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十二話 突然の悪天候、怪しい小屋

 人の気配を感じなくなるまで走り続けたインフェリアイ。

「ねえ美少女。ここってどこなの?」

「わたしに聞かれても分からない」

 とりあえず美少女を降ろして周囲に目を光らす。見えないから意味はないけど。

 またもや人のいない、訳の分からない場所に来てしまった。人の気配を避けて走ったのだから仕方無いが。

「いや、ほんとにどこなの?」

 美少女が腰に手を当てて眉をひそめる。

 景色はどこまでも変わらない緩やかな風の流れ、小さな起伏が広がる草原地帯。道から離れているせいで足に伸びた草が当たって少し痒いが、その他には特にこれといったものがない。

 さっきまでいた街は既に見えなくなっているが、追っ手に追いつかれないため、悠長に休んでいる暇は無いが。

「少し休もっか」

 美少女を抱え、ここまで走ってきたインフェリアイに無理はさせられない。

「ええ……そうね」

 少しソワソワした様子のインフェリアイが頷く。

 美少女は早速休憩の準備を始める。

 とりあえずいつも通りにテントを広げる。これで万が一があってもなんとかなるだろう。

「やっぱり街で泊まらずにテントで泊まった方が安全よね」

「わたしもそう思った。テントに頼りっきりは良くないってわかってるけど一番安全でお金かからないし」

 二人はため息をつくとテントの中へ入っていく。


 暫し休憩をとった二人がテントの外へと出てくる。周囲は特になにも変わらず、爆発跡なんてなかった。

 薄暗い街の中を走ってここまで来て、少し休憩して、やっと太陽が世界を照らし出す時刻。

「こうなったらやけだね。とことん進もう」

 美少女は脚を伸ばしていつでも動ける準備をする。

「そうね。どこに向かえばいいのか分からないけれど」

 テントを片付けながらインフェリアイが苦笑する。

 目的を達成するために必要なのは情報収集だ。しかし、その情報収集を満足に行えない状況に陥っている。

 受け取ったテントをカバンに入れた美少女があるものを取り出す。

「これを使ってみよう」

「え、でもそれって……」

 美少女が取り出したのは原生林で使った円盤型の箱だった。

 だがその箱の指す方向は湖だったはず。まさかあの湖に戻るつもりなのか。

「いや、大丈夫っぽい。ほら」

 美少女が箱を見せる。中の針は二人が来た方向とは別の方向を指していた。

「あら、本当ね」

 相変わらずこれはなんなのかはわからないが、針の指す方へ向かえばなにかがあるということは分かっている。地図もなければ向かうべき街がどこにあるのかも分からないのだ。だからこの選択は間違ってはいない。

