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十四話 さらなる混乱

 神を名乗る少女は、雪のように真っ白で細い人差し指を立てる。

「まず一つ目。インフェリアイはこの世界の人間ではありません」

「……はあ?」

 一つ目から突拍子のないことを言い出した。美少女は軽く眩暈を覚える。

「ちょっと待って、は? この世界の人間じゃない? なにを言っているのよ」

「なにを言っているもなにも、インフェリアイはこの世界の人間ではないということです。別の世界から人間……というのが正確ですね」

 美少女は深呼吸して、今しがた告げられた言葉をゆっくりと咀嚼してなんとか理解しようと努める。

「インフェリアイがこの世界の人間じゃないってことはなんとか理解できた。それで、連れてこられたってどいう意味なの?」

「無知故に受け入れるのが早いですね」

「それはどうも」

 いちいち鬱陶しいなと、美少女は不機嫌を隠そうとせず続きを促す。

「この世界と違う世界、異界から、あるモノになんらかの方法で無理やり連れてこられたということです」

「違う世界……」

 にわかには信じ難い話だが、今この状況で嘘をついても仕方がないだろう。

 相変わらず感情の無い声音が頭の中に響く。

「この世界の神でしかないワタシにはどんな世界から来たか、ということは分かりませんが」

「……」

「質問はありませんか?」

 美少女はゆっくりと首を縦に振る。

 それを見た少女は次に人差し指と中指を立てる。

「それでは二つ目です。なぜインフェリアイが攫われたのか」

「それって、インフェリアイが別の世界から連れてこられたって話と関係あるの?」

「はい、関係大ありです。そもそもインフェリアイが別の世界から連れてこられたから攫われたのですよ」

 少女はそう言って空間に簡単な人物の図を現出させる。

「まず、インフェリアイがどこかの世界からこの世界になんらかの方法で連れてきたモノがいます」

 インフェリアイに見立てた図をある人物の図と共に移動させる。

「そしてまたから、インフェリアイを攫いに来たヒト達がいます」

「ちょっと待って」

 少女は開きかけた口を閉じると、首をゆっくりと傾げる。なんですか? とでも言いたげに。

「説明下手すぎない? 自分が分かってるだけじゃダメなんだよ? え、なに? また違う世界から人が来てたの?」

「はい。そしてその――」

「それがわたし達ってわけ! わお! やっぱすっごく綺麗!」

 どこからともなくバンっという効果音が聞こえてきそうな登場をしたのは、淡藤色のふわりと広がる髪に、翠色の瞳を持つ少女だった。

「アナタ達ですか。あまりそういうことをされるとワタシの立つ瀬が無いのですが……」

 少女はこめかみを押さえながら唸るようなため息をつく。

 急に増えた人間と人間のような反応をする少女の姿に美少女はもうなにがなんだか分からなかった。


「どうもーリベルラでーす☆」

「なんでテンション高ぇんだよ。ラロック、よろしく」

 リベルラの後ろにいたらしい波打つ杏色の髪に、深碧の瞳を持つ小柄な少女がそういう。

「あ、美少女です……」

「うん、凄く美少女だね!」

 満面の笑みで頷いたリベルラは、美少女の目の前に膝を着きその手を取る。

「ところでお嬢ちゃん、君の名前を聞いてもいいかい?」

「どういうキャラなんだよ」

「もうラロックったら嫉妬しないでよ!」

「あ?」

 やがてギャーギャー目の前で騒ぎ出した二人に置いてかれた美少女は、助けを求めようと周囲を見渡す。

 相変わらずインフェリアイは目を閉じたまま、神を名乗る少女は宙を漂っていた。

 この状況を整理したくても情報が多すぎて、なにも知らない美少女には考えることさえ難しかった。

「あの……あなた達は一体?」

 とりあえず声をかけてみると、ちょうどラロックがリベルラを投げ飛ばしたところだった。

「ぎゃぶぇっ」

 広い室内を跳ねながら飛んでいくリベルラを見た美少女はラロックから少し距離を取る。

「心配すんな。あいつ頑丈だし」

「え、えぇ……」

 そんなこと言われても驚くし怖いし心配してしまうのだが。

「こっからはあたしが説明してやんよ」

 ラロックが話し出すのだから仕方がない。大丈夫だと言っているからまあ大丈夫だろう、ということにしておく。

「んで、どこまで聞いたんだ?」

 いきなり質問をされた。本当にこの人に任せて大丈夫なのか? と美少女は躊躇いながら答える。

