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間の話 2

 森を抜け、草原に足を踏み入れた瞬間に二人は顔を顰める。

「あー気持ち悪」

「あんまりいい気分じゃないよねー」

 その言葉は、魔力を吸い取られる感覚に対してなのか、魔力を吸い取るという性質のある、この世界に対してなのかあるいはその両方に対してなのか。

 どちらにせよ、ここで不平を言っていても仕方がない。

「どこにいるのかな?」

「んなことあたしが知るかよ」

「えぇえ! ラロックが言ったからこっちの世界に来たんだよ⁉ まさか適当なこと言ったの⁉」

 ラロックの肩を持って激しく揺さぶるリベルラだったが。

「うるせえな。そういうことじゃ――ねえよ!」

 リベルラの頭に両手を食い込ませたラロックが、リベルラを投げ飛ばす。

「ぶふぇあ!」

 リベルラは地面を跳ねながら転がる。

 そんなリベルラなどどうでもいいといった様子で、ラロックはウエストポーチから手のひらサイズの羅針盤と、比較的小さな透明な結晶、結晶化した魔力である魔力結晶を一つ、取り出した。

 そして、離れたところで横たわっているリベルラに向かって叫ぶ。

「おいリベルラ! 早く戻ってこい!」

「労災申請してやる!」

「うるせえ! さっさと戻って来い!」

「ラロックがこっちに来たらいいじゃん!」

「帰ったら飯連れてってやるから!」

「わーい」

 朗らかな笑顔のリベルラが戻ってくる。

 ラロックは、こいつ大丈夫か、と思ったが、都合がいいのでなにも言わないことにする。

「髪の毛くれ」

「え……わたしの髪の毛? もう……ラロックったら仕方が無いんだから……」

 頬を染めたリベルラを据わった目で見ながら、ラロックは手を伸ばす。

「……刈り取ってやろうか?」

「どうして乱暴しようとするの‼」

 自分の身体を抱きしめながら、リベルラはラロックから距離を取る。青筋を立てたラロックは、深呼吸するが怒りは収まらない。歯を食いしばって、リベルラをぶん殴りたい衝動を抑えつけながら、ラロックはゆっくりと口を開く。

「あたしの言い方が悪かったよ。劣った眼インフェリアイの髪の毛をくれないか?」

「誰よりその女‼ わたしとは遊びだったのね‼」

「てめえいい加減にしろよ⁉」

「もう……冗談だって。はい」

 リベルラは空に手を入れると、一本の深紅の髪の毛を取り出す。

「それにしても、インフェリアイってどういう意味?」

「たしか、『劣った』を意味する『インフェリア』っつー言葉と『眼』を意味する『アイ』を合わせて『劣った眼』だっけな」

 受け取った髪の毛を羅針盤の上に乗せて魔力結晶で挟みながらラロックはリベルラの疑問に答える。

「あー、確かにあのお姉さん目が悪かったね」

「目がわりいだけで『劣った眼』っつーのはどうかと思がな」

「親のセンスの問題かな」

「それならしかねえと思うんだが、どっちもんだよな」

 魔力結晶が割れ、魔力が髪の毛と共に羅針盤に吸い込まれる。すると羅針盤の針がある一方を指し示す。

「あっちみてえだな」

 針の指す方へとラロックは進む。

「あ、ちょっと待ってよ! この世界の言語じゃないってどういうことよ」

「そのままの意味だ。まあ、詳しいことは本人に直接聞くしかねえな」

「むう……」

 片頬を膨らましたリベルラはラロックの後を追う。

 二人は街道を無視して、針の指す方へと突き進む。特に魔物が出てくるなどの障害もなく、ただひたすらと歩を進める。

「そういえばさ」

 魔力を吸われるということ以外は比較的平和なため、散歩気分で歩いていたリベルラは雑談でもしようと口を開く。

「この前の健康診断で、わたしの身長が伸びてたんだ」

 魔力を吸われるということ以外は比較的平和だが、油断せず、周囲を警戒していたラロック。後ろを歩くリベルラがお散歩気分になっていたと知らずに耳を傾けたのが間違いだった。

「だからどうした」

 抑揚のない声を発したラロックが立ち止まる。

 さえぎる物がない、どこまでも広がる青空の下、仲睦まじく散歩する年の離れた姉と妹。手を後ろに回した笑顔の妹が姉を見上げる、なにか素敵なものでも見つけて、それを姉に見せようとしている。きっと傍からはそう見えるであろう心温まる光景。

 しかし実際には心温まるどころか厳寒の地と化している。

 ラロックの笑顔を見た瞬間悟った。しかしリベルラの口は止まらない。否、止められないのだ。喉が閉じたとき、すでに言葉は口の中。喉が絞まっているため、飲み込むこともできず、かと言って口の中に留めておくこともできず。

