その日の放課後、俺はすぐ家に帰るというわけではなく、灯璃と約束し、河川敷公園へと向かった。
ラインでやり取りしたわけだが、昼休みにあんな鬼ごっこした後だったから何言われるか、正直怖かった。
けど、実際にチャットを交わしてみるとそこまで怒ってる様子はなく、弁当をすべて食べたと告げると、機嫌が普通によくなった気さえした。
……なんかこれ、手作り弁当を彼氏に作って食べてもらえたことに喜んでる彼女みたいじゃね……?
そんなことも少しばかり思ったわけだけど、ハッと我に返ってすぐにそれを否定。
さすがに調子に乗りすぎだ。
一人で舞い上がってバカみたいじゃないか。
……いや、けどそれでもやっぱり……。
冷静さを取り戻し、また浮かれ、二転三転しながら俺は歩くのだった。
〇
そんなこんなで到着した河川敷公園のベンチにて。
俺より先に灯璃は着いていたらしく、俺を見つけるや否や、飛び掛かるかの如く駆け寄ってきた。
「成哉! お、おおお弁当全部食べてくれたってほんと!?」
「お、おう……。食べたけど……」
勢いがすごい。
通りかかったジョギング中のおばさんに笑われてしまった。
「っ~! ……で、ど、どう……!? どうだった……!?」
「どうって……まあ、普通に美味しかった。気分としてはありがとなって感じ」
「そ、そうじゃなくてっ! ……そ、その……私見て……何か思わないの……?」
「ああ。いつも通り可愛いな」
「んにゃっ!?」
俺の言葉に、灯璃はボッと顔を赤くさせる。
そして「ちょ、ちょっとタンマ!」とか言って俺に背を向けながら悶え始めた。
何かがおかしい。
今のタイミングで今の発言。いつもなら「それはドン引き」とかで済まされることだ。
俺も俺でそうやって灯璃に言われることはわかってるから、特段傷付いたりなどはしない。
毒舌待ちだったってのに、どうなってる……?
困惑していると、灯璃は元通りこっちを向いてくれた。
けど、顔は赤いままだ。
「か、可愛いとか……しょ、しょんなこと……ない……けど……?」
「そんなことあるだろ。ていうか、お前も俺になんか言うことないのか?」
「へ……?」
「言うこと、あるだろ?」
「い……言う……こと……?」
「うん」
浴びせてこい、いつもの毒舌。
そうじゃなかったら、俺はお前をちょっと色々体調的な面で疑わなくちゃいけなくなる。
そう思っていた矢先だ。
「……な、なり君も……かっこいい……よ……」
「……は?」
「っっっっっっ~~~! い、いい言っちゃった……言っちゃったぁぁぁ……!!!」
俺の中で何かが爆発した気がした。
いったい今、目の前で何が起こっているのだろう。
世紀の大告白をし、耳まで朱に染めて顔を隠す灯璃。
聞き間違いじゃなければ、今こいつは俺に……かっこいいって言ったのか……? しかも、呼び方も「成哉」じゃなくて、「なり君」だと……?
あの灯璃が……? いや、正確に言えば目の前で悶えてる灯璃が、だけど……。
これはもう完全に体調を崩してる。いつもの灯璃じゃない。
ならば、もう俺が取る行動は一つだった。
「灯璃!」
「ひゃっ!」
両肩を両手で掴むと、灯璃は可愛い声で驚く。
驚いた後、真っ赤な顔をしたまま、挙動不審に視線をあちらこちらへとやり、一瞬だけ俺の方へ上目遣いで視線をくれたのだが、焦ってまた目を伏せてしまった。
まったくだ。どうしてしまったんだ灯璃……。いっつもなら気持ちいいくらいの冷めた視線が飛んでくるというのに……!
「……な、なり君……私……まだ心の準備が……」
「心の準備なんてどうでもいい! 俺が可愛いって言ったのに、なんでお前はそんなんなんだ! もっとだろ! もっと言うべきこと、するべきことがあるだろ!」
「も、もっとすすすするべきことぉ!?」
「ああそうだよ!」
ビンタとか、蔑み発言とか!
なのにこいつは、
「む……無理だよぉ……そんなのぉ……」
甘えた声で弱々しく懇願するように言ってくる。
そして――
「で、でも、なり君からしてくれるって言うんなら……私……その……いい、よ……?」
「は? 俺からする?」
「う、うん……。今言ったこと……なり君がしてくれるんなら……私……全然……」
それはつまり、「私をビンタして正気に戻してくれ」とでもいうことなんだろうか。
「ん……ど、どうじょ……」
言って、灯璃は目をギュッと閉じ、可愛い顔を差し出してくる。
力がこもってるからか、その綺麗な唇も心なしか突き出てる気がするけど……。
……やるべきなのか? ビンタを……。
「……っ」
俺は言われた通り灯璃の頬に一度手をかざす。
手が触れ、灯璃はビクッとし、ふるふると震え始めた。
それを見て、思い直す。
さすがに女子をビンタするとかそんなことできるわけないだろ。
熱っぽいし、単純に風邪ひいてるのかもしれないし。
だからせめて、こうすることにした。ちょっとした最終的な体調確認。それで本当にマズそうだったらおんぶして家まで運ぼう。
……ぴとっ。
「……ふぇ?」
「…………うーん。確かに熱いか……」
「……は……わ……あ……」
俺は自分の額を灯璃の額にくっつけて体温確認を図った。
やはり熱い。こりゃおんぶコースだ。そう思った刹那だった。
「きゅう……」
「――!? あ、灯璃!? お、おい灯璃! しっかりしろ! 灯璃ぃ!」
灯璃は突然力なく倒れ込み、意識を失ってしまう。
これはマズい。やっぱり早くおんぶして家に帰すべきだったんだ。
そう思い、すぐさま灯璃の華奢な体を背に乗せようとするのだが、そのタイミングで、何かがスカートのポケットからポロリと落ちた。
折り畳まれた紙らしい。ふと中身が見えた。
「ん……? 惚れ薬……いーえっくす……?」
軽く広げてみると、紙にはそんなことが書かれていた。
「ん……うぅ……なり……くん……」
「! ご、ごめん灯璃! すぐ家に届けてやるからな!」
よくわからなかったが、俺はすぐさま灯璃をおんぶし、家までの道をダッシュするのだった。