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第16話 なりくんと幼馴染でよかった

「これは……灯璃からの手紙?」


 胸ポケットから取り出した一枚の紙切れ。


 そこには、割と長めな文章が綺麗な字で書かれてた。一文字一文字が結構小さかったけど。




『――なりくんへ。 先に帰ってごめんなさい。でも、そうしたのには理由があるんだ。恥ずかしいから言えないけど』




 ……?


 恥ずかしいから言えない……? どういうことだ……?


 置いて帰るのに恥ずかしいも何も無くないか……?


 よくわからないけども、とにかく読み進めていこう。




『たぶん、何言ってるかわかんないだろうけど、実は私、魔法が使えるの』




「魔法!?」


 声が出た。


 ここはカラオケハウスの前だ。


 俺がいきなり発声するもんだから、ぎょっとして通り過ぎていく何人かがこっちを見る。


 けど、そんなのはどうでもいい。


 灯璃、こいつ何言ってるんだ……? 高校生だけど、最近になって魔法少女アニメか何かに感化されちゃったんだろうか。謎だ。




『その魔法はね、なりくんの知らない【もう一人のなりくん】と会話できるものなの。それを使って、さっき私は【もう一人のなりくん】と会話したんだ。この手紙を読んでるなりくんは眠ってるような感覚に陥ってたかもなんだけど』




 え、えぇ……。何だ……? もう一人の俺って……。


 しかも、会話したってどういうことだ。眠ってる前にある程度他愛のない会話したのは覚えてるけど、それのことじゃないのか……? てか、どうでもいいが「もう一人のなりくん」って強調させすぎだろ。そんなどでかいカッコ使わなくてもいいのに。




『会話内容は色々でね。その中でも特に伝えておかないといけないことがあるんだ』




 何でしょうか……?




『今週の土曜日、私たちまた一緒に出かけるの』




 マジか。いや、それ自体は全然いいんだけど。




『行き先はまだ決めてないけど、ショッピングするとか、ボーリング行こうとか、そういうわけじゃなくて』




 うん。




『昔、よく遊んだりしてたおばあちゃん家の近くに行こうかな、と思ってて』




 え。


 一瞬、体の中の血液やら脳の活動やらがストップしたような感覚がした。


 何か、触れちゃいけないことに触れたような、そんな雰囲気だ。


 でも、それを提案してきたのはあくまでも灯璃。


 別にこれはメールでのやり取りでも何でもない。一方的な手紙。


 だけど――


「っ……」


 俺は耐えられなかった。


 即座にスマホをズボンのポケットから取り出し、灯璃に電話を掛ける。


 ワンコール、ツーコール、スリーコール目で出てくれる。


『……な、成哉……? ど、どうしたの?』


 聞こえてきた声はすごくぎこちない。


 それは先に帰った申し訳なさからか、何か深堀されるのが嫌だったからか、それ以外のことからなのか、わからない。


 とにかく、意味ありげなのは言うまでもなかった。


「灯璃。あの、手紙読んだ」


『……! ……そ、そっか……』


「うん。それで――」


『ご、ごめんね! 先に帰って! 本当にごめんなさい!』


「え」


『本当はそんなつもりじゃなかったんだけど……そ、そうするしかなくて……。こ、子の電話も……それについてだよね……? お、怒ってる……よね?』


 怯えたような口ぶり。


 俺はため息をつく。で、灯璃に見えもしてないのに首を横に振り、


「全然。一ミリも怒ってないから安心してくれ。大丈夫だから」


『へ……? ほ、ほんと……?』


「うん。なんかあれだろ? 恥ずかしい理由があるとか書いてたじゃん。いいよ、聞かない。勝手にあれこれ想像しとくから。どんくさいことかなー、とかさ」


 笑いながら俺は言った。


 灯璃は向こうの電話口で少し無言になった後から、鼻をすすってるような声を出す。


 もしかして……泣いてる? いやいやまさか。


『……別に、どんくさくないもん。ばか』


「ははっ。ほんとに? 灯璃、昔からちょっと抜けてるとこあるからな。心配です」


『心配ご無用……だし。……もうっ、お父さんみたいな言い


「そんな言い方にもなるよ。もう一人の俺と会話できる魔法が使える、とか手紙に書いてるくらいだし」


『……! あ、あれはー……』


「わかってる。あれについても聞かねーよ。で、何だ? 俺と土曜また遊ぶ約束したらしいじゃん」


『う、うん……』


「行き先は、昔よく遊んだ灯璃のおばあちゃん家の近くって書いてたよな。……その、なんか色々大丈夫か?」


『え……?』


「おばあちゃんのこと思い出して辛くなったとか、そういうのじゃない? ほら、当時灯璃めちゃくちゃ落ち込んでたから。なんかあったのかなー、と」


 若干探るような言い方で問うと、すぐさま灯璃は『ううん』と静かに返してくれた。『そういうわけじゃない』と。


『単純に、久しぶりだと思ったからなの。今日、成哉と一緒にカラオケ行けて、今度はおばあちゃん家の近くに行けたらなぁ、と思って』


「なら、本当に問題ないんだな?」


『うん。大丈夫だよ』


「そか。了解」


 それがわかればいい。


 不安になったんだ。何か辛いことがあったんじゃないか、と。


『……ねえ、成哉』


「ん? どした? 改まって」


『……その、ありがとう、ね』


「んえ?」


 本当に改めて、なセリフだな。どうしたってんだ灯璃。


『私……成哉が幼馴染でいてくれてすごくよかった。え、えと……し、幸せ者だなって思います……』


「え。ちょ、ちょまっ、何!? どした急に!? いきなり褒められてめちゃ困惑してるし、恥ずかしいんだけど俺!?」


『は、恥ずかしいのは私も一緒だよぅ! で、でも、それでも……これだけは言っときたかったから……』


「さ……さいですか……」


『う、うん』


 返されて、そこにはただただ沈黙が流れてしまった。


 何なんだ、この空気は!?


 いきなり褒めてくるわ、恥ずかしそうにするわ、手紙では魔法がどうだとか書いてくるわ、今日の灯璃はどこかおかしい。そもそもカラオケハウスに誘って来た時から何か変だとは思ってたが。


『じゃ、じゃあ、そういうわけだから! き、切るね! どどど、土曜日、また楽しみにしてる! お、おやすみ!』


「あ、ああ。おやす――」


 ――み。


 そう言いきる前にブツっと電話を切られてしまった。


 うーん。何かありげな感じだ。


 まあ、深堀しないって言った手前、色々聞くのは無理なんだが……気になる。


「ふぅ」


 けど、とりあえずはそういうことだ。


 土曜日、俺たちはまた遊ぶことになった。しかも、今度はほぼ半日だろう。土曜日だし。


 もう灯璃と長時間遊ぶ感覚をほとんど忘れてる。


 とにかく気持ち悪くない感じでいこう。それが大事だ。


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