「ラロックは伸びたのか――ぇくぁっ」

 手を後ろに回して一本拳と呼ばれる握り方をしていたラロックは、リベルラが余計なことを言った瞬間首を突く。割とマジの殺す気で。

 リベルラも口を止めることができないので、吸われてほとんど残っていない魔力で首を守り、ラロックの首潰しに備えていた。

 その結果、本日二度目、リベルラは地面を跳ねながら転がる。

 仕留め損ねた、とナチュラル舌打ちをするラロック。

「げほっ、ぅ……げほっ」

 横たわるリベルラは咳き込みながら、わずかな魔力で回復魔法をかけ続ける。

 リベルラが回復するまでの長い時間で、ラロックは怒りの矛を収める。

 そして、未だに横たわって回復魔法をかけ続けているリベルラの傍らに膝をつく。

「ほら」

 少し大きめの魔力結晶をリベルラに差し出す。

 涙目のリベルラはそれを受け取ると握りこむ。魔力結晶が割れて魔力がリベルラに吸い込まれる。その回復した魔力で回復魔法を使い、完全復活したリベルラが喉を擦りながら立ち上がる。

「はー死ぬかと思った」

「殺す気だったからな」

「もうっ、嘘つかないでよっ」

 リベルラはラロックの額をつつく。

 全く反省の色が見えないリベルラに、ラロックはドン引きする。トラウマになってもおかしくないのに、ビビッてよそよそしくなるどころか、おでこツンツンというじゃれつきが増えてしまった。

「うぜえ、状況考えろ、行くぞ」

「はーい」

 ラロックは再び針の指す方へと歩き始める。

 どっと疲れたラロックとは反対にリベルラは無駄に元気だった。

 ラロックは魔力結晶を取り出し、自分に回復をかけようかと思案するが、精神的な疲れを回復させる回復魔法なんて使えないな、と魔力結晶をウエストポーチの中に戻した。そんな無駄なことをするぐらいには疲れていた。

「ねえねえラロック、元気出してよ!」

「……誰のせいだと思ってんだよ」

 リベルラは空に手を入れて保温できる水筒を取りだすと、温かいお茶を入れる。

「あったかいお茶でもどうぞ」

「……ありがとう」

 素直にコップを受け取ったラロックは湯気が立つお茶に息を吹きかけ、少し冷ましてから一気に飲み干す。温かいお茶の熱がじんわりと身体を温め、疲れて強張った筋肉を弛緩させていくのが分かる。

 息を吐き、疲れを外に出したラロックは、コップをリベルラに返しながら気になっていたことを尋ねる。

「てかなんで魔法使えてんの?」

 そういえば劣った眼にも何度か魔法を使っていたし、今も空から物を取り出しているしと、よく考えればおかしいのだ。さっき回復した魔力を少し残していたにせよ、既にこの世界に吸い取られているはずなのに。

 お茶を飲んでいたリベルラは飲み終えると、空に手を入れて水筒を片付ける。

「魔力の回復を早める道具着けてるからかな」

「は? あたしはそんな便利なもん持ってねえぞ」

「ほら、わたしって魔力量が探偵局で一番多くて、異界渡りも使える貴重な人材でしょ?」

 人差し指を顎に当てて首を傾げるリベルラ。

「異界を繋げる魔法は膨大な魔力が必要。次使うために早く回復させたいからってか?」

 リベルラとラロックが働く異界探偵局では、リベルラの魔力量が飛びぬけて多いのは周知の事実。そして、異界を繋ぐ魔法は、リベルラ並みの膨大な魔力量をもってしても、連続して使用できない程の魔力を使う。

「多分そんな感じ! さっすがラロック、わたし検定準二級をあげる!」

「魔力云々って魔力結晶持ってたら問題ねえだろ?」

 別に魔力の回復を早める道具を使わなくても、自身の魔力を結晶化させた魔力結晶を準備していれば必要ないはず。

「わたしの魔力を結晶化すると結晶がおっきくなっちゃうんだよね」

「それはてめえが魔力をコントロールするの下手だからだろ」

「うーわ、そんなこと言っちゃうんだ! みんながみんなラロックみたいに魔力コントロール上手じゃないんだよ‼」

 リベルラはラロックのウエストポーチを指さしながら抗議する。

「あのね、普通はそんなに綺麗で小さくて密度の高い魔力結晶なんて作れないんだよ? おかしいでしょ、ラロックも魔力は相当あるはずなのに(まあわたしには遠く及ばない量だけど)その全魔力を結晶化してもこーーーーーーんなに小っちゃい! ……」

