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十一話 ゆっくりする暇さえない

 多大なる犠牲を払いながら、なんとか二人は宿をとることができた。

 渡された鍵を持ちながら、宿屋の廊下を進む。他の利用者の視線が美少女へくぎ付けになるが、それら全員を卒倒させながら部屋にたどり着いた。二人は部屋の中に身を滑りこませ鍵をかける。

「結構人が多いね」

「そうね、ハッキリ見えない私でも分かるわ」

「街の規模的にもこの前の村とは比較にならないよね」

 部屋で一息ついたのも束の間、美少女が気になっていた事をインフェリアイに尋ねる。

「あの森から出て行く時からインフェリアイはなにを急いでたの?」

 その質問をされることはインフェリアイも分かっていた。だからこの宿に辿り着くまで、どう答えるべきかを整理していた。

「お風呂で言ったと思うのだけど、私の目が見えるようになった時、目だけではなくて身体能力も上がっていたの」

「そんなこと言ってたね」

「覚えていてくれてなによりよ。それで身体能力が上がったら周りの気配とかにも敏感になってね……」

 そこまで言うと、インフェリアイは一度深呼吸をする。僅かな緊張感がその場に走る。

 美少女は続く言葉を固唾を呑んで待つ。

「あの時、凄い気配が……殺気? とはまた違うのだけど、ただならぬ気配を感じたのよ」

 言葉尻に近づくにつれ、インフェリアイの声が細くなっていく。

「……追われてるってこと?」

 美少女が震えるインフェリアイの手を取って優しく問いかけるとインフェリアイが黙って頷く。

 元々インフェリアイは誰かに攫われていて、それを美少女が助けたのだ。その攫った相手がインフェリアイを追ってきたに違いない。

「でも気配を感じたのって森から抜ける時だけなんだよね?」

「……ええ、もっと早く森を抜けるべきだったわ」

「まあそう思うのも分かるけど、わたしはあの時ゆっくりできて良かったよ」

 美少女が安心させようと微笑みかけるが、当然その表情はインフェリアイには見えない。沈んだインフェリアイの顔が、美少女の心をざわつかせる。

「……ありがとう」

 見えていなくても、その声音から自分を安心させようというのは伝わったらしく、インフェリアイは笑みを返す。

「人が多いこの街なら、追手も手は出しにくいでしょうし、今日はゆっくりしましょう」


 翌朝、目を覚ましたインフェリアイは大きく伸びをする。寝心地の良さは美少女のテントの方が圧倒的にいい。むしろ宿なんか取らずにテントで寝泊まりした方が安全で快適だ。

 熟睡している美少女をそのまま、靴を履いたインフェリアイは部屋の窓から外を覗く。太陽はまだ昇りきっておらず、辺りを薄暗い闇が覆っている。

 ――ギシッ。

「誰っ」

 背後で聞こえた物音に、インフェリアイは鋭く反応を返す。振り向いた先は部屋の入口。意識を集中させると、ドアの軋む音が聞こえた。

 まさか追手が来たのか? どうすればいい? 自分一人で対処するのか、それとも美少女を起こして対策を練るか。

 一瞬悩んだ末に、インフェリアイは心地よさそうに寝息を立てている美少女を叩き起こす。文字通り叩き起こした。

「ふぎっ――いったあ……」

 美少女の肩にクリーンヒットしたらしく、顔を顰めた美少女が肩を擦りながら起き上がる。

「追手が来たわっ」

 のそのそ起き上がる美少女に鋭く顰めた声でインフェリアイが言う。その言葉で美少女は完全に覚めた。

 ベッドから降りた美少女が、目だけで追手がどこから来たのかを問う。インフェリアイがドアに目をやったのを見て、美少女が部屋の窓絵と近づく。

「ダメだ、開かない窓だ」

「どうするの?」

「ドアから強行突破するしかない」

「わかったわ」

 インフェリアイがドアに向かい、その間に美少女が靴を履いて荷物を持つ。

 インフェリアイの少し後ろにやって来た美少女がインフェリアイに荷物を渡す。

「ほんとだ、音が聞こえる」

「私が蹴破るからガイドをお願いね」

「え、できるの?」

 依然軋む音を立てているドアをぶち抜くつもりで、インフェリアイが足を上げる。狙いは蝶番付近だ。

「やってみるしかないじゃない――の!」

 インフェリアイが全力で蹴ったドアは、狙い通り蝶番が壁から外れて、ドアがそのまま廊下へ向かって飛んで行った。

 慌てふためく男たちの野太い声が、薄暗い廊下に響く。

「こけないでね」

 その瞬間美少女がインフェリアイの手を引き駆け出す。ドアを蹴破った音で他の利用客が目を覚ましたのだろう、なんだなんだと騒がしい。

 階段を飛び降りる勢いでなんとか下りきり、薄暗い廊下を気を付けて駆け抜ける。

「ふぎゃ!」

「嘘ぉ!」

 廊下が暗いせいで前を走る美少女は本気で走っていないのだが、やはりインフェリアイ、そこまでスピードが無くても転んでしまう。

 慌ててインフェリアイを起こす美少女、未だに混乱の最中にある宿屋の出口はもう目の前だった。

「あと少しだから頑張って!」

「もちろんよ……!」

 起き上がったインフェリアイを連れて美少女は宿の外へとようやく飛び出した。勢い良く飛び出した二人は、振り返ることもなく通りを走り抜ける。とにかく外へ、追手が来ないうちに街を駆け抜ける。道幅の広い通りは人通りが少なく、インフェリアイが転ぶ心配は無かった。

 カバンを持ち直したインフェリアイが前を走る美少女を抱え上げる。

「ちょっええ!」

「飛ばすわよ」

 原生林を抜けた時の速さには程遠いが、それでも美少女の全力疾走よりもはやい速度、振り返らずにただひたすらに駆け抜ける。

 目指すは街の外、次の行き先など考えている場合ではなかった。

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