「こんなものさっき廊下で拾ってさー。何かと思ったら、ほら見てみ? 惚れ薬だって(笑)」
地獄みたいな空気というのは、こういうのを指すんじゃないだろうか。
美代姉ちゃんがニヤつきながら取り出した小型ジップロック。
そこには、確かに惚れ薬と書かれていて、いかにもそれらしい白の錠剤が何粒か入ってた。
「……っっっっっ!」
直接顔は見ることができないが(気まずすぎるため)、隣で灯璃が精いっぱい動揺を隠してるのがわかる。
俺は冷や汗をダラダラ流しつつ、平静を装うしかなかった。
「ほ、ほほ、惚れ薬……? な、ナニソレーw 美代姉ちゃん、そういうの盛ったりする趣味がアルノカー?」
「そんなのあるわけないじゃん。てか、そもそもこれ私のモノじゃないし」
「え、エェ~? で、ででっ、でも、この家に住んでるのは美代姉様しかイマセンし~? あああ、あなたのモノとしかオモエナイんですけど~?」
「……」
斜め上を見てしどろもどろになりながら言う俺。
自分なり冷静に物が言えてるんじゃないかと思ってるんだけど、どうなんだ……?
そんなことを考えてると、美代姉ちゃんはムスッと不満顔を浮かべ、テーブルに身を乗り出して俺に顔を近付けてきた。
「あのねぇ、成哉くん? 変な言い掛かりはいいの。あと、お姉さんをそんな子供だましの演技でどうにかできると思った? 隠し事してるのバレバレ」
「え、あ、うぇ、あ、あぇ……!?」
バレてたのかよ……。しかも子供だましって……。
「これ、誰のものなの? 正直に言いなさい。お姉さん、怒ったりしないから。むしろ誰がこんなもの持ってたのか興味あるくらいだから」
興味は持たないで頂きたいです……。俺も正直触れていいのかわからないブツなので……。
「…………っ」
困った挙句、チラッと灯璃の方を見やる。
灯璃は、もうこの場から消えてしまいたいと思ってるのがわかるくらいに縮こまって向こうを見ていた。
ハッキリ言って誰の所有物だったのか一目瞭然なくらいに動揺してる。
「……なに? 今、どうして灯璃ちゃんの方を見たの?」
「あぇっ!?」
「もしかして……」
近付いてる美代姉ちゃんの顔がさらに疑惑の色へ染まっていく。
ま、マズい……。嘘でもいいから俺のモノって言っとくか!? こんなの灯璃の所有物だって素直に白状したら、それこそ状況がややこしくなってしまう!
「み、美代姉ちゃん、実は――」
「これ、灯璃ちゃんに盛ろうとしてたんじゃないの?」
「……へ?」
つい、頓狂な声を漏らしてしまう。
なんか返って来たセリフ、思ってたのと違ったんですが。
「だって、二人ともここ二、三年ほどずっと不仲っぽかったじゃん? どっちかっていうと灯璃ちゃんが成哉くんを遠ざけてるみたいでさ」
「っ……! そ、それは……!」
黙り込んでた灯璃が何か反論しようとして、途中でやめる。
俺と美代姉ちゃんの視線に怖気づいたのかはわからない。
下を向いて、朱に染まってる頬を隠すようにうつむいた。
「……まあ、その辺はお二人のことなんで、私が介入してどうこうできるものじゃないんだけどね。とにかく成哉くんはこれを使ってまた灯璃ちゃんと昔の関係に戻ろうとしてた。あるいはそれ以上の関係にまで持ってこうとしてた、とかじゃないの?」
「え、えっと、その……」
「高校生にもなってこんな非現実的なモノに頼ろうとしてるのはかなりウケるけどw」
「ぐっ……」
その言葉、そっくりそのまま灯璃に言ってやって欲しい。
実際に今横で灯璃の奴、体ビクッとさせたし。
「……正解だよ。正解」
「あ。やっぱ成哉くんのモノなんでしょ?」
俺の言葉に、美代姉ちゃんがしてやったり顔を向けてくる。灯璃はそーっと俺の方を申し訳なさそうな顔で見つめてきた。
「そういうこと。それ、俺が持ってたものだ。灯璃と昔みたいな関係に戻りたくてそれ使おうとしてた」
「ほらーっ! やっぱし! おうおう、お主もなかなか健気なことするのぅー。まるで夢女子みたいじゃ」
くそ……、何だよその口調。あと、肘で突いてくるな。
「あと美代姉ちゃん。勘違いしないで欲しいんだけど、この薬は割と本気で効き目あるやつだからな。知り合いの天才理系先輩が特注で作ったものだから」
「――っ!?」
俺の言葉を受け、灯璃は目を丸くさせた。
ここまで来たんだ。これくらいの暴露はしてもいいと思う。
俺は中津川先輩に薬をもらったこと知ってるんだぞ、灯璃。
「へぇ~。そなんだ。ぷぷっ。みんな揃って可愛いんだね。お姉さんもそういう時代に戻りたいよ~、うんうん」
確実に信じてない顔だった。ムカつくな……。
「っ……。あんたまだ高校卒業して一年とか二年でしょうに……」
「その一年とか二年が大きいんだよ~。制服着れる年齢って尊いんだからね~? あぁ~、お姉さんもそんな時代に戻りたいな~。惚れ薬を使ってあの人を……きゃっ☆」
うぜぇ……。
ムカつくけど、もう信じないなら信じないでいいや。
俺はため息をつき、茶を一口飲んだ。
なんとか灯璃のモノだって知られずに済んだな。よかったよかった。
「まあまあ、とりあえずこれが成哉くんのモノだって知れたことで事は解決ね~。二人とも、今日は何時くらいまでここに居れる?」
「別に俺は夜遅くなり過ぎない程度だったら」
「……わ、私も……」
俺たち二人が答えると、美代姉ちゃんは納得したように頷き、
「じゃあ、お二人さん。今日はここに泊まっていきなさい!」
「は!?」
何言ってんだこの人!?
「は、じゃないでしょ? 成哉く~ん。いいじゃない、明日はまだ日曜日なんだし~」
「い、いやいや! 俺たち、何も着替えとか持ってきてないんだが!?」
「そんなのは小さい問題よ。君はうちのお父さんの着替え使えばいいし、それが嫌なら今着てるもの、お風呂入ってる最中に選択して乾燥機に掛ければいいしね」
「え、えぇ……」
なんか勝手に話が進んでるんですが……。
「灯璃ちゃんは……お姉さんの着替えでも使って? ……ふふっ。昔からしてみたかったから。あなたに私の服着せること」
「ひっ……」
変態っぽいことを言われて小さく悲鳴を上げる灯璃。ほんと、何言ってんだこの人は。
「美代姉ちゃん、残念だけどそれは無理だよ。話が急だし、そもそも――」
「――断れば、あなたが灯璃ちゃんに惚れ薬盛ろうとしてたこと、家族全員に言うわ」
「わかりました。泊まっていきます」
即答するしかなかった。
そんな事実が触れ回れば、俺はどんな顔をして灯璃のお父さんやお母さん、その他もろもろの人たちに顔向けしていいのかわからなくなるから。