 ウエストポーチから取り出した魔力結晶をラロックの目の前に突き出しながら固まるリベルラ。

 身体が小っちゃいからこんなに小っちゃいの作れるのかな⁉ という言葉が出そうになったが、喉を閉めてその言葉を消化していた。

「練習しろ、帰ったら教えてやるから」

「やだ!」

 ナチュラル舌打ちをしたラロックはリベルラの手から魔力結晶をひったくりウエストポーチに戻す。

 そして、休憩は終わりだ、と再び針の指す方へと歩を進める。


 それから歩くこと約三十分、相手も移動しているのを想定して早足で追っていた二人。途中、リベルラによる邪魔が入ったりもしたが、その度に黙らして、やがて二人は丘の上にある不思議な建物に到達する。

「なんだここ?」

 所々が崩れている城壁のようなものの前でラロックは首を捻る。

 壁には蔦が絡まっており、高さは十メートル程。

「廃城跡?」

「の割にはおかしくね?」

 崩れている壁を見てみると、約一メートル四方の岩が縦に十個程重なって出来ている壁だった、積んだだけの不安定な壁を城壁と言っていいのだろうかという疑問と、そもそも積んだだけならすぐに倒れるんじゃないかという疑問が浮かび上がる。

「今はこんなことよりも劣った眼を探さねえとな」

 頭を振って浮かんだ疑問を飛ばしてラロックは壁の中へと足を踏み入れる。

「ねえねえーなにがおかしいの?」

「帰ってから調べろ、あたしにはわからん」

 絡みついてくるリベルラを引きはがしたラロックは目の前の光景に足を止める。

「わーなにもない……ことはなかった」

「なんでテントがあんだ?」

 壁の中には広大な草原が広がっており、その草原を囲むように正方形状に壁が建っている。

 それよりもテントが草原の中心に広がっていることに少し困惑する。

 ラロックは羅針盤の針を確認してみると、針はテントの方を指している。もしやと思い、壁沿いにテントの周りを一周、針はずっと中心を指したまま。

「あのテントじゃん……」

「攫われ返されて、目立つ場所でテント休憩って、あのお姉さん強かだね」

「どうしよ」

 中心に近づいた二人は、なぜかごっそりとその一部だけくり抜かれたような、土が剥き出しになっている窪地を横目にテントの周りに立つ。

「持ち上げて拘束するか?」

「それで出てきたところを魔法で眠らす?」

「中に突入するか?」

「テントごと持って帰る?」

「……それにしてもなんか静かだよな?」

「結構喋ってるのに出てくる気配すらないね」

 外で話していると気になって出てくる、という展開を狙った作戦だったが不発に終わった。

 どうするべきか考えあぐねているうちに時間だけが過ぎる。

「中……覗いてみようよ」

「危険じゃねえのか?」

 羅針盤の針はテントを指している。中に劣った眼がいるはずだが、人が居る気配すら感じられない。

 罠が仕掛けられている可能性があるため、できれば出てきてほしいのだが、このままでは埒が明かない。

「そこは魔法でなんとか」

「まあそのために結構持って来たからな」

 ため息をついたラロックは魔力結晶を二つ取り出すと一つをリベルラに渡す。

「あたしがテントを投げるからから、リベルラはあたしらの世界に繋げてくれ」

「わかった!」

 魔力結晶を握りしめると、魔力結晶が割れて魔力がラロックに吸い込まれる。回復した魔力が世界に吸い込まれないように即座に身体強化の魔法を使う。

「投げんぞ」と、テントに手をかけた時。

 瞬時に円で構成された幾何学模様がテントの周りに浮かび上がる。

「げ⁉︎ 魔法陣かよ⁉︎」

 身体能力を強化していたため、ラロックは反応できたが、丁度魔力を回復させたリベルラは反応できない。

 魔法陣が浮かんだ瞬間テントから手を離し、リベルラに手を伸ばしたラロック。

 ラロックに腕を掴まれて、初めて気付いたリベルラ。

「ううぇえええぇぇえぇええ⁉︎ 魔法じ――」

 リベルラが言い切る前に、魔法陣から無数の火球が襲いかかり爆発。激烈な爆風が二人に襲いかかる。

 身体強化をしたラロックは爆風からリベルラを守ろうと、リベルラの身体を引き寄せたが、如何せんラロックの身体が小さすぎて爆風がもろに、振り向いたリベルラの顔面を襲う。

 そして、空の旅の幕が上がる。

「「ぎゃあああああぁぁああぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁああぁあぁぁっっっ」」

 爆風により空の彼方へぶっ飛ばされた二人がいた場所には、爆発の跡だけが残っていた。

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