「まずは……インフェリアイがこの世界の人間じゃないってことと、なんらかの方法でこの世界に連れて来られたってこと、あとは……」

 指を折って一つ一つ確認するように話していく美少女は、最後にラロックに目を向ける。

 さっき少女が言っていた、また別の世界から来た人間。

「さっきリベルラが言ってた、『それがわたし達』っていうのは?」

「あー、あれか。そのままの意味だな。つまり今この場には三つの世界の人間がいるってことだな。あんたとこの世界の神。んで劣った眼、それからあたしとリベルラだ」

 ラロックが指差しで教えてくれるため、美少女はなんとか理解することができた。

「あ、そうなんだ。なるほど……ってインフェリアイを攫った人!」

「待て理由を聞け」

 その場から離れようとする美少女をラロックはすぐさま止める。

 話を聞いてもらう前に相手がアクションを起こして、話が拗れるのは避けたかった。

「まずは話を聞いてからだ、安心しろ、だから」

「わたし達を宿で襲おうとしてきた追っ手のくせしてなにいってんの!」

「は? なに言ってんだよ。ああもう!」

 ラロックは揺り椅子で目を閉じているインフェリアイを引き寄せると、無理やり座らせた美少女の腿を枕にして横にする。

 自身を襲った謎の力に思考が飛んだ美少女だったが、腿に感じるインフェリアイの体温と体重で我に返る。

「なんもしねえからそいつ持っとけ」

 荒い言葉使いとは裏腹に、優しくインフェリアイを置いてくれたし、身体を押さえられても痛くなかった。

「まず、あたしらが劣った眼を攫ったのには理由があんだよ」

「人を攫うのに理由なんてあるの?」

「いやマジでその通りなんだけどさ」

 ラロックはバツが悪そうに頭を掻く。しかしこの話はしなければいけないと、改めて美少女に向き直す。

「依頼されてんだよ。そいつを連れて来て欲しいって」

「なんで?」

「守秘義務だな」

「ふざけないで。なにが『理由がある』なの?」

 美少女の言う通りなのだが、無関係な美少女にはなにも言うことができない。

「あんたには言えないが、そいつになら話すことはできる。当事者だからな。だから理由云々はそいつが起きてからだ」

 ラロックはインフェリアイを顎でさす。

「わかった……」

 渋々納得した美少女がラロックに続きを促す。

「まずは自己紹介しねえとだよな。あたしらは異界探偵局っつーやつの従業員だ」

「異界探偵局?」

 聞きなじみのない言葉に美少女は眉を顰める。

 あまりの情報量の多さに、美少女は頭が痛くなってきたのだが、インフェリアイのためにここでやめる訳にはいかなかった。

「これはあんまり重要じゃねえから簡単に説明するけど」

 ラロックはそう前置きをする。まるで美少女があまりの情報量の多さに疲弊しているのがわかっているかのようだった。

「いろんな世界で活動する探偵ってことだ」

「そういうこと。やっぱり訳が分からないね」

「まあこれに関してはあまり気にすんな」

 ラロックはそう言って笑うと、シュークリームを作って美少女に渡す。

「さっきも言ったと思うがあたしの名前はラロック。異界探偵局っつーとこで従業員をしてる魔法使いだ」

 美少女は宙をそべってきたシュークリームを受け取りながら怪訝な顔をする。

 ――魔法使い。それは美少女の持っている不思議な道具をくれた人の名前だったはず。

 このラロックという小柄な人物は自身を魔法使いと言った。

 しかし、美少女の記憶の中にある魔法使いと、今目の前にいるこの魔法使いの姿は明らかに違う。魔法使いなら、見た目を自由に変えることができるのだろうか。

 それならばあの時の礼を言わねばならない。熱烈アプローチはちょっと引いたが。

「あの時はありがとうございます」

 とりあえず礼は言っておこう。旅を初めてから、あの道具には何度も助けられた。

「あの時? なに言ってんだよ」

 しかしラロックは言葉の通り、なに言ってんだ? という表情をしている。

「なにって、色々物くれたよね?」

「あたしとあんたは初対面だろ?」

「いやいや、結構前に会ったことあるよ、なんでアプローチしてきた側が忘れてるの?」

「わたしとは遊びだったの‼」

「てめえはすっこんでろ!」

 突如割り込んできたリベルラをラロックが投げ飛ばす。

 一向に話が進まない。

 美少女は頭を抱える。本当に訳が分からなかった。シュークリームは美味しかったけど。

 誰かこの状況を説明できる人間はいないのか。そう思って眠っているインフェリアイの髪を触るのだった。

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