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十六話 理由と保持者

「あたしらが劣った眼インフェリアイを攫った理由。それは――」

 ラロックが僅かに片頬を吊り上げる。

「この世界の神に成り代わろうとする馬鹿の依り代として連れてこられたあんたを保護するためだ」

 ラロックの言葉に三者三様の反応を見せる。

 神と名乗る白い少女は全くの無反応でラロックを見ている。

 美少女はもう訳が分からないという風に頭を抱えている。

 そして、当の本人であるインフェリアイは眉根を寄せてラロックを睨みつけている。

「ああんもうっ、ラロックったら浮気しているの⁉ わたし以外の女の視線を独り占めするぶぎぇや‼」

「てめぇはマジで黙ってろ」

 いつの間にかラロックを背後から抱きしめていたリベルラが、ラロックに殴り飛ばされる。

「この世界の神に成り代わろうとしている馬鹿の依り代……?」

 インフェリアイがラロックの言葉を反芻する。

 なにか心当たりがあるのだろうか、インフェリアイの表情が苦々しく歪められる。

「思い出してきたんじゃねえか? あんたの元いた世界でのこと」

「朧気ながら……という感じね、今は」

「まあ思い出さなくてもいいと思うがな。なんならリベルラの馬鹿に記憶消してもらうか?」

「いえ、遠慮しておくわ」

 首を振ったインフェリアイは隣で頭を抱える美少女の頭を撫でる。

「思い出しても、消されても、別にどっちでもいいけれど、今があるから……」

 さっきまでとは打って変わって、穏やかな表情になったインフェリアイは「少し休んだ方がいいわ」と美少女に囁き、自身の膝の上に横たわらせる。

 美少女は小さく頷くと素直にインフェリアイの膝の上で目を閉じる。それを見届けたインフェリアイは、錫色の双眸をラロックに向けた。

「それで、誰の依頼なのかしら?」

異界探偵局うちの局長」

「回りくどいですね……」

 無反応だった少女が口を開いた。

 どこかトゲトゲしさを感じるその声音は、神と名乗る者としてはあまりにも人間らしい反応であった。

「わたし達の腕を確かめたいんだってー。失敗すればクビだって言われたけど」

 またもやいつの間にかラロックを背後から抱きしめながらリベルラは言う。

 ラロックはリベルラを殴り飛ばそうと思ったがなんとか耐え、自身の隣へ強引に座らせる。

「簡単な依頼だったはずなんだが……どうしてこうなったんだろうな」

 そう言いながらラロックは美少女に目を向ける。

「まあかけといてよかったけどね」

 リベルラの言葉の意味を聞こうと思ったインフェリアイだったが、それよりも先に少女が口を開く。

「それで、これからどうするつもりですか? アナタ達の依頼はこれにて完了ですよ」

「それは劣った眼を攫ってこいって依頼だけだった時の話だろ?」

 さっさと帰れと言いたげな少女に、ラロックは苦笑交じりに答える。

「勝手に話を進めないでもらえるかしら? 私はあなた達に攫われるとは一言も言っていないのだけれど?」

「まあ待てよ。攫われたくねえあんたにとってもいい話だよ。それに、この世界の神にとってもな」

「いやーわたしたちもびっくりしたよ、まさかこの依頼が局ちゃんからだと思わなかったし」

「一歩遅れて話に入ってくるのやめてくれねえか?」

 ラロックがリベルラに微笑みかけると、顔面から汗をダラダラ流し出したリベルラが、ガクガクと首を縦に振る。

「追加の依頼があってだな。まあ単純だ、この世界の神に成り代わろうとする馬鹿をぶっ飛ばせって依頼だ」

「……確かにワタシやインフェリアイにとってはメリットしかないですね。実現可能かどうか、ということを除けば」

「それなら私は攫われなくても済むわね。でも神様? でいいのかしら? 実現可能かどうか、とはどういう意味なの?」

「今のアナタが世界に戻れば解ると思いますが、ワタシの世界は魔力を吸い取るんですよ」

 それでも、と少女は続け、再びラロックとリベルラに感情の全く見当たらない白い瞳を向ける。

「アナタ達にはそれが可能だと言うのですか?」

「あたしらも無策で言ってんじゃねえんだよ」

 自信満々に答えるその様に、インフェリアイははっきりと目に映るその小さな少女が大きく見えた。

「その策は?」

 インフェリアイにはその策に乗らない手はなかったため、期待を込めた目でラロックを見る。

「期待させて悪いんだけど、まだあたしらも調べてる最中なんだよな」

「……無いの?」

 インフェリアイの冷たい目を受けたラロックの代わりに、隣に座っていたリベルラがインフェリアイの質問に答える。

「あるよ。この魔力が吸われる世界にも、なーんでか魔力持った人がいたんだよねえ。その人達のことを調べれば、この世界でもわたし達魔法使いが戦えるかもしれないってこと!」

 見よこの会心の答え! とでも言いたげなリベルラ。

 しかしそれに反応を返したのは、インフェリアイではなく、白い少女だった。

「ああ、『保持者』ですか」

 『保持者』という言葉にはインフェリアイを始め、ラロックとリベルラも初耳だったらしく、いったいどういう意味だ、と一斉に少女を見る。

「保持者という者は、ワタシの世界が吸い取った魔力を与えられた存在のことです」

「与えられた……?」「わたし達聞いてないよー!」

「ちなみにアナタ達の目の前にいるこの二人、インフェリアイと美少女も保持者ですよ」

 まさか自分達の知らない情報が出てくるとは思っていなかったラロックとリベルラは顔を見合わせる。

「ちょっと待って。私と美少女がその『保持者』と言っていたけれど、私が保持者だと言われても私自身には全く自覚が無いわよ」

 この話で一番動揺していたのは、ラロックでもリベルラでもなく、インフェリアイだった。

 インフェリアイは眠る美少女と白い少女を交互に見ながら頬を強張らせる。少女の語り口から、特に不利益になるようなことでは無いと思うが、それでも動揺は隠せなかった。

 その様子を見た少女は軽く息を吐き、ふわりと浮かび上がる。

 三人の視線を受け止めながら、少女はその場で腕を振るう。瞬く間にだだっ広い部屋の景色が真っ黒な景色に変わる。変わっていないのは、インフェリアイ達が座るソファだけだった。

「ワタシもお話し致しましょう。ワタシの世界について」

 黒い世界に輝く星々のようなものが浮かび上がる。それらはふわりと空間内を漂い始める。

「それは保持者の記憶です」

 そう言うと一つの輝く星が、インフェリアイ達の前に漂って来て――弾けた。

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