「はいはい、お二人さん~。ここと、ここに座ってね~。座布団置いてるから~」
灯璃のおばあちゃん家に到着するや否や、早くも家の中へ案内される俺たち。
まさか、こんなことになるとは思ってもなかった。
てっきり、家周辺を見て回って、昔遊んでた場所に足を運ぶだけだとばかり考えてたんだ。
だから、これは本当に予想外。
おばあちゃんがいないのに、おばあちゃんの家の中に入れるなんて。
「あ。成哉く~ん、今アタシのこと見て家主みたいだなって思ったでしょ~?」
「え?」
「わかるよ~、その顔は。確かに昔、ここはばあちゃんが住んでたもんね。二人からしてみればばあちゃんとの記憶が色濃く残ってるのかな~? 灯璃ちゃんも」
勝手になんか推測されてる。
俺はただ『懐かしい』って思いだけで辺りを見回してただけなんだが。
「でもね、でもね、残念ながら最近この家は遂にアタシのパパが住むことにしたんだ~。だから、家主権はパパにあって、パパにあるってことはアタシにもあるの。だから、実際のところ家主みたいなものなのだ~。ふふふっ」
うんうん、と一人で頷きながら説明してくれる美代姉ちゃん。
なるほど。一年前なのか、この家をもらい受けたのは。だったら割と最近だ。
「私は知ってたけどね、そのこと。みっちゃん、いとこだし」
正座をして、出されたお茶を飲みながら言う灯璃。
そんな灯璃に対し、美代姉ちゃんは「そーそー」と返してた。
「でもさ、でもさ、逆に驚きだったんだけど、成哉くんはそのこと知らなかったんだ。てっきり灯璃ちゃんがとっくの昔に話してるものだとばかり思ってた」
「……っ」「………………」
美代姉ちゃんは率直な疑問をぶつけてきてくれただけなんだろうけど、俺と灯璃は見事に黙り込んでしまった。
返す言葉がないんだ。その間、俺たち二人はまるで会話をしてなかったから。
「ま、まあ、何にせよ驚いたのは驚いたな。美代姉ちゃんがここにいるって思わなかったし」
「何言ってるの成哉くん? 家主なんだから、この家にいるのは当然じゃん?」
「いや、そうじゃなくてさ。姉ちゃん、今大学生じゃん? 一人暮らししてるって聞いてたから」
「……あー。そのことかぁ」
ん……? 何だ……?
なぜか急に俺から視線を逸らし、髪の毛を指でクルクルさせて気まずそうにする美代姉ちゃん。
「これはまあ……言ってなかったんだけどさ」
「……?」
「実は、お姉ちゃんね? ホームシックになって、今大学を休学中なのだ」
「「え」」
俺と灯璃で声を重ねて驚いてしまう。
驚愕の事実発覚なんですが。
「いやいや~。っていうのもね、聞いてよ二人とも」
「う、うん。そんなこと言われずとも聞くけど」「うん。聞く。それ、私も知らなかった」
「私は今、大学二年生なわけなんだがね。実のところ、友達が一人もいないんだ。大学内で」
大学で。
ここ、結構強調させたな。語気が部分的に強まってた。
「そうなるとさ、一人暮らしだから本当に孤独なんだよ~。家に帰ってもいつも一人で、やることと言えば映画を観たりバイトをしたりで……。なんか普通に実家が恋しくなっちゃったんだよね。メンタルの方も結構病んでたし」
「ま、マジですか……」
大変だったんだな。美代姉ちゃんも。
「それ、おじさんとおばさんは許してくれたの?」
灯璃が問う。
姉ちゃんは「うん」と頷いた。
「許してくれないと休学もしないし、ここにも帰って来てないよ。半期だけの約束でね、いったんここで生活することにした。もう、俗に言うニートみたいな感じだよね。最近は家に居ても暇で、一日中ネットプリックス観てるんだ~」
「さ、さいですか」
「うん~。さい~。てかさ、また話変わるんだけど~」
「うん」
「今日はどうして二人仲良くここへ? おばあちゃんがいなくなって、こういう言い方するのはアレだけど、何もやることとかないよね。不思議に思う。嬉しいけど」
「「………………」」
「ん~? 何々~? 話せない、みたいな? え、めっちゃ気になるんだけど」
「え、えっと……」
さっきと同様、また返答に困る俺。
――が、対称的に隣で座る灯璃は、しっかりと受け答えしてくれた。
「思い出邂逅散歩ってとこだよ。久しぶりだから、二人でこの辺回るつもりだったの。家も雰囲気だけ見ようと思ってたんだけどね」
「ほほー。理解だよ。要は私がいると思わなかったってところなんだ?」
問われ、灯璃は頷いた。俺も軽く頷く。美代姉ちゃんがいるはずないと思ってたのは事実だし。
「じゃあまあさ、そういうことならゆっくりしてってよ。今は家、アタシしかいないし」
「どこ行ったの? おじさんとおばさん」
「二人仲良く買い物デート。隣町まで。今さっき出てったから、帰って来るのは夕方。つまりしばらくここはアタシしかいないというわけ」
「ふーん」
灯璃は適当に相槌を打ち、お茶を飲む。
俺としては……そういうことなら家におらず、外へ出て行きたいと思った。
家の中は家の中で懐かしさを感じられるが、おばあちゃんがいなくなってるという事実だけですごく寂しく思えてくる。こんな気持ちになるとは思ってもなかった。
「んー、そだなー。なら、ちょっと二人にもひとつ聞いていい?」
「まあ、いいけど」
俺が応えると、美代姉ちゃんは何やらニタっと笑う。何か企んでる顔だ。
「さっき聞いたことに対しての追及質問です」
「はい」
「二人とも、さては喧嘩してたっしょ?」
「……!」
俺は顔を逸らした。
灯璃は……いや、同じだ。灯璃もそう。俺と同じく顔を別のところへ向けてる。
気まずい質問だから。
「思い出邂逅散歩、とか言ってたけど、ほんとは仲直りデートなだけじゃない? 仲直りしたから、久々にここ来ようって話になったとか」
「「……っ」」
「ふふふっ。だんまりは良くないじゃん? もー」
仕方ない。
そう呟きながら、美代姉ちゃんは自分のズボン(完全に部屋着)のポケットへ手を突っこみ、ゴソゴソと漁る。
で、取り出したものを見せられて、俺は……いや、俺たちは驚愕した。
「こんなのもさっき廊下で拾ってさ」
――惚れ薬。
確かにそう書いてある、錠剤入りの小型ジップロックだったのだ。