしょ? でもこれ、事実なんだよ? ある時期から、つい最近までずっと素っ気なくて、そんなの信じられないだろうけどさ」


「……っ」


 心当たりがないわけじゃない。


というか、最近の灯璃の行動や仕草、話し方とかを見てて、何も感じないってのは鈍感の度を越えてる。


 だけど、それでも俺は、灯璃が俺を避けていた理由に心当たりが無かったから、ずっと困惑し続けていた。


 何がどういう理由で距離を取っていたのか。俺が何か悪いことをしたのか。


 それがハッキリしなければ、今仮に好意を向けてくれてたとしても、灯璃は俺の非に目をつぶってくれてるってことになるんじゃないか。


 それだけは絶対に嫌だった。


 俺が何か悪いことをしていたのなら、それをハッキリさせ、解決したうえで深い仲になりたい。


 いや、そうしなければならない。


 今、俺から灯璃に歩み寄って行けば、先に進めるのかもしれない。


 けれど、それじゃなダメなんだ。絶対に。絶対に。


「……美代姉ちゃん」


「なに?」


「その、ある時期からってのは……、つまり中学生の頃からだよね?」


「うん」


「俺、あの時確か色々悩んでたんだ。部活とか、先輩後輩とか、小学校の頃とは環境がまるっきり変わってさ。人間関係のこともあったし……。灯璃とは普通に接してたはずなんだけど、あいつはあいつで――」


「おばあちゃんのこと、かな?」


「……うん」


 そうだ。そうなのだ。


 この時期は、自分のこととは別に、灯璃の方でもそのことがあった。


 だから俺は、灯璃にもいつも以上に優しく接してたはずなんだけど、それがどうしてこうなったのかはわからない。


 美代姉ちゃんは「ふぅ」と小さく息を吐いた。


 そして、続ける。


「単刀直入に言うなら、灯璃ちゃんが成哉くんを避け始めたのは、主にそれが原因なんだよ」


「え……」


「おばあちゃんのこともショックだった。けれど、灯璃ちゃんからしてみれば、成哉くんのその優しさも、あの子からすれば過剰だったんだ」


「か、過剰って……。でも……」


「ううん。過剰って言い方も少し違うか。さらに正しく言えば、優しい成哉くんのせいで、灯璃ちゃんは勘違いしちゃったんだ」


「勘違い……?」


「おばあちゃんが亡くなって、輪をかけたように、気遣うように成哉くんは優しくしてくれる、でも、その優しさって、自分に対して恋愛感情があるからってわけじゃない。ずっと幼馴染として傍に居て、当たり前の関係だからこそ、兄妹みたいに思われてただけじゃないか。ずっと好きだと思ってたのは自分だけだったんじゃないか、ってね」


「……!」


「それで、灯璃ちゃんは少し成哉くんから距離を置くことにした。距離を置いてみれば、本当に君が何を考えてるかわかるからね。恋愛的な意味で好きなら自分の元へ泣きついてでも来てくれるし、そうじゃなかったのなら淡々と疎遠になることを受け入れる。それで、結果は……後者だった。成哉くんは縋りついてでも灯璃ちゃんの元へ行くことはなかったんだ」


「ちょっ、ちょっと待ってくれ! 何だよそれ! そんなの――」


「うん。いくら何でも灯璃ちゃんもそういうやり方をするのは良くないね。だけど、あの子もそれをわかってたんだ」


「わかってた……? なら、なんでこんな……」


 困惑しながら俺が言うと、美代姉ちゃんはクスッと笑う。


「人間ってのは誰だって選択ミスをするもんでしょ? それも、中学生ならなおのこと、さ」


「ま、まあ……」


「灯璃ちゃん、ずっと私に話してくれてた。『どうして私はなりくんにあんなことを』って。『過去に戻れるならやり直したい』ってね」


「……っ」


「あの子、君のこと、ずっと、ずーっと大好きだったんだよ。好きが行き過ぎて勘違いもしたし、間違いもした。で、その間違いは修復が不可能に近いと思ったんだろうね。中学生の終わりくらいから、惚れ薬をとある先輩と作ってるって言い出したんだ」


「なら、美代姉ちゃんは全部知って……」


「そ。話聞いた時は、なーんかこの子も色々わちゃわちゃしちゃう子だなーって思ったけど、前に比べると楽しそうだし、成哉くんとも関係修復できそうだって言って目輝かせてたからね。私、止めずにいたんだ」


「いや、そこは止めてよ……。知ってたんならさ……」


「止めないよー。だって、私も嬉しかったからー。あの子が楽しそうでねー」


 ケラケラ笑いながら言う美代姉ちゃんを前に、俺は呆れつつため息。


 でも、そのため息は決して後ろ向きなものじゃなかった。


 安堵と、幸福感と、それから喜びを隠そうとする気持ちの入り混じった、なんともむず痒いものだった。


「それでまあ、お話はそういうことなんだけどさー。君はこれからどうするつもり、成哉くん?」


「どうする、とは……?」


「灯璃ちゃんは変わらず君のことが好きです。薬を使ってでも自分の過ちを修正させて、君と結ばれようとしてます。それを知った君のこれからの行動は?」


「……そんなの、もう決まってるよ」


「うん」


「俺、ちゃんと想いを伝える。薬なんて必要ない。こっちだって、ずっと前から好きだったって」


 力強く宣言する俺。


 そんな俺の言葉を聞いて、美代姉ちゃんは裸なのにも関わらず、こっちへ振り向き、思い切りハグしてきた。


 浴室には当然俺の叫び声が響いたわけだが……これもまた、さっきと同じだ。


 安堵と、幸福感と、それから喜びを隠そうとする気持ちの入り混じった、なんともむず痒いものだった。


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