「追手が来ないうちに行こっか」

 箱を片手に持った美少女がもう片方の手をインフェリアイに差し出す。その手を握ったインフェリアイは美少女に引っ張られるように針の指す方へ歩き出すのだった。


 進む方向が決まっても、距離までは分からない。そもそも道があるのかどうかが分からない。

「えぇ……どうしよ」

「なんだかやけにカラフルね」

 困惑顔の二人の前に広がるのは、少し足を上げれば踏めてしまうような高さの色とりどりの花が咲き乱れる花畑だった。

「花畑だよ」

「それは避けないといけないわね」

「そうしたいんだけどさ、かなり回らないといけないっぽいんだよね」

「回って行きましょうよ」

「でもどこまで広がっているのか分からないんだよ?」

 地平線の向こうまで花が風に揺られて踊っており、迂回できるとも限らない。そう思ってしまうほど花畑が広がっていた。

「でも踏まないように進むのは無理よ」

 渋い顔をするインフェリアイ。どうしても花を踏んで行きたくないらしい。

「じゃあ……避けて行こっか」

 美少女も花を踏んで行きたくないし、それと純粋にどこまでこの花畑が続いているのか知りたいという好奇心もあった。

 インフェリアイの手を引き、花畑を迂回するために歩き始める。さっきは分からなかったが、白い蝶が視界の端で舞っている。

「どこまで続いているのかしらね」

「終わりが見えないねえ」

 美少女の持つ箱の針は相変わらず同じ方向を指したまま。

 柔らかな日差しを受けながら二人は歩き続ける。

「なんかさ、インフェリアイの目が見えるようにって目的を決めて旅してるけど、なかなかうまくいかないね」

 雲一つない青空を見上げる美少女に釣られてインフェリアイも空を見上げる。

「ふふっ、面白いくらいにね」

「笑い事じゃないよ。追手がいるんだし」

「目が見えていれば……力が溢れている時ならどんな相手でも負ける気はしないんだけれどね」

「それなら追いつかれる前にその目をどうにかしたいよ――ね?」

 空を見上げたまま、美少女が思わず足を止める。

「暗くなってきたわね」

 同じく空を見上げていたインフェリアイもその異変に眉を顰める。

 さっきまで雲一つない青空が広がっていたのだが、美少女とインフェリアイの周りだけ、なぜか雲がかかって薄暗くなってきたのだ。

 やがて空からポツポツと雨が降ってくる。そしてすぐに雨の降る速度と量が増えて、二人を濡らしていく。

「うわっ、なんでわたし達の周りだけ雨が降ってくるの⁉」

 そう言いながらも美少女がカバンの中を漁る。

 即座に美少女が取り出したのは地面から美少女の肩まである黒い大きな傘だ。

 その傘を開くと美少女は持ち手を放す。傘がふわりと浮き上がり美少女を雨から守ってくれる。

「はい、こっち来て」

「どうなっているの?」

 インフェリアイを傘の下へ呼ぶ。傘は美少女を中心に浮かんでいるためできるだけ近くにいて欲しかった。

「持つ必要のない傘だよ。大きいし便利だよ」

「ええ、助かったわ」

 テントの中に避難するつもりだったが、傘があるのなら進む事ができる。

「変な感じだね、わたし達の周りだけ雨が降ってるのは」

「なんだか奇妙ね。こういうものかしら?」

 二人は少し離れた空を見る。

 どんどん雨足は強くなってきている。幸い大きい傘のため、まだ足が濡れるまでは至っていないが、靴から水がしみて濡れてしまうだろう。

「わかんない。ん? なんだあれ」

「あら? 小屋ね」

 濡れるの嫌だな、と思い始めた時、二人の行く先に丸太を組まれて建てられている、立方体に三角屋根が付けられている小さなログハウスが現れた。

「雨宿りしろってことかしら?」

「でもこんな小屋見えなかったよ」

「景色が変わらないだけで、結構進んだのとか?」

「えー、そうなのかな?」

 前を向いて進んでいたし、傘は視界を遮る位置にはなかったはずだ。少し周りの空を見ていただけ。

 つまりこの小屋は突如二人の前に現れたという事だ。

「いや、やっぱおかしいよ。無視して進もう」

 そんな怪しい建物の中に入るなんてできない。そう判断した美少女はインフェリアイの手を引き、小屋を避けて進む。

 小屋を避けて進んだ瞬間、更に強まる雨足に加え、ゴロゴロと空気を震わす雷の音が聞こえてきた。瞬く間に雷は音だけでなく、いつ落ちてもおかしくないような光を放ち始める。

「天気悪すぎ!」

 天気が悪いのは二人の上だけ、辺りには花畑が広がっているだけで身を隠せる物は小屋以外なにも無い。

「とりあえず身を隠しましょう」

 インフェリアイの言う通り、美少女はカバンからテントを取り出す。このテントなら雷が落ちても安全だし、着替えもできる。

 だがしかし、テントを広げた瞬間、凄まじい突風が突き抜けた。

 飛ばされないように、美少女は慌ててテントに覆い被さる。そして突風が断続的に突き抜け、とてもテントを広げられなかった。

「ダメ! テント使えない!」

 なんとかテントをカバンに戻すが、美少女の服水浸しで重たそうだった。

 唯一の安全な場所に入れない二人の取れる選択肢は一つしか無かった。

「あの小屋に入るしかないわね」

「ええー、うーん。でもさあ」

 やはり唐突に現れた怪しい小屋に入るのには抵抗があるのだろう。渋る美少女だったが、遂に雷が二人の進む先へ落ちた。その様子はまるで、早く小屋に入るように急かしいてるようだった。

「うわ!」

「ほら、危ないから入るわよ」

「もー……、分かったよ」

 やっと折れた美少女を抱き上げたインフェリアイが急いで小屋の入口まで戻る。下ろした美少女が傘を畳んでカバンに戻すと、インフェリアイが小屋の扉を引っ張ってひらく。瞬間二人の背後で雷が落ち、驚いた二人は小屋の中に飛ぶように転がり込んだ。

 中に転がり込んだ二人が顔を上げると、そこは美少女のテントみたいに、外観から想像がつかない程の遥かに広い部屋だった。床は臙脂色の絨毯が敷かれ、高い天井には煌びやかに輝くシャンデリアが吊られて温かい光が部屋を照らす。入口の扉以外の側面、壁は全て古めかしい本の背表紙が埋めていた。

 そんな広い部屋に唯一、中心に巨大な揺り椅子があった。座面は美少女とインフェリアイが寝ても十分に余裕がある程、そんな揺り椅子に寝転びながら一人の白い少女が巨大な本を枕に寝転びながら二人の姿見ていた。

 部屋の明かりを反射しない白髪に白い瞳、真っ白な肌は新雪のようだった。その幻想的だが、血の通った人間かどうかも分からないその少女は、唯一人間に見える部分である桜色の唇を動かす。

「お二人が来るのを待ってました。初めまして、ワタシはこの世界の神です」

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